第28話

 ティアの訓練場から離れてからセラたちは目的地へと向けて走っていた。


 あの場をティアたちに任せて十分間以上走り続けてノースエリアに入ったが、目的地はまだまだ先だった。


 大勢の制輝軍に囲まれたティアの訓練場で、残ったティアたちが制輝軍たちの足止めをしてくれているのか、制輝軍の襲撃がなく、順調な道程だったが――


 輝石の力を使っているのに加え、基礎的な体力もある他の三人と比べ、輝石の力を上手く扱えずに体力がない幸太郎は、激しく息を乱していた。


 セラたちに必死について来ていたが、すっかりペースダウンしてしまっていた。


「大丈夫ですか? 幸太郎君」


「あ、ありがとう……ティアさんの訓練の方が厳しいからまだほんのちょっと余裕」


「それなら、後もう少しですので頑張ってください。もしもの場合は背負いますから」


「背負われるよりも、背負う方がいいかも……」


 体力に余裕がある進藤とサラサを先に向かわせたが、セラは決して幸太郎から離れることなく付き添って走っており、彼にエールを送り続けていた。


 セラのエールにやる気を出した幸太郎は、限界を迎えていた自分の体力に喝を入れて、根性で足を動かして先に向かった。


 走った先には、先に向かっていたはずの進藤とサラサが、ペースを落として走っており、幸太郎が近づいてくると二人は立ち止まった。


「ティアさんに訓練を受けてるけど、その様子じゃ成果はなさそうだな」


「でも、夏休みの運動不足は解消できたよ」


 呑気に会話をしている幸太郎と進藤だが、体力の限界を迎えている幸太郎を気遣って、進藤はたわいのない話をしていた。


 進藤の気遣いを察して、微笑みを浮かべながらセラは周囲を見回していた。

 いつ制輝軍に襲われても良いように、周囲を警戒していたセラだが――


 何かがおかしい……

 ――静か過ぎる。


 今回の騒動をアカデミー都市中の人間が注目しているにもかかわらず、静か過ぎる周囲の状況に違和感を覚えていた。


 そう思っていると、突然セラたちの前に円柱ボディのガードロボットが現れた。


 普段アカデミー都市中を清掃して回り、有事の際は清掃ロボットから戦闘ロボットに変わるガードロボットだが、現れたガードロボットは両腕に大型のショックガンが装着され、円柱ボディには六角形の輝石を模したマークがあった。


