第24話


 優輝君とも戦いたかったけど……やっぱり、あの二人を一気に戦うのは無理だ。

 奥の手の一つも使っちゃったけど、いいタイミングで逃げれて良かった。

 あのまま調子に乗って戦い続けたら、きっと――いや、確実に捕まってた。

 深追い禁物――よかったよかった……よかったけど……


「イテテテテ……しかし、セラちゃんすごい強かった……容赦なさすぎ」


 奥の手の一つである閃光弾を使って上手く逃げ延びた嵯峨は、ひとまずサウスエリアの研究所同士の間にある人目がつかず、監視カメラのない細い道に入って壁に寄りかかって地べたに座っていた。


 全身に伝わる痛みに悶えながらもその顔は妙に晴々としていて、興奮冷めやらぬといった様子だった。


 ふいに嵯峨は自身の両手が震えていることに気がついた。


 興奮、喜び、恐怖――先程の戦闘で様々な感情が生まれたことに嵯峨は気づいて、自然と笑みが零れてしまい、心底楽しいと感じていた。


 セラちゃん、美人でこっちが手も足も出せないくらいすごい強かった……きっと、アカデミーの中でもトップクラス実力を持ってるかもしれない。

 ……――蹴られた時に下着が見れたのがちょっと嬉しかった――白かった……

 あ、そんなことよりも、最後に颯爽と登場してセラちゃんを助けたあのイケメン王子様風の優輝君……あの人は正直勝てる気がしない。

 でも――止められたけど、最後にセラちゃんに一太刀を浴びせることができたかもしれないということは、あの戦いで僕はきっと成長した……強くなっているんだ。


 つい先程の戦闘を思い出し、相手のあまりの強さに恐怖で身体が震えると同時に、確実に強くなっていることを嵯峨は実感して喜びを感じていた。


 成長していることを実感した嵯峨は、今なら何でもできるかもしれないと思って気分が高揚して、不思議と先程の戦闘で負った傷の痛みが消えたような気がしていた。


 よし! 今日はもう少し頑張ろう。


 今日だけで大勢を相手にしてうんざりしていたのに加えて傷も負ったので、今日はもう活動するのをやめようと嵯峨は思っていたが、成長した自分の力を試したくなっていた。


 もう少し休憩してまた行動を再開させようと考えていたが、誰かの足音が自分に近づいてきていることに嵯峨は気がついた。


 足音がこちらへ近づいて来る度に、セラが自身に背後から近づいた時と同じような、全身の肌を刺すようなピリピリした感覚が強くなってきた。


 ……今日は本当に運がついてる。


 息もつかせぬ間に新たな強敵の登場に嵯峨は期待と喜びで胸を高鳴らせて、ゆっくりと立ち上がり、輝石を武輝に変化させて足音の主が現れるのをジッと待っていた。


「閃光と爆発音が響いた場所から遠ざかる人影を追ったのが正解だったようだ」


 冷え切った声音とともに、銀髪のセミロングヘアーで、軍服のような服の上に輝動隊の証である黒いジャケットを羽織った、無表情でクールな雰囲気を纏っている美女が現れた。


 美人の登場に、思わず嵯峨は先程と同様に見惚れてしまうが、彼女が身に纏っている雰囲気もセラと同様だったので、すぐに我に返り、嬉々とした笑顔で強敵の登場を出迎えた。


 殺伐としたこの状況で不釣り合いな笑みを見せる嵯峨を、氷を思わせるくらいの冷たい目で銀髪の女性は睨んでいた。


「嵯峨隼士――……刈谷の借りを返しに来た」


 短い口調だが、銀髪の女性の声音は先程よりと比べてかなり冷え切っており、静かな怒りが込められていた。


 刈谷に対して怒りを感じている銀髪の女性に、嵯峨は思わずクスリと笑ってしまい、そんな嵯峨の笑みに銀髪の女性は眉をピクリと動かして不快感を露わにしていた。


「大丈夫、ショウはもちろん、キョウさんも気にしていないから」


 友である刈谷祥、大道共慈を襲ったことに罪悪感も後悔もまったくない様子で、笑みさえも浮かべて嵯峨はそう言ってのけた。


「あの二人は僕の友達だから、僕の目的も理解をしてくれるよ」


