第38話

 素晴らしい――……まさか、これほどとは……

 だが、残念じゃ……若き芽を摘まなければならないとは。


 優輝とティア、将来有望な若き輝石使いを相手にして、イリーナは二人の実力に心の底から感心するとともに、自分の邪魔をする二人を倒さなければならいことを残念に思っていた。


 だが、そう思いながらもイリーナは自身に肉薄するティアと優輝に向け、自身の持つ輝石の力を限界以上に引き出して周囲に複製した自身の武輝である無数の大砲の砲口から、一斉に光弾を発射した。


 イリーナの放った光弾は周囲の木々を薙ぎ倒し、地面を抉って美しい花を散らしていた。


 無数に放たれた光弾の軌道を一つ一つ読んで的確に回避しながら、武輝である大剣を片手に持ったティアはイリーナに接近し、イリーナに近づきつつも優輝は生み出した無数の光の刃を発射して自分やティアに迫る光弾を撃ち落としていた。


 自身に接近するティアに、周囲に生み出したものよりも一際大きい砲口を生み出すと、それから極太のレーザー上の光を発射した。


 紙一重で回避して、走る速度を変えずにイリーナに向かうティア。


 イリーナは自身の力を地面に集中させると、ティアの足元の地面に亀裂が入った。


 その亀裂から現れた砲口からレーザー状の光が発射されると、咄嗟にティアは後方に向けて大きく身を翻して回避。


 間髪入れずに空中にいるティアに向けて無数の砲口から光弾が放たれるが、そのすべてを優輝が生み出した無数の光の刃が撃ち落とした。


 空中にいながらも、ティアは空を片足で軽く蹴ってイリーナに向かって急降下しながら、自身の武輝である大剣の刀身に輝石の力を纏わせ、刀身から光の刃が伸びた。


 光の刃が伸びてリーチが伸びた武輝である大剣を片手で荒々しく振り上げ、地上にいるイリーナに向けて振り下ろしたが――イリーナはフワリと宙に浮かんで容易にその一撃を回避した。


 宙に浮かんだイリーナはティアが着地をすると同時に、自身の周囲に生み出した無数の砲口から地上にいるティアと優輝に向けて光弾を連射する。


 だが、それよりも早く地上にいる優輝は生み出した光の刃をひも状に変化させ、イリーナの身体を拘束すると同時に、地上に向けて叩きつけようと思いきり引っ張った。


 地面に叩きつけられる寸前、イリーナは優輝の死角に生み出した小さな砲口から光弾を発射すると、優輝はイリーナを地面に叩きつけるのを中断して横に飛んで光弾を回避した。


 全身に纏う輝石の力を一瞬だけ強くして、自身を拘束するひも状に変化した輝石の力を消滅させようとすると、ティアが襲いかかってきた。


 身体を半回転させて勢いをつけ、片手で持った武輝を薙ぎ払うティアの攻撃を、イリーナは上体を大きくそらしなて容易に回避しながら拘束を解いた。


 次々と攻撃を仕掛けるティアだが、その隙をついてティアの目の前に砲口を生み出し、イリーナは反撃を仕掛けようとすると、優輝が光の刃を飛ばしてそれを阻んだ。


 フワリと宙に浮いたイリーナはティアから距離を取ろうとするが、それを逃がさない優輝とティアは、武輝に光を纏わせて一気にイリーナに向かって飛びかかった。


 間合いを詰めると同時に二人同時に武輝を振るって連携攻撃を仕掛けるが、イリーナが自身の目の前に発生させた高密度の輝石の力が込められたバリアを張って二人の攻撃を防いだ。


