第3話

「おはよう、セラ」

「おはようございます、セラ先輩」

「よお、セラ! 相変わらず美人だな」


 校門前でセラは多くの友人たちに囲まれた。セラの友人たちに歳や性別は関係なく、同年代はもちろん、後輩や先輩もいた。


 自分に話しかけてくれる友人たち一人一人に、セラは爽やかで柔和な笑みを浮かべて「おはようございます」と丁寧に挨拶を返した。


 そんなセラの丁寧な対応と自分たちに向けられる笑みに、彼女を囲んでいる友人たちは見惚れてしまって一瞬呆けてしまい、すぐに幸せな表情を浮かべていた。


 セラを囲んでいるのは友人たちであるが、同時に彼女のファンでもあった。


 制輝軍とともにアカデミー都市の治安を守る『風紀委員』として多くの事件を解決した実績があり、輝石使いとしての実力がアカデミー都市内でトップクラスであるのに加えて学業でも好成績を残している文武両道の才女で、凛々しくも美しいルックス、誰に対しても優しい性格で異性同性年齢問わず人気があり、非公式にファンクラブが存在していた。


 多くのファンや友人たちに囲まれている充実している相変わらずのセラの様子を、遠巻きで眺めている幸太郎はセラの人気に「すごいなー」と呑気に感心していたが、彼の隣にいる麗華は嫉妬の炎を宿した目でセラを睨むように見つめていた。


「相変わらず、セラさんは人気があるねぇ。ファンはファンでも被虐性欲溢れるマニアックなファンしかいない麗華とは大違いだよ」


「ぬぁんですってぇ!」


 多くのファンと友人を保有しているセラに対しての嫉妬の炎で身を焦がしている麗華を、さらに挑発するような軽薄な声が響いた。


 その声が響くと同時に、嫉妬と怒気を含んだ目でその声の主を麗華は睨み、幸太郎は呑気な様子でその声の主に向けて「おはよー」と声をかけた。


 声の主――中性的な顔立ちで、口元には人を小馬鹿にするような軽薄な笑みを浮かべ、蠱惑的な雰囲気が漂う少年――ではなく少女・伊波大和が立っていた。


 幸太郎や他の男子生徒と同じく白を基調としたアカデミー高等部男子専用の制服を着ているが、大和は男子ではなく、女子である。色々あって大和も麗華と同じくアカデミーを自主退学していたが、新学期に入ると同時に麗華とともにアカデミーに戻ってきた。


 男装の麗人である大和はフレンドリーな笑みを浮かべて、自分に挨拶をしてくれた幸太郎に「おはよう、幸太郎君」と挨拶を返した。


 朝っぱらから自身の機嫌を悪くした張本人である幼馴染が現れて、麗華は飛びかかりたい衝動に駆られるが、まずは言いたいことを言うことにした。


「大和! わざわざ私の部屋に上がり込んで面倒な真似をするのでしたら、この私も起こしなさい! 危うく遅刻という無様な醜態を周囲に晒してしまうところでしたわ!」


 さっそく怒りをぶつけてくる麗華に、大和は予想通りだというようにクスクスと小さく笑い、わざとらしく肩をすくめて「だって――」と言い訳をはじめる。


「君は無理矢理起こすと機嫌が悪くなるし、中々起きないから面倒なんだ。それに、今日は学食でスペシャルメニューが出るから、早く部屋から出て売り券も買いたかったんだ」


「あ、そういえば、今日スペシャルメニューの日だったね。忘れてた」


「今日のスペシャルメニューはたっぷりの熱々のご飯の上に大量のローストビーフと、その上に半熟卵が乗って、最後に特製のソースがかかったローストビーフ丼だよ」


「それ聞いたら食べたくなってきた。さすがにもう売り切れてるよね?」


「残念だけど僕で最後だった。でも、食べたかったら『あーん』ってしてあげるよ」


「それなら、僕も大和君に『あーん』ってする」


 怒る麗華の存在など忘れたように、和気藹々と学食のスペシャルメニューについて会話をしている大和と幸太郎の間に、憤怒の形相を浮かべた麗華が割って入った。


「大和! 私の話はまだ終わっていませんわよ!」


「遅刻しないで済んだんだし、もういいじゃないか」


「全ッ然! まったくよくありませんわ!」


「ああ、もしかして、君を放って僕と幸太郎君が仲良く話していたから、寂しかった? それならなそうと言ってくれればいいのに。ホントに素直じゃないなぁ、麗華は」


「か、勘違いも甚だしいですわね! 話題をすり替えても無駄ですわよ!」


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらの大和の一言に、一瞬動揺してしまう麗華だが、すぐに怒声を張り上げて自身の中で一瞬生じた動揺をかき消した。