 制輝軍仕様の戦闘用ガードロボットの登場に、進藤は幸太郎との会話を中断させて一気に警戒心を高めて輝石を武輝であるブーメランを変化させて、構える。


『大人しく投降して』


 ガードロボットに装着されたスピーカーから、冷たい声が響くと同時に、四方八方から夜の闇に紛れていた大量の制輝軍仕様のガードロボットが現れて、セラたちを囲んだ。


 囲まれた状況でセラたちは武輝を構えて、戦闘準備を整えたが――幸太郎だけは、スピーカーから聞こえた聞き覚えのある声が誰なのか思案していた。


 そして、声の主がすぐにヴィクターの娘のアリスであることに気がついた幸太郎は、キョロキョロと周囲を見回してアリスの姿を探していた。


「アリスちゃん――どこにいるの?」


『近くて遠い場所――物理的にも精神的にも』


「それ、博士も言いそう」


『……あの人は関係ない』


 父の話題が出た瞬間、冷たく抑揚のないアリスの声が若干苛立ちで荒くなる。


「博士、元気?」


『……あの人は拘束されて、事情聴取を受けてる』


「博士と仲が悪いの?」


『あなたには関係ない』


「博士と仲直り――」

『しつこい! アンタには関係ないでしょ!』


 父の話ばかりする幸太郎に我慢の限界が訪れたのか、スピーカーから発せられるアリスの声が、歳相応の駄々をこねている子供のような声で幸太郎の言葉を遮った。


 さらに幸太郎は話を続けようとしたが、セラに肩を掴まれて制された。


「……アリスちゃん。今回の件、ノースエリアの倉庫に行けば解決できそうなんです」


『そう』


「協力してくれませんか?」


『関係ない』


 幸太郎に代わってセラがアリスと話をはじめ、協力を求めようとするが、考える素振りすらなくアリスは素っ気なく即断り――


 ――どこからかともなく飛んできた光弾がセラの足下に着弾した。


 まるで、これ以上は余計な話をするつもりはないと言っているようだった。


『あなたたちもあの人が作ったもの――だから、私はあなたたちを潰す』


 冷たくアリスはそう告げるとともに、ガードロボットたちの両腕に装着された大型ショックガンの銃口が一斉にセラたちに向けられた。


 アリスの命令があれば一斉にショックガンによる銃撃がはじまる状況に、今まで押し黙っていたサラサが前に出た。


「親子喧嘩に人を巻き込まないで、ください」


 透明感のある声で発したサラサの言葉が、アリスの心の急所を的確に抉った。


 サラサの言葉にアリスは一瞬押し黙った後に、『違う』と否定した。


『これは制輝軍としての任務』


「違わない、です」


『話にならない』


「今のアリスさんは私たちに八つ当たりしてるだけ、です」


 すべてを見透かしているようなサラサの言葉に、すぐにアリスは反論できなくなる。


「……セラお姉ちゃん、ここは私に任せて」


「――わかりました。ここはお願いします、サラサちゃん」


 風紀委員の一員であるサラサの固い意志を感じ取ったセラは、この場をサラサに任せることに決めると同時に、セラが持っている武輝の剣の刀身に光が纏い――


 薙ぎ払うように振った剣から光の衝撃波を発射する。


 セラが放った衝撃波は、進路にいる大量のガードロボットに直撃する。


 あっという間に半分以上のガードロボットが衝撃波で鉄屑と化した。


 進路にいるガードロボットを破壊すると同時に、セラたちは先へと向かう。


 ガードロボットは両腕の大型ショックガンから不可視の衝撃波をセラたちに放つ――


 だが、セラたちの背中を守るようにして立つ、武輝である二本の短剣を手にしたサラサによってすべて防がれた。




――――――――――




 サラサと別れたセラたちは、道中ガードロボットや制輝軍たちの足止めを食らいながらも、セラがすぐに対応して確実に倉庫に近づいていた。


 体力の限界を迎えながらも必死に走る幸太郎を励ましながら進藤は目的地まで走っていた。


 仲睦ましい二人の姿を眺めながら、セラは微笑ましく思っていたが――


 セラは違和感のようなものを覚えると同時に、何か嫌な予感が生まれていた。


 何か心の中で拭えない何かがあったが――それが何か漠然としなかった。


「セラさん、大丈夫?」


「あ、す、すみません。大丈夫ですよ。後少しなので頑張りましょう」


 漠然としない何かに暗い表情を浮かべて、一歩遅れて走っているセラを心配した幸太郎は話かけると、一拍子遅れてセラは反応して笑みを浮かべた。


 ――今は考えることよりもやるべきことがあるんだ。

 今は幸太郎君のために、余計なことは考えないようにしよう。


 心の中でセラはそう言い聞かして、今は目先の目的に集中することにした。


「今度自転車でも買おうかな?」


「ノースエリアからセントラルエリアって意外と距離あるから、毎朝自転車で通学するとなると結構面倒だぞ。通学で使わないとなると、結局お荷物になるし」


「毎朝ティアさんに走り込みさせるのとどっちが面倒だろう」


「……そりゃ、当然ティアさんの方だろ」


 セラの気も知らないで、たわいのない話を幸太郎と進藤はしながら疲れを紛らわせ、ようやく目的地である大型の倉庫が立ち並ぶ、アカデミー最大の倉庫群に到着した。


 倉庫群前に到着したセラは、周囲の状況を確認する。


 周囲には明かりが少ないので視界が悪かったが、それでもすぐにセラの目に入ったのは、普段、関係者以外敷地内の立ち入りを禁じて、固く閉ざされている入口の鉄の門扉が大きく開いて、明らかに侵入の形跡があった。


