第10話

「オェッエ! き、気持ち悪ぃ……」


 壇上に上がってスポットライトに照らされた大悟がこれからスピーチを行うというのに、パーティー会場内に刈谷の嘔吐く汚らしい音が響き渡る。


 お酒を飲み過ぎて完全に酔っている刈谷は椅子に座ってテーブルに突っ伏していた。


 サラサは「大丈夫?」と声をかけて刈谷の背中を優しく摩り、刈谷の嘔吐きを聞いてもらいゲロをしそうになりながらも、貴原は嫌々エチケット袋を用意していた。


「だ、大丈夫ですか、刈谷さん……一体お酒をどれだけ飲ませたんですか? 銀城さん」


「いやぁ、それがよく憶えてないんだよねぇ。お酒があまり得意じゃないからって言うから、慣れさせるためにガンガングラスに注いだから」


「憶えていないくらい注いだなら、飲ませ過ぎです!」


 粗相をした子供に叱るように、刈谷にお酒を飲ませ続けた美咲をセラは叱った。


 騒がしいセラたちが悪い意味で目立つ中、壇上にいる表情をいっさい変えずに大悟は小さく咳払いをして、スピーチをはじめようとする。


 その瞬間――会場内の扉が勢いよく開かれ、会場の外を守っていた十人以上の警備員が慌ただしく入ってきた。


 突然の事態にパーティー出席者たちの視線が、騒がしいセラたちから突然現れた警備員に注目が集まる。


 警備員の一人は被っていた帽子を脱ぎ捨てる――同時に、セラの表情が驚愕に染まった。


 帽子を脱ぎ捨てた人物は――村雨宗太だった。


 村雨に続いて、次々と帽子を脱ぎ捨てた人物たち全員の顔がセラには見覚えがあった。


 全員、先月完全に潰された学生連合のメンバーであり、巴が去って名ばかりとなった学生連合内でも、巴の意志を継ぎ、村雨に付き従ってアカデミーのために行動をしていた極一部の良識ある学生連合のメンバーだった。


「全員、出席者たちを守るんだ!」


 警備員として会場の隅にいたドレイクの怒号と同時に、警備員の振りをして突然現れた村雨を囲む本物の警備員たち。


 ドレイクはペンダントについている輝石を武輝である両腕に装着された籠手へと変化する。ドレイクが輝石を武輝に変化させると同時に、警備員たちも輝石を武輝に変化させる。


「手荒な真似はしたくはないのだが――そうは言っていられないようだな」


 不承不承ながら、村雨は腕のミサンガにつけた輝石を武輝である大太刀に変化させる。


 村雨が武輝を変化させると同時に、彼の仲間も輝石を武輝に変化させる。


「邪魔する者には容赦はしない! 怪我をしたくないのならば、輝石使いではない者や、輝石使いであっても抵抗する意志のない者は下がっているんだ!」


 村雨はそう叫ぶと同時に、出席者たちは怒号と悲鳴を上げて、パーティー会場の後方へと避難する。出席者たちは逃げ出したかったが、入口の前には武輝を手にした村雨が立っているので、逃げ出すことができなかった。


 一方、セラとサラサと貴原は突然の事態に呆然としており、美咲は今の状況を心底楽しそうに笑いながら眺めており、刈谷は酔い潰れていた。


「ドレイク・デュールさん……抵抗するならば容赦はしない」


「これが仕事だ……それはできない。お前こそ、バカな真似はやめろ」


「悪いが、こちらも一歩も退けない」


 お互い一歩も退けぬ意思を見せ――ドレイクと村雨はお互い同時に飛びかかる。


 二人が飛びかかると同時に、警備員、そして、村雨の仲間もぶつかり合う。


 村雨の仲間は圧倒的な力で警備員たちを即座に倒すが、ドレイクと村雨は拮抗していた。


 村雨は身を大きく捻ると同時に、片手で持った武輝である刃渡り1メートル以上ある大太刀を軽々と、そして、大きく振う。


 身体をそらして村雨の一撃をドレイクは回避、同時に一歩を大きくストレートを放つ。


 武輝である籠手を装着したドレイクの拳を村雨は武輝で受け止める。


 間髪入れずにドレイクはもう片方の武輝が装着された拳を振う。


 肉迫するドレイクの拳を、村雨は武輝を持っていない手で受け止めた。


 輝石の力によって肉体が強化されている輝石使いでも、武輝の一撃を手で受け止めるのは容易ではなく危険だったが、自分と対峙するドレイクの瞳に微かながらも確かな迷いがあることを感じたからこそ、村雨は受け止めることができた。


