第11話
「一体何が起きていますの!」
パーティー会場から響き渡る悲鳴と怒号に、麗華は驚きと苛立ちで声を張り上げる。
余裕がない麗華の様子を、壁に寄りかかって立っている大和は楽しそうに眺めていた。
「言っただろう? ゲームがはじまったって」
「何が起きているのか、詳しく教えろと言っているのですわ!」
「まあまあ、落ち着いてよ、麗華。こんなことしている場合じゃないと僕は思うんだけど?」
怒りの形相を浮かべる麗華を満足そうな顔で一瞥した後、大和は巴に視線を移す。
「さあ、今パーティー会場ではどんなことが起きてると巴さんは思う?」
「……何が言いたいの?」
「巴さんならわかると思うんだけどな」
人を小馬鹿にするようでありながらも、意味深な笑みを浮かべて放つ大和の言葉に、巴は嫌な考えとともに一瞬、村雨宗太の顔が頭に過った。
だが、巴は浮かんだ嫌な考えを無理矢理消して、静かな怒気を含んだ鋭い目で睨んだ。
常人であるならば腰を抜かしてしまいそうなほど鋭い巴の眼光を受けても、大和の余裕な笑みは崩れなかった。
「――あーあ、悠長にしているから、さっそく、お出迎えが来たみたいだよ?」
おどけた調子で放った大和の言葉と同時に、麗華たちの前にさっきまでパーティー会場で出席者たちにドリンクを渡していた給仕用のガードロボットが現れる。
『テイコウは無意味、テイコウは無意味、テイコウは、テイコウは、テイココココココ』
「こ、壊れていますの? い、一応これはコミュニケーションを取れる新型の――」
片言の機械音声で意味不明なことを発している新型のガードロボットに、不安そうな面持ちの麗華は近づこうとした瞬間――ガードロボットの両腕が、大きな銃口に変形した。
「な――……ぬぁんですってぇ!」
驚愕の声を上げながら、咄嗟に麗華は後方に向けて大きくバックステップをしてガードロボットから離れた瞬間、空気が破裂する音が響き渡る。
ガードロボットの両腕――電流を伴った不可視の衝撃波を発射する大口径のショックガンから放たれた衝撃波は天井を砕く。
「ほらほら、ボーっとしていると怪我をしちゃうぞ――って、あれ、僕にも撃ってくるの?」
自分にも銃口が向けられていることに気づいた大和は、素っ頓狂な声を上げて慌てて車線上に入らないように飛び退いた。
瞬間、ガードロボットは衝撃波を発射、大和が寄りかかっていた壁が砕け散る。
「何が起きているのかはわからないけど……破壊するわ」
「お、お姉様、あれ、一応コミュニケーション特化の新型ガードロボットですので、できれば穏便にさせていただけたら嬉しいのですが……」
「関係ないわ」
麗華の制止を無視して巴はドレスの胸元にある、ブローチについた輝石を自身の武輝である十文字槍に変化させ、武輝の刃でドレスのスカートに腰元まで切れ目を入れて、動きやすくさせた。
「うぅ……せっかく開発した新型のガードロボットをさっそく破壊することになるとは……でも、仕方がありませんわね!」
コミュニケーション特化の新型ガードロボットを破壊する気満々の巴に、深々と嘆息した麗華は、ドレスの胸元にある歪な形をしたブローチについた輝石を、武輝であるレイピアに不承不承ながら変化させ、武輝の刃でスカートの丈を短くして、動きやすくさせた。
「行きますわよ、巴お姉様! ――必殺、『エレガント・ストライク』!」
麗華がセンスのない技名を叫ぶのを合図に、麗華と巴は二人同時に大きく一歩を踏み込んでガードロボットに武輝の刃を突き立て、そのままガードロボットの円柱型の寸胴型ボディを刺し貫いて、破壊した。
一瞬で、そして、一撃でガードロボットを破壊した麗華たちに向けて、輝石を武輝に変化させずに見ているだけの大和は呑気に拍手を送る。
「さすが、師弟同士息ピッタリだね――でも、まだまだ出てくるよ」
大和の言葉通り、左右から挟み撃ちをするように新たに二台のコミュニケーション特化のガードロボットが、こちらに向かって近づいてきた。
