第9話

 パーティーがはじまって三十分程が経過して、そろそろ主催者である鳳大悟が登場する時間になった。


 大悟が登場する時間が近づくと同時に、セラの隣の椅子に座っている麗華の表情が暗く、気まずそうになってきた。そんな彼女と同じくらいに巴の表情も暗く、憂鬱そうだった。


「こ、幸太郎君……大丈夫でしょうか」


 暗い二人を明るくさせるために、セラは食べ過ぎて腹を下した幸太郎の話題を出した。


 幸太郎の話題をセラが出した途端にやれやれと言わんばかりに大きくため息を漏らして、「自業自得ですわ」と麗華は冷たく吐き捨てた。まさにその通りなので、彼女の容赦のない一言にセラは何のフォローもしないでただ苦笑を浮かべていた。


「無様な醜態を周囲に晒した七瀬さんのせいで、このパーティーの品が明らかに下がりましたわ! せっかくの記念すべき日というのに、これでは台無しですわ」


 周囲の目があるので控え目に怒声を上げて、食べ過ぎて腹を下した無様な幸太郎のことを忌々しく、そして、苛立たしく麗華は思っていた。


「まったく! 彼に招待状を渡したのは間違いでしたわ! それに、あの方々にも!」


 ビシッと音が出る勢いで麗華が指を差した先には、真っ赤な顔で酔っぱらって貴原に介抱されている刈谷と、サラサに手伝わせて持参したタッパーに料理を詰め込む美咲がいた。


 二人の存在は各界の著名人が出席するパーティー会場内で悪い意味で目立っていた。


 そんな二人の様子を見て、巴とセラは深々と嘆息して、麗華と同意見だった。


 好き勝手にしてパーティーを台無しにしている幸太郎たちの存在に麗華の苛立ちは限界にまで達していたが、周囲の目があるので苛立ちの爆発を必死に抑えていた。


「それにしても、よくセラさんはパーティーを出席する気になりましたわね。ティアお姉様たちと同じく、欠席すると思っていましたわ。理解していると思いますが、前回の事件を解決したあなた方が呼ばれたのはただ利用されるだけですのに」


 自虐気味な笑みを浮かべてそう言い放った麗華を、巴は意外そうに見つめていた。


「正直、私も出席するつもりはありませんでした。でも、幸太郎君を一人にはできませんから。……鳳さんとしては、私たちが出席して都合が良いでしょう?」


「まあ、そうですが……七瀬さんのような凡人相手にセラさんたちも大変ですわね」


「幸太郎君を守ると決めましたから」


「そのためにセラさんは私に頼んであの凡人の隣に部屋に引っ越したのですから、大したものですわ。セラさんがボディガードなど、あの凡人にはもったいないですわね」


 実力主義が台頭し、弱者を排斥する今のアカデミーで、輝石を扱える資質は持っても輝石を武輝に変化させることができない一般人も同然な幸太郎が不用意に一人で出歩けば、力を振りかざしたいだけの輝石使いに絡まれてしまうと考えたからこそ、幸太郎がアカデミーに戻ってきてから、彼に恩義があるセラやティア、優輝は、彼を一人にさせないために、彼と行動を多くともにしていることを麗華は知っていた。


 凡人であると見下す幸太郎のために動いているアカデミーでもトップクラスの実力を持つセラたちに、麗華は嘲るようでありながらも、羨ましそうな笑みを浮かべていた。


「昔の輝石使いはセラさんたちのように誰かに仕えてきたという話はよく知っていますが――使える人間に入れ込み過ぎないことをオススメしますわ。利用されていると気づいた時には、もう戻れない場所まで来ているかもしれませんわよ」


「幸太郎君はそんなことしません」


「随分信用していますのね。まあ、確かにあの愚かな凡人が他人を利用するために策を弄するのは想像できませが」


 意味深な笑みを浮かべる麗華の言葉に、セラはキッパリと否定する。


 幸太郎のことを信じ切っている様子のセラに、麗華は小さく嘆息した。


「それにしても、ただごちそうを食べることしか考えていない七瀬さんのために、こんな意味のないパーティーに出席するなんて、ホント、セラさんは大変ですわね」


「麗華、もしかして君は――」


「いいのですわ、巴お姉様……まだ先月の事件は何一つ解決していないというのに、お父様たちは呑気なものですわ、まったく」


 パーティーへの不満を口にする麗華に、巴だけではなくセラも驚いていた。


 自分の気に入らないことに対しては遠慮なく不満を口にするわがままクレーマー気質の麗華だが、麗華が敬愛している父への不満はいっさい口にしたことがなかったからだ。


「銀行内――それも、お父様が利用している金庫内にどうして大量のアンプリファイアがどうしてあったのか、高度なセキュリティが施されている特区からどうやって囚人を脱獄させたのか、すべてがわからないまま、鳳グループは村雨さんたち学生連合にすべての責任を擦り付けて強引に事件を終結させましたわ――御使いのことだってあるのに、何一つ解決していない状況で、信用回復を図るためにパーティーなんて何も意味はありませんわ」


