第23話

 セラは嵯峨隼士と激しい剣戟を繰り広げていた。


 嵯峨の攻撃を回避し、捌き、自身も攻撃しつつ、嵯峨の出方を窺っていた。


 嵯峨の武輝は槍だが、嵯峨は槍で『突く』という攻撃よりも、穂先から枝のように伸びた刃で『斬る』という攻撃を主体としており、たまに石突の部分で足払いをしてきた。


 嵯峨は武輝を勢いよく回転させて、その遠心力でかなりの速度の攻撃を仕掛けてくるが、セラは容易に攻撃を回避する。


 躊躇いなく繰り出される嵯峨の一つ一つの攻撃を完全にセラは見切り、回避し、捌きつつ嵯峨に攻撃を仕掛ける。


 的確に隙をついたセラの攻撃に反応した嵯峨は避けようとするが、完全に回避することはできずにかすり傷を負わせていた。


 間髪入れずの嵯峨の猛攻――それに対応するセラ。


 激しい剣戟が繰り広げられているように傍目からは見えるが、実際はセラが圧倒的な実力差で押していた。


 出方を窺い、攻撃を見切ることに集中しているからこそ、セラは嵯峨の動きに合わせているが、本気になればあっという間に嵯峨の猛攻を止めることができた。


 猛攻を仕掛けている嵯峨だが、すべてセラに見切られていることをようやく察して、不意打ち気味に、セラに向かって蹴りを入れる。


 それを容易に予測ができたセラは、嵯峨の不意打ちを容易で腕で受け止めた。


 受け止めると同時に、片足になった嵯峨の足を払い、バランスを崩した。


 体勢を崩して、地面に手をつけた嵯峨に間髪入れずに、セラはボールを蹴るようにして彼を渾身の力を込めて蹴飛ばした。


 勢いよく嵯峨の身体は吹き飛び、受け身も取ることができずに地面に何度もバウンドしてようやく勢いが止まり、嵯峨はレインコートについた埃を払ってすぐに立ち上がった。


 心底今の状況を楽しんでおり、嬉しそうな表情で嵯峨はニンマリと笑っていた。


 再び、嵯峨は一気にセラと間合いを詰める。


 一直線にセラに向かい、嵯峨は再び武輝で斬りかかってくる。


 セラは武輝である剣を逆手に持ち替え、一瞬の集中の後、武輝の刀身に光が纏う。


 光を纏った武輝を、嵯峨の攻撃に合わせて思いきり振る。


 武輝同士がぶつかり合う凄まじい金属音と、小規模の衝撃波が周囲を襲った。


 武輝を弾き飛ばす勢いで、嵯峨の武輝に向かって仕掛けた強烈な一撃――

 嵯峨は武輝を手放さなかったが、攻撃の衝撃に耐え切れずに再び吹き飛んでしまう。


 再び勢いよく吹き飛んで、何度もバウンドしてようやく勢いが止まった。


 しかし、すぐに嵯峨は起き上がった。


「ふぅ……――君、すごい強いね。手も足も出せない」


 軽く上がった息を整えて、一休みしている様子で嵯峨はセラに話しかけるが、セラは何も答えず、ただ武輝を構え、嵯峨のことをジッと見据えて出方を窺っていた。


「もしかして、戦闘中は余計な会話はしないタイプ?」


 ――……無駄な会話は必要ない。

 相手の攻撃は見切った、一気に決着をつける!


