第30話

「闘技場と建設中の寮は半壊しましたが、幸いそれ以外の被害はほとんど出ていません」

「闘技場内に取り残されていた観光客たちのクレーム、二日予定していた煌石一般公開を中止したせいで、煌石を見ることができなかった観光客からの不満が噴出しています」

「それに加えて、マスコミや外部企業からも不満が出ていますが――まあ、彼らは問題ないでしょう。煌石一般公開をさせるために圧力をかけてきたのは彼らですので」

「それをわかっているからこそ、少ない被害で解決したアカデミーの力を褒める声もあります。周囲からのクレームの対処は容易と思われます。それよりも、確固たる協力関係を築いたことを世界中に見せつけることによって、評価が上がるでしょう」

「エレナ様の仰っていた通り、昨日の騒動で暴れた大勢の輝石使いを捕えたことにより、アカデミーに恨みを抱く天宮家関係者、教皇庁過激派、外部のテロ組織を一掃することができましたが――まだまだ問題は山積みです」

「まさか、アルトマン生きていて、伝説の聖輝士・久住宗仁が関わっているとは……」


 花火騒動、プリム誘拐未遂事件、煌石展示会場破壊事件から翌日――前日の騒動によって二日予定されていた煌石一般公開は一日で中止になったので、アカデミー上層部の人間を集め、昨夜から行われていた情報収集、騒動を起こした輝石使いへの取調べ、騒動に巻き込まれた観光客や、騒動を知って不安がる世間への対応を報告していた。


 議長席に座るエレナと大悟は順調に対応できている部下たちの報告を聞いて無表情ながらも満足そうに頷いていたが――表情は他の上層部たちと同じく暗かった。


 事件に関わっていた天宮家関係者、教皇庁過激派、テロ組織――過激な人間たちが一掃され、当面の間アカデミーに平穏が訪れると誰もが思っていたが、誰もが想定していなかった事態で再び平穏が遠のいたからだ。


 この場にいる全員が不安と思っているのは――生きていたアルトマン、伝説の聖輝士・久住宗仁が昨日の騒動の首謀者とされていることだった。


 これには周囲はもちろん、エレナや大悟にとって想定外の出来事だった。


 アカデミーや世界の力を用いて、アルトマンの関係する組織や協力者たちをすべて一掃し、生死不明となっていたアルトマンの行方を捜索し、彼がもうこの世にいないと判断したのにもかかわらず、生きていたのを隠していたのは想定外だった。


 最も想定外だったのは、久住宗仁だった。多くの事件を解決した伝説の聖輝士であるというのに、アルトマンと協力して今回の騒動を引き起こしたのが信じられなかった。

「……取調べで、彼らは何と言っている」


 暗い雰囲気を打ち消すように、大悟は捕えた輝石使いたちの取調べを主導している萌乃に経過の報告を尋ねた。


「彼らはアルトマンちゃんや宗仁ちゃんが首謀者だって知らなかったみたいよ。二人の実力を見たのに加え、統率力を感じ取ったからこそ、目的が違う組織同士を結託して、今回の騒動を引き起こして――裏切られたんだってさ」


 そう言って萌乃は信じていた人間に裏切られた彼らを憐れむように、自業自得だとせせら笑うような笑みを浮かべる。


「どうやら、昨日の爆発騒動――本当は大量の爆弾を用意していて、それを爆発させるつもりでいたんだってさ。それが当日になって、起動させたら威力も何もない花火で、それで彼らは裏切られたと思ってるの。まあ、こっちとしては被害がなくて喜ばしいことなんだけどね。そうなってくると、アルトマンちゃんと宗仁ちゃんは最初から協力者たちを裏切るつもりで、元々アカデミーを破壊するつもりはなかったのかしら? うーん、わからないわね……」


 取調べの経過報告をしながら、あざとく小首を傾げて疑問を口にする萌乃。


「ただ、今回アカデミーに馴染み深い伝説の聖輝士が関わっているってわかったことで、何となくだけど、どこで煌石一般公開の話が漏れたのかがわかってことだけが幸いかしらね」