「ま、まだ破壊しなければなりませんの? これではせっかくの新型が台無しですわ」
「悠長なこと言っている場合じゃないわ、麗華。行くわよ」
ガードロボットを迎え撃とうとする麗華と巴だが――
突然麗華たちの身体を緑色の薄い膜が通過した。
すると、突然麗華たちは強い疲労感と倦怠感に襲われ、二人は膝をついてしまった。
そして、自分の意思とは関係なく、二人の武輝が輝石に戻ってしまう。
「な、なんですの、今のは……急に力が――ぶ、武輝が輝石に……ど、どうしてですの?」
「これは、まさか……――ティアの時と同じ、アンプリファイアの力?」
突然の自分の異変に困惑しきっている麗華と、戸惑いつつも冷静に努めて自分の状況を確認して、先月の事件でティアの身に起きたことを思い出す巴。
消耗しきって息を乱している二人とは対照的に、軽く息が上がっているだけの大和は相変わらずの余裕の笑みを浮かべていた。
「巴さんの言う通り、これは輝石の力を増減することができるあの力だね。まあ、ティアさんのような事態にはならないとは思うけど、輝石を武輝に変えるのには時間がかかってしまい、武輝に維持し続けるためにはかなりの体力を消耗してしまうんだ」
そう説明しながら、おもむろに大和は自身の輝石が埋め込まれたブローチを手に取った。大和の手の中にある輝石は弱々しい光を放ちながらも、徐々に光が強くなってきていた。
「さあ、ここは分が悪いから逃げることにしようじゃないか」
「パーティー会場に明らかな異変があったというのに、オメオメと逃げられませんわ! あそこにはお父様がいるのですわ!」
軽い調子で逃げようと提案する大和に、アンプリファイアの力で体力を奪われながらも麗華は強がって反抗する。そんな彼女の様子を大和は楽しそうに見ていた。
「それなら、今は一時退却が望ましいんじゃないかな? 会場で異変が起きているのに警報が鳴らないってことは、セキュリティを掌握されている可能性がある。それに、人質がいる可能性もあるから不用意な真似はできないし――」
おもむろに、大和は上着のポケットから携帯を取り出した。
「――携帯も圏外で使用不能。おそらく、何らかの手段で携帯の電波を遮断しているのかな? 孤立無援で絶体絶命だね」
おどけた様子で現状の説明をして、大和は余裕そうな笑みを浮かべながら麗華たちにウインクをした。
「だから、会場にいる大悟さんたちを助けるためには、社長室に向かうのが一番の手段だと思うよ。だって、社長室はセキュリティルームにあるものと同じ緊急警報システムを作動できるんだから」
まるでこうなることを予め予測していたかのように、現状を打破するための対抗策をつらつらと並べる大和を信用できない麗華は、大和の提案を呑めなかった。
しかし、大和の提案が適切であると麗華は十分に理解していた。
良いように大和に利用されて後々になって後悔することになるか、それとも、ここで大和に反抗してチャンスをふいにするべきか――麗華は自分の判断を躊躇っていた。
「――そうするべきね」
「さすが、巴さん。判断力があるね」
迷う麗華に代わって判断を下した巴に、嫌らしい笑みを浮かべた大和は満足そうに頷く。
「それじゃあ――社長室へレッツ・ゴーだね」
目的地が決まり、大和は手の中にあったブローチに埋め込まれた輝石を、自身の武輝である巨大な手裏剣へと変化させ、進行方向にいるガードロボットへ向けて投げた。
――――――――
出すものすべて出し切った幸太郎は、さっきまでの苦しみに満ち溢れていた表情を一変させ、スッキリとした表情で気分良さそうに下手糞な鼻歌を囀りながら、トイレで手を洗い、ハンカチできれいに手を拭いた。
そして、羽根のように軽くなった身体で軽やかにスキップしながらトイレから出て、幸太郎はパーティー会場に戻ろうとしていた。
よし! たくさん出した分、まだたくさん食べられそう。