 空気の読まない一言を幸太郎が言って、それに一々反応した麗華がいつも口論する姿を頭が過ったセラは、嵯峨と会話をすることなく決着をつけるために一気に間合いを詰める。


「喋りながら戦うのって、漫画みたいでカッコイイのに」


 不満気にそう呟きながら、肉迫してくるセラを迎え撃つ嵯峨。


 自身の攻撃の間合いに嵯峨が入った瞬間、セラは袈裟懸けに剣を振り下ろす。


 紙一重で回避する嵯峨だが、その瞬間にセラは大きく踏み込んで武輝を突き出した。


 まともにその一撃を食らい、嵯峨は小さく呻き声を上げて吹き飛ぶ。


 間髪入れずに吹き飛んだ嵯峨に向かって、セラは突進すると同時に猛攻を仕掛ける。


 咄嗟にセラの猛攻を防ごうとするが、間に合わずに数発まともに食らってしまい、トドメと言わんばかりにセラは気合とともに嵯峨の側頭部にハイキックを決めた。


 そして、大きく後方に身を翻すと同時に、ダメ押しに叩き落とした嵯峨に向かって、光を纏わせた武輝から光弾を撃ち出した。


 光弾は真っ直ぐ倒れている嵯峨に向かって飛び、着弾する。


 一気呵成の勢いの連撃が決まり、セラは確かな手応えは感じた。


 しかし、それでもムクリと、平然とした様子で嵯峨は立ち上がった。


 セラの連撃にボロボロの状態だったが、それでも嵯峨は楽しそうに、そして、嬉しそうな笑みを浮かべたまま、平然としている様子だった。


 いくら、輝石使いが輝石の力で身体中にバリアを貼って防御力が高くなっていても、一気に決着をつけるつもりで放った連撃を嵯峨に思いきり叩きこんだセラは、確実な手応えを感じるとともに、嵯峨を倒したという確信があった。


