第4話

 放課後――高等部校舎内の空き教室にある風紀委員本部には麗華たち風紀委員メンバーと、暇だからという理由で放課後になると風紀委員の活動に協力している大和が集まっていた。


 本革のソファに腰かける幸太郎の膝の上に自身の頭を乗せた大和は、心地良さそうな顔を浮かべてソファの上にだらしなく寝そべっていた。


 そんな大和の姿を対面のソファに座っているセラと麗華は機嫌が悪そうに眺めていた。


 機嫌が悪そうな麗華とセラから殺気のようなものを感じ取った、幸太郎たちよりも年下で中等部の風紀委員のメンバー――赤茶色のセミロングヘアーの、抜身の刃のように鋭い双眸を持っている強面の褐色肌の少女、サラサ・デュールはビクビクしていた。


 二人の冷たい視線に気づいている大和は、二人に向けてニヤニヤと挑発的で小悪魔的な笑みを浮かべながら、幸太郎の柔らかくて温かい膝を頬ずりしていた。


 一方の幸太郎はセラと麗華の冷たい視線に気づくことなく、無邪気にも自分の膝を枕代わりにしている大和を慈愛に満ちた表情で見下ろしていた。


「うーん、幸太郎君の膝は柔らかなぁ」


「そうなの?」


「うん。このまま眠っちゃいそうだよ」


「寝てもいいよ」


「それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな?」


 幸太郎に甘えて全身を彼に預ける大和。自分に甘えてきてくれる大和に、父性本能をくすぐられた幸太郎は無意識に膝の上にいる大和の柔らかな髪を撫でた。


 大和は幸太郎に髪を撫でられ、その突拍子のない行動に驚きながらも「んっ……」と心地良さそうな声を上げて、頬をほんのりと赤く染めていた。


「大和君の髪、すごく柔らかいね」


「幸太郎君、くすぐったいよ」


「気持ちいい?」


「……うん。だから、もっと」


 さらに幸太郎に甘えようとした瞬間――大和はようやく対面にいるセラと麗華の殺気が限界まで高まっていることを察知して、名残惜しいと思いつつも飛び起きた。


「そろそろ活動しなくちゃならないし、もう起きた方がいいかな?」


 飛び起きた大和はセラと麗華の様子をチラリと窺うと、二人の機嫌は直らなかった。


 ちょっと二人をからかうつもりで大和は幸太郎に甘えていたが、本来の目的を忘れて本気で幸太郎に甘えてしまい、セラと麗華の機嫌を本気で悪くさせてしまったことに、大和は反省していないように笑っていた。


「そういえば、そろそろ海外出張中のリクト君がアカデミーに戻ってくるんだってね」


 咄嗟に大和は場の雰囲気を変えるために、教皇庁現トップである教皇エレナの息子であり、次期教皇最有力候補でもあるリクトがアカデミーに戻ってくるという話題を出すと、さっそく「あ、そうだ」と幸太郎は食いついた。


「この前、大道だいどうさんと話してリクト君が戻ってくる放課後に、空港に行ってリクト君を迎えに行くって決めたんだけどセラさんたちも一緒に行く?」


 幸太郎は自分と同じくリクトの友人である、坊主頭の青年・大道共慈だいどう きょうじとファミレスで話し合って、空港まで行ってリクトの迎えに行くことに決めたことを思い出した。