「……お前は何を言っている」


 軽い調子で言い放った嵯峨の一言に、銀髪の女性はまったく意味がわからないといった様子だったが、それでも彼女は確信した。


 嵯峨隼士という人物が、自分にとって敵であると――


「セラが思った通り……お前は危険だ」


「セラちゃんの知り合いなの? ……あ、君の名前も教えてよ」


「私はティアリナ・フリューゲル……輝動隊として――刈谷の友として、お前を倒す」


 銀髪の女性――ティアリナ・フリューゲルはそう言って、チェーンにつながれた自身の輝石を取り出し、一瞬の発光の後、武輝である自身の身の丈以上ある大剣へと変化させた。


 武輝を持った瞬間、ティアが静かに漲らせていた闘志が一気に解放され、それを感じ取った嵯峨は全身が震えはじめた。


 先程戦ったセラと相対した時も、嵯峨は同じく全身が震えていた。


 圧倒的な力を感じる相手に恐怖しているのではない。


 自分を成長させてくれる強者と戦えることの喜びと期待に震えていた。


「君もセラちゃんと同じ……僕をもっと、もっと、もっともっと強くしてくれる!」


 歓喜の叫びとともに嵯峨は狂喜して、一気にティアに飛びかかる。


 先程セラにボロボロになるほど痛めつけられ、さっきまでその痛みに悶えていたというのにも関わらず、それが嘘のような機敏な動きで勢いよくティアに襲いかかった。


 武輝を構えることなく、こちらに飛びかかってくる嵯峨をティアはジッと見据えた。


「お前には生半可な攻撃は通用しないとセラの報告は受けている……遠慮はしない、そして、大和の立てた作戦も実行する気はない……ただお前を倒すことだけを考えよう」


 そう呟くと同時に、ティアは涼しげな顔で攻撃を仕掛けてくる嵯峨に向けて、恐れることなく武輝を持っていない方の手を伸ばして首を掴んだ。


 細い腕からは想像できないほどの力で首を掴まれて、嵯峨は呼吸ができなくなってしまい、攻撃の手が中断してしまうが、すぐに武輝を振り下ろして攻撃を再開させる。


 だが、嵯峨の攻撃が届くよりも数倍速く、ティアは嵯峨の首を掴んだまま彼をアスファルトの地面に思いきり叩きつけた。何度も、何度も、アスファルトにヒビが入るまで。


 ようやく自身の首を掴んでいたティアの手が離されると、息ができなくなるほどの力で首を絞められて酸欠寸前の嵯峨は激しく咳き込み、地面に叩きつけられた痛みで顔をしかめて地面で悶えていた。


 そんな嵯峨に向けて、光を纏った大剣を軽々と片手で持ち上げ、容赦なく振り下ろした。


 咄嗟に嵯峨は身を捻らせてその一撃を回避するが、嵯峨が避けるのを予測していたティアは、間髪入れずに嵯峨の身体を思いきり蹴飛ばした。


 蹴飛ばされながらも、嵯峨は空中で体勢を立て直して上手く着地をする。


 ……お、女の子とは思えない握力と腕力……何あの人、ゴリラ?


 出るところはしっかり出ている抜群のスタイルだが、ウェストも腕も引き締まって細い体格からは信じられないほどの力を持つティアに嵯峨は驚き、失礼なことを思った。


 嵯峨は再びティアに向かって飛びかかろうとするが、途中で何かを思い立ったように急停止して、バックステップで大きく後退して間合いを取った。


 そして、嵯峨は一瞬の集中の後、武輝である槍の穂先に光を纏わせて、勢いよく回転させると同時に三日月形の衝撃波を数発ティアに向かって撃ち出した。


「接近戦では分が悪いと思って距離を取ったか……無駄だ」


 自分の魂胆を簡単にティアに見破られて、嵯峨は心の中で苦笑を浮かべた。


 自身に迫る嵯峨が放った衝撃波は、ティアが武輝を片手で軽く振って発生させた凄まじい風圧で簡単にかき消され、衝撃波をかき消しても衰えない風圧に嵯峨も吹き飛ばされそうになった。


 嵯峨の攻撃を無力化させると同時に、ティアは武輝に光を纏わせ、軽々しく片手だけで武輝である大剣を地面に向かって振り下ろし、アスファルトを砕きながら地を這う衝撃波が嵯峨に襲いかかる。