 防ぐと同時に轟音が響き渡り、強大な輝石の力がぶつかり合って発生した衝撃波が周囲の木々をへし折った。


 そして――僅かな抵抗の後、ティアと優輝の連携攻撃はイリーナの張ったバリアを破壊した。


 そのまま一気に決着をつけようとティアと優輝の二人は力強い一歩を踏み込んでイリーナに攻撃を仕掛けるが、二人の背後にはイリーナによって無数の砲口が生み出されていた。


 自分たちの攻撃よりも、僅かにイリーナの攻撃の方が早いと瞬時に判断したティアと優輝は、横に飛んで回避するが、ティアの回避行動が一瞬だけ遅れてしまった。


 それを見た優輝は咄嗟にティアに飛びかかり、二人揃って地面に突っ伏した。


「……放っておけと言ったはずだ」


「お前の情けない姿が見ていられなかったんだ」


「一応感謝はする――だが、次、余計なことをしたら覚悟をしておけ」


「はいはい、わかったわかった。まったく、強情な奴だな」


 不機嫌な表情を浮かべながらも自分を助けてくれた優輝に不承不承といった様子で感謝の言葉を述べたティアはゆっくりと立ち上がった。


 不機嫌でじっとりとしたティアの視線を受け、優輝はやれやれと言わんばかりにため息を漏らして服についた土を払いながら立ち上がった。


 さすがは将来有望な若き輝石使い、このワシをここまで追い詰めるとは。

 しかし――勝負ありじゃ。


 お互い防戦一方で決定打を決めることができなかったが、実力者二人を相手に徐々にだがイリーナは確実に追い詰められていると感じていたが、先程の二人の様子を見て勝利を確信した。


 今のティア、そして、自分に攻撃を仕掛ける時のティア、攻撃を仕掛けるために大きく一歩を踏み込もうとするティア、どの彼女も片足と片腕を庇っているようにイリーナには見えた。


 加えて、そんなティアに気遣っている優輝――ティアが怪我をしているのは明白だった。


「このワシをここまで追い詰めるとは、さすがじゃな。ティアリナはとうにデュラルを超えておるし、宗仁と比べてまだ輝石の力を自由に変化させられないようじゃが、それでも輝石の力を操る力は圧倒的に息子の優輝の方が上じゃ。多くの輝石使いを見てきたが、お主たちのような実力者は僅かじゃ。お主たちの力は親から受け継いだ天賦の才もあるが、生まれながらにして持った才覚に奢って修練を怠ることなく、修練に修練を重ねて得た力じゃ。誇ってもいい」


「父を含めた多くの輝石使いを育ててきたあなたにそう言われるのは光栄ですよ」


 自分たちの実力を素直に認めて称賛を送るイリーナに、ティアは無視して警戒心と激しい敵意を送り続け、優輝は皮肉っぽく笑いながら称賛への感謝の言葉を述べた。


「ただ、お主たちには残念じゃがこの勝負はワシが有利じゃ――ティアリナよ、どうやらお主は前のワシとの交戦で怪我をしたようじゃの」


 勝ち誇った笑みを浮かべて煽るイリーナにティアは何も言わずにただただ睨んでいた。


「本調子のお主たちには勝てる気はしないが、怪我人がいるなら別じゃ。怪我人を抱えて勝てるほど、ワシは甘くはない」


 怪我をしているとはまったく感じられない力強い目で睨んでくるティアを、イリーナは鋭い目で睨み返した瞬間――自身の周囲に大量の小さな砲口を生み出した。


 そして、無数の砲口から一斉に光弾を二人に――特に、ティアに集中して発射した。


 即座に優輝はイリーナが生み出した砲口の数よりも多くの光の刃を生み出し、それらを発射して自身とティアに迫る光弾を撃ち落としていた。


 一方のティアは自分が狙われているにもかかわらず、退くことも避けることもなく、逆手に持った武輝を盾代わりにしてイリーナに向かって真っ直ぐに突っ走った。


 そんなティアに向けて休むことなく光弾を発射し続けるイリーナ。


「ティア、よせ! 今のお前じゃ彼女に近づけない!」


 優輝の制止を無視して、集中狙いされながらも、歩みを止めることなくイリーナに向かうティアだが、彼女の猛攻に耐え切れなくなってしまい、盾代わりにしていた武輝が弾かれ、一発の光弾がティアに直撃する。


 痛みで苦悶の声を上げそうになって怯んでしまうのを必死に堪え、仕方がなくティアは大きくバックステップして後退しながらも、光を纏った武輝からイリーナに向けて光弾を放った。


 苦し紛れの反撃をイリーナは自身の周囲に浮かぶ砲口から発射した光弾で容易に打ち消し、詰めていた間合いを不承不承開けたティアを見て、イリーナは優越感に満ちた笑みを浮かべて、改めて勝利を確信した。


