第37話

「大悟さんからもう聞いてる――というか、もう麗華も巴さんも気づいていると思うけど、途中参加の貴原君以外、今回の件はみんな僕の指示で動いていたんだ」


 麗華の部屋で正座をさせられている大和は、目の前のソファに深々と腰かけて自分を冷たく見下ろしながらドンと座っている麗華と巴に今回の騒動についての説明をしていた。


「アカデミー都市で好き勝手にしていたアルトマン博士たちだったけど、草壁さんやアリシアさんっていうアカデミーの権力者の協力者をを失って、必ず彼らはアカデミー都市外部から、鳳グループや教皇庁やアカデミーを恨んでいる協力者を得るって確信してたんだ。そんな中武尊君が村雨さんを人質に取ったって話を聞いて、間違いなく裏でアルトマン博士たちが糸を引いているって思ったんだ」


「それで、あえて彼らの策に乗って、背後にいるアルトマンたちの目的を探ろうとしたのね――私や麗華、七瀬君に何も言わないで」


 こめかみに浮かび上がらせた青筋をぴくぴくと動かしながら巴はそう尋ねると、申し訳なさそうでありながらも、反省の欠片をまったく感じさせない軽薄な笑みを浮かべて大和は頷いた。


「敵の計画を探るためだから、巴さんや麗華や幸太郎君みたいにわかりやすい人に計画を教えちゃったら相手に気づかれるかと思って何も言わなかったんだ」


「私や巴お姉様をバカにしていますの!」


「そんなつもりは毛頭ないって。想定外の事態が起きても、計画を知らない人が想定外の真似をしてその事態を打破してくれるって信じていたし、僕にとっては『切り札』のような存在として温存していたんだからね。最終的には武尊君は僕の計画に気づいちゃったけど、それでも『切り札』の麗華たちの迫真の演技のおかげで事件解決に結びついたから結果オーライでよかったよ。敵を騙すにはまずは味方からってね?」


「まったくよくありませんわ! 昨日、セラが頭を擦りつけて謝罪をしましたし、ティアお姉様にも深々と頭を下げられましたわ! もちろん、お二人だけではなく、刈谷さんたちも! よっぽど私に黙って計画を進めているのが申し訳なかったのか、みなさん何度も頭を下げられましたわ! 見ているこっちが罪悪感を覚えるほどに!」


 大勢の人を巻き込んだ計画を練って、反省の欠片もないいたずらっぽい笑みを浮かべて結果オーライだと言い放つ大和に、床に頭を擦りつけて謝るセラと、頭を深々と下げて謝ってきた憧れのティアのことが頭に過り、激怒する麗華。


「ああ、二人を納得させるのには正直苦労したよ。守ると決めている幸太郎君を危険な目に合わせるかもしれなかったからね。まあ、幸太郎君のためだって言い聞かせて説得して、幸太郎君を連れ去らわれる場合は本気で追いかけることと、何かあったら即刻計画を中止することを条件に協力をしてもらえたからよかったけど。それにしても、順調に計画が進み過ぎていることを不審に思われないためにティアさんには呉羽さんにわざと負けてもらうように頼んだんだけど、まさかあの負けず嫌いのティアさんが本当に負けるとは思わなかったよ。それほどティアさんにとって幸太郎君は大切なのかな? フフ、何だか面白くなってきた」


「絶対にセラやティアお姉様に謝りなさい! 絶対に!」


「もちろんわかっているよ。それに、幸太郎君にもちゃんと謝らないとね。幸太郎君が連れ去らわれる前提で計画を進めていたんだし、賢者の石の力を引き出せないとはわかっていたけど、身体に有害なアンプリファイアの力を流し込まれたんだからね。無事で何よりだったけど、もし、幸太郎君に何かあればセラさんたちに面目が立たなかったし、僕も後悔したし、絶対に武尊君たちを許せなかったからね」