「ドレイクさん――迷いは人を弱くします」


 忠告するようにそう呟くと同時に、村雨はドレイクの額に向けて頭突きをする。


 全身に輝石の力を膜のように身に纏ってバリアを張っている輝石使いにとって、頭突きは大したダメージではなかったが、思わぬ攻撃にドレイクは一瞬怯んでしまった。


 その隙を見逃さず、怯んだドレイクに向けて大きく一歩を踏み込んで、武輝を振って刺突を放ち、ドレイクは直撃してしまう。


 直撃したドレイクの巨体がフワリと宙に浮いて吹き飛び、固い床に叩きつけられる。


「お父さん!」


 強烈な一撃を受けた父の姿を目の当たりにして、悲鳴のような声を上げるサラサに、突然の事態で呆然としていたセラは我に返り、即座に輝石を武輝である剣に変化させる。


 セラに続いて、我に返った貴原も輝石を武輝であるサーベルに変化させ、美咲はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべて輝石を武輝である身の丈を超える巨大な斧に変化させた。


 武輝を手にしたセラ、貴原、美咲の三人は村雨と、彼の仲間と対峙する。サラサは吹き飛ばされた父の元へと駆けつける。刈谷は酔い潰れて動けなかった。


 自分の声にヨロヨロと上体を起こした父の姿に、サラサは安堵して父を抱き締めた。


 村雨たちと対峙しているセラは、戸惑いながらも鋭い目で村雨を睨んでいた。


 自身の間に立つセラたちを見て、村雨は小さく嘆息するが、退く気はなかった。


「……まさか君たちがここにいるとはな」


「村雨さん……こんなことやめましょう。取り返しがつかなくなります」


「セラさん、君ならばわかるだろう。俺は止まる気はない」


 退く気がないと悟りつつもセラは村雨を説得するが、案の定無駄だった。


「バカな人だ、あなたは……この僕、貴原康! そして、セラさんを相手に、敵うとでも思っているのかな? 投降するなら今の内ですよ?」


 わざとらしく一度大きくため息を漏らして、貴原はパーティー出席者に対して自己紹介するように自身の名前を強調して、かつて自身が所属していた学生連合を率いていた村雨と対峙する。


「何を言っても無駄だよね、村雨ちゃん♪ 逃げる気はないんでしょ?」


 美咲の言葉にそうだと言わんばかりに村雨は微笑んだ。


「話が早くて助かる……だが、君たちを一度に相手をするのはさすがに分が悪い――さっそくだが、切り札を使わせてもらおう」


 そう言って、村雨は上着のポケットの中から、神々しいが妖しく緑白色に光る拳大の塊――アンプリファイアを取り出した。


 今まで見たことがないほど大きいアンプリファイアにセラは驚いていると――アンプリファイアから会場を覆い尽くすような緑白色の光が包まれた。


 目が眩むほどの光がセラたちを襲い、光が自身の身体を包んだ瞬間、セラは全身の力が吸い取られるような脱力感と倦怠感に襲われ、身体が鉛のように重くなったような気がして膝をつきそうになってしまうが、セラはそれを何とか堪える。


 光が治まると同時に村雨たちや、ドレイク、貴原、そして警備員たちの武輝も、すべて輝石に戻り、全員消耗しきったように全身で息をしていた。


 唯一セラと美咲だけは、村雨たちと同じく消耗しきっていたが、武輝を手にしていた。


 消耗しきっているのはセラたち輝石使いのみであり、輝石を扱える資質を持っていないパーティー出席者たちと、大悟はまったく消耗していなかった。


 こ、これは、もしかして……

 ……ティアの時と同じ、アンプリファイアに力を奪われた?