 優輝とティア――一人一人の戦力は自分と同等かそれ以上の力を持つ実力者だが、イリーナがもっとも警戒していたのはティアだった。


 優輝は自分と近い力と戦法の輝石使いであり、輝石の力を操る力が高いために、武輝に変化した輝石の力を自在に引き出し、引き出した力の形を自由に変化させ、その力を無数に生み出して相手にぶつける戦い方だった。


 優輝と自分の戦い方は似ているため、相手がどのような動きをするのかはよく理解していたが――一方のティアは、自身の身体能力を生かした荒々しい戦い方を得意としており、接近戦が不得意なイリーナが苦手とするタイプだった。


 もちろん、ティア以外のタイプとは何度も戦ったことがあり、対処法も心得ているが、そんな彼らとティアは次元が違うほど己の身体を限界以上に鍛え上げ、過去の戦いで得た対処法は役に立たなかった。


 しかし、満身創痍である今のティアを対処するのは余裕であり、後の問題は彼女とは違って怪我をしていない優輝だけだった。


 その優輝もティアを気遣って無駄な隙を作ってしまっているため、そこを上手くつけば二人を倒せるとイリーナは確信していた。


 イリーナは宙に浮かぶ砲口を更に増やし、優輝を狙いつつ再びティアに集中攻撃を仕掛ける。


 絶え間なく発射される光弾の嵐をかいくぐりながら、ティアはイリーナとの間合いを詰めるが、怪我をしている足が痛むのか、間合いを詰める彼女の足が一瞬止まりそうになる。


 その隙にイリーナの放った光弾がティアに殺到するが、後方にいる優輝が飛ばした光の刃が光弾を撃ち落としてティアのフォローをする。


 再び気を遣わせた優輝に忌々しさと感謝の念を抱きつつも、ティアは彼の気遣いに応えるためにイリーナとの間合いを一気に詰め、力強い一歩を踏み込むと同時に武輝を振り下ろした。


 しかし、ティアの攻撃は再びイリーナが生み出したバリアに阻まれてしまう。


「残念じゃが、お主の攻撃は届かぬ」


 煽るようにそう告げるイリーナに向けて、無言で再び武輝を振り下ろしてバリアを破壊しようとするが、それよりも早くティアの背後に生み出した砲口から光弾が発射され、直撃したティアは吹き飛んで地面に叩きつけられた。


 自身の攻撃が届かず、悔しそうな表情を浮かべている地面に倒れたティアをイリーナは性悪な笑みを浮かべて見下しながら、空に向かって指を差した。


「お主たちは簡単には倒れそうにないからの――ワシの全力の攻撃を見せてやろう」


 イリーナはそう宣言すると同時に、空から一筋の小さ光が降ってきた。


 その光が地面に落ちてきた瞬間、轟音とともに大きなクレーターが生まれ、周囲の木々や地面に咲いていた花々が跡形もなく消え去った。


 イリーナの必殺の一撃の威力を見たティアと優輝は目を見開いて驚いていた。


「今、ワシはこの場から遠く離れた天高く、空を超えた先にある星の海に武輝を生み出した――連発できないのが難点だが、星の海から降り注ぐ輝石の光を浴びれば、頑丈なお前たちでもただでは済まないほどの威力はあるぞ」


 宇宙空間から降り注ぐ自身の必殺の一撃を自信満々に語るイリーナには狙いがあった。


 自分にとっての最大級の攻撃を見せれば、その分優輝が警戒してティアを過剰にフォローして、隙が多くなると考えたからだ。


「さあ、終わりにさせてもらうぞ」


 これで一気に決着をつけるつもりで、イリーナは攻撃を仕掛ける。もちろん、ティア狙いで。


 地形を変えるほどの威力を持つイリーナの必殺の一撃を見ても怯むことなく、迫る光弾をかいくぐってティアはイリーナに飛びかかり、そんな彼女フォローをする優輝。


 イリーナの思惑通り、自分の最大級の攻撃を見て警戒した優輝は先程以上にティアのフォローに徹していた。


 イリーナとの距離を詰めたティアは、連続攻撃を仕掛けるがふわりと宙に浮いているイリーナは容易に回避を続けながら、自分の思惑通りに二人が動いてくれているのを見て、イリーナは満足そうに微笑むと、宇宙空間に生み出した大砲から光弾を撃ち出した。


