第5話

「うーん、この生姜焼きは味を濃くした方がいいかもね。煮物の方はもうちょっと薄味の方がよかったかも。――ああ、もちろん全部美味しいよ」


 夜、セラが暮らしている高層マンションの部屋で、大和はセラの手料理を優雅な手つきで食して、偉そうな感想を述べていた。


 夕食の支度を手伝うことなく偉そうに自分の手料理の評価をする大和に嫌な顔をすることなく、「ありがとうございます」とセラはアドバイスとして真摯に受け止めた。


「文句があるなら食うな」


「お姉様の言う通りですわね。せっかくの食事が台無しですわ」


 偉そうに批評する大和を銀髪のセミロングヘアーの女性――ティアリナ・フリューゲルは絶対零度の視線を向け、そんなティアに同調する麗華。


 ティアの厳しい一言に大和は苦笑を浮かべて「ごめんなさい」と素直にセラに謝った。


 アカデミーの治安を守っていた今は存在しない治安維持部隊・輝動隊きどうたいで大和は隊長を務めており、ティアは輝動隊内で№2のポジションだったがほとんどを現場の指揮を隊長の代わりに執っており、実質ティアが隊長のようなものだった。


 そのため、上司と部下の関係だった大和とティアだが、ティアには色々と苦労をさせてしまったのに加えて、怒られたことも多々あるので、大和はティアに頭が上がらなかった。


 素直に謝る大和を見た麗華は優越感に満ちた性悪な笑みを浮かべ、そして、憧れの人物であるティアに情熱的な視線を向けた。


「あぁ、お姉様、口元にソースがついてしまっていますよ」


「……自分で取れる」


「遠慮なさらず、この私に任せてくださいませ」


「遠慮する」


 甲斐甲斐しくティアの口元についた生姜焼きのタレを優しい手つきで取ろうとする麗華から、ティアは鬱陶しそうに顔を背けてティッシュで自分の口元についたタレを拭った。


「ティアさん、よろしければ私のお肉も食べてください」


「本当か?」


「もちろんですわ! はい、アーン!」


「……いらん」


 好物である肉をもらえることにティアの表情が僅かに明るくなるが、興奮しきった表情で自分に肉を差し出してくる麗華に、ティアは悪寒が走ったので不承不承ながら遠慮した。


 明らかに迷惑そうなティアのことなど関係なく、麗華は憧れの人物であるティアにすり寄って懐いていた。


 ティアに対して麗華が熱心なアプローチをしている中、に美味しいセラの料理を食べていた幸太郎は、「そういえば、ティアさん」と何気なくティアに話しかけた。


 幸太郎に話しかけられて、ティアは麗華を放って彼に視線を向けた。


 自分とティアの濃密な時間の邪魔をした幸太郎を麗華は恨みがましく睨んだが、ティアの手前で文句を言うことができなかった。


「今度、リクト君の迎えに行きませんか?」


「悪いが遠慮する。今年から本格的に訓練教官になることになったので、勉強で忙しい。それに加えて、私は元々輝動隊の人間――つまり、鳳グループ側の人間だった。そんな私が教皇庁の人間が多くいる中にいれば悪い意味で目立ち、リクトにも迷惑がかかる」


「リクト君はそんなこと気にしませんよ」


「リクトがそうでも、周りの人間は違う。リクトによろしく伝えておいてくれ」


 ちゃんとリクトのことを考えた上での真面目なティアの答えを聞いて、幸太郎は少し残念に思いながらも、「わかりました」と納得した。


 幸太郎が納得すると同時に、「真面目だねぇ、ティアさんは」とニヤニヤとした笑みを浮かべた大和が、真面目なティアを茶化すようでありながらも諌めるようにそう言った。


「ティアさんはなんだから、そんなに気にしなくともいいのに」


「フリューゲル家の人間としてではなく、私個人が考えてリクトのために行かないと決めただけだ。それに、家はほとんど今の教皇庁と接点は失っている」


 忌々しそうにティアは自分の家が今の教皇庁とつながりがないと説明した。


「ティアさんって、教皇庁と何か関係があるんですか?」


「ああ、幸太郎君は知らなかったんだね。それじゃあ説明するよ」


 教皇庁とティアとの間につながりが見えない幸太郎は純粋な疑問を口に出すと、ティアは複雑そうな表情を浮かべ、嬉々とした表情を浮かべた大和はさっそく説明をはじめる。


「ティアさんの実家――フリューゲル家は、教皇庁旧本部があった場所を守る警察のような組織を束ねている家系で、教皇庁がレイディアントラストと呼ばれていた時代から、レイディアントラスト本部周辺の町を守っていたんだ。その功績が認められて、数代に渡ってレイディアントラストの枢機卿を務めていたことがある、名家中の名家なんだよ」


