第28話

 ――間違いない、目の前にいるのは師匠・久住宗仁だ。


 萌乃の車で優輝と宗仁が激突しているノースエリアの工事現場まで急行したセラたちは、萌乃に周辺にいる人たちへの避難の誘導を任せ、セラたちは優輝の元へと向かった。


 工事現場に入った瞬間に襲いかかる凄まじい力の奔流に圧倒されながらも、凄まじい力が放たれている中心地へと向かうと、今まさに優輝と宗仁が決着をつけようとしている瞬間だった。


 優輝をティアに任せ、宗仁の一撃を受け止め――今に至る。


 二人の戦いを止められて安堵するセラだが、目の前にいるフードを被った人物が間違いなく師匠であることを悟り、不安げな面持ちで彼を見つめていた。


「……ティア、それにセラまで……」


「これ以上やればお互いただでは済まん――一旦落ち着け、優輝」


 幼馴染の二人が間に入り、その一人であるティアの一言で熱くなっていた心身が一気に落ち着く優輝は、深々とため息を漏らして一旦父との距離を取った。


「ティアから聞いても、実際に目の当たりにするまで半信半疑でしたが、師匠ですよね」


「……」


 自分の一撃を軽く受け止めたセラの質問に何も答えない宗仁。


 何も答えず、フードを目深に被っているために表情は窺い知れないが、一撃を受け止めて力を感じ取ったセラは、目の前にいる人物が師匠であると確信していた。


「答えてください、師匠! どうして、こんなことをしているんです!」


「……」


「何とか言ったらどうなんですか!」


「何を言っても、何を聞いても無駄だ、セラ。何も喋らないよ」


 師匠を今にも泣きだしそうな目で見つめて問い詰めるセラだが、彼は何も答えない。


 更に追及しようとするセラを、幾分落ち着きを取り戻した優輝がやんわりと止め、激しい怒りと失望を込めた目で父を睨んだ。


 自分やティアと離れ離れになり、苦しい思いをしてきたセラにずっと修行を付き添っていた相手だからこそ、そんな彼女を突き放す父を優輝は許せなかった。


「昔も今も、良くも悪くもこの人は何も変わっていない……肝心なことは何も言わないし、何も言うつもりはない、ただの卑怯者だ」


「よせ、優輝」


「何を庇う必要があるんだ、ティア! 事実じゃないか! みんな買い被り過ぎなんだよ!」


「隠居生活をした伝説の聖輝士――みんなそう言っているけど、実際は違う。他人と接するのが恐ろしい臆病者で、すべてを知りながらも見ぬ振りを続けてばかりの卑怯者なんだよ!」


 たまりにたまった不満をぶちまける優輝。


 自分が伝説の聖輝士の息子である――幼い頃からそう呼ばれ続けて悪い気はしなかった。


 教皇庁や世界を救った数々の伝説を持つ聖輝士として父に憧れを抱いたからだ。


 だが、同時に不満もあった。


 教皇庁、鳳グループ、アカデミー、世界――隠居中であろうとも、伝説の聖輝士だったからこそ、それらがどんな状況であるのか知っていたはずなのに、自然と耳に入ってきたはずなのに動かない父に。


 周りが伝説の聖輝士への憧れを口にする度に、伝説の聖輝士の息子である優輝は、どんなことが起きようとも動かず、見て見ぬ振りを続けている父に対しての不満と失望を募らせていた。


「過去に何があったのかはわからないし、アンタの気持ちもわかりはしない。でも、何の説明もなく今更動いて何になる! 今更こんな騒動を起こしてどうする! 今まで見て見ぬ振りを続けてきたアンタが今更何をしようと説得力も何もないんだよ!」


 怒り、失望――それ以上に、悲しさに溢れた優輝の言葉の数々に、幼馴染であり、彼が何を思っているのかよくわかっているセラとティアは父子の間に入ることはできなかった。


「息子として俺は父であるアンタを慕ったことは一度もないけど、師匠としては慕っている――傍目から見れば歪だし、そんな俺がアンタに何かを言ったところで、何も響かないだろうな」


 自虐気味な笑みを一瞬浮かべた優輝は、セラとティアの姿を一瞥した後、力強い目で何の説明もしようとしない父を睨んだ。


「でも、ここにいるセラやティアは違う。歪な思いを抱いている俺とは違って、純粋にアンタを尊敬しているんだ……二人を裏切るなら俺はアンタを絶対に許さない」


 そう宣言して、セラとティアの二人が間に入って抑えていた力を一気に解放する優輝。


「今ここで二人を裏切るような真似をするなら、俺はここでアンタを倒す――二人に止められようが、何をされようが、どう思われようが構わない。全力で叩き潰す」


 ……本気だ、優輝。

 ど、どうしたらいいんだろう……


 言葉通り、自分たちが今優輝を止めても激しく抵抗するだろうと、容易にセラは想像できたからこそ、縋るような目をティアに向ける。


 ティアも優輝の言葉が本気であるということを感じ取り、セラと同じく戸惑っている様子だった。


 そして、そんな息子の言葉を受けても、宗仁は相変わらず何も反応しなかった。


 ここまで自分が本気の宣言をしても、何も語らない父に愛想が尽きた優輝は、自身の周囲に無数の光の刃を生み出す。


「……本気だな、優輝」


「ああ、本気だよ。邪魔するのなら容赦はしないし、下がってくれるなら何も言わない。だけど、俺はお前が何をしようが、どう思われようが、俺は決して恨まない――どうする、ティア」


