第27話

 セラと合流した幸太郎たちは、状況の整理を兼ねてセラと合流するまでの話をした。


 幸太郎たちの話が終えると、今度はセラが巴と入手した情報――進藤に偽の情報を流したのが貴原康であり、今回の一件に貴原が関わっているかもしれないこと、そして、騒動に乗じて何か大きな動きを仕掛けるかもしれないということを話した。


「クソッ! 貴原のヤロー! 確かに最近欠席してると思ってたら、まさか虎視眈々と俺らに復讐する機会を狙ってたとは! クソッ!」


 すべての話が終わり、裏で貴原が手を引いていることがわかった進藤は八つ当たり気味に、部屋の壁を思いきり殴りつけた。


「……それにしても妙です。制輝軍は風紀委員を邪魔だと思っていることはわかりますが、貴原さんに利用されたアンプリファイアの売人を制輝軍に引き渡したというのに、どうしてまだ彼らは七瀬君を追っているのでしょう。手柄を挙げるには良い機会なのに」


 浮かんだ質問を口に出す沙菜に、優輝は「それは簡単だよ、沙菜さん」と、優しく微笑んで質問に答える。


「今回の騒動で制輝軍は風紀委員が自分たちの邪魔をしたとして、後で糾弾するつもりだろう。仮に幸太郎君の無実を証明できても、無罪を証明するために動いたという誠意も示せる。それに、学内電子掲示板では制輝軍と風紀委員の対立を煽る書き込みが多数ある状況で、風紀委員を捕えれば、制輝軍に敗北したというレッテルが貼られて、風紀委員の信用が失ってしまう――制輝軍にとって、今の状況は圧倒的に有利だ」


