第22話

「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」


 セントラルエリアにある、鳳グループと教皇庁の仮の本部が置かれているホテルの前にはアルトマンに立ち向かうために大勢の協力者たちが集っていた。


 制輝軍、教皇庁の輝士や聖輝士、鳳グループの人間、有志で集ったアカデミーの生徒、ガードロボット――立場、年齢、集まった目的や考えは様々だが、彼らが共通して抱いているのは、アルトマンを、賢者の石を打ち破りたいという一心だった。


 静かに戦意を漲らせている彼らだったが、集まると同時に別に使わなくとも良いというのに拡声器から響き渡る麗華の笑い声に心底辟易していた。


「みなさん、集まっていただき、感謝感激雨霰ですわ! 作戦は聞いている通り、憎きアルトマンに聞かれないために要点は省きますが、この後こちらの指示に従ってもらって三手に分かれてもらいますわ!」


 大勢を前にしてもいっさい気圧されることなく、堂々と麗華は静かに計画についての話を手短に終えた。


 どこでアルトマンに聞かれているのかわからない以上、アルトマンに対策を練られないよう、事前に彼らには計画の内容をそれとなく、しかし、真意は告げずに伝えていた。


 ただアルトマンを、賢者の石を打ち破るための作戦であると伝えていた。


「現場ではおそらく――いいえ、確実に激戦が予想されますわ! 怪我をしたのならすぐに退却して構いません! 恐れを抱いたのならすぐに逃げても構いません! それほど相手は強大で、人知を超えた力を持っていますわ! 自分の身の安全を第一に考えていただければ幸いですわ! これはアカデミーの未来をアルトマンから守るための戦い! 未来とは、これから先を生きるあなたたちであり、あなたたちがいなければ未来は作ることはできませんわ! だからこそ、未来を守るためにも勇気ある撤退を第一に考えてください! これが私の――アカデミーのお願いですわ!」


 現実を突きつける麗華の言葉に、協力者たちは不安げな表情を浮かべながらも今すぐに逃げようとする者は誰もいなかった。


 怯みながらも強大な敵に立ち向かおうとする彼らの心意気を感じ、麗華は満足そうに微笑んだ。


「改めて、有志で集ってくれたあなた方には感謝しますわ! さっそく、作戦――」


「――麗華さん、ちょっといい?」


「シャラップ! 今人心掌握する良い機会なのですわ!」


 作戦開始を告げようとする麗華の間に入るのは、隣でセラとともに麗華の演説を聞いていた幸太郎だった。


 せっかくの良い場面を大勢に見せるチャンスだったというのに邪魔をする幸太郎に麗華は状況を忘れて怒りの声を上げる。


「……麗華、少しの間だけ、幸太郎君に時間をあげてもいいと思う」


「ですが、セラ! これは私の人気と、士気を高めるためには重要なのですわ! こんな能天気な脳内カラカラアンポンタン男に任してしまったら、最悪、やる気が失せてせっかく集った協力者たちが帰ってしまいますわ!」


「ぐうの音が出ない」


 容赦のない麗華の言葉に何も反論できない幸太郎は笑うしかできなかった。


 そんな幸太郎の代わりに、セラは「でも――」と真っ直ぐと麗華を見つめて反論する。


「これは幸太郎君の戦いでもあるんだ」


「うっ……それは、確かにそうですが……」


「幸太郎君のことを思うのなら、少しだけ時間をあげて……お願い」


 頭を下げるセラに、麗華は何も言えなくなってしまう。


 セラの言葉はもっともだったと麗華は思ってしまったからだ。


 麗華たちにとってはアカデミーの、未来のための戦いであった。


 だが、同時に賢者の石を生み出し、その力を得たアルトマンと、その過程で偶然にも賢者の石の力を宿してしまった幸太郎との戦いでもあった。


 幸太郎が半年間孤独に耐えながら、数少ない仲間たちとともにアルトマンに立ち向かい、自分たちの記憶を取り戻そうとしたことを知っているために、麗華は何も反論できない。


 熱くなっている空気をぶち壊すかもしれない不安があったが、心の底からため息を漏らした麗華は、不承不承といった様子で持っていた拡声器を幸太郎に渡した。


「信じてくれてありがとう、麗華さん」


「べ、別にあなたを信じたわけではありませんわ! さっさと終わらせなさい! 場を白けさせたら承知しませんわよ!」


「ドンと任せて」


 麗華の言葉に臆することなく、幸太郎は一歩前に出て大勢の協力者と向かい合う。


 七瀬幸太郎――アルトマンと同じ賢者の石を持っている、アルトマンを倒すための切り札と呼ばれている存在だが、アカデミーの入学式に遅れるという前代未聞の厚意を行っただけではなく、輝石の力をまともに扱えない、アカデミー設立以来の落ちこぼれと呼ばれていた人物に、大勢の協力者たちから怪訝な目が向けられる。


