第18話

 制輝軍本部へと連れて行かれたリクトたちは、制輝軍を率いている白葉ノエルの仕事部屋兼自室へと連れて行かれた。


 本来ならば地下にある取調べ室に連れて行かれるはずだったのだが、次期教皇最有力候補であり、教皇の息子である立場のリクトを一応気遣って、制輝軍はノエルの自室へと案内した。


 必要最低限のものしか置かれていない質素で寂しいノエルの自室には、普段以上に冷たい雰囲気を身に纏って無表情ながらも明らかに機嫌が悪そうなノエル、そして、そんなノエルの傍で気まずそうにしている銀城美咲がいた。


「ノエルさんのにおいがする」


「あー、それわかる。ウサギちゃんの香しいにおいが部屋の中に充満してるよね? おねーさんそれを嗅いだだけでおかしくなっちゃうの❤」


「……プリメイラ様に関して、知っていることをすべて教えてください」


 気色の悪い幸太郎と美咲の言葉を無視して、さっそくノエルは今日一日プリムと一緒にいたリクトたちに詳しい説明を求めた。


 どうやってプリムと合流したのか、プリムがアカデミー都市に訪れた理由、そして、本当にセイウスがプリムを連れ去ったのか――それらをまともに説明できるリクト、アリス、サラサ、クロノは丁寧に答えた。


「……状況は理解できました」


 三十分近く四人の説明を聞いて、ノエルは納得したようだったが同時に失望していた――主に、傍にいながらもプリムを守れなかったアリスとクロノ、そして、勝手な行動をしていた美咲に対して。


「あなたたち二人は傍にいながらもプリム様を守れず、銀城さんは銀城さんで私に報告しないで勝手な真似をしていました……呆れて何も言えませんね」


「し、仕方がないよー、よくわからない力をセイウスちゃんが使ってて、弟クンもアリスちゃんも混乱しちゃったみたいだし、私だって大親友のティアちゃんの頼みだったんだからさぁ」


「一応ですが、あなたは制輝軍です。制輝軍であるならば、制輝軍の任務を優先してください」


 ノエルにあからさまな嫌味を言われて仏頂面を浮かべた美咲は、クロノとアリスをフォローすると同時に言い訳をするが、ノエルには通用しなかった。


 プリムがセイウスに攫われた時、ノエルが率いた多くの制輝軍が現れると同時に美咲と巴、そして、アカデミー都市に来るまでプリムを護衛していた聖輝士グラン・レイブルズと数人の輝士、ティアが現れた。


 その時、ノエルたちはティアから一人で勝手に行動したプリムを捜索していたことを聞いた。


 ティアはグランに依頼されて、アカデミーに訪れたプリムの護衛を一時的に務めていた。


 そして、プリムが少ない護衛の隙をついて一人で行動した時、プリム捜索のためにティアは友人である巴と美咲に協力してもらった。


 プリムの傍にいたのにもかかわらず守れなかったクロノとアリスに失望して不機嫌だったノエルだったが、制輝軍の活動をサボって勝手に行動していた美咲のおかげで、ノエルはさらに不機嫌になってしまった。


「ノエルさん、クロノ君たちを責めないでください。元はと言えば、僕が周りに黙っていたのが原因なんです」


「それは私も十分に理解しています、リクト様。しかし、彼らは制輝軍。制輝軍であるならば、自分の与えられた任務を果たさなければならないのに、それを彼らは怠ってしまい、情けないことに任務に失敗してしまったことに変わりありません」


「で、ですが……」


「これは制輝軍である我々の問題です。ややこしくなるのであなたは口を出さないでください」


 制輝軍としての務めを果たさなかったクロノ、アリス、美咲に対して厳しい態度を取るノエルに、リクトは自分が悪いとクロノたちをフォローするが、嫌味を返されて無駄に終わった。


