第29話

 ゴールデンウィーク最終日。


 煌王祭の初日から波乱の出来事があっても、二日目の煌王祭はしっかりと開かれた。


 輝士団――そして、輝動隊の警備の下で。


 煌王祭の後処理が一段落して、輝動隊隊長伊波大和は、隊長室の椅子に深々と腰かけて、行儀悪く足を机の上に乗せ、だらしなく大口を開けて欠伸をしていた。


 このまま寝ようかと思っていた大和だったが、扉の外から聞こえてくるうるさいくらいの足音を聞いて、まだもう一つ自分に仕事が残っていたことを思い出す。

 ――それも、一番面倒な仕事が。


 うるさい足音は隊長室の前で停止すると、蹴破らんとする勢いで隊長室の扉が勢いよく開かれ、少し怒っている様子で腕を組んでいる鳳麗華が現れた。


「やあ、麗華」


 深々と椅子に腰かけ、足を机に乗せている行儀が悪い大和を見て、明らかに麗華は機嫌が悪そうだった。そんな彼女の不機嫌そうな顔を大和は楽しそうに見て笑っている。


「それで、何の用かな? 事件の顛末でも聞きたいのかな?」


「そんなことどうでもいいですわ。それよりも、お父様の力を借りたようですわね」


「ああ、そういえば言っていなかったね。君を助けるためと言ったら快く協力して――」

 ニタニタと大和は笑いながら説明していると、麗華は突然机を割れんばかりの勢いで思いきり殴りつけ、静かな怒りを込めた目で大和を睨んだ。


「お父様の力を使って何をしましたの」


「犯人の目的や正体を教皇や枢機卿たちに伝えるために大悟さんには教皇庁へと出向いてもらったんだ――状況が状況だったらから一人で」


 事もなげに言い放った大和の言葉に、一瞬の沈黙の後、「ぬぁんですってぇ!」と、麗華の驚愕の叫び声が響き渡り、大和は「アッハッハッハッ!」と呑気に笑っていた。


「あ、あなた、鳳グループトップのお父様を、それもボディガードを誰一人としてつけずに一人で教皇庁本部に向かわせましたの? 下手したら教皇庁内の過激派に目をつけられるかもしれないというのに、あなたはそんな危険なことを――」

「鳳グループトップの人間が命知らずにも一人で出向くという行為をすれば、確実に教皇が話を聞いてくれるだろうと判断したまでだよ。ああ、これは大悟さんの判断で、彼の提案だからね、一応僕は代替案を出したんだ」


「お、お父様がどうしてそんな無茶を……」


「前回の事件で何もしなかったことに対しての大悟さんなりの贖罪だよ。大悟さんは鳳グループのトップであるが、同時に君の父親だ……あの事件のことは彼も気にしていたんだ」


 掴みかかる勢いで大和に詰め寄って、鬼のような形相で激怒している麗華だったが、大和の一言で麗華は一気に冷静を取り戻した。


 父親が自分のために無茶をしたことを聞いて、落ち着きを取り戻した麗華は申し訳なさそうな、そして、悔しそうな表情を浮かべ、肩を落としていた。


 拳をきつく握って何かを堪えている麗華に、大和は特に言葉をかけることなく、「それじゃあ、話を続けるよ」と、話を続けた。


「大悟さんが教皇や枢機卿に、犯人たちのことを伝えても信じるわけがない。なんせ、犯人たちは現役バリバリの聖輝士、十年以上も教皇の息子に仕えてきたボディガードだからね。そう思ったからこそ、僕は彼らの行動を先読みしたんだ」


 気分が良さそうに説明する大和は、嬉々とした表情を浮かべていた。


「輝動隊の動きを封じることが彼らの計画の要――だから、輝動隊が動き出した瞬間、高峰たちは真っ先に輝動隊の動きを封じると踏んだんだ。その役目を、刈谷君たちにお願いしたんだ。高峰たちは僕が真っ先に麗華のために援護を送ると考えたからこそ、君たちに輝士団に扮した刺客を送り込んだ……それが僕の罠であることも知らずにね」


