第27話
「こいつはとっておきだ!」
「ちょ、ちょっと、刈谷さん! 今度は何を投げましたの! さっきみたいに白くてドロドロしている卑猥な粘液が噴出する爆弾じゃないでしょうね!」
「卑猥じゃねぇよ! あれはトリモチ爆弾だっての!」
大丈夫かなぁ……
まあ、この数がいるんだ――問題なく対応できるはずだ、と思う。
でも、問題は相手が何を考えているからだ。
頼りなさそうな協力者は何かを頼まれているようだけど――
拘束されているし、アリシアさんに見張られているし、何もできないはずだ。
それに、あの気の抜けた様子――何かを仕掛けているとは考えにくい。
アルトマンと激しい剣戟を、それ以上に喧しく刈谷と会話をしながら戦っている麗華を眺めながら、大和は周囲の状況を確認していた。
巴、リクト、刈谷、そして、自分が揃っている今なら、問題なくアルトマンに対応できると思っている大和だが、一抹の不安があった。
それは、拘束され、アリシアにショックガンを向けられて下手に動けない、アルトマンの協力者と呼ぶには頼りなさそうで、呑気そうで、邪気も力も感じない特徴のない少年だった。
アルトマンに何かを頼まれているようだが、ずっと難しい顔を浮かべ、「うーん」と気が抜けるような唸り声を上げて小首を傾げている少年の様子を見ていると、大和は難しいことを考えている自分がバカバカしく思えてしまった。
そんな少年が何かを仕掛けているとは考えにくいが、それでも大和は念のために少年に警戒とともに視線を向けていると――自分の視線に気づいた少年がバカみたいに能天気な笑みを向けてきた。
――何だ、あれ?
呑気、というか、あそこまで来るとただのバカなのかな?
「うわっと! お嬢、またそっち行ったぞ!」
「わかっていますわ! ――というか、大和! ボーっとしていないで手を貸しなさい! ぬうぅ――しつこいですわよ!」
「頭脳労働担当に肉体労働を求めないでよ、まったく――仕方がないなぁ」
少年の能天気な様子に大和は呆れていたが、麗華の言葉で現実に戻される。
正々堂々とした戦いをする巴と、武輝である盾で仲間を守って全力でフォローしながらも激しく攻撃を仕掛けるリクトと、手製の小型爆弾やショックガンや特殊警棒など卑怯な刈谷の攻撃を凌いだアルトマンは、麗華に攻撃を仕掛けていた。
アルトマンが生死不明になって半年間麗華はセラたちとともに鍛錬を続け、アルトマンに匹敵するほど強くなった麗華だが、アルトマンもまたここに来て追い込みをかけていた。
そんなアルトマンに一気に麗華は追い詰められ、追い詰められる幼馴染の無様で微笑ましい姿を愉快そうに眺めた大和は、自身の周囲に複製した武輝である手裏剣を無数に生み出した。
「後でラーメン奢ってよね」
「味噌でも塩でも醤油でも、好きなものを奢りますわ!」
「それと、茹で餃子かな?」
「何でもいいからはやくフォローしなさい!」
「はいはい――それじゃあ、行くよ」
無数に生み出した手裏剣から一斉にレーザー状の光を発射する大和。
迫るレーザーにアルトマンは麗華への攻撃を中断し、大きく飛び退いて回避するアルトマン。
回避した先に現れ、休ませる間もなく襲いかかってくるのは巴だった。
静かに、それでいて力強く踏み込むと同時に武輝である十文字槍を突き出す巴。
アルトマンは最小限の動きで回避し、周囲を警戒しながら巴との間合いを取る。
後の先で的確なカウンターを狙う戦法を巴が得意としているのを知っているからこそ、アルトマンは下手に動かず、麗華、大和、リクトの不意打ちに備えながら巴と対峙する。
――まあ、巴さんの戦い方を知る人だったら誰もが考えるけど……甘いなぁ……
下手に巴に手を出さないアルトマンを見て、大和はほくそ笑んだ。
確かにカウンターが得意な巴に下手に手を出すのは愚の骨頂だが、それで何もしないというのも、愚かだということを、昔巴とともに輝石使いの訓練を行っていた大和はよく知っていた。
動かないアルトマンに、巴は流れるような静かな動きから、激流のような動きで襲いかかる。
手の中で武輝を回転させて勢いをつけて薙ぎ払い、振り上げ、振り下ろし、突き出す――
激しい巴の連続攻撃に、アルトマンはただただ防御に徹することしかできない。
「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ! 行きますわよ、刈谷さん! 必殺! 『エレガント・ストライク・パートⅡ』!」
「オーケー! 巴のお嬢さん、今行きますぜ!
