第2話


「絶ぇ対にっ! 許しませんわぁあああああああ!」


 アカデミー都市の中でも主要な施設が立ち並び、中央には鳳グループ本社や教皇庁本部が塔のようにそびえ立ち、そして、初等部から大学部までのアカデミーの校舎があるセントラルエリアに怒声が響き渡った。


 朝っぱらから響き渡るヒステリックな甲高い怒声に、通行人たちは辟易していた。


 声の主――癖で一部の髪がロールしている美麗な金糸の長髪、発達が良すぎるスタイル、美しく気品が溢れる顔立ちの美少女・鳳麗華おおとり れいかだった。


 苛立った様子の麗華はドスドスと足音を立てながら高等部校舎へと向かっていた。


「麗華、寝坊したのは誰の責任でもないよ」


「グヌヌ……わ、わかっていますわ、そんなこと!」


 せっかくの美しい顔立ちを怒りで歪ませている麗華を、柔らかでありながらも厳しいため息交じりの声が窘める。


 麗華を窘めたのは――朝っぱらから苛立っている麗華とは対照的に、大人びていて凛々しく、落ち着いた雰囲気を身に纏うショートヘアーの少女、セラ・ヴァイスハルトだった。


 友人であるセラに窘められるが、麗華の怒りは治まらない。


大和やまとがモーニングコールをすればこんなに慌てずに済んだのですわ! あの薄情者め!」


「年が明けてから実家から離れて暮らすと決めた時、使用人の方々に頼らずに生活すると言っていたよね。それで、お父様の大悟だいごさんは実家から離れて暮らすことを認めたんだから、起きることくらいは自分でしないと」


「も、もちろん、努力はしていますわ! ですが! あの大和はわざわざ朝にわたくしの部屋に忍び込んで、挑発するように『先に向かうね❤』と書かれた置手紙と、この私の美しい寝顔の写真を残したのですわ! 腹立たしいこと極まれりですわ!」


 怒り心頭の麗華に何を言っても無駄だと察したセラは疲れたように大きくため息を漏らし、朝っぱらから麗華を挑発した、彼女の幼馴染である伊波大和いなみ やまとを恨めしく思った。


 アカデミーを運営する巨大な組織の一つ・鳳グループのトップである鳳大悟おおとり だいごを父に持つお嬢様の麗華は、一年近く父の仕事の手伝いをするためにアカデミーを自主退学していたが、冬休みが終わって新学期がはじまると同時にアカデミーに戻ってきた。


 そして、使用人が大勢いる実家から遠くない距離にある、セントラルエリア内でもそれなりに大きいオートロックの高層マンションで一人暮らしをはじめた。


 しかし、新学期がはじまって一週間、今まで使用人に任せっきりだった生活を一変させた鳳グループのお嬢様は、使用人のいない生活にまったく慣れていなかった。


 新生活の頼みの綱は、隣の部屋に暮らしている当てにならない幼馴染と、今まで暮らしていたノースエリアにある寮から麗華の部屋の向かいに越してきたセラだった。


 特にセラにはかなり世話になっており、掃除、炊事、洗濯、すべてを頼っていた。


「大和君が撮った鳳さんの寝顔の写真、見てみたい」


 朝っぱらから怒り心頭の麗華の相手をして疲れているセラの隣で、呑気に昨日コンビニで買った激辛ビーフカレーパンを食べている、目を見張る美人である他の二人と違って特筆すべき点が何もない、ボーっとした顔の少年――七瀬幸太郎は自身の願望を何気なく口に出した。


「フフン! この私の美しい寝顔に興味を持つとは、凡骨凡庸の幸太郎のくせに中々見所がありますわね――いいでしょう、この私の美貌を括目しなさい!」


「こ、これは……中々過激で大胆ですね……れ、麗華は眠る時は薄着なんですね……」


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ! さすがのセラも私の美しさに目を奪われてしまっているようですわね」


 幸太郎の言葉に気を良くした麗華は得意気に鼻を鳴らし、懐から一枚の写真を取り出す。


 その写真を先に見たセラは、写真に写る麗華の過激な姿に思わず頬を染めてしまった。


 思わず口に出したセラの感想を聞いて、「僕も見たい」と幸太郎はカレーパンを食べるのを中断して、鼻息荒く麗華の写真を見ようとするが、慌てた様子でセラはそれを阻んだ。


「見せて、見せて、セラさん、見せて」


「だ、ダメです! 卑猥ですから、絶対にダメです!」


 卑猥と言い放ったセラの言葉に「ますます見たい!」と幸太郎のボルテージはさらに上がり、麗華はさらに得意気に胸を張り、迷惑なほど大きな声量で機嫌よく「オーッホッホッホッホッホッ!」と笑った。


「エロスと芸術は紙一重――セラ、別に構いませんわよ」


「だから、ダメ! こ、こんな写真は私が没収するから!」


 麗華の手から写真を無理矢理奪い取ってセラは懐のポケットにしまった。


 過激な麗華の姿を拝められなくなって、幸太郎は露骨にガッカリしていた。そんな彼を、セラは冷たい目で一瞥して不機嫌そうに顔をそらした。


「フフン! そんなにこの私の気品溢れる芸術的な肉体を拝みたいのであれば、あなたが私にモーニングコールをすればいいだけですわ」


「いいの?」


「特別に許可をしましょう。その代わり一日も欠かすことは許しませんわ。それと、美しいからと言って私の身体に触れることは禁じますわ! 起こす時は優しく、丁寧に、乱雑は決して許しませんわよ! それと、罪深いまでに美しく完璧な私のボディに心を奪われたとしても、不必要なボディタッチは処刑ですわ!」


「……やっぱり、ストレスがたまりそうだから遠慮する」


「ぬぁんですってぇ!」


 面倒な麗華の注文を聞いた幸太郎はカレーパンを食べるのを再開して、丁重に麗華のモーニングコール係を断った。面倒と平然と言い放った幸太郎の態度に、麗華の怒りが再燃する。


「せっかくこの私の計らいでセントラルエリアの高級マンション、それも、私とセラの部屋の近くを使わせているというのに! 少しはその恩に報うべきですわ!」


「僕は別にオートロックの高層マンションじゃなくても、コンビニが近ければ――」


「シャラップ! だまらっしゃい! 大体幸太郎、あなたも大和と同じで――」


 自分の言葉を遮って不満をぐちぐちぐち吐き続ける麗華を放って、カレーパンを食べ終えた幸太郎は「セラさん」と隣にいるセラに話しかけた。


「今日の運勢どうだった? 朝のニュース番組の」


「えーっと……あまりよくありませんでした」


「朝から鳳さんの世話をしてるから納得」


「それ、どういう意味ですの! それに、ちゃんと私の話を聞きなさい! まだ私の話は終わっていませんわよ! というか! 私抜きに勝手に盛り上がることは許しませんわ!」


 麗華を放って、和気藹々と占いの話で盛り上がっているセラと幸太郎。


 自分の話を聞かずに何気なく神経を逆撫でする一言を言い放った幸太郎、そして、自分を放って彼と和気藹々と会話をしているセラに、麗華の苛立ちはピークに達し、今日一番の怒声を張り上げた。

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