 光弾は地上にいるティアへと降り注ぐが、それに気づきながらも攻撃を続けるティアの気迫に、イリーナは気圧されながらも余裕な笑みを浮かべて回避を続けていた。


 自分の一撃では決定打を与えられないと判断して、降り注ぐ光弾をギリギリまで引きつけ、自分諸共直撃させようとしているのだろうとイリーナはティアの魂胆を読んでいた。


 ――そして、その一撃を優輝が受け止める。


 今のティアリナが受け止めれば、戦闘不能は必至。

 優輝であるなら受け止められるであろうが、さすがにこの一撃を受け止めるのに大きな力を使うじゃろう。

 その時、優輝に大きな隙が生まれるはず――優輝さえ倒せば、後はこっちのものじゃ。


 優輝の行動を先読みして、いたずらっぽく笑うイリーナ。


 しかし、天から降り注ぐ光がティアに迫っても、優輝は何も行動はしなかった。


 それどころか、優輝はティアに代わってイリーナに飛びかかっていた。


 ――これが狙いか!


 自分に向かってくる優輝を見て、イリーナは即座に自分の失敗に気づいて、優輝と連続攻撃を仕掛けるティアから離れるのが僅かに遅かった。


 宇宙空間から降り注いだ光はティアを包み、イリーナに飛びかかった優輝は勢いよく武輝である刀身に光と纏わせた刀を突き出した。


 咄嗟に自身の周囲にバリアを張るイリーナだが、満身創痍のティアとは違って強い力で踏み込んだ渾身の刺突はバリアを容易く破壊し、ようやくイリーナに攻撃が届く。


 優輝の攻撃を受けてイリーナの小さな身体は激しく吹き飛び、地面に叩きつけられた。


 容易にバリアを崩すほどの渾身の優輝の一撃はイリーナに深刻なダメージを与え、苦悶の表情を浮かべているイリーナは膝をついたまま中々立ち上がることができなかった。


「土壇場で仲間を見捨てるとは……仲良しのお主たちには想像できなかったことじゃった」


「足手纏いの怪我人を抱えたままあなたを倒せるとは思っていませんよ。長期戦になれば話は別だと思いますが、この忙しい状況でそんなに時間もかけていられませんからね。短期決戦を狙うため、その足手纏いを利用しただけです」


「ということは、お主が最初ティアリナを気遣っていたのは演技だったということか」


「そういうことです……まあ、不意打ち仕掛ける作戦にティアは納得していませんでしたが、あなたを倒して幸太郎君を守るためなら何でもしますよ」


「どうやらいよいよ宗仁を超えてきたようじゃの……だが、ワシはまだまだやれるぞ」


「そんな状態でまともに戦えると思っているんですか?」


「まったく、老人相手にあんな攻撃をするとは、少しは老人を労わったらどうじゃ。だが、ワシは退く気はないぞ……さあ、続けるぞ」


「それなら、ご老人のためにもう終わりにしましょうか」


 優輝との会話をすることで体力回復に勤しんでいたイリーナは、それが終わってフラフラと立ち上がるが、優輝の強烈な一撃を食らって満身創痍で今までのような攻撃や動きができないことは明白で、一気にイリーナは不利になった。