「ちょ、ちょっと、二人とも! まだ早いわよ――もう!」
あーあ、巴さんに任せておけばいいのに、まったく……
激しい動きでアルトマンを追い詰めている巴に、下手な横槍が入る。
仕方なく麗華と刈谷の動きに合わせる巴のおかげで、下手な横槍でも見事に息を合わせた連携攻撃を行うが、下手な横槍のせいで生まれた一瞬の隙のおかげで、アルトマンにつけ入る隙を与えてしまうことになる。
上空から放たれる鋭い麗華の刺突に合わせるように、武輝をドリルのように回転させながら穿つように巴は突きを放つが、アルトマンは回避。
背後から襲いかかってきていた刈谷の攻撃を回避し、彼の頭を掴んで床に叩きつけけ、軽く跳躍するとともに上空にいる麗華に接近し、彼女の詰まっていなさそうな頭を掴み、そのまま地上にいる巴目掛けて投げ捨てた。
「お、お姉様ぁん、ヘルプミーですわぁ!」
「――よいしょっと……麗華、油断は禁物よ!」
「うーん、お姉様のクッションは気持ちが良いですわぁ」
「ちょ、ちょっと! こんなところでじゃれないで! ほら、来るわよ!」
投げ捨てられた麗華を巴は受け止め、受け止めてくれた巴の膨らみを堪能する麗華――そんな二人に、上空にいるアルトマンは刀身に赤黒い光を纏わせた武輝を振るって衝撃波を放つ。
「ここは僕に任せてください――行きますよ!」
「よっしゃー! リクト、そのままぶっ飛ばしちまえ!」
慌てる巴の前に現れるのは武輝である盾を手にしたリクトだった。
喝を入れる刈谷の言葉とともに、リクトは溢れ出んばかりの輝石の力で自身の背後に光の巨人を生み出し、巨人から突き出される巨大な拳を突き出してアルトマンが放った衝撃波をかき消しながら攻撃を仕掛けた。
上空にいる状態では巨大な拳を完全に避けられないと即座に判断したアルトマンは防御に専念し、迫る拳を武輝で防御した。
防御には成功したが、巨大な拳を受け止めたことによって全身に襲いかかる衝撃までは防ぐことはできず、そのまま勢いよくアルトマンは吹き飛んでしまう。
吹き飛びながらも空中で身体を反転させて、華麗に着地するアルトマン。
着地したアルトマンは横目で少年の様子を一瞥すると、集中を切らして自分たちの戦いに魅入っており、それを見てアルトマンは憂鬱なため息を深々と漏らした。
――さすがはアルトマンだ。
結構苦戦してるけど、麗華たちを相手に上手く立ち回ってる。
この半年、麗華もパワーアップしたけど、アルトマンも相当腕を上げてるね。
……でも、何だろう――何かがおかしいような気がする。
複数人相手に防戦一方になりながらも互角の戦いを繰り広げているアルトマンに、大和は素直に感心しながらも引っかかりを感じていた。
何か見落としている――そんな感覚に陥った大和は、麗華たちとアルトマンの激闘を呑気に観戦することをやめ、ティアストーンとともに展示されている無窮の勾玉を一瞥する。
「……頼りたくはないんだけどね」
心底不承不承といった様子で呟いた大和はアルトマンに向けて手をかざす――すると、無窮の勾玉の輝きが強くなり、同時にアルトマンの身体に無窮の勾玉から放たれる光と同じ緑白色の光に包まれ、苦悶の表情を浮かべて彼は膝をつく。
持っていたアルトマンの武輝が輝石に戻ったのを確認すると、彼に飛びかかろうとしていた麗華は一旦攻撃を中断し、不機嫌そうな目を不要な横槍を入れた大和に向けた。
「まったく! 無窮の勾玉を使わなくとも私たちだけで十分でしたのに!」
「つーか、それならさっさと使えっての。無駄に疲れたし、痛い思いをしたんだからな!」
麗華と刈谷の不平不満を「まあまあ、そう言わないでよ」と大和は軽くスルーする。
「もうちょっと相手のことを観察したかったんだけど、相手が何を考えているかわからない以上、早々に決着はつけた方がいいだろう? 少しはやる気を出したんだから褒めてくれてもいいじゃないかな?」
「使うならもっと早く使ってもらいたかったのだけど――でも、ありがとう大和。助かったわ」
