第29話

 一体、何が――何が起きているんだ!

 この力は一体――もしかして、あの人、煌石を扱えるのか?

 でも、輝石を扱えないって言っていたし、そんな雰囲気、全然――……


 この場にいる全員を守るために、赤黒い光を輝石の力で生み出した障壁で閉じ込めようとするリクトだが、光は簡単に障壁を崩す。


 麗華や刈谷や巴が力技で周囲を破壊しながら好き勝手に動き回る赤黒い光を止めようとするが、光は容易に彼女たちを薙ぎ払う。


 何とか暴れ回る赤黒い光を止めようと試行錯誤するリクトたちだが、何度も失敗し、勢いが衰えるどころか、勢いは増してしまっていた。


 煌石展示会場である闘技場を破壊しながら縦横無尽に暴れる赤黒い光に手も足も出せずに、身を屈めて眺めることしかできないリクトは、赤黒い光を生み出した、後ろ手に拘束されながらも一人この場に立っている少年に視線を向ける。


 今まで非凡な雰囲気を放っていなかった平凡な少年は、自分やアリシアや大和と同じ煌石を扱う資格を持ち、その秘めた力は自分がもちろん、教皇であるエレナ、御子である大和を遥かに凌いでいると感じていた。


「わわっ、何かすごいことになってますけど……これ、上手く行ったんですよね?」


「教えた通り、集中して『器』に閉じ込めろ! でなければこのまま暴走を続けるぞ!」


「そ、そう言っても――あ、こ、こっち来ました! うわっと!」


「愚か者! 避けるな! 受け止めるんだ!」


 ……ど、どうやら、力をコントロールできていないみたいだ……

 だ、大丈夫だろうか……


 アルトマンからアドバイスを受けるが、周囲を破壊しながら迫る赤黒い光から逃げる少年。


 少年が避けると同時に、彼の背後の床が砕き割れた。


 砕かれた床を見て、顔を不安と恐怖で引き攣らせながらも、どこか呑気な雰囲気を身に纏っている表情豊かな少年に、リクトは相手はアルトマンの協力者で敵対関係であるというのに、子供を見守る母のような視線を向けてハラハラしてしまっていた。


「あ、あれ受け止めたら身体に風穴開きますよ」


「問題ない――おそらく、多分」


「不安しかないんですけど……何とかして止めることができます?」


「無理だな。もう体力はほとんど残っていない」


「そうなんですか?」


「こうなったのは誰のせいだ、誰の! ――とにかく、任せたぞ」


「ど、ドンと任されました」


 ……ど、どうするつもりなんだ?

 ふ、不安しかないんだけど……


 アルトマンに喝を入れられた少年は気合を入れ直し、縦横無尽に駆け回る赤黒い光に視線を向けるが――素早く動き回る赤黒い光に目が追いついていなかった。


 少年が何をするのか期待と不安を抱えて、リクトは見守ることしかできなかった。


 赤黒い光は更に勢いを増し、周囲を破壊し尽くす。


 破壊したものが闘技場内に散乱し、崩れた屋根が落ちてくる。


 闘技場内が倒壊する危険があるが、少年は拘束されたままで何もできないというのに、恐れることなく、真っ直ぐな光を宿した瞳に映る赤黒い光が自分に迫るのを待っていた。


 ――来た!