 煌石一般公開が漏れた件について、上層部の中の誰かが情報を漏らし、騒動を起こした人間に横流しをした人物がいるのではないかと疑心暗鬼になっていたが、アカデミーと関係が深い久住宗仁が今回の騒動に関わっていたことで、彼ならば息子や教皇庁内にいる知人から情報を引き出すことができるので、上層部内の空気が若干よくなっていた。


「取り敢えず、現時点で行っている取調べでわかっていることはこれだけよ」


「……久住優輝の取調べはどうなっている」


「お父さんが騒動に関わって、自分が煌石一般公開についての情報を流したかもしれないって思い込んで、戸惑っているわね……取調べには素直に協力してくれているけど、本人もどうしてお父さんが今回の騒動を引き起こしたのか、わかっていないみたいよ」


 父である宗仁が騒動に関わっているということで、自ら取調べをするようにと頼んできた優輝の取調べについて、萌乃は落ち着き払った様子で取調べに応じながらも、動揺を隠しきれていない優輝の痛々しい姿を思い出し、暗い表情を浮かべる。


 優輝に同情している萌乃の報告を聞いて、「……そうか」と大悟は相変わらずの無感情で淡々としながらも、どこか、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「引き続き、逮捕者と久住優輝の取調べを進めてくれ」


「うーん、正直これ以上の情報は引き出せないと思うけど、まあやってみるわ」


「頼んだ――克也、もう一人の協力者である七瀬幸太郎についての調べはどうなっている」


 引き続き萌乃に取調べを進めるように指示をした大悟は、自身の右腕である克也に視線を向け――久住宗仁とともにアルトマンとともに協力している少年・七瀬幸太郎について尋ねる。


 七瀬幸太郎――その少年の名を口に出した時、大悟は胸の中の奥底にあった忘れ去っていた違和感を刺激されるが、その違和感を振り払って克也の報告を聞くことに集中する。


 大悟の指示を受け、マスコミの対応と、七瀬幸太郎についての調査を主導して行っている克也は数瞬の間――大悟と同じく、自身の中に生まれた違和感に気を取られながらも、すぐに我に返って報告をはじめる。


「両親は健在で一人っ子、アカデミーの外で普通に暮らしている、中流家庭の至極普通の平々凡々な輝石の力を持たない、自宅近所の公立高校に通う一般市民ということだ」


「それ以外は?」


「家庭環境は何も問題はなく、本人や両親の人間性や過去の行動について、目立ったことはしていない一般家庭。アルトマンはもちろん、アカデミーとも何の縁もない。ただ、この半年間――ちょうど、アルトマンが生死不明になった時期から家には帰っていないそうだ」


「誘拐か何かか?」


「わからん――今朝彼の実家に鳳グループと教皇庁の人間を向かわせて両親の取調べを軽く行ったが、本人曰く『やらなければならないことがある』と言ったきり家には戻らず、定期的に連絡をよこして元気であると告げてくるそうだ」


「半年間も家にも学校にも通わなくて、不自然に思わなかったのか?」


「両親曰く、『かわいい子には旅させろ』、『息子の言葉に覚悟を感じた以上、引き留めることはできなかった』、『これも人生経験』――だそうだ」


「……一般家庭、なのか?」


「独特な、一般家庭と訂正しておく」


 報告を聞いているだけだというのに、独特な空気を放つ七瀬幸太郎の両親に、克也は深々とため息を漏らし、無表情ながらも大悟は呆れていた。


「どこで、どうやって、どうして、アルトマンと出会い、なぜ協力しているのかはわからん。おそらく、両親も知らないだろう――だが、どちらにせよ、七瀬幸太郎は危険だ」


 平々凡々な少年であっても、ティアストーンと無窮の勾玉から赤黒い光を生み出し、闘技場を滅茶苦茶にし、その光を取り込んだ時点で危険人物であることには変わりなかった。


 アルトマンと同じく、七瀬幸太郎も危険人物みなすことに誰も異論はなかった。


「七瀬幸太郎について、今のところわかっているのはこれ以上だ。何か質問はあるか?」


「ない。引き続き七瀬幸太郎の足跡を洗ってくれ」


「わかった。両親についてはどうする」


「報告を聞く限り、無害で何も知らないと思われるが、定期的に連絡が来ると言っているのなら、七瀬幸太郎が両親と何らかの接触があった場合に備え、しばらく見張りをつけてくれ」