 相変わらず反省の欠片もない軽薄な笑みを浮かべている大和だったが、幸太郎が無事であったことに心から安堵しているようだった。


「今回は幸太郎君の力を狙うアルトマン博士たちの狙いを探るためにみんなに協力してもらったんだけど、それが仇になったよ。武尊君の魂胆を読めなかったんだからね。まあ、無駄な争いを避けるためって言いながら、村雨さんだけじゃなくて巴さんを人質にしてさらにアカデミーを煽った時点で何かおかしいとは思っていたけど、まさか屋敷を破壊させて心中する気とは思わなかったよ」


「まるでどこかの誰かさんの行動にそっくりですわね。性格が似ると、行動も同じことをすると思い知りましたわ」


「話の腰を折らないでよ麗華。それに、それを言われると何も反論できないから勘弁してよ」


 武尊の取った行動が、無窮の勾玉の暴走を止めるために自分の身を犠牲にしようとした大和そっくりであると遠回しに嫌味をぶつけてくる麗華に、大和は苦笑を浮かべたまま何も反論できなかった。


「結果的には大団円を迎えたけど、幸太郎君やアルトマン博士たちのことだけを考えるあまり、彼女の魂胆を読めなくて、あそこまで騒動を大きくなったのは僕のミスだ――ごめんなさい」


 軽薄な笑みを浮かべていた大和だが、ここで真顔になって自分の非を素直に認めて巴と麗華に心からの謝罪をする。


 自分たちに計画を黙っていたことに怒り心頭な麗華と巴だったが――珍しく本気で謝っている大和の姿を見て、かなり毒気が削がれてしまった。


「……私や麗華に黙っていたのは、他にも理由があるでしょう?」


 麗華と同様自分の本心を見透かしている巴の言葉に、軽薄でありながらも陰を感じさせる笑みを浮かべた大和は降参と言わんばかりにため息を漏らして「うん、まあね」と素直に認めた。


「今回は天宮家の人間が大きく関わっていたからね、正直あんまり人を巻き込みたくなかったんだ。まあ、そう思っていたからこそ麗華や巴さんに言わなかったんだと思うよ。去年は散々迷惑かけちゃったからさ。本当は一人でどうにかするつもりだったんだけど、さすがにそうしようとしたら大悟さんに止められちゃったよ」


「……フン! 今更何を言っても自分のミスを帳消しにする言い訳にしか聞こえませんわ。それに、多少は私たちに負い目があったとはいえ、あなたは楽しんでいたのではなくって?」


 ……まったく、全部お見通しってわけか。


 じっとりとした目で睨みながら図星をついてくる麗華に、大和は苦笑を浮かべてしまう。


「あー、うん。確かに楽しかったよ。みんなが僕の指示で茶番仕掛けてくれたことや、麗華や巴さんが必死になっているのを見るのは」


「だと思いましたわ……それが私や巴お姉様が良く知る憎たらしいあなたですもの」


「そうね……確かにその通りね。だからあなたは信頼できないのよ」


「二人とも容赦ないなぁ――でも、ありがとう」


 ホント、二人には敵わないなぁ……

 ……でも、これでハッキリしたかな?

 どうやら、武尊君。君と僕とは大して似てないんじゃないかな。


 心底自分を信用していない幼馴染二人に苦笑を浮かべながらも、自分を心底理解してくれる二人に、大和は二人には絶対に聞こえないような声で小さく感謝の言葉を述べた。


 武尊が言っていた通り、性格や状況、そして、自滅の道を歩もうとしたことも含めて大和は自分と武尊はよく似ていると思ってシンパシーを感じていたが――呉羽という最大の理解者がいながらもそれを拒絶した武尊との違いを明確に感じ取り、大和は安堵したようでいて得意気な笑みを心の中で浮かべていた。