 今の自分は満身創痍になっているティアと同等であり、いまだに体力が衰える気配のない優輝に敵わないと頭の中で警告されるイリーナだが、その警告を無視する。


 教皇庁を守る目的を果たすため、それに、ここまで来た以上もう後には退けないからだ。


 決して退かない意思を見せるイリーナに、優輝は一気に決着をつけるつもりでいたが――そんな優輝の前にティアが現れた。


 イリーナの強烈な攻撃を受けたばかりだというのに、そんな素振りをおくびも見せずに普段と変わらぬ涼しげな表情でイリーナと対峙していた。


 そんな幼馴染を見て、彼女が何を思っているのか理解できた優輝は深々と嘆息する。


「……大丈夫なのか?」


「これで互角だ。それに、どんなに不意打ちをしかけても相手は止まらん」


「それなら、お前ならどう止める」


「二度と幸太郎に手を出させないようにする……手を出すなよ」


「わかったわかった。何をするのかはわからないけど、お前に任せるよ」


 有無を言わさぬ迫力のティアに気圧され、どうするつもりなのかはわからないが優輝は満身創痍の彼女に後のことを任せることにした。


「ただ倒すだけならお前は止まらないし、再び幸太郎に手を出すだろう――なら、二度と手を出させないよう、完膚なきまでお前を叩きのめす」


「優輝ならまだしも、お主にできるかな?」


 イリーナの挑発など気にも留めることなく、ティアは大きく一歩を踏み込んで彼女に向かって一直線に疾走する。


 優輝のように何も考えず、一直線に向かってくるティアに嘲笑を浮かべるイリーナは、自身の周囲に巨大な大砲を複数生み出し、レーザー状の光を発射する。


 立ち止まることも走る速度を落とすことなく、ティアは自身に迫るレーザーを片手で持っただけの剣を軽く薙ぎ払って弾き飛ばした。


 そんなティアに向けて続々とレーザーを発射し続けるイリーナだが、ティアは真っ直ぐとイリーナを見据えたまま止まらない。


 止まらないティアに苛立ちながらも、宇宙からの攻撃を仕掛けるイリーナ。


 宇宙で生み出した武輝から撃ち出された光弾が加速しながら地上にいるティアに向けて落下すると、ここでようやくティアは走ることをやめたが、避けることも防ごうとするわけでもなく、イリーナが連射しているレーザーを武輝で弾き飛ばしながら、頭上から降ってくる光弾が自分に迫るのをじっと待っていた。


 何をするつもりなのかはわからないが、相手が無抵抗でもイリーナは攻撃を中断するつもりは毛頭なく、逆にチャンスだと思って攻撃を続けた。


 激しさが増すレーザーを武輝で弾き飛ばすことをやめて、最小限の動きで回避しながらゆっくりと片手で持っただけの武輝を頭上に掲げると、武輝である大剣の刀身から光の刃が伸びた。


 そして――光の刃が伸びてリーチが伸びた武輝で、宇宙から降ってくる光弾を突き刺した。


 満身創痍で片足を負傷して踏ん張れないというのに、片腕を怪我して片手でしか武輝を持てないのに、普段と変わらぬクールフェイスで容易にイリーナの必殺の一撃を止めて見せた。


「ば、バカな……ど、どこにそんな力が……」


 ティアの姿を驚愕で見開いた目で見たイリーナは、驚きのあまり声を出してしまうが、驚きよりも恐怖の感情を抱いてしまった。


 そんなイリーナのの恐怖心を更に煽るように、ティアは再び間合いを詰めてきた。


 抱いた恐怖心をかき消すようにして、生み出した無数の砲口からレーザー状の光を一斉に発射し、真っ直ぐと自分を見据えながら迫ってくるティアに攻撃を続けるイリーナ。


 だが、ティアは止まらない。


 武輝である大剣を片手に持ちながら、迫るレーザーを回避することもせず、直撃しても怯むことなく、ただただイリーナに接近して決着をつけることにティアは集中していた。


 攻撃を続けて必死にかき消そうとしている恐怖心がティアが自分に近づくにつれて徐々に強くなり、それに堪えきれなくなったイリーナは攻撃の手を若干緩めてティアから間合いを取るために上空へと逃れた――瞬間、ティアの手にしていた武輝の刀身から再び光の刃が伸びた。


 リーチが伸びた武輝を片手で振り上げ、上空に逃げたイリーナ目掛けて振り下ろす。


 咄嗟に防御に集中して自身の周囲にバリアを張るイリーナだが、ティアの一撃は容易にバリアを崩してイリーナに直撃し、宙に浮かぶ彼女の小さな身体は地上に思い切り叩きつけられた。


 イリーナが地面に叩きつけられると、周囲に浮かんでいた砲口が消え去り、同時にティアは膝をついて全身で息をしていた。


 数瞬の静寂の後、膝をついていたティアは上がっていた息を整え、武輝を支えにしてゆっくりと立ち上がり、倒れたまま動かないイリーナに近づいた。


 ティアの眼下に倒れているイリーナは悔しさと苦悶に満ちた表情を浮かべており、立ち上がろうにも身体に残るダメージで、それ以上にティアに対しての恐怖心がまだ体に残っているせいで立ち上がれなかった。