 鉄の門扉にはこじ開けられた痕跡があり、近くの監視カメラが破壊されていた。


「……ここに来るまで自信はなかったけど、どうやら大当たりみたいだな」


 自分の考えが間違いではなかったことに進藤は安堵するが、それ以上に倉庫内に自分たちを陥れた敵がいると思い、身が引き締まるとともに若干の怯えが生まれた。


 そんな進藤の心の内を悟ったのか、セラは彼に向けて母性的な優しい笑みを浮かべて、不安を抱く彼を安堵させるともに、頼りにしているようだった。


 優しいセラの笑みを向けられ、照れた進藤は咄嗟に彼女から視線を外した。


 照れながらも、セラから頼られているように感じた進藤は、改めて身が引き締まるとともに、芽生えそうになった不安をかき消した。


「――行きましょう」


 セラの言葉に進藤は力強く頷き、背中を守るために進藤は幸太郎の背後に立った。


 大きく開いた門から、倉庫群の敷地内に入った瞬間――


 大型配送トラックのヘッドライトの光がセラたちを照らし、目を眩ませた。


 同時に、エンジンが動き出す低い唸り声が周囲に響き渡る。


「ようやく来たなぁ! 待っていたよ! 待っていた! ずーっと待っていたよ!」


 狂気に満ち溢れた声とともに、ヘッドライトの光に紛れて黒い影が幸太郎に襲いかかる。


 目が眩みながらも、セラは輝石を武輝に変化させて、自分に近づく凶悪な気配に気づいていない幸太郎の前に庇うようにして立つ。


 幸太郎に向けて影が手に持っている細長い黒い凶刃から放った一撃をセラは片手で持った武輝で受け止めた――が――


 これは――この力は……!

 アンプリファイア――!


 受け止めた瞬間に凄まじい力の衝撃が全身を襲い、セラはそれに耐え切れずに吹き飛ぶ。


 吹き飛びながらも空中で身を翻して体勢を立て直し、セラは華麗に着地する。


「おっと! 間違えた、間違えた! 間違えてしまったよ! セラさん! これは失礼!」


 狂気に溢れた笑い声を上げる人物を、セラたちは回復した視界で確認すると――


 武輝であるサーベルをきつく握り締め、整った顔立ちを狂気に歪ませ、全身から暴力的な殺気を漲らせている貴原康がいた。


 普段下衆な本性を紳士的な外面で隠している貴原だが、セラたちの目の前で狂気を溢れさせている貴原の様子は、明らかに普段と違っていた。


「……イメチェン?」


「明らかにマイナスしかなってないイメチェンだろ……」


 明らかに普段と様子が違っている貴原を幸太郎は不思議そうに眺めていた。


 こんな状況でも相変わらず呑気な幸太郎に、貴原は狂喜と殺気に満ちた視線を向けた。


「相変わらず癪に障るクズが……」


「貴原……お前一体どうしちまったんだよ」


「どうした? ククッ――最高の気分だよ! これがまさに力というものだ!」


 懐から出した緑白色に輝く石を取り出し、愛おしそうに口づけをした。


 神秘的でありながらも妖しく、毒々しい緑白色の光を放つ欠片を見て、それがアンプリファイアであり、今の貴原がアンプリファイアの力を使っていることを進藤と幸太郎は理解できた。


「これで……この力でお前たち弱者を排除してやる! 今すぐに!」


「た、貴原――……ダメだ、アンプリファイアで完全に理性を失ってやがる……」


 アンプリファイアによって得た力と狂気に支配された貴原の目に、進藤は恐怖を覚えたが、幸太郎は特に何も気にすることなく貴原を見つめ返していた。


 こちらを見つめ返してくる幸太郎に、貴原の表情は憎悪で歪む。


「七瀬幸太郎、七瀬幸太郎――……邪魔だ、邪魔だ、邪魔なんだよ! 我が愛しい人の周りをウロチョロして、彼女を振り回すお前は邪魔だ! お前さいなければ――お前さいなければ……お前さいなければ! お前さえ――」


