第26話
美咲やアリス、そして多くの制輝軍とガードロボットに囲まれて危機的状況に陥っていた幸太郎たちを助けたティアと沙菜は、ノースエリアとの境目付近にあるウェストエリアの中にある訓練場と比べてかなり小さな訓練施設に案内した。
訓練施設にはジャージを着ている車椅子に座った優輝が出迎えてくれた。
優輝への挨拶を短く済まして、訓練施設に到着してすぐに幸太郎たちは疲れ切った様子で置いてあるソファに座りこんだ。
「お疲れ様。これを飲んでゆっくり休むんだ」
ソファに座っている幸太郎たちに、車椅子を動かしてスポーツドリンクを渡した。
渡され飲み物を幸太郎たちは一気に飲み干して、座っているソファに深く腰掛けた。
優輝に渡されたスポーツドリンクを飲んで進藤はようやく落ち着きを取り戻しはじめた。
「それにしても、どうして元・輝士団団長の久住優輝さんがここに……というか、ここは一体どこなんですか?」
「取り敢えずは落ち着いてくれ、進藤君。順を追って話そう」
「あ……す、すみません。何だかゆっくり落ち着けなくて……」
また制輝軍が来るかと思って不安で落ち着けない進藤だが、アカデミートップクラスの実力を持ち、輝士団団長であった久住優輝の一言で若干の落ち着きを取り戻した。
「まずは、ここはどこだかの説明だが――ここはウェストエリアにある訓練施設だ。それも、ティアの友人が私費を投じて作った特別な施設で、この施設で僕のリハビリと、幸太郎君の訓練を行っているんだ」
優輝の説明通り、ここはティアが友人から借りている訓練施設だった。
この施設で優輝のリハビリという名の激しい訓練と、ありがた迷惑な幸太郎の朝の訓練が行われていた。
「この場所をティアが使っていると知っているのは、ティア本人以外に、ティアの友人でありこの施設の持ち主、セラ、僕、幸太郎君、そして、僕のリハビリの手伝いをしてくれている沙菜さんだけ。知っている人は僅かだ。だから、安心して良いんだ」
「そ、そうですか――……って、もしかして、七瀬。ウェストエリアに向かってたのって、ここに向かうためだったのか?」
ここを知っている人間が僅かであることを知って、だいぶ落ち着きを取り戻した進藤は、幸太郎に質問をすると、彼は当然だと言わんばかりに華奢で頼りない胸を張った。
幸太郎は秘密研究所で進藤とヴィクターが次の隠れる場所を話しながら考えている時に、ヴィクターが出した「体力勝負」という言葉に、思い出すのも辛いティアの厳しい訓練の光景とともにこの場所が頭に浮かび、ここなら誰にも気づかれないと思った。
「――取り敢えず、ここがまともな隠れ家だって聞いて安心しました。それに、アカデミー最高戦力の元輝士団団長の久住優輝さんがいるんですから、ゆっくり休めそうです」
偽りの自分の肩書きを進藤が述べて、一瞬複雑そうな表情を浮かべた優輝だが、すぐに表情を柔らかいものへと戻して微笑んだ。
「進藤君の話はセラと幸太郎君から聞いているよ。すごい勇気の持ち主なんだろう? 会えて光栄だよ」
「か、買いかぶり過ぎですって! 俺はそんなにすごい人間じゃありませんよ」
「謙遜しなくても良い。あの御柴さんが認めて風紀委員に誘ったのだから、君は自分が思っている以上の力を持っている。胸を張ってもいい」
様々な逸話があるアカデミー最高戦力と称された人物の言葉に、お世辞でも嬉しいと思っている進藤は照れ笑いを浮かべるが、優輝はお世辞を言っているつもりはなく本心からの言葉を述べていた。
「君は重要な戦力の一人――反撃の時まで、今はゆっくり休むんだ」
「そうですね……わかりました。そうさせてもらいます」
本心からの優輝の言葉に力をもらった気がした進藤は、今はいずれ来る反撃の時のために身体を休めた。
「――怪我はないようです、七瀬君」
「ありがとうございます、水月先輩」
輝石の力をまともに扱えない幸太郎の身体に怪我がないかを触診と問診をして確認していた沙菜が問題ないと判断すると、優輝とティアは小さく安堵の息を漏らした。
「水月先輩もここを知ってたんですね」
「え、は、はい……その……優輝さんのリハビリを手伝っています」
「ありがたいことに、沙菜さんは俺のリハビリのために、リハビリについての勉強をしているんだ。時間が空いている時は必ずリハビリに付き合ってくれてすごく助かってるんだ」