 自然と頬が柔らかく綻んでしまうのを堪え、いつもの軽薄な笑みを浮かべた大和は「ところで――」と話をさりげなく替えた。


「二人ともどこで僕の計画に気づいたのかな?」


「確信はなかったけど、疑いは最初から持っていたわ。あなたの性格上、絶対に相手の思い通りに従うことはないって思っていたし、大悟小父様たちも妙に弱腰だったし。それに、久住君たちが課外学習でいない状況でタイミングよく空木君たちが現れたから、何となくだけど七瀬君を狙うためにアルトマンたちが関わっているかもしれないってわかったの。だから、注意深く空木君たちを監視していたの。アルトマンたちと繋がっているってわかれば、人質となっている宗太君を助けるために行動できるって思ってたから。まあ、情けないことに捕まってしまったけど、最後まであなたならきっと何か反撃を仕掛けると思っていたわ」


「さすがは巴さんだね。でも、捕まったのは実は巴さんの計画の一つだったりする? そうすれば幸太郎君の傍にいられるし、村雨さんの傍にいられると思ったんじゃないの?」


「頭の片隅ではそう考えていたけど、不意を突かれて捕まってしまったのは事実よ。もしもあそこで不意を突かれていなければ、連れ去られそうになっていた七瀬君を助けるために本気で戦ったわ」


「謙遜しないでよ。正直巴さんは最初から気づいていると思ってたもん」


「謙遜じゃないわ。最期まであなたがどう反撃に出るのかわからないまま、屋敷内が騒がしくなったのをあなたの反撃の『合図』だと思っていたんだもの」


「なるほどね……――それじゃあ、麗華はいつ気づいたの?」


「もちろん、最初からすべてお見通しでしたわ!」


「それって本当かなぁ。その割には本気で僕に怒っていたじゃないか」


 最初から何か大和には考えがあると察しつつも、最後までその考えが読めなかった巴とは違い、最初から気づいていたと胸を張って堂々とそう言い放つ麗華に、大和は疑いの目を向ける。


 そんな大和に失礼だと言わんばかりに麗華は大きく鼻を鳴らした。


「私の怒りはあなたが私たちに何も言わずに勝手に計画を進めていたことが気に食わなかったからですわ! そして、私はお姉様の言う通り、あなたの腹黒い性格上反撃を考えないのはありえないと思っていましたわ! それに、いくら他人の話を聞かない頭スッカスカのポンコツ凡人でも、セラたちが知っているのに結婚や、その裏事情について何も知らないのは不自然だと思ったのですわ。知れば確実にあの男は分不相応に無茶な真似をするのに、それを知らずに能天気なままだったということは、あえて知らされなかった可能性があると思ったのですわ」


「機嫌が悪くて判断力が鈍くなってると思ってたんだけど、麗華にしては鋭いね」


「フン! そこからあえてあなたの計画に乗ってあげたのですわ! 感謝しなさい!」


 何も知らなかった幸太郎に会っただけで不自然に思い、そこから自分の計画を何となく読み取った麗華の鋭さに、素直に大和は感嘆の声を上げた。


「それだけではなく、意外にあなたはわかりやすいところがあるので楽勝ですわ」


「ああ、それは言えてるわね。確かに、そう言われてみればわかりやすかったわね」


「僕ってそんなにわかりやすいのかい? 表情や態度には出さなかったと思うんだけど、どういうところがわかりやすいのかな。自分ではあんまり気づかないかないから、後学のためにぜひとも教えてもらいたいんだけど」


「フン! 自分で考えることですわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」


「さあ、どこがわかりやすいのかしらね」


 自分のどこがわかりやすいのかと巴と麗華に尋ねるが――気分良さそうに高笑いを上げて教える気はさらさらない麗華はもちろん、巴も教える気はなかった。


 そんな二人の態度に「意地悪だなぁ」と心の底から思ったことを口にしつつも、満足げな笑みを浮かべる大和。


 それからしつこく大和は自分のどこがわかりやすいのか尋ねるが、麗華と巴は決して教えることはなく、部屋中に麗華の気分良さそうなうるさいくらいの高笑いが延々と響き渡っていた。

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