第38話

 事件から二日が経過し、一日検査入院をして何の異常もなく無事に退院できた幸太郎はすっかり日常生活に戻り、放課後になっていつものように風紀委員の活動をするため風紀委員本部で向かっていた。


 ついさっきまでセラと一緒だったのだが、急な連絡が入ってその応対をするために、すぐに戻ると言って幸太郎から離れた。


 風紀委員本部の前に来た幸太郎は、ノックをしないせいで何度も麗華に怒られたことがあったので、数回ノックした後に扉を開いて風紀委員本部に入ると――


 夕日に染まった本部内の窓際に立っている大和は、「やあ、幸太郎君」と本部に入ってきた幸太郎をいつものように軽薄でありながらも、少し遠慮がちな笑顔で出迎えた。


「いつもなら麗華さんが先にいるのに、今日は大和君だけなんだ」


「ああ、麗華ならちょっと用事があるから少し遅れるってさ。セラさんは?」


「誰かと電話してるから、少し遅れると思うよ」


「それじゃあ、二人っきりってことなんだね?」


「そう言われると、なんだかちょっとエッチ」


「妄想力が激しいなぁ、幸太郎君は。まあ座ろうよ。せっかく二人きりなんだからゆっくり君と話したいんだ……二日前の件のことをね?」


 軽薄な笑みを浮かべながらも懇願するような目で見つめてくる大和に、幸太郎は二つ返事で了承し、カバンを部屋の隅に置いてソファに座ると隣に大和が座った。


 幸太郎の隣に座る大和は忙しなく部屋の周りを見回しながら、どこか落ち着かない様子であり、二日前の事件のことで話があると言いながらも沈黙してしまっていた。


 そんな大和のことをじっと見つめながら、彼女が何か喋りはじめるまで幸太郎は待った。


 二分程の沈黙の後、大和は軽く深呼吸をした後に――「ごめんね」と軽く頭を下げて謝罪の言葉を口にした。


「セラさんたちから話を聞いていると思うけど、二日前の事件で僕は幸太郎君に秘密で色々動いていたんだ」


「それならセラさんから話を聞いてるし、僕も気にしてないから気にしなくても大丈夫」


「君が気にしなくとも、僕はちゃんと君に謝らなきゃならないし、説明する義務があるんだ」


「そうなの? 別にいいのに……」


「そうしないと僕の気が済まないんだ」


「大和君が満足するならいいよ」


 そう言って、軽い調子で自分の説明を聞くことに決める幸太郎に、大和は脱力しながらも安堵の息を漏らし、そして、僅かな自己嫌悪の気持ちが生まれていた。


「まあ、概要はセラさんたちから説明を受けた通り、アルトマン博士たちの目的を調べるためと、あわよくば武尊君の力で君の力を解明することだった。まあ、どれも結局は無駄に終わったし、そんな僕の魂胆を読んでいた武尊君に利用されちゃったんだけどね」


 自分の計画の失敗を素直に認め、自虐気味の軽薄な笑みを浮かべた後、僅かに表情を硬くした大和は再び軽く深呼吸をして話を進める。


「君が連れ去られた場合、計画に及ぼす影響を考えないで本気で君を連れ戻す行動をさせるって条件でセラさんたちに協力してもらったんだけど――正直、僕は君が余計な真似をして必ず捕まってくれるって確信してたし、賢者の石を調べるために連れ去られても本気で追うつもりはなかったんだ」


「僕の行動を読んでるなんてすごい」


「だって、君は良い人だからね」


「そう言われると照れる」


 頬を赤らめて呑気に照れている幸太郎を見て、硬かった大和の表情が僅かに柔らかくなる。


「何もなかったかよかったけど、連れ去られた場合、何かあったら君を必ず守るってセラさんたちと約束してたし、村雨さんと巴さんと一緒に助けに行く計画を立ててたんだ」


「そうなんだ。それならよかったね」


「僕もそう思うよ――でも、正直な話君に何があってもおかしくなかったって僕は思ってる」


「そうなの?」


「そうだよ。だって、君は武尊君からアンプリファイアの力を受けたんだから」


「大丈夫だったよ」


「それでも、アンプリファイアの力を大量に受ければ危険だってことくらい君は良く知っているだろう? 前にエレナさんと行った検査でアンプリファイアの力を受けてもそんなに影響はないって勝手に思っていたけど、下手をしていれば君は心身ともにボロボロになる可能性があったんだ」


