第36話

 空木家で起きた騒動から二日後、教皇庁本部にある教皇の執務室に集まったエレナと大悟は、克也と村雨から空木家や天宮家、そして、ヤマダについての報告を受けていた。


「セントラルエリアの病院で検査入院している七瀬君ですが、何も問題ないとのことです。入院中の空木武尊ですが、順調に回復に向かっているそうです。渋々でありながらも、呉羽さんとともに取調べに協力してもらっています。ですが、協力関係を築いていたアルトマンや北崎たちの詳しい目的は、お互いに詮索しなかったということなのでわからないままです。崩壊した屋敷から北崎が設計した兵輝の一部を回収しましてヴィクターさんに調べてもらっていましたが、完膚なきまで破壊されているので詳しいことはわからないとのことです」


「数日間人質にされて心身ともに疲れている中、ご苦労だったな」


「今回は大悟さんたちに迷惑をかけてしまったんです、だから休んでなんていられませんよ……それよりも、空木君たちはどうなるんですか? 人質にされた身でありながら彼女たちの心配をするのは変だと思われても仕方がありませんが、正直先代空木家当主に道具として育てられた空木君には同情してしまいます」


「同情の余地が十分にあることは理解している。それに、空木家の人間を束ねる者がいなくなれば、不要な混乱を招く恐れがある。しばらくは監視をつけてアカデミー都市に暮らしてもらう。それからはあの二人次第だ」


 結局何もわからなかったということを申し訳なさそうに報告する村雨を大悟は淡々としながらも労いの言葉をかけた。


 自分への労いの言葉よりも、気にかけていた武尊と呉羽に寛大な処置を施す大悟に、村雨は安堵するとともに嬉しく思っていた。


「ヤマダさんについてはどうなっていますか?」


「兵輝とかいう厄介なものに手を出したツケが回っていて身体がボロボロだそうだ。いつ意識が回復するのかわからないらしい。自業自得だな」


「無理もないでしょう。輝石を扱ったことがない人間がアンプリファイアの力で無理矢理輝石を扱えるようにしたのですから」


「だから、ヤマダから情報を引き出すのは無理だろうな。それに、アイツは北崎を恩人って言ってたから目が覚めても適当にはぐらかされるだけだろうな」


「輝石を扱えない者でも扱えるようになる『兵輝』……一体北崎は何のためにそんな危険なものを作ったのでしょう。そんなものを作れば、世界はさらに混乱するというのに」


「さあな。まあ、ロクでもない目的であることは確かだろうな」


 ヤマダの容態について克也から説明を受けたエレナは、無表情の顔を険しくさせて北崎が作り出した『兵輝』という世界に新たな混乱の種を植えるものに不安を抱いていた。


 それはエレナだけではなく、大悟、克也、村雨も同様だった。


 せっかくアカデミーが生まれ変わり、増え続ける輝石使いに対応できるように態勢を整えようとしていたのに、ここに来て『兵輝』という万人を輝石使いにさせる存在の登場に描いていた明るい未来に一気に影が差していた。


「兵輝という危険なものが生まれ、一体これから先どうなってしまうのでしょう……」


 不意に不安げに放った村雨の一言に、大悟は「わからない」と冷たく言い放つが――「だが――」と淡々としながらも、どこか希望を抱いているような声で話を続ける。


「今回の件を経て、鳳グループと空木家、天宮家は一度話し合いの場を設けることになった」


「アカデミー全体に喧嘩を売った空木家はボロボロだし、それに縋ろうとして天宮家も失敗したんだ。生き残るために鳳グループに尻尾を振らないとマズいって思ったんだろうな」


「確かに克也さんの言う通り、様々な思惑が複雑に絡み合っていることは間違いないと思いますが、お互いに恨みを抱えていた一族が揃って話し合いの場を設けるということは、和解の兆候と捉えるべきです。今回の件でアルトマンたちについて何も進展がなく、兵輝という新たな存在が不安を残す結果になりましたが、それだけはとても嬉しいことですよ。」


 散り散りになっていた天宮家の人間を探していた村雨にとって、鳳、天宮、空木――三つの一族が話し合いの場を設けたことによって、和解の兆しが僅かだが、確かに見えただけでも今回の騒動は大団円を迎えたと思っていた。


 ポジティブ思考な村雨に、「純粋な奴だよ、お前は」とやれやれと言わんばかりに克也はため息を漏らした。


「今回の件で俺たちを動かしていたのは大和で、その大和でさえも空木武尊は利用していたが――そいつらはもちろん、俺たちも利用して最後の最後で都合よく最大の利益を得たのは大悟だ。つまり――このとても素晴らしい性格をした腹黒男は今回の件がこうやって決着をつくのをすべて見越して行動していたってことだ。大体、都合良くアカデミーの大半の人間が課外学習でいない時に襲われるなんてありえないだろうが」


「課外学習は来月行われる煌王祭で外部から来る人間を集めるために行っていることだ。他意はない」


「だったら一挙両得だな」


 吐き捨てるようにそう言って不満気な目で大悟を睨む克也は、長らく絶縁状態だった鳳、天宮、空木の三つの一族が話し合いの場を設け、和解をするきっかけができたという都合のいい結末を知ってから、この騒動の裏ですべてを動かしていたのが大悟であると薄々察していた。


 それについて大悟は意味深な笑みを浮かべたまま何も答えず、隣で椅子に深々と腰かけているエレナに視線を向けて「そういえば――」とサラリと話を替えた。


「煌王祭についてどうなっている。旧教皇庁本部からが来ると聞いているが」


「……その点については私に任せてください。今、あなたは和解のことだけを考えてください」


「了解した――が、連続して煌王祭宙に事件が起きている。それを忘れるな」


「ええ、十分に理解していますよ」


「それならば結構だ――改めて、今回の件での協力を感謝する」


「別に構いません。こちらももしかしたら近い内にあなた方に迷惑をかけるかもしれませんので」


 旧教皇庁本部からとある人物が来ることについての話をしようとする大悟だったが――無表情ながらも若干機嫌を悪くしたエレナは話を強引に遮断した。


 これ以上煌王祭についての話をしてもエレナの機嫌を損ねるだけだと判断した大悟は、今回エレナが協力してくれたことについて感謝の言葉を述べて頭を深々と下げ、村雨と克也を引き連れて執務室から出て行った。


 一人になったエレナは、迫る煌王祭に不安そうにため息を漏らした。


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