「つまり、制輝軍にとって今回の事件の真偽はどうでもよく、ただ風紀委員を潰そうと考えている――ということですね」


「そういうことだろうね」


「あ、えっと……し、質問に答えてくれてありがとうございます」


 自分の疑問を詳しく答えてくれた優輝に、熱っぽい視線を向けて沙菜は頬をほんのりと紅潮させて感謝の言葉を述べた。


「――ってことは、俺たちは貴原にも制輝軍に利用されっ放しってことかよ!」


 甘ったるい空気を全身に纏っている沙菜とは対照的に、風紀委員が制輝軍に利用されるだけ利用されて切り捨てられるということに進藤は胸糞悪そうに舌打ちをした。


 進藤の舌打ちを聞いて、優輝は自分も同じ気持ちであると言っているような表情で、ゾッとするようなサディスティックな微笑を浮かべた。


「制輝軍にとって――いや、アカデミーにとって俺のような邪魔者を一掃できる好機を逃すわけがないからね――まあ、今のところは、だけど」


「……久住さん、何か手があるって顔をしてますね」


 まだ何か手はあると言っているような優輝の表情に進藤は僅かに安堵する。


「今回の騒動に関わっているとされる貴原君の居場所と、目的を突き止め、彼を捕えればいい――そうすれば、状況は一転する」


「簡単に言ってますけど、制輝軍が俺たちを追ってる状況で簡単に貴原を探せますか?」


 制輝軍が自分たちを捕えようと動いている最中、貴原を捕まえれば万事解決と簡単に言ってのける優輝に進藤は呆れ、何もわからない今の状況に不安と悔しさを募らせた。


 何も考えが浮かばず苛立っている進藤に、「そうでもありませんよ」とセラは優しく声をかけて、焦燥している進藤に若干の安堵を与えた。


「幸太郎君を陥れた時に使用した大量のアンプリファイア――床に散乱するほど大量に用意するなんて簡単にはできません……そう考えると――」


 セラの説明を聞いて、進藤は何となく相手が何を考えているのかを理解したようだった。


「今回の騒動を陽動に使って、貴原君たちはアカデミー都市内にばら撒くための大量のアンプリファイアをどこかに持っているかもしれません――まだ、確証はありませんが」


「何も浮かばないよりはマシだって。それなら、後は貴原の居場所を考えるだけだけど……多分、大量のアンプリファイアと一緒に人気のないところにいるとは思うんだが……」


「私もそう思っているのですが……人気ない、目立たない場所を前提として考えると、場所の候補が多すぎて――せめて、候補が絞れるような何かがあれば……」


「確かに、どのエリアも外れの方に行けば人気がないし、サウスエリアなんて普段から人通りがないし――あー! クソッ! いいところなんだけどなぁ!」


 すべてが思うように行かずに静かに苛立つ自分を軽く深呼吸して抑えているセラと、後一歩のところで何も掴めないで苛立つ進藤。


 状況が後一歩のところで好転しないで苛立つ二人を、ティアは厳しい目で睨んだ。


「苛立つなら今は何も考えないで、心身を落ち着かせろ」


「ティアの言う通り……少し焦っていたみたい」


「俺もだ……あー、こんな時は甘いものでも食べて、頭に糖分を入れてぇなぁ」


 厳しくも、自分たちを気遣ってくれているティアの言葉に感謝をしながら、一旦はセラと進藤は考えることを中断して、今は焦燥が生まれた頭の中を休めた。


 すべては幸太郎の無実を証明するために、セラと進藤は短い休憩をする――


「――あ、ここって何か甘いものないんですか?」


「残念だけどここにはまったくないんだ。どの棚を開けてもプロテインかスポーツドリンクばかり。たまに味付きのプロテインがあるけど、マシってだけで正直美味しくないんだ」


 進藤の言葉で今まで黙って全員の会話を聞いていた幸太郎は、キョロキョロとトレーニングマシーン等が多くある室内を眺めて、甘いものを探しはじめたが、優輝が申し訳なさそうに発した残酷な事実に、幸太郎は「……そうですか」と項垂れた。