「刈谷さんたちが罠にはめられたのも、あなたの計画の内だったというわけですわね」


「その通り。予め、大悟さんには僕が予想した二つのことを教皇たちの前に説明するように頼んでおいたんだ。一つはリクト君たちの目的地が教皇庁であること、もう一つが、刈谷君とドレイクさんが捕まり、輝動隊の動きが封じられること、最後の一つは――大悟さんを表舞台に引き出そうとすること」


「案の定、高峰たちはあなたの思い通りになった」


 結果を知っている麗華は忌々しげにそう呟くと、得意気な表情で大和は頷いた。


「そう、そうなってしまったら大悟さんの言葉を信用するしかない。それに、幸か不幸か、負傷者が出てしまって考える時間も惜しくなった。まあ、ここからは大悟さんの持つ交渉力が発揮されて、教皇は大悟さんの言葉を信じた。信じて高峰の口車にあえて乗った。そして、僕とティアさんが用意しておいたカメラの出番さ」


「それがあの生中継の真実――高峰の言動も先読みしていたわけですのね」


「高峰は保険をかけるために、リクト君が向っている教皇庁から必ず教皇を遠ざけることは容易に予想はできた。本当は、君たちがいた高等部校舎前で僕が犯人を解明して、その様子を生中継するつもりだったんだけど……君たちが突飛な行動をしたから計画が少し狂って僕が目立てなかったんだよ? まあ、念のためにカメラを教皇庁前にも設置してたからよかったし、輝士団に一時的に協力してもらえたからその後は楽に進めたんだけどね」


 自分が目立てなかったことに大和は多少の不満を覚えながらも、表情は嬉しそうだった。


「そして……教皇たちはカメラで生中継された様子を鳳グループ本社で高峰とクラウスが実行犯であることを知る――自分の身内の犯行を、対立する組織の本社で知るとは、中々良い皮肉だとは思わないかな?」


 自分の計画を得意気に話、終始嬉々とした顔でニヤニヤと嫌らしく笑う大和に、麗華は心底不愉快そうな顔立ちになり――

 突然座っている大和の胸倉を掴み上げ、椅子から立ち上がらせた。


 麗華の突然の行為と、激情を宿した目で睨まれても、大和は驚くことも臆することもなく、ただニタニタとした性格が悪そうな笑みを浮かべていた。


「全国――いいえ、全世界に広まったあの生中継の映像、そして、今の説明を聞いてようやく確証を得ましたわ……あなた、最初から、何もかもすべてを承知していましたわね」


 鋭い視線で睨みながらの麗華の言葉に、大和は降参と言うようにニヤリと笑みを浮かべた。まるで「よくわかったね」と麗華をバカにしているような笑みだった。


 そして、大和は無表情で麗華をジッと見つめる。大和の目の奥にどす黒い何かが垣間見えるが、麗華は気にしない――昔から大和が持っているものだからだ。


「……すべてを承知していたのなら、言うべきでしたわ」


「最初にヒントは与えたじゃないか。『』って」


「あんなものはヒントの内に入りませんわ! あなたが一言言ってくれれば、こんな大きな事件にはなりませんでしたわ!」


 声を荒げて非難する麗華に、大和は心外だというような表情を浮かべるが、すぐにへらへらとした笑みを浮かべる。


「僕は鳳グループ、そして何よりも君のために動いたんだ。非難される筋合いはないよ」


「私のため? 自分の愉悦のための間違いでしょう」


 麗華の言葉に大和は思わず吹き出してしまい「それもあるね」と、素直に認めた。


 おどけた態度を崩すさない大和に、麗華は胸倉を掴む手をきつくする。


「あなたの愉悦のためだけに、今回の事件大きくなってしまったのですわ」


「だから、と言っただろう。何より今回は君のためでもあったんだよ? 犯人たちの目的はリクト君の他に鳳グループの信頼の失墜もあった。彼らの目論見通り、鳳グループの信用は落ちてしまった――そのことで君は悩んでいただろう? だから僕は君のために犯人たちを利用した。僕の立てた計画の成否は言わなくてもわかるだろう?」


 罪悪感の欠片もなく笑う大和に、悔しそうな顔を浮かべた麗華は何も反論できず、大和の胸倉を掴んでいる手をゆっくり放した。大和は乱れた衣服を気分良さそうな笑みを浮かべて整える。