 しかし、それでも嵯峨は立ち上がった。


「まだまだ……これからこれから……」


 力強い笑みを一度浮かべて嵯峨は再びセラに向かって飛びかかった。


 驚いている自分に喝を入れて、セラは嵯峨の攻撃に備える。


 ボロボロの状態の嵯峨が繰り出す攻撃の速度は、負傷している影響で鈍く、呼吸も荒いため簡単に見切れるものだったが、その一つ一つの攻撃は相変わらず迷いがなかった。


 ……実力は明らかにこちらが上だ……それは間違いない。


 セラは嵯峨の攻撃を容易に回避しながら、ボロボロになっても自分に立ち向かう嵯峨の様子を窺っていた。


 嵯峨と対峙してすぐにセラは肩透かしを食らった気分になった。


 四年前の死神の再来と呼ばれている今回の事件の犯人である嵯峨隼士を、四年前の死神の実力をよく知っているセラはかなり警戒をしていたからだ。


 だが、戦ってみれば、嵯峨の攻撃は多少の読み辛さはあっても、実力は四年前の死神と比べられないほどだった。


 いくらかつての友達とはいえ実力者である刈谷祥と大道共慈、そして、多くの輝動隊と輝士団たちを倒してきたとは思えなかった。


 けど――……


 攻撃を回避しながら、嵯峨を分析しているセラは、嵯峨から感じられる得体のしれない何かを感じ取っていた。


 それと同時に、嵯峨の姿が一瞬だけ七瀬幸太郎と重なった。


 必死にそれを否定するセラに生まれた僅かな隙をついて、嵯峨は攻撃を仕掛けた。


 隙を突かれたとしても容易に回避することも、受け止めることも可能だったが、真っ直ぐとこちらを見つめる嵯峨の目を見て、セラは一旦後方に身を翻して間合いを取った。


 間合いを取った瞬間、セラは自分の心拍数が上がっていることに気づくとともに、武輝を握っている手が微かに汗ばみ、震えていることに気がついた。


 ……これは――まさか、私は……


「どうしたの? 今の攻撃、君なら簡単に受け止めることも避けることもできたのに……」


 意地の悪い笑みを浮かべる嵯峨に、無意識に生まれた自分の感情にセラは歯噛みした。


「お前は一体何がしたい……」


 思わず質問してしまったセラに、嵯峨はニンマリとした笑みを浮かべる。


「ようやく話しかけてくれたね。やっぱり、戦闘中の会話も心理戦の内だから重要だよね」


「黙れ! 質問に答えろ!」


「せっかく美人なのに、怖い顔で台無しだ」


「茶化すな!」


「僕はただナナセコウタロウ君に会いたい……会うって、僕はそう決めたんだ」


 一瞬、嵯峨が放った今の台詞を幸太郎が言ったような錯覚をセラは覚えてしまった。


「自分が後悔しないために……自分が決めたことに従っているのか」


「あれ? どうして――って、そっか、ナナセコウタロウ君も同じことを言ってるんだね? やっぱり、僕とナナセコウタロウ君って似てるんだ……」


 感慨深げにそう言って、ナナセコウタロウに思いを馳せている嵯峨。


 嵯峨の言葉をすべて否定することはできないセラは、武輝を握っている手をきつくして悔しさを露わにした。


 嵯峨隼士――彼は何かおかしい……

 そんな奴と七瀬君と一緒にしたくないのに……

 否定しようとしても、どうしても七瀬君の姿が重なる……

 彼の強さは間違いなく、七瀬君と同じ精神的な強さから来ている。


 友達である刈谷さんや大道さんを襲ってでも目的を果たす――並大抵の覚悟や精神ではできない。

 だから、目的を達成するまで彼は絶対に倒れないし、迷いも躊躇いもない。

 その姿はきっと、邪魔する者にとって、私のように恐怖を感じさせる。

 自滅願望に近いその覚悟は、常人とレベルが違い過ぎる……だから相手は恐怖を抱く。

 この場で止めないと、自分を満たすために彼は暴走をし続ける!


「……お前はここで私が止める」


 嵯峨隼士が持つ強さの根源を見たセラは、自分が嵯峨に対して抱きつつあった恐怖を討ち払い、嵯峨に向かって飛びかかった。


 武輝に光を纏わせて、一気に決着をつけるつもりだった。


 ここで嵯峨を止めなければ、四年前と同じ、もしかしたらそれ以上の恐怖がアカデミー都市内を支配すると思ったからこそ、セラは渾身の突きを放った。


 相手を射抜くようにして放たれた高速の突き。


 満身創痍の嵯峨では避ける間もなく直撃する……だが――


 嵯峨はセラの攻撃に逃げることも、恐れることもなく、自分に向かうセラの武輝の切先をジッと眺めて、避けることすらしなかった。


 避ける素振りすら見せないでただジッと自分の攻撃を見ている嵯峨に不気味なものを感じたセラの動きが一瞬鈍った。


 そして、セラの攻撃を最小限の動きで、そして、紙一重で嵯峨は回避した。


 嵯峨に対して生まれていた恐怖心がセラの攻撃を一瞬だけ鈍くさせた隙を見逃さず、嵯峨は回避すると同時に武輝を持つセラの手を自身の腕に絡ませて、セラの手の自由を奪う。


「捕まえた」


 しまった――……


 咄嗟にセラは嵯峨に向かって蹴りを入れて、腕を解放させて突き放そうとするが、嵯峨は決して解放しようとしない。


「これって窮鼠猫噛む、だね?」


 得意気にそう呟いて、待っていましたと言わんばかりのニヤリとした笑みを一瞬だけ浮かべた後、武輝を持っている手を振り上げる。


 嵯峨は自身の武輝に、今自分が込められる力をありったけ込めると、所有者のその思いに呼応して燦然と輝きはじめる。


 そして、光を纏う武輝を、遠慮なくセラに向かって振り下ろす――


「セラ!」


 嵯峨の渾身の一撃がセラに直撃する寸前、セラの名を叫ぶ声とともに、光の刃が嵯峨に向かって飛んできた。


 自分に向かってくる光の刃に、攻撃を中断させて思いきり飛び退いてそれを回避した。


 勢いよく嵯峨に突き放されて解放されたセラは思いきり尻餅をついて倒れた。


 そんなセラを守るようにして、一人の人物が彼女の前に立った。


「大丈夫か、セラ」


「……優輝」


 自分の危機に駆けつけて、尻餅をついている自分に手を差し伸べた久住優輝に、セラは複雑そうな表情を浮かべて渋々差し伸べられた手を取って立ち上がったが、その顔は少しだけ嬉しそうだった。