 横に飛んで衝撃波を回避する嵯峨だが、その瞬間、片手で武輝を担いでいるティアが襲いかかってきた。


 片手で軽々しく大剣を振うティアの一撃を、咄嗟に嵯峨は武輝で受け止める。


 受け止めた瞬間、凄まじい衝撃が嵯峨の全身に襲いかかった。


 全身に衝撃が伝わり、怯む嵯峨だがティアは容赦なく次々と攻撃を繰り出す。


 一撃を受け止めるだけでも精一杯なくらい力強く、そして、避ける間も与えないくらいのスピードを持つティアの攻撃が次々と繰り出される。


 一瞬でも避けるような素振りを見せたら、すぐにその素振りを見切られてしまい、攻撃を仕掛けられると思ったからこそ、嵯峨はティアの強烈な一撃一撃を武輝で受け止めることしかできなかった。


 この威力で、このスピード……もう反則だって……

 この人、セラちゃんと同じくらい、もしかしたらそれ以上強い?

 ……参った――これ、負ける……


 負けると確信しているが、嵯峨は楽しそうな笑みを浮かべていた。


 強烈なティアの攻撃にいよいよ耐え切れなくなり、嵯峨のガードは崩れ、ティアの薙ぎ払うようにして振られた大剣の一撃を直撃してしまう。


 嵯峨はきりもみ回転しながら吹き飛び、地面に受け身も取らずに激突する。


 大の字に倒れている嵯峨――強烈なティアの一撃を食らいながらもまだ意識はあった。


 そして、嵯峨はいまだに楽しそうに笑っていた。


 あー……これは無理だ。

 今の一撃、かなり効いてる……骨には異常はないと思うけど、呼吸をする度に全身が痛むし、動こうとすると骨と筋肉がギシギシ悲鳴を上げてる……

 それに、頭もボンヤリしてるし、これ以上は戦えない。

 ……よし、逃げよう!


 冷静に自分の身体の具合を分析し、この前に戦ったセラと同等かそれ以上の力を持つティアとはこれ以上戦えないと察した嵯峨は、逃げることに決めた。


 しかし、逃げる前に嵯峨は言伝を頼むことにした。


「ティアリナさんって、セラちゃんと知り合いってことは……きっと、君もナナセコウタロウ君のことを知ってるってことだよね?」


「無駄な会話で私の隙を作って逃げるつもりなら諦めろ」


「うん。でも、僕の目的は何一つ達成してないから、逃げるのは諦めない」


 自身の魂胆を容易に見透かされて、嵯峨は苦笑を浮かべるが、逃げることを諦めることはしなかった。そんな彼を逃がさないために、ティアは警戒心を高めていた。


「今のままだと、ティアリナさんたちみたいに強い人が出てきて簡単に会えそうにないから、ナナセコウタロウ君に伝えてほしいことがあるんだ――」


 そう言って、嵯峨はティアに向かって真っ直ぐと走りはじめた。


 逃げることを認めた以上、逆方向へ走るのかと思いきや、こちらに向かってきた嵯峨に不意をつかれながらも、ティアは迎え撃つ準備をする。


 嵯峨が自分の間合いに入った瞬間に、ティアは片手で思いきり武輝を振りかぶる。


「――待ってるって、伝えて」


 横薙ぎに振られたティアの武輝が、自分に直撃する瞬間、嵯峨はティアに向けて囁くような声でそう言った――今まさに自分に攻撃が迫っているにもかかわらず、恐れている様子はいっさい感じられない、落ち着き払った声で。


 言い終えた瞬間、ティアは自分の武輝に何か柔らかいものが当たる感触を感じた。


 その感触は嵯峨の身体ではなかった。


 しかし、そんなことを気にすることなく、武輝である大剣を思いきり薙ぎ払う――


 嵯峨の身体に直撃するかと思った瞬間、ティアの視界が突然白い靄に覆われてしまって視界を失い、彼女の周囲が白い煙に囲まれた。


 煙で視界が奪われ、激しく咳き込みながらも、すぐさまティアは大きくバックステップをして大きく後退して、煙から逃れた。


「煙幕か……嵯峨は――逃げたか……」


 視界が回復してきたティアは、周囲を見回すと同時に周囲の気配を探ったが、すでに嵯峨の姿と気配は周囲にはなく、彼はすでに逃げた後だった。


 攻撃を目の前にしてもいっさいの恐れを見せることなく、ギリギリまで攻撃を自らに引きつけて煙幕を張った嵯峨に敵ながら天晴だと思いながらも、ティアは苛立っていた。


 倒すと言っておきながら、むざむざ嵯峨を逃がしてしまった自分自身に怒り、苛立ちながらも、ティアは仲間たちに連絡をすることにした。



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