 あからさまに機嫌が悪いセラと麗華に恐れることなく、能天気な様子で幸太郎は二人にそう尋ねると、麗華はギロリと鋭い眼光を幸太郎に飛ばした。


 相変わらず機嫌が悪そうな麗華だが、それでも僅かに機嫌の悪さが緩和されたので、大和はホッとする。


「放課後ということはアカデミー都市内の治安を守るという私たち風紀委員の崇高な活動はどうしますの?」


「あー……その日は風紀委員の活動できないよね?」


 ギロリと鋭い視線を向けてくる麗華の言葉に、当然のことに気づいた幸太郎は誤魔化すように笑みを浮かべた。


 風紀委員の活動を休むつもりの幸太郎を麗華は冷たい目で睨む。


「輝石をまともに扱えない落ちこぼれの常に役立たずのあなたが偉そうにも、栄えある風紀委員の活動を個人的な理由で休むとは、随分御大層な立場ですわね」


「ダメ?」


「ダメに決まっていますわ! リクト様には申し訳ありませんが、常日頃から役に立っていないあなたなんかに休暇を与えて甘えさせられませんわ!」


 八つ当たり気味にブラック企業も同然のことを平然と麗華は言い放つが、それでも幸太郎は食い下がろうとしなかった。


 お互いに食い下がろうとしない二人に、セラは小さく嘆息して二人の間に入る。


「麗華、幸太郎君の好きにさせようよ。幸太郎君がいない分は私たちが頑張ればいいだけだし、リクト君だって久しぶりにアカデミーに戻ってきて、幸太郎君に会いたいはずだよ」


「……私も、頑張る」


 窘めるようなセラの言葉と、幸太郎のフォローをする気満々なサラサに、反論できない麗華は不満気な表情を浮かべた。


 自分をフォローしてくれたセラとサラサに幸太郎は目配せをして『ありがとう』と感謝の言葉を目で伝えると、その言葉が伝わった二人は幸太郎に向けて微笑んだ。


「……まあいいでしょう。休むことを特別に許可しますわ。セラやサラサだけで十分風紀委員は活動できますし、あなたがいてもいなくとも何も変わりませんし」


「ぐうの音が出ない。でも、ありがとう、鳳さん」


「フン! 感謝の言葉を言われる筋合いはありませんわ! エレナ様の息子であり、次期教皇最有力候補のリクト様とあなたが懇意になれば、私たち風紀委員と教皇庁との太いパイプができると判断したまでですわ!」


 不承不承ながらも麗華から休む許可をもらって、幸太郎は心の底から麗華に感謝をする。


 本心からの感謝の言葉を面と向かって述べてくる幸太郎に、麗華は居心地が悪そうでありながらも、どこか照れたような表情を浮かべてソッポを向いた。


 麗華の素直ではない態度に大和と幸太郎はニヤニヤしつつも、あえて何も言わなかった。


「そういえば、リクト君といえば最近大活躍したようじゃないか。今や多くの次期教皇候補たちを抑えて、次期教皇間違いなしって評価されているんだよ」


 リクトの近況を大和から聞いて、初耳だというように幸太郎は「へぇー」と素直に感心していた。


 半年以上前に、教皇庁がレイディアントラストと呼ばれていた時代に使われていた本部がある海外に勉強目的で出張したという話を聞いていたが、それ以外は何も聞いていなかったし、リクトの連絡先を知らなかったので連絡も取り合っていなかった。


 連絡を取ろうと思えばできたのだが、アカデミーを一度退学になった経験がある自分がリクトと連絡を取り合ってしまえば、教皇を目指しているリクトの妨げになると周囲から言われて、連絡したくとも連絡はできなかったので、リクトの近況を幸太郎はいっさい知らなかった。


「去年の煌王祭こうおうさいでは、煌王祭中に色々と事件があった中で、事件解決に尽力しながら準優勝という優秀な成績を認められて、教皇庁から『輝士きし』の称号を与えられたんだ」


 輝石使い同士の戦いが公式に認められた煌王祭で、準優勝という成績を残したというリクトに、幸太郎はさらに大きく口を開けて感心していた。


「それに加えて、海外にある教皇庁旧本部に出張中のリクト君は、そこで多くの事件を解決したんだってさ。その時に、リクト君は他の次期教皇最有力候補の不正を暴いて、もう一人の次期教皇最有力候補を助けたんだって。教皇の座につくために争いながらも、同じ立場の人間を助けたリクト君の評価は教皇庁内でかなり上がっているんだ」