 先月の事件でティアがアンプリファイアの力によって、一時的に輝石を武輝に変化できなくなっていたことが、朦朧とするセラの頭の中で浮かんだ。


「あー、ごめんセラちゃん、あ、アタシもう限界……」


「し、しっかりしてください、銀城さ――うっ……」


 武輝を支えにして何とか立っていた美咲だったが、限界を訴えると同時に美咲の武輝は光とともに輝石に戻ってしまい、美咲は崩れ落ちるように両膝をついた。


 そんな美咲に声をかけるセラだが、声を出した瞬間、自分の意思とは関係なく武輝が輝石に戻ってしまいそうになったので、口を閉ざして必死に輝石を武輝の状態に維持する。


「あ、アンプリファイアの力を使えば、一時的に輝石使いの力を無力化させると聞いていたが……確かにその通りだ。全身から力が抜けるような状況だというのに、まだ輝石を武輝のままに維持できるとは、セラさんは大したものだよ……」


 息切れして膝をついていた村雨は、脱力しきった足に力を入れてフラフラと立ち上がり、いまだに輝石を武輝に維持し続け、今にも倒れそうなほど消耗しきっているにもかかわらず、息を切らして喘ぎながら自分に近づいてくるセラに感心していた。


「あ、あなたを止めます……こんなこと――間違っている!」


「凄んで見せても、君ももう限界のはずだ」


 村雨の言う通り、セラに限界が訪れる。


 崩れ落ちるようにセラは両膝をついてしまい、自分の意思と反して武輝が輝石に戻った。


 悔しそうな表情を浮かべながらも身体を動かせないセラを見て、村雨は安堵した。


 抵抗する輝石使いがいなくなり、息を乱しながら村雨は上着のポケットからスイッチを取り出し、躊躇いなくそれを押した。


 スイッチを押した途端に、パーティー会場の中央に並べられた五台の新型ガードロボットの大きな一つ目のセンサーが赤く光り、動きはじまる。


 そして、ガードロボットは壇上にいる鳳大悟を見た。


「セキュリティは掌握し、あなたの味方である輝石使いも力を失くし、俺が命じれば新型ガードロボットはあなたや、この会場にいる人たちに危害を加えることができる」


「……何をするつもりだ」


 禍々しく赤く発光する新型ガードロボットの一つ目に、輝石使いではないパーティー出席者たちは喉から振り絞った小さな悲鳴を上げるが――大悟はまったく動じていなかった。


「あなたには真実を話してもらう」


「逃げるんだ、大悟!」


 村雨が目的を告げると同時に、大悟の傍らにいた草壁が怒声を張り上げる。


 その声に村雨の注意が草壁に向いた瞬間、大悟は壇上の舞台袖にある出入口へと疾走して、パーティー会場を出た。


「……不測の事態のようだが、どうする、村雨」


「大丈夫だ、戌井。ガードロボットがいるんだ。そう遠くへは逃げられない。君は鳳大悟の後を追ってくれ」


 戌井と呼ばれた、長身痩躯の眼鏡をかけた不安げな面持ちの少年を、安堵させるように村雨は力強く頷いてすぐに指示を出す。


 戌井は村雨の指示に従うために、大悟が逃げた舞台袖にある出入口へと、アンプリファイアのせいで体力が奪われてしまったせいで鈍い足取りで向かった。


 戌井に指示を出した村雨は、アンプリファイアのせいで再び力が抜けて崩れ落ちそうになるのを堪え、力を振り絞って大声を張り上げる。


「これから我々の目的を果たすまで、あなたたちには人質になってもらう! 今から俺の仲間が袋を持って、外部への通信手段、輝石、武器、すべてを預からせていただきます!」


 その宣言と同時に、多くの出席者がいるパーティー会場内は村雨によって占拠された。


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