 賢者の石を持っていると聞かされているが、ほとんどの協力者たちはアカデミーにいた頃の幸太郎をよく知っているため、彼が切り札と聞かされていても信用できなかった。


「みなさん、おはようございます!」


 大勢からの刺すような怪訝な視線に臆することなく呑気に挨拶をする幸太郎に、静かに戦意が漲り、刺すような緊張感を纏っていた空気が一気に弛緩し、白けた。


 麗華の苛立ちに満ちた視線とため息が幸太郎の耳に届くが、構わずに続ける。


「アルトマンさんを倒すために集まってくれて、本当にありがとうございます」


 改めて頭を下げて感謝の言葉を述べる幸太郎。空気がまた更に一気に白けた、


「僕、頑張ってアルトマンさんを倒します。だから、ドンと任せてください」


「今更何を言っていますの、あのバカは! みなさんそれ理解して集っているのに!」


「ま、まあまあ、落ち着いてよ、麗華。幸太郎君はちゃんと感謝したいんだよ」


 大勢の味方がいる状況を見て、気合が入った様子で頼りないくらいに華奢な胸を張る幸太郎だが、そんな彼の姿を見てほとんどの味方は頼りないと思っていた。


 いよいよ我慢できなくなった幸太郎を麗華が掴みかかろうとするが、セラは彼女を後ろから羽交い絞めにして何とか落ち着かせていた。


「でも、これだけの人を巻き込んじゃってごめんなさい」


 胸を張った次は頭を下げて唐突に謝る幸太郎に、場の空気は限界までに白けた。


 しかし、今まで幸太郎に掴みかかろうとしていた麗華は、怒りを忘れて謝る姿の幸太郎をジッと見つめていた。


「これは僕とアルトマンさんの戦いだと思ってたんで、本当は誰も巻き込みたくなかったんですよ。でも、正直、一人じゃここまで来るのは無理でした」


 力のない、どこか悲壮で強い覚悟を感じさせる笑みを浮かべる幸太郎に、白けて下降し続けていた空気が止まった。


「僕は何としてでも、アルトマンさんを――賢者の石を壊したいです」


 改めて、幸太郎は自分の望みをこの場にいる全員に告げる。


 強固な覚悟が宿された幸太郎の言葉に、白けていた空気が徐々に上昇しはじめる。


「賢者の石なんて必要ありません。セラさんたちと、ここにいるみんなと出会えて、こうして一緒にいることを嘘にする力なんて必要ないです。僕は、今この場にいる僕の気持ちと、みんなの気持ちを嘘にさせたくないです。だから、僕は他人を操るアルトマンさんと戦いますし、賢者の石を壊します――僕はアカデミーに入れてよかったし、セラさんたちと出会えて、みんなと出会えてよかった、そう心から思ってます」


 すべてを引き寄せるが故に、すべてを偽りにして否定する賢者の石を壊すために、アルトマンと戦う――半年前、アルトマンと出会い、自分の中に眠る力の正体を知ったその時から抱いていた想いを、覚悟を口にする幸太郎。


 そんな想いと覚悟を感じたからこそ、麗華は押し黙り、白けて下がり続けていた大勢の味方たちの士気が徐々に上がってくる。


「だから、お願いします――賢者の石を壊すのに協力してください」


 改めて頭を下げて懇願する幸太郎。


 声を上げることはなかったが、幸太郎の覚悟と想いを受け取り静かに闘志を漲らせた。


「……幸太郎君に任せてよかったですね」


「まあ、及第点ですわね。というか、私の見せ場を奪ったことには変わりありませんわ」


 下がりかけていた士気が、幸太郎の言葉のおかげで先程以上に上昇したことを感じ取るセラ。素直ではない態度を取りながらも、幸太郎を心の中では少しだけ麗華は認めていた。




――――――――――




 ――ようやく来るか……

 待っていたよ、七瀬幸太郎君――


 近くから感じられる静かに漲っている大勢の闘志、それ以上に、身体の内側を熱くさせるような力の気配を感じ取り、操った大勢の輝石使いたちを携えて鳳グループ本部と教皇庁本部跡地に立つアルトマンは狂喜していた。


 アルトマンは感じ取っていた――いよいよ、最後の戦いがはじまることを。


 人知を超えた力と力がぶつかり合った結果、どうなるのか、最後に残るのが誰なのか――まったく想定できない状況にアルトマンは期待と興奮で胸を高鳴らせていた。


 君たちがどう来るのか、大体は予測できる。

 しかし、君たちには賢者の石がある――その予測が外れる可能性は大いにありえる。

 だが、その賢者の石の力は不安定、頼りにはならない。

 だからこそ、君たちはいくつか対抗手段を考えている。

 さあ、どう来る……いつでも私は相手になろう。

 いつまでも私は待っていよう。


 さあ、さあ、さあ――私に見せたまえ。

 賢者の石が輝く瞬間を――

 その結果、賢者の石がどうなるのかを――

 賢者の石が誰を選ぶのかを――

 早く、私に見せたまえ――


 近づく決戦に、アルトマンはただただ胸を躍らせていた。


 自分と同じ力を持つ七瀬幸太郎が現れるのを、自分を楽しませてくれるのを。


 そのために、アルトマンも行動を開始する。

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