 不満を口にする麗華の表情は苛立ちと失望を宿していたが、それ以上に悲しそうであり、寂しそうでもあった。


「巴お姉様……一月前の事件から、村雨さんとは連絡していますの?」


 ふいに麗華は村雨宗太について巴に質問をすると、沈痛な面持ちの巴は首を横に振った。


「あの事件から宗太君に何度も連絡をしているのだけれども、連絡は返ってこないの。それで、事件の後から空いた時間や巡回のついでにずっと探しているわ」


 淡々とした巴の説明に、「そんなことをしていたんですか?」とセラは驚きの声を上げる。


「村雨さんと連絡が取れていないことは何となくわかっていましたが、村雨さんを探しているのは知りませんでした」


「……結局今日まで宗太君を見つけることができなかったわ」


「それなら、一言村雨さんを探していると言ってくれれば、私たちは協力しました」


 厳しく諭してくるセラに、巴は「ごめんなさい」と謝ることしかできなかった。


「今、宗太君が苦しい立場にいるのは私の責任だから、私の力でどうにかしたかったの」


「私も村雨さんには色々とお世話になりました。本格的に探しているのならば、協力はします。私たちは同じ風紀委員で、仲間でしょう? だから、気を遣わないでください」


「そうね……変に気を遣わずに最初から協力を求めるべきだったわね」


 セラの言葉に、忘れていた当然のことを思い出して、巴は自嘲的な笑みを浮かべた。


「それにしても、村雨さんの行方がわからないのは気がかりですわね……村雨さんの周囲にいた、名ばかりとなった学生連合でもまともなメンバーの行方はわかっていますの?」


「それが……他のメンバーも行方がわからなくなっているわ」


「何か、嫌な予感がしますわ」


 村雨たち元学生連合のメンバーの行方がわからない状況を巴から聞いて、麗華の表情が暗くなるが――パーティー会場内が突如暗転する。


 いよいよパーティーの主催者である鳳大悟が登場する合図だった。


「……すみません。ちょっと失礼しますわ」


「急にどうしたんですか、鳳さん。もしかして、食べ過ぎてお腹が――」


「ち、違いますわ! ……とにかく、失礼しますわ」


 大悟が登場してパーティーはこれからという時に、突然椅子から立ち上がる麗華。


 セラは麗華を呼び止めるが、麗華は理由を言わずに立ち去ってパーティー会場から出た。


 麗華を追おうとするセラだが、「大丈夫、私に任せて」と、巴が代わりに麗華を追った。


 巴が会場を出ると同時に、今回のパーティーの主催者である鳳グループトップであり、麗華の父である鳳大悟が、アカデミー副学園長である草壁雅臣とともに会場に現れた。


 ……やっぱり、いつもの鳳さんと違う。

 あれだけ慕っていたお父様と何があったんだろう……


 一年前、ありもしない罪を着せられた麗華は、自身を捕えろと命令した父の判断を文句一つ言うことなく尊重して受け入れたことをセラは思い出す。


 だからこそ、父に対して不満を口にする麗華に対してセラは驚くと同時に、父娘の間に何かあったのかは容易に予想ができた。


 ――鳳さん、大丈夫だろうか……




――――――――――――――




 パーティー会場から離れた場所にある人気のない通路の壁に麗華は寄りかかり、そのまま脱力するようにペタリと通路の床に座った。


 パーティー会場では大悟が登場したことで、会場の外で談笑していた出席者たちは、これからはじまる大悟のスピーチを聞くために会場の中に入ったので、会場の外の人気はまったくなかったので、誰にも見られることなく麗華は安心して気を抜くことができた。


「最低最悪ですわ……」


 呟くように発した麗華の言葉は、誰もいない通路には十分に響き渡った。


 麗華が言った『最低最悪』とは、こんな意味のないパーティーを開いて、自分のすべての力を使ってサポートして信頼し続けていたのにもかかわらず、それらすべてを無にした父に対して――ではなく、自分自身に対して言った一言だった。