「昨日の検査入院で何の異常はなかったから大丈夫」


 ビシッと親指を勢いよく立てて健康であることをアピールする幸太郎に、大和は呆れたように深々とため息を漏らして、乾いた笑みを浮かべた。


 幸太郎と話していたら、抱えていた罪悪感も遠慮も何もかもが消え去ってしまい、大和はただただ脱力していた。


「何だか君を見ていたら悩んでいた自分がバカらしくなってきたよ」


「大和君、悩んでたの?」


「うん。でも、その悩みもバカらしくなって消えちゃった」


「そうなの?」


「そうだよ。まったく……幸太郎君はズルいよ……いつだって甘えさせてくるんだから」


「ドンと甘えていいよ」


「それじゃあ、そうさせてもらおうかな?」


 普段通りの軽薄な笑みを浮かべて大和は寝そべって隣に座る幸太郎の膝を枕にする。


 無邪気な表情で自分の膝を枕にする大和に父性本能を刺激された幸太郎は、無意識に大和の頭をそっと撫でると、大和は気持ちのいい声を小さく上げて目を細めた。


 大和の頭を撫でながら、「ねえ、大和君」と不意に幸太郎は大和に質問をする。


「武尊君と呉羽さん、どうなるのかな」


「気にしなくても大丈夫。情状酌量の余地はあるし、混乱している空木家をまとめるため――いや、借りを作るために大悟さんは寛大な処置をするそうだよ。だから、二人が離れ離れになることはないから。それから先はあの二人――いや、武尊君次第かな? ようやく大切が見えるようになった武尊君が呉羽さんとこれからどう接するのかが問題だね。まあ、何があっても呉羽さんなら武尊君を手放さないと思うけど」


「僕もそう思う」


 今回の事件を引き起こした張本人の武尊であるが、色々な思惑があっても幼馴染の呉羽と離れ離れにならないことを知って幸太郎は自分のことのように喜び、安堵していた。


 そんな幸太郎を見て、「ねえ、幸太郎君」と大和は不意に幸太郎に質問をする。


「どうして君は平然としていられるんだい? 僕に利用されたせいで危なかったのに」


「大和君ならどうにかしてくれるって思ってたから」


「……どうしてそう思えるのかな」


「信じてるから」


 付き合いの長い麗華たちでさえも信用していないと公言しているというのに、また利用されるかもしれないのに懲りもしないで平然と自分を信用していると言ってのける愚かな幸太郎に、大和は思わず自嘲気味に笑ってしまうが――幸太郎は冗談を言っているつもりはなかった。


「僕を信じられるなんて珍しいね。それなら、また幸太郎君を利用しちゃおうかな」


「別にいいよ」


「また利用されるのに、僕のことを信じられるのかい?」


「もちろん。だって、それが大和君だから」


「わからないなぁ。他人を平然と利用できるのが僕なのに、どうしてそんなに信用できるのかな?」


「大和君と一緒に過ごしてみて、信じられるって確信したから」


 平然と自分を信じられると言ってのける幸太郎の言葉を聞いた大和の頭に、麗華が武尊に言った『過ごしてきた時間は嘘ではない』という言葉が過った。


 自分を心から信頼し、そして麗華や巴と同じく自分を理解している幸太郎の言葉が胸に深々と染み渡り、熱い何かが込み上げてきそうになる。


 込み上げてきた感情のまま、無意識に何かの行動をしようとする大和だが――


 それを邪魔するかのように廊下から響く足音に気づいた大和は我に返り、いたずらっぽく、それでいて自嘲気味な笑みを浮かべ――「幸太郎君」と、不意に幸太郎を呼んだ。


 それに反応した幸太郎の頬に、大和は自身の唇を近づけようとした瞬間――勢いよく本部の扉が開かれ、怒り心頭の様子の麗華とセラが本部に入ってきた。


「大和! あなた嘘をつきましたわね! お父様は何も用事はないと言っていましたわ! いたずらで私を騙すのは慣れたことなので構いません――じゃなくて、許せませんが、お父様に迷惑をかけたのはさらに許せませんわ!」


「学食でデリシャスジャンボプリンが売っていると言っていましたが、嘘だったんですね!」


「ごめんごめん。幸太郎君と二人きりになりたかっただけだったんだ」


 怒声を上げる二人に、適当に謝りながら騙したことを素直に認める大和。


 そんな大和の軽薄な態度にさらに怒りの炎が燃え盛るセラと麗華だったが――


「ちょっと待っててくれないかな。今ちょっと大切なシーンなんだ。それじゃあ、君を利用してしまったお返しに、はい、あげるよ……ほっぺだけど僕のファーストキス」


 いたずらっぽく微笑んだ大和は、幸太郎の頬に向けて軽くキスをする。


 口づけではないが、生で男女のキスをはじめて見てしまった初心なセラと麗華は怒りを忘れて、フリーズしてしまった。


 固まってしまった二人を見て、頬を紅潮させながら楽しそうに笑う大和と、はじめて頬にキスをされて照れている幸太郎。


 数分後、我に返ったセラと麗華は大和への怒りを爆発させた。


 二人の怒りはどことなくだが嫉妬心が宿っていた。


 それに気づいて、大和は怒られながらも終始微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る