エピローグ

 深夜を回る頃――研究施設が立ち並ぶサウスエリア内にあるヴィクター・オズワルドの研究所に萌乃薫、そして、ボサボサの白髪交じりの頭に黒縁眼鏡をかけた長身痩躯の白衣を着ている研究所の主であるヴィクター・オズワルドがいた。


 ヴィクターは先程萌乃から手渡された、一昨日検査入院していた幸太郎の診断書を読んでおり、そんなヴィクターをかわいらしく眠そうに欠伸をしながらも隙の無い目で見つめていた。


「フム――……なるほど! 一通り読んでみたがやはりわからん! まったくもってさっぱりわからないよ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」


 深夜の眠気を吹き飛ばすかのようなヴィクターの高笑いに、一気に目が覚める萌乃は「そうなのよねぇ」とキュートに口をへの字に曲げて同意する。


「前に大和ちゃんとエレナちゃんが行った検査では、二人とも幸太郎ちゃんに負担がかからないように加減をしながら力を引き出そうとしたんだけど、今回武尊ちゃんはアンプリファイアの力を加減もしないで思い切り使ったらしいのに、何の変化が起きなかった――アンプリファイアの力を大量に受ければどんな輝石使いでも変化が訪れるのに、あの子にそれが来なかったのが気になるのよ」


「相手が何らかのミスを犯したという可能性もあるが、相手はアンプリファイアの力を身体に宿してそれを自在に操ることができるという稀有な体質の持ち主。失敗するとは考え難い――しかし、今まで落ちこぼれという理由で無視してきたが、輝石使いなのに輝石を武輝に変化させることができないというのは少々異常だ。何か、賢者の石に関係あるような気がするな」


 アンプリファイアの力を大量に受けても何の変化もなかった幸太郎に、今までアカデミー設立以来の落ちこぼれだという理由で気にしてこなかった、輝石を扱う資質を持っていても、武輝に変化させることのできないという幸太郎の体質が何か重要な意味に感じてくるヴィクター。


「もしかして、あの子の中の賢者の石が輝石の力を無力化させているのかしら。そう考えると、アンプリファイアの力を無効化させたのも納得できない?」


「その考えも大いにありえるが、我が師・アルトマンは賢者の石をその身に宿しながらも、輝石を存分に振るっている。それに、賢者の石が生まれた発端となった『祝福の日』で、賢者の石の力によって大量の輝石使いが生まれ、今尚その力の影響が出ている。そんな力を持った賢者の石が輝石を無力化させる力を持っているとは考え難いな――うーむ! さっぱりわからん! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」


 考えても考えても出ない答えに、ヴィクターは苛立ちを覚えながらも簡単に答えが出ない難問の直面にして楽しそうな笑い声を上げていた。


「それにしても相変わらずモルモット君は運が悪いな。いや、運がいいと言うべきか! 人質にされ、人体実験されながらも無事に戻ってきたのだからな!」


「しょうがないわよ。風紀委員にいる以上、望まなくてもが舞い込んで来るんだから。不運に巻き込まれてもそれに立ち向かう幸太郎ちゃんの姿は素敵よぉ? 克也さん一筋だけど浮気しちゃいそうになるわ」


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 浮気をするのは人間の性! 気にすることなくどんどん目移りすればいい!」


「ありがたいお言葉だけど、あなた奥さん一筋じゃなかった?」


「おおっと、今の言葉は本心だがハニーには言わないでくれよ、誤解されては困るのでね!」


 萌乃の指摘に慌ててヴィクターは訂正し、「それよりも――」と強引に話を替えた。


「これから私は兵輝をジックリ解析しながら、賢者の石について考えたいのだ。少し一人にしてくれないかな? 思考を張り巡らせている最中は一人になりたいのだよ」


「んー、残念だけどまだそれは無理ね。まだあなたは監視対象だし」


「ハーッハッハッハッハッハッハッ! 猛省しているからいい加減勘弁してくれ。私がアルバートに情報を流したおかげで我が師がモルモット君を狙い、モルモット君の力が賢者の石であるとはっきりしたのに、そろそろ許されてもいいと思うのだが?」


