第三章 約束
第23話
「こちらが動くと同時にアルトマン側にも動きがありました。今まで動かなかったアルトマンによって操られた輝石使いたちが動きはじめました――衝突はまもなくかと」
「しかし、昨夜の段階でアカデミー都市に暮らす人々の避難は済んでいます。存分に暴れさせることができます――後は我々、いいえ、あなたたち二人なのですが……」
「その通りだ。あなたたち二人は即刻避難するべきだ。もしもの時に備えてもらいたい。あなたたちが無事ならば、まだ体勢を立て直せる」
いよいよアルトマンとの決戦が目前に迫っているというのに、アカデミーの上層部たちはいつものようにセントラルエリアのホテル内で集まって会議を行っていた。
いよいよ戦いがはじまることを肌で感じ取る上層部たちだが、戦う者たちを残してこの場から立ち去ることはできないとこの場にいる全員が思ってい。
しかし、トップ二人だけは別だった。
不測の事態に備え、上層部たちはトップ二人にはアカデミーから避難してもらいたかったのだが、二人も他の上層部たちと同様戦う者たちを置いて立ち去るつもりはなかった。
「責任ある立場だからこそ、逃げも隠れもせずにこの場で私たちの代わりに戦う、未来ある子たちのために全力で支援をするつもりでいます」
避難しろと言われてもエレナはするつもりはなく、この場に残る者たちのために自分のできることを精一杯するつもりでいた。
それは隣に座る大悟も静かに頷いて同意していた。
「この戦いは我々アカデミーの、世界の未来をかけた戦いでもあるが、同時に七瀬幸太郎の持つ賢者の石と、アルトマンの持つ賢者の石との戦いだ――どちらかが残るまで終わらない。もしも我々が負ければ、もう我々に打つ手はなくなり、どこに逃げようとも無駄だ。だからこそ、エレナの言う通り我々はこの場でできることをする」
そう言って一気に場の緊張感を上げた大悟は、やれやれと言わんばかりにため息を漏らしている克也、萌乃、アリシアに視線を向けた。
「昨夜の避難から、今回の騒動をマスコミたちが嗅ぎつけたみたいだが、その対応はどうなっている」
「その点については安心しろ。避難訓練だとか、大規模工事があるとかで誤魔化してる。それに、今回状況が悪くなったのは外部の重圧のせいだ。その責任をどうするのかって、責任を押しつけるのには十分な証拠をちらつかせたら、喜んで協力してくれたよ」
「もう、克也さん、すごくカッコよかったわ。うだうだ文句を言う外部のお偉いさんに啖呵切っちゃって。――でも、何人かの鼻が利くマスコミには嗅ぎつけられちゃったみたい」
勇ましい克也を思い出しながら、改めて萌乃は惚れ直した様子で隣にいる克也の肩に寄り添った。自身の方に萌乃の頭が置かれ、克也は心底迷惑そうにしながら話を続ける。
「だが、大勢がドンパチはじめる本番はこれから。今は上手く誤魔化しているが、いずれは気づかれちまうし、マスコミの圧に屈して外部の奴らも動こうとするだろうな」
「だから生温いって言ったのよ。相手を黙らせるのにはとことんやるのよ」
「ハニートラップとか、過去の汚職の件を暴こうとするとか、お前の考えはやりすぎなんだ。終わった後のことを考えろ」
「アンタの生温いやり方じゃ、一時凌ぎにしかならないのよ――今は余計な邪魔は入れさせない。今なら、マスコミたちを完全に黙らせることができるわよ? どうするの?」
「戦う者たちの邪魔をさせなければ一時凌ぎでいい――今は、不測の事態になった場合のことを考えるべきだ。まだ邪魔が入るかもしれないし、アルトマンの行動が我々の想定を超える可能性も大いにありえる」
昨日のような横槍は許さないとアリシアの視線を受けた大悟は、取り敢えずは邪魔が入らない現状に満足し、これからのことを考えるつもりでいた。
一時の油断を許さない状況のために、対策を練ろうとするが――
「き、緊急事態です! 大勢の輝石使いがこの場に集まっています!」
勢いよく出入り口の扉が開かれ、上層部たちの警備を行っていた一人の輝石使いが慌てて入ってきながら報告する。
「こちらとの決着に集中して、他には目もくれないと思っていたが、どうやらアルトマンは見境がなくなったようだ――クソ! いきなり想定外の事態とは」
「まずい、まずいぞ! 決戦のための人員を増やすためにここの警備の人員は削っている」
「鳳グループ本社や、教皇庁本部のようにこの建物は頑丈にできていなければ、セキュリティも強固ではない! 大勢がなだれ込んできたら一気に制圧されるぞ」
「落ち着くんだ! 今はエレナ様たちの避難を誘導させるべきだ!」
警備が手薄なこの場に大勢の輝石使いたちが迫っているという状況に、上層部たちはパニックになりながらも、何とか落ち着いて対応しようとしていた。