「危ない!」


 赤黒い光が少年に向かったことに気づくと同時に、相手が何を企んでいるのかわからないというのに、リクトはアルトマンの協力者に注意を促す――無意識に。


 そんなリクトの声を聞いて、少年は自身に迫る赤黒い光を自身の瞳に映す。


 少年は自身に迫る暴力的な力を放つ赤黒い光に、少年は避けることはもちろん、防ぐこともせず、何よりも恐れることなく、目を閉じて集中していた。


 そして、赤黒い光は少年に衝突――することはなく、少年の身体を包んだ。


 赤黒い光を頼りないくらいに華奢な身体で受け止めた少年は苦悶の表情を浮かべて蹲る。


「成功したか?」


「た、多分、おそらく、きっとです……うぅ……」


「よくやったと褒めてやろう――さあ、脱出するぞ」


 苦痛の声を上げる少年を心配することなく、アルトマンは満足そうに頷いた。


 突然の事態の収束に誰もが動けない中、アルトマンは一人悠然と立ち上がり、蹲る少年に近寄り、少年の拘束を解いて、気遣うことなく片腕を掴んで無理矢理立ち上がらせた。


 少年を道具として扱っているようなアルトマンの態度に、リクトはヒートアップし、すぐに起き上がってこの場から逃げようとする彼らを止めようとするが――


「――お待ちなさい」


 背後から逃げようとする自分たちを制止する放たれると、アルトマンと少年はゆっくりと振り返ると――武輝であるレイピアの切先を向ける麗華が立っていた。


 一歩でも動いたら麗華に攻撃を仕掛けられると思い、アルトマンと少年は下手に動くことができない。


 麗華が二人を制させると同時に、今まで赤黒い光が動き回っていたせいで下手に動くことができなかったリクト、巴、大和が立ち上がった。


「私を前にして、逃げられると思っていますの?」

「ダメ?」

「ダメに決まっていますわ!」

「どうしても?」

「しつこいですわ!」

「お願い」

「頼み込んで無駄ですわ! ――というか、あなた馴れ馴れしいですわよ!」


 自分のペースを崩すような少年との会話に、苛立つ麗華。


 そんな麗華を見て、少年は心底嬉しそうで、楽しそうな笑みを浮かべた。


 邪気のない少年の心からの笑みを見た麗華は、一瞬彼の能天気さと、惹きつけられるような笑みに見惚れて固まってしまう。


「落ち着こうよ麗華、ここはお互いのためにさっさと捕まえた方がいいって」


「そうね、状況報告もしなければならないから拘束させてもらうわ。刈谷君、手伝って」


「わかりやした。ほれ、神妙にお縄を頂戴しろっての」


「――お待ちください、巴お姉様」


  大和に促されてアルトマンと少年を拘束しようとする巴と刈谷を、俯きがちの表情の麗華が制止した。


「……刈谷君、ちょっと待って頂戴」


「は、はぁ……いいんですかい、巴のお嬢さん」


「取り敢えず今は、少し待ってあげて」


 ――……どうしたんだろう、麗華さん……

 ……どうして、そんな顔をしているんだ?


 突然自分を止めた麗華を二人は怪訝そうに見つめながらも、有無を言わさぬ空気を身に纏う彼女に、そして――何かに突き動かされるままに巴は彼女に従い、刈谷を少年たちを拘束しようとする制した。


 刈谷も怪訝な表情を浮かべながらも、何かに突き動かされるままに従う。


 麗華たちとは数歩離れた距離にいるリクトだけが、俯きがちの麗華の表情を見ることができた――嬉しそうな、申し訳なさそうな、それ以上に、今にも泣きだしそうな麗華の顔を。


「麗華、何をしているんだい? さっさと捕まえようよ」


「大和、少し黙っていなさい」


 事件解決を目の前にして二の足を踏んでいるらしくない麗華に声をかける大和だが、有無を言わさぬ威圧感を放つ麗華の一言が大和を黙らせた。


 何も言わずに麗華を見守ることにした大和は麗華と、麗華と対峙する少年の様子を興味深そうに、それ以上に、注意深く観察していた。


「……あなた、一体何者ですの?」


 俯きがちな表情で、僅かに震えた声で麗華は少年にそう問いかける。


 嬉しそうな、それでいて、戸惑った表情を浮かべている少年は、隣に立つアルトマンに視線を向ける。


 アルトマンは心底どうでも良さそうな顔をして、小さく鼻で笑った。


「名乗ったところで何も変わらないし、覆らないだろう。期待をするだけ損だ」


「それなら別にいいですよね」


「名乗りたいなら好きにしろ、だが、名乗るのならさっさと名乗れ、ただでさえ時間がないのだからな。名乗ったところで問題は何一つない。遅かれ早かれ、ここにある監視カメラの映像に顔が映っているのだから、正体だけは気づかれるだろうからな」


 アルトマンにそう言われ、「じゃあ――」と少年は麗華、巴、大和、リクト、アリシア、刈谷――一人ずつに視線を向け、無邪気な笑顔を浮かべ――


「僕はラッキーセブンの七に、浅瀬の瀬に、幸せな太郎で七瀬幸太郎ななせ こうたろうです」


 少年――七瀬幸太郎は能天気な笑みを浮かべながら、気が抜けるような自己紹介を終えると同時に、赤黒い光を残してアルトマンとともにこの場から消え去った。


 七瀬幸太郎――消え去った二人を誰も追うことなく、麗華たちは聞き覚えがないのにどこか懐かしい響きを感じるその名前に、頭の中がいっぱいになって動くことができなかった。

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