「そ、そんな……わ、私は当然のことをしているだけですから……」
「すごいんですね、水月先輩」
沙菜への感謝が溢れている優輝の説明を聞いて、幸太郎は素直に感嘆の声を上げた。
心の底から「助かっている」と感じている優輝の言葉に反応して、頬をほんのりと染めた沙菜からは、優輝への秘めた淡い感情に溢れていた。
それに何となく察知した幸太郎は、沙菜と優輝を交互に見て、思ったことを口に出す。
「もしかして水月先輩、優輝さんのこと――」
「ち、違います! わ、私はそんなことは!」
「ど、どうしたんだ、沙菜さん。そんなに慌てて」
「――わ、私は他の二人の身体も診るので、こ、これで話は終わりですから! い、忙しいので邪魔をしないでくださいね!」
思ったことをストレートに口にしようとする幸太郎を慌てて沙菜は遮った。
突然慌てふためいた沙菜のことを、朴念仁の優輝は不思議に思って話しかけた。
これ以上ドツボにハマる前に沙菜は逃げるように幸太郎と優輝の前から立ち去った。
沙菜が幸太郎の前から立ち去ると、二人の会話を遠巻きに眺めていたティアが、幸太郎に近づいてきた。
相変わらず冷たい雰囲気を身に纏っているが、どこかティアの雰囲気は柔らかく、そして、安堵していて、幸太郎のことを見直しているようだった。
「……よくここが気がついたな」
「たまたまです」
「頑張ったな」
得意気に微笑む幸太郎の頭に、ふいにティアはそっと手を置いた。
「ちょうどいいタイミングでティアさんたちが来てくれて助かりました」
「巴に協力を求めれられてから、私はお前たちの動きを沙菜とともに学内電子掲示板で逐一確認をして先読みをしていた。お前たちがウェストエリアに逃げ込んだという書き込みがあって、ここに向かっているということは容易に予想できた」
「御柴さんから連絡があったんですか?」
「制輝軍に携帯を奪われる寸前、私に連絡をしてきた。自分たちは幸太郎の無実を証明するために行動するから、お前のことを頼むと」
「だから、セラさんたちの携帯に電話しても出なかったんですね」
「それもそうだが、不用意に連絡してしまえば、制輝軍が逃亡犯であるお前を協力したとして、セラと巴は捕えられてお前の無実の証明ができなくなる。事件が起きてすぐに制輝軍にマークされた私もお前に不用意に連絡ができなかったし、お前から連絡が来ても出ることができなかった――……守ると誓っておきながら、助けが遅れてすまなかった」
「大変な状況で助けてくれてありがとうございます、ティアさん」
助けが遅れたことを気にしているティアだが、まったく気にしていない様子の幸太郎は真っ直ぐ見つめて助けてくれたことのお礼を改めて言った。
そんな幸太郎の態度に、ティアは口元を綻ばせて、再び彼の頭に手をそっと置きたくなるが、その衝動に戸惑いながらも抑えた。
「それにしても、かなりの騒ぎになってるんですね」
「私たちが関与している情報がネットでもう流れている。そして、風紀委員と制輝軍が全面戦争を行うかもしれないとかなり騒いでいる。人の気も知らないでどちらが勝つのか賭けて――」
状況を説明しているティアだったが、それを中断させて、全身に刺すような緊張感を纏わせて、鋭い眼光を入口の扉へと向けた。ティアに一瞬遅れて沙菜と優輝も反応する。
ティアたちから発せられる極限まで張り詰めた緊張感に、サラサと進藤は息を呑み、幸太郎は突然雰囲気が変わったティアたち三人を不思議そうにボーっと眺めていた。
ティアたちの視線の先にある入口の扉がゆっくりと開き――
「幸太郎君! 進藤君もサラサちゃんも無事だったんですね!」
開いた扉からセラが現れ、抱きしめる勢いで幸太郎に駆け寄った。
セラが現れ、幸太郎以外は小さく安堵の息を漏らし、全身に纏っている緊張感を解いた。
―――――――――――
「――以上が報告です」
「お二人ともご苦労様でした」
制輝軍本部にある隊長室――アリスの報告を聞いて、相手を労うつもりがいっさいないような事務的な声で、報告するために集まったアリスと美咲をノエルは労った。
まったく心のこもっていないノエルの労いの言葉に、アリスは軽く頭を下げて少しだけ得意気な表情を浮かべるが、美咲は不満気に頬を膨らませていた。