「すごい。リクト君、頑張ってるんだ」


 教皇庁に認められた輝石使いであるという輝士の称号を得たのに加え、多くの事件を解決したというリクトの活躍譚を大和から聞いて、会っていない間にリクトが教皇になるために頑張っていたことを幸太郎は悟って感嘆の声を上げるとともに、成長したリクトに会えるのが楽しみに思えてきた。


「セラさんと鳳さんはリクト君の活躍知ってた?」


 若干興奮した面持ちで幸太郎は麗華とセラに尋ねると、二人とも頷いた。


「今の大和の台詞をそっくりそのまま、克也かつやさんから聞きましたわ。ちなみに、克也さんはお父様の命令で、ずっと教皇庁旧本部がある海外に出張していたのですわ。そこで、克也さんはリクト様とともに事件解決に協力したとのことですわ。まあ、敵対する鳳グループの人間が事件解決に協力したという事実は教皇庁にとって都合が悪いですので、揉み消されましたが――それにしても、セラまでも知っているとは意外ですわね」


 父である鳳大悟の秘書・御柴克也みしば かつやから麗華は話を聞いていたが、セラがリクトの件について知っているということに、首を傾げていた。


「鳳グループの一員として教皇庁の状況を逐一知っている私や大和ならともかく、次期教皇最有力候補が不正を犯したということは、教皇庁が箝口令を敷いているのでまだ誰も知らないのはもちろん、アカデミー都市内で噂にもなっていないのに、どうして知っていますの?」


「私は冬休みに実家に戻った時に両親から聞きました」


 セラの答えを聞いて、麗華は「そういえばそうでしたわね」と、得心したように頷いた。


 一人納得している麗華だったが、幸太郎はよくわかっていない様子だった。


「セラさんのお父さんとお母さんって何をしてるの?」


 頭に浮かんだ疑問を素直に口に出す幸太郎。


「私の実家は、リクト君たちの出張先の国にあるんです。教皇庁がレイディアントラストと呼ばれていた時期から教皇庁に務めている父と母は、そこで過去の資料を読み解いて輝石や煌石について調査や研究をする主任を務めていて、暇なときは周辺の学校で教員として働いたりしています。だから、自然と両親には教皇庁の噂が耳に入ってくるそうですよ」


 今まで知らなかったセラの家庭環境を聞いて、幸太郎は好奇心に溢れた目を向けた。


「セラさんって一人っ子?」


「ええ、そうですよ」


「一人娘なのに、遠く離れた場所で一人暮らししてるからお父さんもお母さんも、セラさんのこと心配しているんじゃないの?」


「週に何度か両親から電話が来ているので心配していると思いますが……過去に輝石使いとしての修業をさせるために一人娘を遠く離れた地に置いたことを考えるといささか矛盾を感じますけど。――まあ、出会いがあったので今となっては気にしていませんが」


 輝石使いの修行をさせるために半ば無理矢理自分を知人の元へと送り込んだ両親の行動を思い出し、呆れたようにため息を漏らしながらも、それ以上に親友たちとの出会いがあったので、セラは穏やかな笑みを浮かべていた。


「セラさんのお父さんとお母さんに会ってみたい」


「それなら、時間があれば今度是非とも私の実家に来てください」


 何気なく口にした幸太郎の言葉に、セラはほんの僅かに照れながらも、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「おっと……中々積極的だね、幸太郎君もセラさんも」


 何気なく発せられた幸太郎の一言に、セラの身に纏う空気が微妙に変化したことに察知した大和は、興味深そうでありながらも、どこかいたずらっぽく微笑むと、挑発的で小馬鹿にするような視線を麗華に向けた。


「セラさん一歩リードって感じ? 麗華はもうちょっと素直になった方がいいかもね」


「意味がわかりませんわ! さっさと風紀委員の活動を開始しますわよ!」


 意味不明な大和の言葉を軽くスルーして麗華は風紀委員の活動を開始させる。


 麗華の言葉を合図に風紀委員であるセラたちと協力者である大和は、アカデミー都市内の巡回に向かうために風紀委員本部を後にした。


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