「――そうだ、確か胃にもたれるほどの甘ったるいプロテインバーならあったよ」


「普通に甘いものはないんですね」


「外見以外、女っ気のない中身ゴリラのティアだからお菓子系の類は――」

「――何か言ったか?」


 緊張感のない呑気な会話をしている幸太郎と優輝の間に入り、優輝の余計な一言で激情を宿しながらも冷静な空気を纏わせ、二人を絶対零度の鋭く尖った目で睨んだ。


 自分に向けて後で覚えていろと言っているようなティアの威圧感に優輝は恐怖していたが、幸太郎は特に気にすることなく彼女を真っ直ぐと見つめた。


「お前は自分の状況を理解して緊張感を持って、セラたちのように少しは考えろ」


「すみません……お腹空いちゃって」


「まったく――……だが、腹が減っては戦ができぬとはよく言う――待っていろ」


 幸太郎の一言に呆れながらも、一理あると思ったティアは近くにある小さな冷蔵庫から、数本のプロテインバーを取り出し、クールな表情を自慢げにさせて幸太郎に見せた。


「最近発売されて、現在売り切れが続出しているプロテインバーだ。入荷待ちばかりで手に入れるのに苦労したが、もったいぶっている場合じゃない。お前たちにやろう」


「プロテインから離れましょうよ」


 逡巡をしながらも、消耗しきっているみんな全員にプロテインバーを渡そうとするありがた迷惑なティアに、幸太郎は呆れて思わずツッコんだ。


「売り切れ続出って聞いたらアレのこと思い出しちゃった……楽しみにしてたのに……」


 ティアの言葉で苦労してようやく手に入れたが、中身がすべてアンプリファイアにすり替えられていた『本格チーズケーキの憂鬱』を思い出し、幸太郎は項垂れた。


 何かを思い出して一人項垂れている幸太郎に、優輝は興味を示した。


「アレとはなんのことなんだい?」


「『本格チーズケーキの憂鬱』ってお菓子なんですけど、アカデミーに戻る前にはまってて、セラさんたちに紹介しようと思ったら、人気過ぎて売り切れ続出で……」


「あれ美味しいよね。この前リハビリ中に沙菜さんに一つもらったんだけど、すごい美味しかった。かなり人気があるんだってね」


「この間進藤君のおかげでようやく見つけたんです。風紀委員本部に置いて、今日みんなで食べようと思ってたら、中身がアンプリファイアになってて――」

「そう、それだ……それだよ――それだって!」


 幸太郎の呑気な話を遮るように、突然進藤が声を上げた。


 突然声を上げて、興奮しきっている表情の進藤に全員の視線が集まる。


「大量のアンプリファイアはノースエリアの倉庫から拡散されるかもしれねぇ!」


 興奮で進藤の声は若干震えていたが、確信めいたものが含まれていた。


 進藤の言葉にピンと来なかったセラたちだったが、すぐにセラは何かに気づいたように、「進藤君の言う通りかもしれません」と声を上げた。


「制輝軍がアカデミー都市を闊歩している中、大量のアンプリファイアを運ぶのは困難――ですが、アカデミーに流通するすべてのものが集まる倉庫にある配送トラックでアンプリファイアを運べば、誰にも不審がられずに済みます。倉庫ならここからそう遠くない距離にあるので、行って確かめましょう」


「お前たちの思いつきは悪くない、だが――」


 進藤の思いつきを支持しているセラだが、確証が持てないティアとしては良い考えでももう少しよく考えてみるべきだと思っていた。しかし、そんな彼女の思考と言葉を邪魔するかのように、ポケットの中の携帯が震えはじめた。


 一言断ってからティアはポケットから携帯を取り出して液晶画面を見ると、見慣れぬ番号だった。普段は見慣れぬ番号から電話がかかってきても、ティアは無視をするが、状況が状況なので電話に出る――