 憎悪の言葉を連呼する貴原に、セラが武輝から放った光の衝撃波が飛んで来る。


 貴原は大きく後退してセラの攻撃を回避した。


「相変わらずあなたは素晴らしい力を持っているようだ!」


 進藤と幸太郎の前に庇うようにして立ち、鋭い目で自分を睨んで対峙しているセラの姿を見て、嬉々とした声を貴原は叫び、セラに向けて手を差し伸べた。


「さあ、さあ、セラさん――私とともに行きましょう……どうせ、風紀委員はもう終わりなんだ! クズの掃き溜めにいても意味がないだろう?」


「まだ終わっていない」


「まったく、本当にあなたは諦めが悪い人だ!」


 諦めの悪いセラに、仰々しく貴原はため息を漏らし、不敵な笑みを浮かべた。


「まあいい……君たちはもう終わりだ! さあ、混沌の火種を撒き散らすがいい!」


 声高々に貴原はそう宣言すると、配送トラックが動きはじめる。


「あれにアンプリファイアが――」

「おっと! させませんよ、セラさん!」


「邪魔をするな!」


 貴原の言葉でアンプリファイアが積まれていると察したセラは、トラックの動きを止めようとするが――眼前に現れた貴原の攻撃が邪魔をする。


 邪魔をする貴原に、セラは怒声を上げるとともに武輝を振う。


 セラの一撃を貴原は難なく受け止めるが、間髪入れずにセラは第二の攻撃を仕掛ける。


 セラの連撃に狂気に満ちた笑みを浮かべながら、貴原は受け止める。


「そうだ、そうだ、そうだ! 見てくれ、セラさん! 私をあなたの瞳の中で捕えてくれ!」


 セラの瞳には自分しか映っていないことに気づいて貴原は歓喜の声を上げる。


 歓喜の雄叫びとともに振り下ろした貴原の一撃を、セラは片手で持った武輝で受け止め、同時に彼の腹部に回し蹴りを放つ。


 セラの蹴りが貴原の鳩尾に直撃したが、貴原は怯むことなくセラに攻撃を仕掛ける。


 貴原の攻撃を受け止め、捌きながら、セラは動き出したトラックの様子を一瞥した。


 トラックはすぐに加速をはじめ、あっという間にこの場から離れてしまっていた。


「お、おい! 七瀬!」


 だが、進藤の制止を無視してすぐに走り去ったトラックを追って無言で走りはじめた幸太郎を見て、セラは安堵の微笑を浮かべた。


「進藤君! あのトラックの動きを止めてください! ――幸太郎君をお願いします!」


 突然のセラの指示に進藤は戸惑いながらも、力強く「わかった、任せとけ!」と頷いて、トラックを追う幸太郎の後を追った。


 走り去った進藤と幸太郎を見て貴原は嘲笑を浮かべた。


「あの役立たずの二人に任せるとは、セラさんも間違った判断をするんですねぇ」


 ねっとりとした嫌味を吐き捨てながら、セラに鋭い刺突を仕掛ける貴原。


 上体をそらして鋭い刺突を回避すると同時に足を上げて、セラは貴原の顎を蹴り上げた。


 顎に蹴りが直撃しても、貴原は怯まずセラに蹴られた顎を愛おしそうに撫でた。


「間違っているか否かは――すぐにわかることです」


「ようやく二人きりになれて嬉しいですよ、セラさん」


「アンプリファイアの力に呑まれているとはいえ――……正直ドン引きです」


 アンプリファイアの力で理性を失いながらも自分にラブコールを送る貴原に、セラは辟易したようにため息を一度漏らし――真っ直ぐと鋭い眼光で彼を睨んだ。


 相手を威圧する、迫力のあるセラの眼光に、恍惚なため息を漏らして、貴原は想い人に見つめられる快感に身震いした。


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