 信頼関係が崩れたとしても、まだ父のことを麗華は信じたかった。信じなければ、自分の今までしてきたことが無意味になってしまうと思ったからだ。


 だが、そう思っていたのにもかかわらず、勢いで父に対して不満を口にしてしまった自分自身が情けなく、最低最悪だと思っていた。


 自己嫌悪に陥って項垂れている麗華の前に、巴が現れる。


 普段の気丈な態度を一変させて、少女のように縮こまって床に座っている幼馴染の姿に、巴は小さく嘆息するとともに、優しく微笑みかけた。


「……小父様と何かあったのね」


 そう言いながら、巴は麗華の隣に座った。


 声をかけられて巴の存在に今気づいた麗華は、項垂れていた頭を慌てて上げて「ち、違いますわ!」と、必死な様子で否定した。


「お父様とは、な、何もありませんわ!」


「下手な嘘はやめなさい。小父様と何かあったわね?」


「だ、だから、お父様は何も関係ありませんわ!」


「……わかったわ、もう何も言わない」


 勢いよく立ち上がり、声を張り上げて気丈に振る舞う麗華の姿を、痛々しく思った巴はこれ以上追及するのをやめて、そっと立ち上がって――ふいに、麗華を抱き締めた。


「ちょ、ちょっと、お姉様? きゅ、急に何を……」


「私と一緒にいる時くらい、意地を張らないで少しは甘えなさい」


「わ、私は別に大丈夫ですわ……」


 突然巴に抱き締められ、麗華は困惑しきっていたが――巴に抱き締められ、豊満な胸に顔を埋めると、母に抱かれているような安堵感を得ることができた。


「変わらないわね、麗華は……旧育成プログラムを受けると騒いだ時のことを思い出すわ」


「む、昔のことですわ! も、もう忘れてください」


 昔の話をする巴に、気恥ずかしさで顔を紅潮させて麗華は抗議するが、巴から離れようとはしなかった。


「今でも覚えているわ。いじめっ子に仕返しするという理由を隠して、アカデミーの授業じゃ強くなれないから教皇庁の聖輝士に頼んで、かつての輝石使いが行っていた旧育成プログラムを受けさせてくれと騒いで周囲を困らせていたわね。結局、私が君を鍛えることになって、落ち着いたことも、昨日のことのように覚えているわ」


「だ、だから、もう過去の話ですわ!」


「今でも同じよ、麗華……君はあの頃と同じ。プライドが高いから、本当の理由を話すことなく、一人で走って、目的を果たそうとする姿はあの頃と何も変わっていない。――唯一変わったのは、君を取り巻く周囲の状況よ」


 昔を懐かしむような優しい口調から、一気に真剣な口調に変化させる巴。


「いじめっ子に仕返しするだけなら、一人で何となったかもしれない。でも、麗華……今はあの時の状況とは違うの。一人でできないことだってたくさんあるわ――一人で行動して、セラさんに叱られたばかりの私が言っても説得力に欠けるわね」


 自虐的だが慈愛に満ちた笑みを浮かべる巴に、麗華は思わず吹き出しそうになる。


「ねえ、麗華……教えて。最近の君や小父様は何か変よ……何を隠している――いいえ、何を背負っているの?」


 何か麗華と大悟の親子の間には、何か隠し事があると前々から巴は思っていたが――隠し事というよりも、最近は何かを背負っているように感じていた。


 的を射た表現を口にする巴に、麗華は参ったと言わんばかりに自嘲を浮かべるが――大切な『約束』が頭を過り、咄嗟に麗華は抱き締められていた巴から離れた。


「ごめんなさい、お姉様。……何も言えませんわ」


「それが、なんだよ、巴さん」


 何も言えない麗華に代わって、聞き慣れた声が後方から響く。


 声のする方へと麗華と巴は視線を向けると――声の主である、タキシードを着た二人の幼馴染の伊波大和が、「久しぶりだね、巴さん」と、巴に向けて軽薄でありながらも意味深な笑みを浮かべて立っていた。


「……どうしてあなたがここにいますの?」


「失礼だなぁ麗華。僕だって一応『鳳』の人間。ここにいてダメな理由はないと思うよ」


 強い敵意と警戒心を宿した目で睨んでくる麗華に、大和は相変わらずの人を食ったような軽薄な笑みを浮かべた。


 そんな大和に掴みかかりそうになる麗華だが、それを巴は制する。


「大和は私よりも麗華たちと付き合いが長かったわね……君は麗華たちが何を隠しているのか知っているの?」


「もちろん……でも、これ以上は僕も何も言えないんだ『約束』があるからね――それに、そろそろゲームがはじまるし、ゆっくり話していられないよ?」


 何も知らない様子で質問をする巴を大和はせせら笑い、思わせぶりな態度でそう答えた瞬間――パーティー会場から怒号と悲鳴が響き渡った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る