第一章 一日千秋
第1話
白を基調とした染み一つないきれいな部屋の中に、二人の美少年がいた。
一人は癖がありながらも羽毛のように柔らかいそうな栗毛色の髪の、少女と見紛うほど可憐な外見の少年――リクト・フォルトゥス。
「
頼りなさそうなくらい華奢な体躯で顔つきもまだ幼さが残っていたが、それらを補ってあまりあるほどの強い意志の力が宿されたリクトの目は、室内にいるもう一人の少年――『クロノ』と呼ばれた少年に向けられた。
クロノと呼ばれた無表情の少年は、長めの襟足を後ろ手に束ね、雪のように白い肌と華奢な体躯、儚げで冷めた雰囲気を身に纏う、リクトと同じく少女と見紛うほどの外見の少年だった。
そんなクロノの胸には六角形のバッジがつけられていた。
そのバッジの正体は、二人が今いるこの場所から遠く離れた場所にある、『
「状況は悪くなる一方だ」
平坦で機械的な声で無表情のクロノは事務的に答えた。予想通りの返答に、リクトは憂鬱そうに小さく嘆息した。
「長年
「……これから、アカデミーはどうなるんだろう」
「多くの人間を裏切った自業自得の結果だ、鳳グループの将来は暗いだろう」
「あ、相変わらずクロノ君は容赦がないね」
「事実だ」
表情に影が差しているリクトのフォローをいっさいすることなく、クロノは淡々とした調子で本心からの言葉を正直に口に出した。
清々しいほど容赦のないクロノの言葉を聞きながら、ふいにリクトは自身の首にかけられたペンダントについた、淡く青白く発光する『煌石』・ティアストーンの欠片を見つめて、アカデミー都市で発生した事件を回想した。
その事件で鳳グループは、輝石以上の力を持つ、煌石を隠し持っていることが明らかになった。
その煌石は『無窮の勾玉』と呼ばれ、輝石の力を増減することができる力を持っていた。
無窮の勾玉の存在が公になるまで世界で唯一現存する煌石は教皇庁が持つ、輝石を生み出す力を持つ煌石・ティアストーンのみだったため、新たな煌石の存在のせいで『世界で唯一』という神秘性が失ってしまい、それに加えて、無窮の勾玉の力によってアカデミー都市中にいる輝石の力が大きく制限されてしまったことで、輝石の力を第一に考えていた教皇庁はパニックになった。
事件後、教皇庁は煌石を操るための高い力を持つ、教皇庁トップの教皇であり、リクトの母でもあるエレナ・フォルトゥスに無窮の勾玉を預けるように鳳グループに勧告した。
エレナのように煌石をコントロールできる高い力を持つ人間が無窮の勾玉を管理するべきだと教皇庁は主張していたが、ティアストーンを崇めている教皇庁としてはティアストーン以外の煌石の存在は邪魔であり、煌石を二つ所持できれば教皇庁はもっと力を得られることができるという思惑も存在していた。
事件が原因で周囲の信用を落とした鳳グループは、周囲に誠意を見せるために自分たちの提案を乗ると確信していた教皇庁だったが――鳳グループは煌石の受け渡しを拒否。
そのせいで、アカデミーを運営する巨大な組織である鳳グループと教皇庁の仲は今までにないほど険悪になってしまった。
「今は余計なことを考えないで、オマエはアカデミーに戻る時のことを考えろ」
「うん……確かに、そうだよね」
強大な組織同士が激しく対立しているアカデミーの状況を憂いているリクトだが、クロノは教皇庁や鳳グループのことなど心底どうでもいいという様子だった。
クロノの正直な態度にリクトは苦笑を浮かべつつ、リクトはクロノの言葉に従った。
危ういながらも長年均衡を保っていた鳳グループと教皇庁の関係が崩れようとしている状況に、リクトは不安を拭えなかったが――悪いことばかりではないことは知っていた。
だからこそ、アカデミーの将来への不安よりも、近いうちにアカデミーに戻れるという期待と喜びが勝っていた。
「今まで以上にオマエは周囲に警戒しなければならなくなったということを忘れるな」
「うん、わかってる。心配してくれてありがとう、クロノ君」
冷めた態度を取りながらも、自分を心配してくれるクロノに感謝をするリクト。
アカデミーに戻れる――というよりも、アカデミーにいる友人と久しぶりに会えることの期待と喜びにリクトの目は燦然と輝き、僅かに頬が染まっていた。
リクトの頭の中には、一人の友人の姿が浮かんでいた。
その友人はマイペースな性格で周囲の人間を振り回し、食欲旺盛で、どんなことがあっても緊張感の欠片もない人物であるが、それでも自分にできることを必死にしようとして、どんなことがあっても逃げず、強く、優しく、リクトにとって憧れの人である。
ああ――早く会いたいなぁ、
ずっと……ずっと幸太郎さんに会いたかったんだ。
「……楽しみだなぁ、幸太郎さんと会えるの」
友人――
「……七瀬幸太郎――か……」
無意識にリクトが口にした幸太郎の名を、クロノは無表情だが興味深げに呟いた。
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