「もちろんそれは十分に理解しているわよ。だからこそ、警戒してるのよ。賢者の石や幸太郎ちゃんを調べている今のあなたはアルトマンちゃんたちにとって情報の宝庫。狙われる可能性が大いにありえるのよ? だからわがまま言わないでいい子で我慢しなさい、ね?」


 勝手に相手と情報の取引をしたヴィクターの処分として、しばらくの間彼は萌乃の監視下に置かれて軟禁されることになったが、萌乃が彼の傍にいるのは護衛のためでもあった。


 駄々をこねる子供を叱るようにそれを教える萌乃に、ヴィクターは「ハーッハッハッハッハッハッハッ!」と降参したような笑い声を上げた。


「確かに、我が師たちに襲われた場合、頭脳派の私では相手にならないだろう。それでは、優秀なボディガードの君の指示に従うことにしようじゃないか」


「納得してもらえたようで何よりよ。それに、私は一応幸太郎ちゃんの主治医みたいのものだから、あの子の身体について詳しく知る権利があるわ。あなたにとって一人で考えた方が集中できるかもしれないけど、二人で考えた方が視野が広くなるんじゃないの」


「そう言われると何も反論できないな。それではボディガードというよりも、助手という関係かな。よろしく頼むよ、萌乃君!」


 二人は固い握手を交わして、賢者の石や幸太郎の力を解明するために強固な協力関係を結ぶ。


「それではさっそく――今度は兵輝について解明しようじゃないか」


「えー、もう深夜過ぎているのよ? 寝不足はお肌の大敵なの! もう寝ましょうよー」


「何を甘いことを言っているのだよ、助手君! 私なんて二日もまともに眠っていないのだぞ」


「だからそんなに不健康そうななまっちろい肌なのね。やっぱり寝不足はお肌の敵だわ」


「眠気を通り越して気分が高揚した時の閃きこそが重要なのだ! さあ、考えて考えて頭を使うのだ! そうすれば気分が高揚し、閃きという名の新たな世界に誘われるのだ!」


「閃きよりも美容なの! 私はここに簡易ベッドを敷いて眠ってるからね」


 強固な協力関係を結んだはずだが、即座にその関係は脆くも崩壊してしまった。




―――――――――




 深夜――最後にヤマダと語り合った人気がまばらなファミレスで、ヤマダから勧められた野菜炒め定食を北崎は食べており、野菜の甘みと塩ベースのたれの味を堪能して至福の表情を浮かべていた。


「うーん。ヤマダ君の言った通り、野菜炒め定食は中々美味しいね。――博士は何も頼まなくていいのかい? ファミレスだけど地産地消の食材を使われてて中々美味しいんだ」


 そう言って北崎はテーブルを挟んだ体面に座る、博士と呼んだ灰色の髪を無造作に伸ばした黒いスーツを着た、年齢不詳の外見で隠し切れない邪悪さを放っている長身痩躯の男――アルトマン・リートレイドに視線を向けた。


「ここに来る前に軽く食事を済ませたから、遠慮しておくよ」


「とは言ってももう深夜だし、夜食として軽く食べればいいのに」


「これから少々予定でね。移動中食事が出るからそこで食べるよ。さて、そろそろ話をはじめよう。申し訳ないね、君ともう少し喋りたかったのだが時間がなくて」


「お気になさらずに。博士がお忙しいのは十分に理解してますよ。それなのに僕の呼び出しに応じてくれたことに感謝をしますよ」


 アルトマンへ深々と頭を下げて感謝の言葉を述べた後、北崎は話をはじめる。


「電話で軽く報告しましたが、やはり七瀬君の力については何もわかりませんでした」


「……そうか。まあ、仕方がないだろう。賢者の石の真実は簡単に解明されるものではない」


 幸太郎について何もわからなかったと伝えると、何もわからなかったのは仕方がないと言いつつも、北崎の目にはアルトマンが若干苛立っているように見えた。


「しかし、アンプリファイアの力を大量に受けても何も反応はなかったという報告が気になります。その点について博士はどうお考えで?」


「無意識に賢者の石が彼の身体を守ったのだろう――私はそう思っているよ」


「確証はないんですか?」


「賢者の石は生命を操る力と私は断定しているが、それ以外にも何らかの力を持っていると考えられる。なんせ、生命を操り、新たな生命を生み出し、消えかけた生命を復活させる奇跡のような力を持っているんだ。他に何らかの力があっても何もおかしくはない」