あ、でも……美咲さん結構食べてたし、まだ残ってるかな……
……早く戻らなくちゃ。
まだまだ食べる気満々な幸太郎は、さっさとパーティー会場に戻ろうとすると――
トイレを出てすぐに、慌てた様子で走っている鳳大悟と出くわしてしまった。
「鳳さんのお父さん?」
「……七瀬幸太郎か」
「あ、去年退学になった後、すぐに転校先を用意してくれてありがとうございました」
頭を下げて感謝をしてくる幸太郎に、大悟は一瞬返す言葉に戸惑ってしまった。
「……なぜ君がここにいる」
「トイレに行ってたんですけど、大悟さんもトイレですか?」
「違う」
「何か忘れ物でもしたんですか?」
「……違う」
何も知らずに呑気な幸太郎の様子に呆れたように小さくため息を漏らす大悟。
「状況を理解していないのか。仕方がない、君も一緒に――」
『ケイコク! テイコウは無意味、テイコウは無意味、テイコウは無意味』
幸太郎を連れてこの場から離れようとしていた大悟だったが、二人の前にさっきまでパーティー会場で動き回っていた給仕用ガードロボットが現れる。
片言の機械音声でフレンドリーに話しかけては、飲み物を持ってきてくれたガードロボットの様子がおかしなことに幸太郎は気づいた。
「君はショックガンを持っていたな」
「持ってますけど……どうしたんですか?」
「悠長に説明をしている暇はない。早くそれを渡すんだ」
輝石を武輝に変化させることができない幸太郎にとって唯一の武器であるショックガンを渡せと、無表情ながらも有無を言わさぬ威圧感を大悟に言われて、疑問はあったがすぐに幸太郎はズボンのベルトに挟んでいるショックガンを手に取ろうとすると――
『テイコウは無意味!』
危険を察知したガードロボットは、腕を大口径のショックガンに変化させて、幸太郎に銃口を向けると同時に――空気が収縮、そして一気に膨張して弾ける音と同時に、腕部の大口径のショックガンから、電流を纏った不可視の衝撃波が発射される。
呑気に自分に向けられている銃口を眺めていた幸太郎に、大悟は飛びかかった。
飛びかかってきた大悟とともに幸太郎は床に突っ伏すと、壁が破壊される音が響き渡る。
さっきまで自分が立っていた背後にあった壁が、ショックガンから放たれた衝撃波で砕かれているのを、床に尻餅をついたまま情けなく口を開けて眺めている幸太郎。
そんな幸太郎から大悟は迷いのない手つきでズボンとベルトの間に挟んでいるショックガンを抜き取る。
ショックガンを手にすると同時に大悟は身体を反転させて仰向けになると、ガードロボットに銃口を向け、躊躇いなく引き金を引く。
一発ではなく、何度も。自社の新型ガードロボットに向けて容赦なく引き金を引く。
空気が弾ける音が何度も響き渡る。
ショックガンから放たれた衝撃波はガードロボットの円柱型の寸胴ボディをボコボコに凹まして、ガードロボットは後ろのめりに床に倒れる。
壊れてしまったのか、ガードロボットは倒れたまま動かなかった。
ガードロボットが動かないことを確認した大悟は立ち上がると、幸太郎も彼に続いてのろのろと立ち上がった。
「携帯を持っているか?」
「持っていますけど――圏外です」
「携帯も使用不能か――……ならば、緊急警報システムを作動させるため、社長室へ向かう。次のガードロボットが襲ってくる前にこの場所を離れるぞ」
「何かあったんですか?」
「説明は目的地に向かいながらする。この近くにある非常階段に向かうぞ」
「エレベーターは使わないんですか?」
「待ち伏せされている可能性が高い。それに、乗っている最中に襲われたら逃げ場がない。そもそも、セキュリティが掌握されている中、起動しているかどうかも怪しい。急ぐぞ」
有無を言わさぬ態度の大悟は非常階段へと向かう。
何が起きているのかわからないが、取り敢えず幸太郎は大悟に従うことにした。
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