「もー! せっかくティア久しぶりにと戦えると思ったのに!」
「銀城さんには申し訳ありませんが、突拍子のないアイデアを出す先読みするのが難しい人物を拘束したことで、状況は我々がさらに有利になりました」
「それでも、アタシはティアと戦えるって思ってたから、ここ最近真面目に使っていない頭をフル活動させたのに~!」
「そう思っていながらも、結果的に銀城さんはアリスさんの決断を支持したのでしょう」
淡々痛いところを突くノエルに、美咲は「それはそうだけどぉ」と不満を口にしながらも、これ以上は何も言うことはしなかった。
「協力者の一人を捕え、もう一人の協力者は七瀬さんを匿っているので、私たちに拘束される理由ができた――そして、報告によるとセラさんたちも本格的に動きはじめたようです。風紀委員とその協力者を一網打尽にできる良い機会です。泳がせて正解でした」
相手の準備が整えはじめていることを説明するノエルに、アリスは静かに気を引き締め、美咲は軽薄そうな顔つきが獰猛で好戦的なものへと変化した。
「これから二人には七瀬さんの逃亡を幇助した人物たち――セラさん、ティアリナさん、久住さん、水月さん、御柴さん、進藤さん、サラサさん――全員を拘束するために現場で指揮をお願いします。人員や設備は何を使っても構いません。抵抗する場合は臨機応変の判断で――お待たせしました、銀城さん」
「焦らし過ぎだよ、ウサギちゃん……おねーさん、身体が火照っちゃって準備万端だよ?」
本格的に暴れられる許可が下りたことに、熱っぽいため息を漏らして美咲は嬉々とした笑みを浮かべて、たまったものを発散するためにさっそくこの場から走り去った。
「ノエルはこれからどうするの?」
騒がしい美咲が走り去って、口数が少ない者同士であるノエルとアリスの間に数秒ほど沈黙が流れるが、アリスが疑問を口にして沈黙が打ち破った。
「今回の騒動の真実を追います」
事務的な口調で平然とそう答えたノエルを、アリスは不審そうな目を向ける。
「ノエルは七瀬幸太郎が無罪だとわかってる?」
「最初は確信を持てませんでしたが、アカデミーに戻って間もない、情報も何も持っていない人物が大量のアンプリファイアを仕入れることは難しい。加えて、先程捕えたアンプリファイアの売人が、『貴原康』にアンプリファイアについて偽の情報を流せと指示されたことを話しました。貴原さんは七瀬さんに個人的な恨みがあるようですし――今回の騒動で彼が何らかの重要な情報を持っていると判断して間違いないでしょう」
「それなら、今風紀委員を潰しても、後々明らかになる真実で意味がないと思う」
ふいの疑問を口に出すアリスだが、ノエルはすべて承知しているという様子で、無表情ながらも、余裕そうだった。
「間違った判断をしながらも、我々制輝軍が七瀬さんの疑いを晴らす――周囲に我々の誠意も伝わります。それに、風紀委員が我々を邪魔した事実は変わりません」
「結局、どう転んでも風紀委員は潰せる――のね」
「それに、今回の騒動はアカデミー都市内のネットワークで急速に広まり、関心も高いので、風紀委員が処分されて根も葉もない噂が流れることになる」
「もしかして、そのために学内電子掲示板を騒がせたの?」
「……さあ、それは偶然ではないでしょうか」
アリスの疑問に意味深げにノエルはそう答えて、これ以上は何も言わなかった。
何か隠していそうなノエルをアリスは不審そうに、そして、納得できていない様子で見つめていたが、すぐに諦めたように彼女から視線を外して背中を向ける。
「数は少ないけど、相手は強力だから……使えるものは全部使うから」
「現場の判断に任せます」
アリスはそう宣言して、振り返ることなくノエルの前から立ち去った。
一人になったノエルは時計を見た――
現時刻は八時になる頃――外はすっかり暗くなってしまっていた。
これで風紀委員は終わる……
私の役目もこれで終わる……
風紀委員の終わりを思い浮かべたノエルだが、なぜか胸にポッカリと穴が開いた感覚が生まれてしまっていた。
突然生まれた寂寥感に疑問を浮かべながらも、気のせいだと自己完結をしてノエルは自分の仕事をするために制輝軍本部を出た。
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