「私は……」


「無理して言葉に出さなくてもいいよ、ティア。お前やセラの気持ちはわかるから」


 そう言って、ティアとセラに柔らかい笑みを一度だけ浮かべる優輝。


 複雑な思いを抱えながらも、この場にいる誰よりも父である師を尊敬している優輝を知っているからこそ、父子の間に入り込む余地がないと思ってティアは何もできなくなる。


「師匠! このままじゃ、優輝は――あなたの息子は本気で、あなたと戦うことになる! そうなったら、もう二度と戻れなくなる! 今までの生活も、親子の関係もすべて! それでいいんですか! ……私は、嫌です……尊敬するあなたがいなくなるのも、優輝との関係が崩れるのを見るのも全部嫌です……もう二度と、私の周りで何かが壊れて失うのは見たくない!」


「……」


「何とか言ってください、師匠!」


 最後の頼みの綱として、セラは何も喋らない師匠を説得する。


 数年前の事件で幼馴染が傷つき、関係が崩れたのを見たからこそ、もうあんな思いを二度としたくないセラは自分の気持ちを精一杯伝えるが――それでも、師匠は何も答えない。


 返答代わりに息子と同様に父もまた、抑えていた力を解放させる。


 もう、止められない――

 でも……諦めない!


 二人がぶつかり合うのは避けられないが、それでも、セラは諦めない。


 ティアもセラと同じ気持ちであり、できる限り二人の全面衝突を避けるために、全力を尽くすことにした。


 ティアとセラも力を解放すると――四人の力の高まりで、大気が大きく振るえた。


 緊張感が極限までに高まり、空気が張り詰める。


 何をしてでも自分たちを止めようとする幼馴染二人の様子を申し訳なさそうに見つめた後、何も語らない父を真っ直ぐと見つめる――もう、優輝の目には幼馴染の姿は入っていなかった。


 父もまた、何も語らず、顔を覆い隠すフードのせいで何を考えているのかわからないが、二人の弟子、息子の覚悟を受け止めながらも、いっさい退く気はなかった。


 そして、四人の覚悟と想いがぶつかり合う――


 だが、それを止めるように遠くから轟音が響き渡ると同時に、赤黒い光が天に昇る。


 突然の轟音と赤黒い光に、セラたちの注目がそれらに集まった。


 ――何だ、あれ……

 あそこは、輝石の展示会場からだ! 一体何が――……


 赤黒い光が昇った方角はウェストエリアからであり――煌石展示会場であることが想像できたセラは、会場で何か異変が起きたことを察知する。


「……少々不測の事態が発生したが、任務完了か」


「ようやくまともに口を開いてくれて何よりですが――何をした」


 同時に、今まで口を閉ざしていた宗仁が脱力するように深々とため息を漏らしながらそう呟くと、武輝を輝石に戻した。


 父の緊張が一気に解かれながらも、優輝は武輝を輝石に戻すことなく警戒心をぶつけた。


「……わからん」


「わからないことでこんな騒動を起こしたのか」


「理由はお前たちが一番よく知っている――あの男はそう言っていた」


 あの男――アルトマンのことだろうか?

 ……でも、私たちが理由を知っている? どういうことなんだろう……


 宗仁の口から出たあの男=アルトマンである可能性が高いと思うセラだったが――それ以上に気になったのは、自分たちが今回の騒動を引き起こした理由を知っている、その言葉だった。


「適当なことを言って誤魔化さないでください。せっかく口を開いたんだ、少しはまともなことを言ったらどうですか?」


「落ち着け、優輝……師匠、理由を聞かせていただきたい」


 頭に血が上っている優輝を抑え、師匠が武輝を輝石に戻し、抵抗する気はないと察して、セラとともに武輝を戻したティアは今回の騒動に関わった理由を尋ねた。


 ティアの質問に数瞬考え込んだ後――「わからない」と宗仁は答えた。


「何がわからないだ! ふざけないでください!」


「だ、だから、落ち着いてよ優輝! せっかく師匠が話してくれているんだから」


「何が嘘か誠か、わからないが、私はただ信じただけだ……彼を」


「それは、アルトマンのことですか?」


 怒れる優輝を抑えながらセラはアルトマンの名前を口に出すと――宗仁は首を横に振る。


「あんな男のことではない――あの少年だ」


「……あの少年? 一体それは――」


「お前たちが一番よく知っていると、あの男は言っていた」


「……わかりません。誰のことを言っているのでしょう」


「それを思い出すのはお前たちの役割――頼んだぞ」


「待ってください! 詳しいことを教えてください!」


 セラの追及から逃れるように、宗仁は背を向け――


「――すまなかったな」


 謝罪を言い残し、セラたちが制止する間もなく一瞬の光とともに宗仁はこの場から姿を消し、周囲から彼の気配はなくなってしまった。


 何らかの目的を果たしたと同時に口を開いた宗仁の意味深な言葉に、彼を追うことを忘れてセラたちは呆然としながらも、胸の中の奥に存在する、ずっと忘れていた違和感を刺激されて動揺していた。


 ……何か、変だ……何かが、おかしい……

 忘れちゃいけないことを忘れているような気がする――

 どうして……どうしてだ? どうして、こんなに胸が苦しいんだ?

 ……どうして……どうしてこんなに――


 師匠が放った言葉に、セラの胸の中はざわつき、目の奥が熱くなっていた。


 忘れかけていた違和感が蘇ったことへとの戸惑い、忘れていた違和感を思い出して嬉しく思い、それ以上に違和感を忘れていたことへの罪悪感で胸がいっぱいになって苦しくなってしまった。


 セラだけはなく、優輝やティアも同じ気持ちになっていた。

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