 そんなイリーナに武輝の切先を突きつけ、「これで終わりだ」とティアは冷たく言い放つと、イリーナは歯噛みし、彼女の言われた通りに黙って見守っていた優輝は安堵の息を漏らした。


「まったく……無茶苦茶じゃな……このワシをここまで追い詰め、恐怖心を抱かせるとは……」


「二度と幸太郎に手を出すな」


 有無を言わさぬ迫力で言い放つティアの言葉は、イリーナの覚悟を揺らがせて従わせるには十分な威力を持っていた。


 自身の最大級の一撃を満身創痍でありながらも軽々と受け止めるティアに対して強い恐怖心を抱き、彼女には逆らえないと心の中で思ってしまっているイリーナだが、まだ教皇庁を守るという使命感だけは潰えていなかった。


「お主には悪いが、幸太郎は邪魔なのだ――」


「ティア、離れるんだ!」


 イリーナが何かを仕掛けるつもりだと気づいた優輝はティアに注意を促すが、遅かった。


 ティアを囲むようにしてイリーナが生み出した無数の小さな砲口が現れた。


 自分を取り囲む無数の砲口に取り乱すことなく、ティアは涼し気な表情でいまだに戦意を失わずに、ゆっくりと立ち上がって自分に立ち向かおうとするイリーナを冷たく見下ろしていた。


「すでに戦う力は残っていないが、お主を道連れにするだけの力は残っているぞ」


「それがどうした」


「優輝やお主が行動するよりも早く、ワシはお主に攻撃を仕掛ける。たとえ遅れたとしても、必ずお主を道連れにする……必ずじゃ」


「言いたいことはそれだけか?」


 まともに動けないほどダメージが残っているイリーナだが、自分と同じく満身創痍のティアなら深手を負わすことはできると確信していた。


 事実、ティアは立っているのもやっとのほど消耗しきった状態であり、イリーナの攻撃を受けたら深手を負ってしまうのは確実だった。


 しかし、そんなイリーナの煽るような脅しにティアはいっさい動じることはなかった。


 危機的状況に陥ってもまったく意に介さないティアを見て、想定内だと言わんばかりにイリーナは勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「お主は自分のことなど気にしないと思っていたが――幸太郎はどうかな? ……さあ、幸太郎よ! 出てくるがいい! ティアリナがどうなってもいいのか?」


「余計な真似はするな、幸太郎」


 イリーナの目論見を読んだティアは半ば諦め半分に遠巻きから自分たちの戦いを眺めていた幸太郎に忠告するが、ティアの予想通り幸太郎は現れてしまった。


 恐る恐るといった様子でイリーナの言葉に従って現れた幸太郎に呆れた優輝は深々とため息を漏らして「下がっているんだ」と注意するが、幸太郎は退かない。


「でも、ティアさんが……」


「イリーナさんももう限界なんだ。ティアが攻撃される前に俺が彼女と決着をつける」


「でも、それだとイリーナさんが……」


 ティアだけではなく、自分の命を狙うイリーナでさえも気遣う幸太郎に優輝は深々とため息を漏らして呆れ果てるが、幸太郎らしさを感じて脱力して微笑んでしまう。


「幸太郎君……本当に大丈夫なのかい?」


「ドンと任せてください」


 頼りないくらいに華奢な胸を張る幸太郎の姿に、もちろん不安は残ったが、それ以上に彼ならばこの場を何とかできるかもしれないと思ってしまった優輝は、これ以上何も言うことなくこの場を彼に任せた。


「フン! ワシやティアの心配よりも、自分の心配をしたらどうだ!」


 他人を気遣ってまんまと自分の目の前に現れた幸太郎を嘲るイリーナだが、幸太郎はそれを無視して無数の砲口に囲まれているティアの前に立ってイリーナと対峙した。


「お前が思うほど相手は甘くはない。それなのに、魂胆に乗るとは……バカモノめ」


「ドンと任せてください」


 力強い笑みを浮かべる幸太郎に何を言っても無駄だと判断したティアは、何があっても大人しく幸太郎を見届けることにした。


 真っ直ぐな光を宿した幸太郎の視線を受け、輝石を武輝に変化できない落ちこぼれだというのにイリーナは僅かに気圧されてしまっていた。


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