 そんな麗華の様子をジッと見つめていた幸太郎は――


「鳳さん、寂しかったの?」


 思ったことを素直に、何気なく口に出した幸太郎の不意打ちに、麗華は一瞬言い淀んでしまうが、すぐに偉そうに胸を張って大きく「フン!」と鼻を鳴らした。


「自意識過剰も甚だしいですわね!」


「寂しがらなくても大丈夫。鳳さんは面倒でわがままな性格をしてるから友達はそんなにいないけど、僕は鳳さんの友達だから」


「シャラップ! 余計な一言が多いその小賢しい口を今すぐ縫い合わせますわよ!」


 悪気がなく余計な一言を付け加える幸太郎に、麗華は吠えた。


 多くの友人たちに囲まれて賑やかに会話をしているセラと同等に、幸太郎と麗華と大和は盛り上がり、周囲の雰囲気は和気藹々としていたが――


「おはようございます」


 感情がまったく込められていない機械的な声で発せられた事務的な挨拶が響くと同時に、セラを中心として賑やかで和気藹々としていた空気が一転して緊張感が走った。


「……おはようございます、ノエルさん」


 普段よりトーンの低い声でセラは声の主――アカデミー都市内の治安を守る制輝軍を率いる、短めの白髪の髪を赤いリボンで結い上げ、雪のように白い色白の肌を持つ、儚げで神秘的で絶対零度の冷たい雰囲気を身に纏う少女・白葉しろばノエルに挨拶を返した。


 ノエルの周囲にはセラと同様、異性同性問わず、先輩後輩問わず多くの人に囲まれており、彼らはセラのファンと友人たちを睨んでいた。そして、セラのファンと友人たちもそんな彼らを睨み返していた。


 ノエルもセラと同じく、多くのファンがいた。


 若くして多くの制輝軍を束ねる存在であり、人目を惹く美貌、クールでミステリアスな雰囲気、そして、一度はセラを打ち負かせたことがある実力に多くの人が惹かれていた。


 つい最近までは制輝軍とアカデミーの生徒たちとの間に大きな溝があったが、その溝が僅かに狭まったおかげで制輝軍と生徒たちの交流が増え、ノエルのファンが爆発的に増えていた。


 セラとノエル、二人の関係は見解の相違から仲の良いものではなく、二人のファンたちもそんな二人の仲を表すかのように対立していた。


「お互いのファンたちの睨み合い――相変わらず壮観だけど怖いね」


「納得できませんし、理解できませんわ! どうして、あの二人にこんなにファンが――ムキーッ!」


「麗華みたいなへそ曲がりのロンリーなウルフには、毎日を大勢のお友達に囲まれるセラさんたちのような人気者には永遠になれないから、諦めなよ」


「シャラップッ! お黙り!」


 セラとノエル、そして、二人のファン同士が無言に睨み合い、周囲に不穏な空気漂う中、大和は楽しそうな笑みを浮かべ、麗華は多くのファンに囲まれている二人への嫉妬で苛立ちの声を上げ、幸太郎はだらしなく大きく口を開けて眠そうに欠伸をしていた。


「相変わらず、うるさいくらいに賑やかですね」


「それはお互い様でしょう」


「……そうですね」


 自分の周囲にいる人だかりを一瞥してから、僅かな嫌味を込められたノエルの言葉に、セラも皮肉で返すと、ノエルは自分の状況に呆れたように小さく嘆息した。


 セラは高等部女子専用の制服であるブレザーを着ているノエルを警戒心の込めた目で睨むように見つめながら、「それにしても――」と話を替える。


「仕事第一のあなたが、どうしてアカデミーに戻ったんですか?」


 ノエルを睨みながら、セラは質問をする。


 麗華と大和と同じく、新学期に入るとノエルは学業に復帰した。


 一年以上前に制輝軍を率いてノエルがアカデミー都市に来た時、セラたちと同年代だったためにアカデミーの高等部に通っていた。だが、数日も経たないうちにノエルは制輝軍としての任務を優先するために、高等部から去った。


 今まで制輝軍としての任務に集中していたノエルが突然学業に復帰したことに、セラは不審に思っていた。


「あなたには関係ありません」


 セラの質問に一拍子間を置きながらもノエルは平坂な口調でそう答えて、一瞬だけ幸太郎に視線を向けた。


 ノエルが幸太郎を一瞥したことに気づいたセラは警戒心を高めた。


「……それでは、ゆっくり話している暇はないので失礼します」


 そう言い残してノエルは淡々とした足取りで、大勢のファンたちとともに振り返ることなくこの場を立ち去った。


 そんなノエルの後姿をセラは睨むように見つめていたが、始業開始五分前のチャイムが校舎中に響き渡ると、慌ててセラたちは校舎に入って教室に向かった。

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