「無窮の勾玉の力を自由に扱えるなんてすごいです、大和さん! ありがとうございます」
「巴さんとリクト君は優しいなぁ――ねえ、麗華?」
巴とリクトから心からの感謝をされて、偉そうな、じっとりとした目を麗華に向ける大和。
ほとんど活躍していないのに最後の美味しいところを全部持って行った大和に、「グヌヌ……」と麗華は悔しそうな呻き声を漏らしながらも、降参したようにため息を漏らす。
「……フン! 一応は感謝をしておきますわ!」
「素直じゃないなぁ、麗華は。まあ、そこがかわいいんだけどね」
「シャラップ! おだまり!」
「おい、オメーら、いい加減遊んでんじゃねぇよ。とっとと終わらせようぜ」
さて、かわいい麗華の態度を拝めた次は――……
プリプリ怒る麗華を見て満足な笑みを浮かべた大和は、刈谷の言う通り、この騒動に決着をつけるために膝をつくアルトマンに視線を向ける。
「どうやって、僕とエレナさんの結界に耐えられているのかわからないけど、さすがに無窮の勾玉から直に与えた力は効くんじゃないかな?」
「ああ。だが、まだまだだ――まだ、足りん!」
「往生際が悪いなぁ、それとも、苦しいのが好きなのかな?」
不敵な笑みを浮かべて大和に飛びかかろうとするアルトマンだが、こともなげに更に大和は無窮の勾玉の出力を上げ、アルトマンに与える影響を強くする。
同時に、アルトマンの身体からガラスのような何かが砕け散るような音が響き、苦悶の声を上げ――血走った眼を拘束された少年に向けた。
「煌石の力が高まっている! 今だ!」
「え? あ、はい」
しまった! ――と思ったんだけど……何も起きない。
……一体何をするつもりなんだ?
アルトマンの言葉に少年は呑気に返事をし、少年に大和たちの焦燥に満ちた視線が集まるが――特に周囲に何も異変は起きず、肩透かしを食らってしまう。
「何をするのかわからないけど、下手な真似をしたら痛い目を見せるわよ」
「アリシアさん、ショックガンで背中をグリグリするのやめてください……怖いというか、く、くすぐったいです……ふひっ!」
……向こうはアリシアさんがいるみたいだから、大丈夫だと思うんだけど……
何か、嫌な予感がする――何か、大きな間違いを犯したような気がする。
肩透かしを食らいながらも、奪ったショックガンを少年の背中に押し当てながら、少年への警戒を忘れないアリシアは、下手な真似をすれば即座に引き金を引くつもりでいた。
そんなアリシアと、抵抗するつもりがない少年を見て問題ないと大和は判断しているが――嫌な予感が全身を駆け回っていた。
「気色が悪い笑い声を出してんじゃないわよ。さあ、アルトマン共々アンタも連行するわよ」
「ちょ、ちょっと待ってください――もうちょっとで終わりそうな気がするんです」
「はぁ? 何がよ――」
「あ、行けそうです――」
「アリシアさん――彼を止めて!」
何も力を感じない少年から、一気に力が膨れ上がるのを感じ取るのと同時に、大和の怒声が響き渡るが――それをかき消すように、展示されていたティアストーンと無窮の勾玉の周囲を覆っていた強化ガラスが砕け散った。
そして、闘技場内に薄ら寒い、圧倒的な力の気配が流れはじめると――ティアストーンから赤黒い光が放たれる。
放たれた赤黒い光は闘技場内を縦横無尽に駆け回り、屋根を突き破り、再び会場内に戻って暴れはじめ、突然の事態に大和たちは暴れ回る膨大な力を持つ赤黒い光から身を守るために、屈んで様子を窺うことしかできなかった。
……何だ、この力……
彼は一体何者なんだ?
赤黒い光が闘技場内を暴れ回る中、一人平然と立っているついさっきまで普通だった少年に視線を向ける大和だが――
不思議と、少年からは敵意や悪意のものは感じられなかった。
感じられるのは、揺らぐことない覚悟だった。
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