「今となっては先代教皇が掲げた利益優先の枢機卿選出方法が原因で、フリューゲル家は枢機卿の候補から外れてすっかり落ちぶれた。だが、家としては聖輝士と同じく粗製濫造された、利益優先で内面を鑑みない腐れきった枢機卿を集めた教皇庁に協力する気はない」


 落ちぶれてしまった実家を思ってティアは自虐気味な笑みを浮かべながらも、スッキリしたような表情で、いっさいの後悔をしていない様子だった。


「ティアさんってお嬢様なの?」


「一応、そうなるんじゃないかな」


 ティアの家庭環境について大和から説明を受けた幸太郎は、お嬢様であるティアと、一応お嬢様である麗華をジッと見つめた。


 クールな雰囲気を身に纏っているが、常にプロテインを持ち歩いて、自己の鍛錬を欠かせないストイック過ぎる性格のティア。


 見た目は確かに高貴なお嬢様と相応しいが、気品溢れる淑女と自称する自意識過剰で尊大な性格の麗華。


「お嬢様?」


 二人を見比べて実は二人がお嬢様だということに純粋な疑問を抱く幸太郎。


 花が咲いたかのような可憐な笑みを浮かべ、煌びやかなドレスを着るティア、華麗にダンスをするティア、優雅にお嬢様言葉で話すティア――幸太郎はそんなことをするティアがまったく想像できず、ティアがそんなことをしたら面白そうなので是非とも見てみたいと思っていた。


 失礼なことを幸太郎が思っていることに気づいたティアは僅かにカチンときたが、お嬢様らしくないということは自覚しているので何も文句は言えなかった、


「何か私たちに言いたいことがありますの?」


 ティアの代わりにさっそく食いついてきた麗華は、お嬢様とは思えぬほどドスの利いた声と鬼のような形相で幸太郎に問い詰める。


 麗華の怒りを鎮めるために、セラは「そういえば」と慌てた様子で幸太郎に話しかけて、話題をすり替えた。


「幸太郎君のご家族について教えていただけませんか? 前々から興味があったんです」


「確かに、興味があるな」


「フン! お二人とも期待するだけ無駄ですわ。前に資料でこの男の家族について調べたことがありますが、凡人凡庸の彼と同じく極めて普通の中流家庭でしたわ」


 幸太郎の家族について興味を抱いているセラとティアに、麗華は先程の仕返しと言わんばかりに好き勝手なことを言ったが、何だかんだ言っても資料ではなく本人の口から家族について聞きたいのか麗華も若干の興味を抱いていた。


「鳳さんの言う通り、普通の家だけど――あれ? みんな大和君とか優輝ゆうきさんから聞いてないの?」


 幸太郎の言葉でセラたちの視線が豆腐となめこの味噌汁を美味そうに啜っている大和に集まると、一旦味噌汁を呑むのを中断した大和はいたずらっぽく微笑んだ。


「優輝さんは僕がアカデミーに戻ってきてすぐで、大和君は冬休みに入ってからすぐ電話をかけて挨拶したんだって」


「これから友達としてお世話になるんだから、ご両親に挨拶くらいはしておかないと。優輝さんだってそう思ったからこそ、電話をかけたんだろうね」


「別にわざわざ電話をかけなくてもよかったのに」


「そうは言ってられないよ。君にはだいぶお世話になったんだからね。それくらいは当然のマナーで、君のような高貴な淑女には当然なマナーだよね、麗華?」


 ニヤニヤした笑みを浮かべて挑発的な目を向けてくる大和に、幸太郎の両親に挨拶することをすっかり失念していた自称淑女の麗華は「シャラップ!」と声を荒げた。


 そして、セラとティアは自分たちに何も言わずに、幸太郎の両親に挨拶をした幼馴染――久住優輝くすみ ゆうきに呆れていた。


 そんな四人を尻目に、幸太郎はパクパクとセラの手料理を食べていた。

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