「犯人は腐っても教皇を敬愛する敬虔な信徒……教皇庁の力を上げるために、輝動隊を――そして、君がいる風紀委員を利用した。高峰がリクト君の思考を巧みに操ってね。だから僕もお返しに操ってやったんだ……高峰のことも、君たち親子を利用する教皇庁も、教皇親子も全部操ってやったんだ。スッキリしただろう?」


「私たちの思考も操っても加えた方がよろしいのではなくて?」


 嫌味たっぷりの麗華の言葉に大和は特に気にしていない様子で苦笑を浮かべるが、残念そうな表情を浮かべ、深々とわざとらしくため息を漏らした。


「……でも、一つだけ誤算があったんだ」


「あなたの計画に誤算が出るなんて、嬉しい限りですわね」


「意地悪だなぁ……僕の唯一の誤算は七瀬幸太郎君の存在さ」


 誤算が出たと言う大和に対して気分良さそうに笑っている麗華だが、大和の誤算を生み出した人物が意外すぎて笑うことを忘れてしまうほど驚いてしまう。


「僕の本当の目的は教皇庁の信用を完全に失墜させるつもりだったんだけど……幸太郎君が、あの弱虫リクト君を突き動かしたせいでそれが上手くできなかったんだ」


「『あお奇跡きせき』ですわね……奇跡好きの教皇庁だけが騒いでいるようでしたが、まさか周囲に影響を及ぼすほどとは思いませんでしたわ」


 麗華が口に出した『蒼の奇跡』という言葉に、大和は苦々しげな表情になる。


「どうやら幸太郎君には人を動かす何かがあるらしいね。結局、僕も高峰も、人の持つ強い思いに――いや、リクト・フォルトゥスという少年を舐めていたから計画が崩れたんだ。まったく……あのリクト君の心を突き動かした幸太郎君は本当に興味深いよ」


 腹に一物抱えてそうな表情の大和の一言に、麗華は幸太郎のことが頭に過った。


 自分が傷ついても決して諦めようとしない幸太郎のことを。


 そして、同時に――怪我をして出血している幸太郎の姿が頭に過った。


 怪我をしても諦めない意志を見せることは素晴らしいと麗華でも思っているが……


 それ以上に、麗華は危険視していた。


 自分の身を顧みないほどの、自分が決めたことに忠実過ぎる幸太郎という人物を。


 傷ついて出血した時の幸太郎を思い出し、麗華は暗い表情になる。


 そんな麗華に「麗華?」と心配そうに大和は声をかけると、すぐに麗華は我に返った。


「何でもありませんわ――ゆっくり事件について話したいところですが、所用を思い出したのでこれで失礼しますわ」


 傷ついた幸太郎を思い出した麗華はこの部屋から去って今後のことを考えたかった。


 突然帰ろうとする麗華に、大和は疑問を口に出すことなく、彼女を見送っていたが、ふいに思い出したように口を開いた。


「……麗華、君は今回の事件でよくわかったはずだ」


 ふいに大和に話しかけられ、麗華は立ち止まる。


「たとえ風紀委員が鳳グループ、教皇庁に干渉を受けない自由な組織であっても――君が鳳麗華である以上、鳳大悟の娘であることから離れられない」


「……そんなこと、昔からわかっていますわ!」


 忠告するような大和の言葉に、麗華は複雑そうな表情を浮かべた。


 しかし、すぐに憤慨した様子で蹴破るような勢いで扉を開いて、部屋から出て行った。


 麗華の表情は背中を向けていたため、大和には窺い知れなかったが、それでも幼馴染である大和は彼女がどんな顔をしていたのか何となく理解していた。


 麗華が部屋から出て行って静寂が戻った室内で大和は小さく嘆息して、再び椅子に深く腰かけて行儀悪く机に足を乗せた。


「……さて、これからアカデミーはどうなるのかな……」


 誰もいない室内で、大和はそう呟いた。


 見えない未来を楽しむかのような、そして、不安そうな声で。


 そんな大和の表情はとても嬉しそうで、期待しているような笑みを浮かべていた。




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