「……巴か?」


 着信相手が巴であることがティアの口から出て、気になりつつもセラたちは二人の会話の邪魔をしないように黙った。


 一分も満たない短くも淡々としたやり取りの後、ティアは通話を切った。


 通話を切ったティアが何を言うのか、全員の期待と不安に満ちた視線が集まる。


「知り合いの携帯を借りて連絡してきた巴の情報によると――進藤の閃きは正しいかもしれん」


 落ち着き払った声で放ったティアの言葉に全員が安堵の息を漏らすが、同時に場の空気が張り詰めた緊張感のあるものへと変化した。


「巴の情報筋によると、一週間前のノースエリアの倉庫で、不審な人物と貴原が一緒にいるところが目撃されたらしい」


 確たる証拠を得て、進藤の表情は明るくなる。


「セラ、巴からの伝言だ――覚悟をしろと」


「わかってる」


 連絡を禁じられているにもかかわらず、巴が連絡してきたということは制輝軍との衝突が避けられなくなるということを理解しているセラは力強く頷いた。


「そうと決まったら、さっそくそこに向かって、貴原と決着を――」


 巴が得た情報でノースエリアの倉庫に貴原たちがいることが確定になり、さっそく進藤はすべての決着をつけるために、倉庫へ向かおうと声を上げた瞬間――

 爆発音にも似た凄まじい衝撃音とともに、入口の扉が吹き飛んだ。


 扉が吹き飛ぶと同時に、セラ、ティア、沙菜はすぐに輝石を武輝に変化させ、遅れて進藤とサラサも輝石を武輝に変化させた。


「見~つけた♪ 情報通り、みーんな揃ってるんだね」


 媚びるような作り声が入口から響く同時に、セラたちに向けて凄まじい殺気が放たれた。


「おねーさん、焦らされちゃったからさぁ……もう止まらないよ?」


 大勢の制輝軍を引き連れ、武輝である巨大な斧を肩に担いだ銀城美咲が現れた。


 普段の軽薄そうな表情を獰猛で凶悪なものへと変化させた美咲は、興奮で官能的に息を乱していた、好戦的で扇情的な雰囲気を纏っている彼女をティアは睨む。


目撃情報が学内電子掲示板に書き込まれてたからここに来てみたら、案の定みんな揃ってるし――いやぁ、覗かれてるみたいでハイテクって怖いよね」


「……巴の連絡が終わると同時に現れるとは、随分とタイミングが良いな」


「セラちゃんと別れた後の巴を制輝軍が監視してたから――情報収集に向かった巴なら、有益な情報を得ればここにいる誰かに連絡すると思ったからねぇ」


「巴が私に連絡して、全員を拘束できる条件が揃ったというわけか……」


「き、きたねぇぞ!」


 制輝軍のやり方に思わず怒声を上げてしまった進藤を、何も言わずに美咲は新しい玩具を見つけたようにニッコリとした笑みを浮かべた。


 フレンドリーにニッコリとしながらも、迫力がある美咲の笑みを向けられて進藤は息を呑んで黙ってしまった。


「盗み聞きしてたけどみんなノースエリアの倉庫に向かうんだって?」


「そこまで知ってるなら話が早い。協力しろ」


 すべてをわかっている美咲に、有無を言わさぬ口調でティアは協力を求めるが、わざとらしく美咲は肩をすくめて困り果てたような演技をする。


「親友のために協力したいのは山々なんだけど……今ティアの邪魔をして、みんなと戦った方が面白いかな? ――ねぇ、ティア……いいでしょ?」


「――付き合ってやる。私一人だけだが」


「それで十分❤」


 ティアの許可を得られると同時に、獣のような瞬発力で美咲は極上の餌に飛びついた。


 飛びかかると同時に美咲は片手から両手に持ち替えた巨大な斧を大きく振り上げて、ティアに向けて渾身の力を込めて振り下ろす。


 眼前に迫る凶刃をティアは避ける素振りも逃げることもなく、セラに目配せをした。


 ティアに目配せをされて力強く頷いたセラは幸太郎の手をきつく握り――

「ここはティアに任せて、私たちは倉庫に向かいます!」


 迷いなくセラはそう判断すると同時に――振り下ろされた美咲の凶刃を、ティアは片手で持っただけの武輝である大剣を薙ぎ払うように振って衝突させた。


 ぶつかり合った二人の武輝は甲高い金属音を周囲に響かせると同時に、ぶつかり合ったことで生まれた衝撃波が突風となってセラたちを襲った。


 ティアと美咲の武輝は一瞬だけ拮抗し合うが――床を砕くほどの力強い一歩を踏み込むと同時に、ティアは力任せに片手で持った大剣を振り、美咲を外まで吹き飛ばした。


 吹き飛ばされた美咲は受け身も取らずにアスファルトの地面に激突して、地面に突っ伏したまま動かなくなった。


「行け」


 ティアの言葉にセラたちは大きく頷き、美咲が吹き飛ばされて呆然としている制輝軍たちの隙をついて、セラたちはすべての決着をつけるためにノースエリアの倉庫へ向かった。


 走り去るセラたちに一瞬だけ遅れて反応した制輝軍たちは、彼女たちを追おうとするが――目の前に突然現れた光球が彼らの行く手を阻むと同時に、光の刃が頬を掠めた。


「……セラさんたちの邪魔はさせません」


「少し厳しいけど――ちょうどいいリハビリにはなりそうかな?」


 武輝である杖を持った、眼鏡のレンズの奥から発せられる射抜くような沙菜の眼光に、制輝軍は思わず息を呑んでしまう。


 そして、沙菜以上の威圧感を持つ、武輝である刀を手にして車椅子から立ち上がり、自身の周囲に数本の光の刃を生み出している、アカデミー最高戦力と称されていた久住優輝を前にして、制輝軍たちの顔は恐怖に染まって動けなくなってしまっていた。


「ティア、彼らの足止めは俺たちに任せて君は銀城さんを」


「優輝さんのことは私が守りますので、安心してください」


 自分をフォローしてくれる二人の心強さに感謝をしながら、ティアは二人に力強く頷き、受け身も取らずに地面に激突しながらも平然と立ち上がった美咲を睨んで、対峙する。


「アカデミー最高戦力と、泣き虫の『』のサッちゃん――それに、ティア――もう、最高ッ!」


 今の状況に恍惚とした表情を浮かべている美咲に、もう何も語ることはないティアは彼女に向けて大きく一歩を踏み込み――武輝である大剣を振り下ろした。


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