「わかった――マスコミの対応はどうする? アイツらアリーナ内に設置されていたマスコミのカメラにアルトマンが映っていたせいで、かなり騒いでいるぞ」


「当然アルトマンの情報は出す。しかし、混乱を避けるために久住宗仁の情報は伏せておくべきだと思うのだが――どう思う」


 昨日の騒動にアルトマンが関わっているとマスコミたちが嗅ぎつけており、無用な不安を避け、周囲の協力を取り付けるためにアルトマンの情報は出すと決めている大悟だが――問題なのは久住宗仁だった。


 伝説の聖輝士が今回の騒動に関わっていると知ったら世界中が驚愕するとともに、教皇庁のスキャンダルとなり、アカデミーに大きな打撃を与えることは容易に想像できた。


 会場内に設置されていたマスコミのカメラにバッチリ映っているアルトマンとは対照的に、幸い顔も何も映っていない宗仁の情報は出ていないのが現状で、周知されていないこの情報は避けるべきだと思っている大悟は、克也たちに問いかける。


「そうするべきだな。幸い、久住宗仁の件は限られた人間しか知らないからな……まあ、バレたらバレたで、後で気づきましたって言えば簡単に言い逃れできるからいいだろう」


 そんな大悟の考えに克也を含めたすべての上層部の面々は誰も異を唱えることなく、黙って頷いて賛同した。


 一通りの報告は終えて、会議は終息を迎えるが――


 会議を終わらせる前に大悟は、会議中ずっと黙ったままのエレナに視線を向けた。


 相変わらずの無表情で黙ったままだが、客観的な視点でエレナは会議を眺めており、話はしっかり聞いている様子の彼女に大悟は質問をする。


「エレナ、煌石を扱える人間として七瀬幸太郎についての意見を聞きたい」


「……実際に目の当たりにしていないので何とも言えませんが――」


 大悟の質問に、数瞬の間を置いてエレナは答えをはじめる。


「あの時、別室にいた私が感じた力の気配、映像で確認したティアストーンと無窮の勾玉から謎の力を生み出し、受け入れた少年の姿から察するに、おそらく、秘めた力は教皇である私、御子である伊波大和――天宮加耶を遥かに凌いでいるでしょう」


 淡々と七瀬幸太郎の力についての感想を述べるエレナに、何の特徴のない平凡な少年に非凡な力が持っているとは誰もが思いもしなかったため、室内がざわつく。


 そんな彼らの驚きをよそに、エレナは「しかし――」と話を続ける。


「映像を見る限り、コントロールはできていないでしょう。その証拠に赤黒い光を生み出すまで、生み出した光を受け入れるまでに時間がかかっていました――おそらく、誘拐したプリムを利用して力の制御を任せるつもりでいたのではないでしょうか? ……もちろん、それ以外の理由もあるとは思いますが」


「……何か気になることでもあるのか?」


「いいえ、今のところは何とも言えません」


 何か気になることがある様子のエレナだが、大悟に問いかけられてもまだ漠然としなかったので何とも言えなかった。


 それ以上に、胸の奥にある違和感が先程から――七瀬幸太郎という少年の名を聞いてから、じわじわと湧き上がってきているので、気にしている余裕はなかった。


 そんなエレナの様子を見て、大悟は彼女も自分と同様の違和感を抱いていることを確信するとともに――それとは違う、違和感と不安感が湧き上がってしまっていた。


 騒動が無事に解決したこと以外、湧き上がっていた違和感のすべてが解消されないまま、会議は終わった。

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