 室内の体感温度をかなり下げて、雰囲気を悪くしている不機嫌なノエルに、特に何も考えていない幸太郎が「ノエルさん」と空気も読まずに軽く話しかけた。


 能天気な様子で気安く話しかけてくる幸太郎に、絶対零度の鋭い眼光を飛ばすノエルだが、幸太郎は気にせず話を続ける。


「プリムちゃん、大丈夫?」


「わかりません。しかし、目撃者が大勢いるの中での犯行であり、セイウス卿の乗った車を見た目撃者も大勢いるので、目撃情報を元にアカデミー都市中の監視カメラを確認すれば容易にセイウス卿の居場所を見つけることはできるでしょう」


「それなら、事件はすぐに解決できるの?」


「おそらくは」


 攫われたプリムの身を案じている幸太郎の質問に、事務的な口調で淡々とノエルは説明した。


 事件はすぐに解決するだろうと説明されて安堵している幸太郎だが、彼の瞳に強い覚悟と意志を宿していることにノエルが気づいた瞬間――部屋の扉が勢いよく開かれた。


「お話し中のところ、失礼しますわ!」


 無駄にうるさい声が室内に響き渡ると同時に、風紀委員の証である赤と黒のラインが入った腕章を腕につけた麗華が現れた。彼女の後に続いて、神妙な面持ちのセラと、軽薄な笑みを浮かべた大和が現れる。


 部屋に入ってすぐにセラは、セイウスに殴られて頬が腫れている幸太郎の顔を一瞥した。


 幸太郎を一瞥したセラの目は、安堵しているようでもあり、怒っているようでもあった。


「何の用ですか?」


「この件に私の忠実な従者であるサラサが関わっていると聞いて、急いで駆けつけたのですわ! それで、状況はどうなっていますの?」


「……本人に聞いてください。話は聞き終わりましたから。もう帰ってもらっても構いません」


「オーッホッホッホッホッホッホッ! ノエルさんにしては中々聞き分けが良いですわね」


「この忙しい中、あなたの相手をしたくないだけです」


「ノエルさんに同感」


「ぬぁんですってぇ!」


 冷たいノエルの一言と、それに同調する大和に激昂する麗華だが、ノエルは軽くスルーする。


 聞きたいことは聞き終えたのに加えて、うるさい高笑いをする麗華の相手をしたくなかったノエルは、さっさとリクトたちを帰すことにした。


 さっそくリクトたちはこの場を離れようとするが――部屋を出ようとする幸太郎をジッと見つめた。ノエルのジッと見つめられていることに気づいた幸太郎は照れ笑いを浮かべた。


「今回の事件は枢機卿が次期教皇最有力候補を誘拐するという前代未聞の事件です。事件についての対応を決めるため、これから教皇庁では緊急に会議が開かれます。その会議が終わるまで、制輝軍は動けません――もちろん、あなた方も下手に動かないようにしてください。早まった真似をすれば、我々制輝軍があなたたちを全力で止めます」


「でも――」


「肝に銘じておきます」


 釘を刺してくるノエルに反論しようとする幸太郎だが、それをセラが遮った。


 いつもなら真っ先に自分の言葉に反論しようとするのに、従順な態度のセラに不意をつかれたノエルだが、すぐに「お願いします」満足そうに頷いた。


 セラとの短いやり取りが終わると、すぐにリクトたちが去った。彼らが去ってノエルの他に残ったのは美咲、アリス、クロノの制輝軍のメンバーだった。


「あなたたちには情報収集をしてもらいます。一時間後にまたここに集合してください」


 三人と目を合わせることなく、ノエルは普段以上に素っ気ない態度でそう命じた。


 一刻も早く不機嫌なノエルから離れたい美咲は「はいはーい」とさっさと部屋から出て、クロノは普段と変わらぬ冷静な態度で自分の任務を果たすために足早に部屋から出た。


 一人、残ったアリスは俯きがちだった顔をゆっくりと上げて、不安そうな目をノエルに向けた。


「ね、ねえ、ノエル――」


「アリスさん、与えられた任務をこなしてください」


「……わかった」


 自分が犯した失態についてノエルに一言謝りたかったアリスだが、ノエルにとって謝罪よりも任務が第一であると感じ取ったアリスは、重い足取りで部屋から出て行った。


 トボトボと意気消沈した様子で部屋から立ち去るアリスの背中を、ノエルは無言で冷たい光を宿した目でジッと眺めていた。


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