「だけど、自分の中に宿っている力がわからないとフラストレーションがたまるでしょう?」


「たまにそう感じることもあるが、それ以上に謎を解明することの方が楽しいよ」


 中々解明できない謎に直面して、愉快そうでありながらも狂気が入り混じった邪悪な微笑を浮かべるアルトマン。


 だが、そう言いながらも、明らかに苛立っているように北崎の目に映った。しかし、空気を読んで何も言わないことにした。


「それよりも兵輝はどうだったのかな? 設計に携わった身としては、成果が気になるのだが」


「博士たちのおかげで最高の成果を上げました! ……その代償に惜しい人材を失いましたが」


 兵輝の話題になって嬉々とした笑みを浮かべて一気に興奮する北崎だったが――ヤマダという協力者兼理解者を失ってショックを隠し切れないようだった。


「君がそこまで入れ込むなんて中々優秀な人材だったようだな」


「ええ。お互いの利害がベストマッチした完璧な協力者でしたよ――まあ、もう使えなくなった人間は放っておいて、彼のおかげで戦闘データがかなり揃いましたし、アフターリスクも十分に理解できた」


 ヤマダという理解者を失って肩を落としていた北崎だったが、すぐに立ち直り、成果を上げたことへの喜びに興奮していた。


「後は出力を抑えて輝石に慣れない一般人でもリスクなしで扱えることができれば僕の目的は果たされます。そして、賢者の石が使えば兵輝に更なる力を得ることができますよ。賢者の石によって強化された兵輝こそが未来を作ります!」


「君の計画が順調なようで何よりだよ。私も兵輝完成のために協力を惜しまない――もちろん、その代わりとして君にはやってもらうことがある、わかっているよね?」


「ええ、七瀬君についてちゃーんとしっかり調べておきますよ。もちろん、博士も兵輝完成のために色々とやっておいてくださいね?」


「わかってくれているなら何よりだ。それに、心配しなくとも次の兵輝の実験場は見つけている。それじゃあ、そろそろ時間なので失礼するよ。また会おう、北崎君。捕まっていなければ」


「ええ、お互いさまに」


 お互いに腹に一物も二物も抱えた笑みを浮かべる北崎とアルトマン。


 聞きたいことはすべて聞いたので、予定が詰まっているアルトマンは席から立って店を出ようとすると――「博士」と北崎は何気なくアルトマンを呼び止めた。


「同じ力を持っているとはいえ、随分と七瀬君に入れ込んでいますね。正直、これ以上彼を調べてもあなたの期待以上の答えは出ないと思いますよ?」


「それでも、彼のことを詳しく調べてくれ」


「それは、どうしてですか?」


「わからないが、気になるのだよ……とてもね」


 そう言って、北崎の追及から逃れるようにアルトマンは振り返ることなく店から出た。


 そんなアルトマンの背中を北崎は探るような目で興味深そうな目で見つめていた。


 北崎の目に映っていたアルトマンの背中は先程以上の苛立ちを放っており、それ以上に――焦りのようなものが溢れ出ていたからだ。


 常に冷静沈着で、有り余るほどの力と知識を持つあまり他者を見下し、自分以外の人間を信用していない自信家の焦りを感じ取り、北崎は興味を抱くと同時に清々しさを感じ、追加でコーヒーとパンケーキを頼んだ。




 ――――――続く――――――


 次回は三月か四月?

 次はロリBBAが登場

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