「――静粛に」
ざわつく会議場内に響くエレナの言葉で一気に会場内が静まり、一斉に同様の欠片もない涼しげな表情を浮かべている彼女に視線が集まった。
「私を含め、我々はアカデミーを守る責任ある立場であると同時に、何者だと思っているのですか? ――無理強いはしませんが、私は迎え撃つつもりでいます」
エレナの言葉に一部を除いたほとんどのアカデミー上層部たち、主に狂協調の枢機卿たち――いや、輝石使いたちは反応する。
鳳グループ上層部の中にも輝石使いは多数いるが、教皇庁の上層部である枢機卿たちは全員輝石使いだった。
以前までの枢機卿たちは、権力に胡坐をかいて輝石使いとしてまともな戦力ではなかったが、そんな彼らを刷新し、今の権力に胡坐をかくことなくアカデミーや世界のために情熱を抱いている枢機卿他意はまだ輝石使いとしての力や埃は失っておらず、静かに戦意を漲らしていた。
「そうだ……我々は枢機卿であると同時に、輝石使い――忘れていましたよ」
「聖輝士の実力とは程遠いですが、輝士であった私の実力、存分に振るいましょう!」
「しかし、エレナ様自らが出撃なさるとは……頼りになりますが、危険では?」
「その通りです! エレナ様は、即刻この場から避難をお願いします!」
枢機卿たちは自分たちの本当の立場を思い出し、戦意を漲らせるが唯一の不安としては教皇エレナ自らが戦場に立つということだった。
象徴的存在である教皇が先頭に立てば士気は上がるが、仮にも教皇という責任ある立場でもしものことがあってしまったら大変なので、素直には喜べなかった。
「問題ありません――あなた方だけで戦わせるつもりは毛頭ありません。それに、私には触れずとも輝石の力を反応させる力があります。この力は賢者の石で操られた方々に何か効果があるかもしれません」
問題ないと淡々と力強く言い放ち、自分の力が役に立つかもしれないというエレナの言葉に何も反論できない枢機卿たちだが、彼女が戦闘に参加することに納得していなかった。
停滞する空気の中、今まで黙ってエレナと枢機卿たちのやり取りを眺めていた、元・枢機卿であるアリシアは心底辟易した様子でため息を漏らした。
「好きにさせたらいいじゃない。どうせ、痛い目にあうのはそこにいる頑固者なんだし」
仰々しいため息交じりに放たれたアリシアの言葉に、お前は黙っていろと言っているような枢機卿たちの視線が集まるが、アリシアは構わず続ける。
「アルトマンがこっちを狙ってきたってことは戦力分散を狙っているってことなんじゃないの? つまり、下手をすればこっちがアイツらの邪魔をして、足手纏いになるってこと――その負担を減らすためにも、エレナの非凡な力が必要なんじゃないの?」
決戦のさなかに開かれた今回の会議はいかに外部からの邪魔を入れさせないようにするかであり、下手をすれば自分たちが戦う者たちの邪魔になってしまうだろうというアリシアの指摘に、枢機卿たちはいよいよ何も何論できなくなってしまう。
そして、数瞬の間を置いてアリシアの意見に枢機卿たちは「……わかった」と心底渋々と言った様子で頷き、エレナの力に頼ることにした。
「ありがとうございます、アリシア」
アリシアのおかげで場がまとまったことに感謝の言葉を述べるエレナだが、アリシアは大きく鼻を鳴らして気に食わなさそうにしていた。
「……言っておくけど、私は肉体労働なんて真っ平ごめんよ」
「アリシア、あなたはもしもの時に大悟たちをお願いします」
「骨を拾うつもりはないわよ」
「未来をこの目で見るまでは私は倒れるつもりはありません」
リクトやプリムの次世代の人間が作る未来を想像して、恐れることなくアルトマンに操られた輝石使いたちの相手をする覚悟を抱いているエレナに、アリシアは面白くなさそうにしながらも、彼女の言葉に従うつもりでいた。
「克也、萌乃、ドレイクとともに現場の指揮を頼む。輝石使いではない者は私とともに裏方に回り、全力で支援を行う」
大悟の指示に克也と萌乃は力強く頷き、さっそく立ち上がって会場を出て現場に向かう。
彼らの後に続くように枢機卿たちや、鳳グループ上層部にいる輝石使いたちも会場を出て、輝石使いたちを迎え撃つ準備をはじめた。
「エレナ、頼んだぞ」
「大悟も、後は頼みました」
淡々として短いが、信頼を感じさせるやり取りをして別れる大悟とエレナ。
自分から離れるエレナの背中を見つめながら、大悟は危機的状況だというのに絶対の安心感とともに、喜びの感情が胸の中にあった。
鳳グループと教皇庁が統一されることになり、この事件を経て更に仲が深まって一体化が進みそうな気がしたからだ。
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