 優輝は自身の武輝である刀を持ち、周囲に七本の光の刃を浮かせて嵯峨と相対していた。


「そうか、君はセラちゃんって言うんだ……それと、君は優輝君か……優輝君、何だかすごい強そうだね……君の周りに浮いてるのって、武輝? いや……輝石の力で作ったの? だとしたら、すごい力を持ってるね」


 相対している嵯峨は、目の前にいる優輝を興味深そうに、そして、嬉しそうに見ていた。


 フレンドリーに話しかけてきた嵯峨に、戸惑いながらも優輝は厳しい目を彼に向ける。


「嵯峨隼士――その様子だとセラに手ひどくやられたようだな。さすがにその状態では二人を一気に相手にできないだろう……諦めて抵抗を止めたらどうだ?」


「僕は自分が決めたことを中途半端に投げ出すつもりはないから」


「抵抗を続けるというわけだな」


 抵抗を続ける意思を見せる嵯峨に、静かに優輝は闘志を漲らせる。


 優輝を中心にしてピリピリと肌を刺すような緊張感が放たれ、彼の背後にいるセラは、久しぶりに見る幼馴染の臨戦態勢に思わず息を呑んだ。


 優輝と相対している嵯峨は欠伸と、空腹を告げる腹の音が響き渡るという呑気な態度を依然として崩すことはなかった――だが、突然諦めたようにため息を深々とついた。


「君とも戦って、もっともっと、僕は強くなりたいんだけど……君の言う通り、二人を一度にいっぺんに相手にするのは分が悪すぎる」


 心底残念そうに、ため息交じりにそう言って、ふいに嵯峨はレインコートのポケットから手のひら大のボールを取り出した。


「――それじゃあ……ここは逃げようかな?」


「優輝! 彼の持っているのは――」


 意味深な笑みを浮かべた嵯峨を見て、彼の持っているボールが逃走用のものだと直感で判断したセラは優輝に注意を促したが、遅かった。


 嵯峨は手に持ったボールを地面に思いきり叩きつけた。


 その瞬間――目が眩むほどの閃光とともに、爆裂音が一瞬だけ響いた。


 閃光でセラと優輝の視界が奪われてしまい、視界が戻る頃には嵯峨の姿は消えていた。


「逃走用に閃光弾を用意しているとは……引き際を心得た用意周到な奴だ」


 閃光弾を使って上手く逃げた嵯峨に向けて、忌々しげに優輝呟いた。


「そんなことよりも、嵯峨が逃げたことをティアたちに連絡しないと……それと、彼の持つ強さのことも教えないと」


 慌てた様子でセラは携帯を取り出し、嵯峨を捕まえるためにサウスエリアにいる仲間たちに連絡しようとする――が、その手を一旦止めて、ふいに優輝と視線を合わせた。


「……どうした、セラ」


 突然こちらを見つめて、照れているのか頬を若干赤く染めて、モジモジとしているセラの様子を、優輝は不思議そうに見つめていた。


 セラは「あ、あの……その……」と何かを伝えようとしているが、中々言葉が上手く出せない様子だった。


 だが、すぐに覚悟を決めたようで、深呼吸をして気を落ち着かせた。


「あ、ありがとう……その……助けてくれて……」


「そんなこと気にするな」


 たとえ過去に自分を裏切った人物でも、助けてくれたお礼を述べたセラ。


 不承不承ながらにも、照れた様子でお礼を述べたセラを見て優輝は微笑ましく思うと同時に、とても嬉しそうな顔を浮かべていた。


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