第35話
……武尊。
大丈夫、よね……
巴との戦闘でダメージを負い、動けなかった呉羽の前に現れたセラによって、呉羽は崩れ行く屋敷から外に連れ出されており、屋敷から避難してきた空木家や天宮家の人間とともに空木家の屋敷が大きな爆発音を上げて崩れ行くのを離れた位置からじっと見つめていた。
歴史ある空木家の屋敷が崩れるのにショックを覚えている空木家の人間とは違い、幼い頃から過ごしてきた家が倒壊しても不思議と呉羽はショックは受けておらず、むしろどこか清々しさを感じ、崩壊する屋敷よりも呉羽はただ武尊のことだけが気になっていた。
呉羽たちの背後には、結婚式の出席者や空木家や天宮家の人間の避難を誘導させたアカデミーの面々がいて、麗華たちが残っている屋敷を不安そうにジッと眺めていた。
「麗華さんたち遅いね……圧し潰されたのかな」
「不謹慎なことを言わないでください」
「ちょっとしたジョーク」
「まったく笑えませんし、気休めにもなりません。……大丈夫ですよ、麗華たちなら」
「僕もそう思う。麗華さんなら、圧し潰されても火事場のバカ力でなんとかなりそう」
「……不謹慎ですが、私もそう思います」
呉羽たちの後方にいるセラと幸太郎はまだ麗華たちが屋敷に残っているというのに呑気な調子で会話をしていた。
そんな呑気な雰囲気の二人に、少しだけだが呉羽の焦る気持ちが収まったような気がした。
「――あ、麗華さんたちだ」
能天気な幸太郎の声に、全員が反応すると――崩れ行く屋敷の中から走って脱出する麗華たちが視界に映った。その瞬間、轟音を立てて空木家の屋敷は崩壊した。
――武尊!
誰よりも早く幸太郎の声に反応した呉羽は、こちらに向かってくる麗華たちに駆け寄ると――呉羽の表情に動揺が広がった。
歩けないほど消耗しているのか、麗華に背負われている武尊は顔を青白くさせて息を乱してぐったりとしていたからだ。
「武尊……しっかりしなさい!」
「お、重いので呉羽さん、後はお願いしますわ……こ、腰が……」
必死な呉羽の呼びかけに、武尊の荒い息遣いだけが帰ってくるだけだった。
武尊を背負いながら全速力で走って屋敷から脱出して麗華は、ぐったりとしている武尊を呉羽に渡して、腰を押さえて上がった息を整えていた。
麗華から渡された武尊を抱きとめて、武尊の身体を揺さぶるが――武尊は何も反応しない。
「武尊! 武尊! 何をしているの、起きなさい!」
「さっきまで普通に歩いていたのに、屋敷から脱出する寸前で急に倒れたの……大和が言うには、身体の中に残留していたアンプリファイアの力を無理矢理引き出したのが原因らしいわ」
あの時と――武尊のお母様の時と同じことに……
ダメ! それだけは絶対にダメ!
必死に武尊に呼びかけている呉羽に、巴は申し訳なさそうに武尊の身に起きている状況を説明すると、アンプリファイアの力の影響をよく知っている呉羽は、武尊の母親が亡くなった時の状況を思い出し、一気に不安が押し寄せる。
呉羽たちから異変を感じ取った大悟たちが一斉に駆け寄ってきた。
「どうやらアンプリファイアの力でだいぶ弱っているようですね。それだけではなく、御子といえども長年アンプリファイアの力が身体に残留していた反動が一気に押し寄せているんでしょう……このままでは命にかかわります」
「エレナ、お前の力でどうにかできないか?」
「時間をかければ癒すことができると思いますが、その間に空木さんの体力がもつかどうかわかりません――ですが、やってみましょう」
「他に助ける手立てがあるのならば、誰でもいい。遠慮なく意見を出してくれ」
苦しんでいる武尊を見て、エレナは淡々と、それでいて重い口調で武尊の命が消えかけていることを告げると、迷いなく大悟は助けるために行動をはじめる。
エレナは苦しんでいる武尊にティアストーンを操る自身の力を与えると、僅かにだが武尊の表情から苦しみが消えたように呉羽の目には見えた。
「リクトたちを呼ぶべきではないのか?」
「しかし、クロノ。時間がかかるのでリスクがあります」
「でも、ノエルさん。やってみる価値はあると思います。すぐに連絡します」
「ハーッハッハッハッハッハッハッ! それならもう連絡済みですよ、セラさん」
「貴原、おめーが連絡したわけじゃねぇだろうが。まったく……取り敢えず、エレナの女将さんが集中できて不測の事態が起きてもいいように救急車まで運ぶぞ」
……どうしてだ?
今まで敵対していたのに……武尊の身勝手な復讐に巻き込まれたのに……
どうして武尊を助けてくれようとしているんだ?
だが――ありがたい。
敵対していたのにもかかわらず、そんなことなお構いなしに次々と武尊を助けるために行動していくセラたちを見て、困惑する呉羽だがそれ以上に感謝をしていた。
武尊を助け出そうとしているのはアカデミーの面々だけではなく、彼らに触発されて目の前で消えかけている一人の人間を助けるために空木家や天宮家の人間も意見を出しはじめた。
「待て、刈谷。それよりももっと確実な方法があるだろう――七瀬、できるか?」
「それなら、僕にドンと任せてください」
克也の言葉に待っていたと言わんばかりに頼りないくらいの華奢な胸を張って登場する幸太郎だが――「ちょっと待ってくれないかな」と大和が待ったをかけた。
「ここは僕に任せてよ。ちゃーんと手は考えてあるからさ」
「それならば大和。あなたにお任せしますわ」
普通なら信用できないほどの軽薄な笑みを浮かべている大和だが――麗華を筆頭に異を唱える人はおらず、アカデミーの面々は大和を信用しきっていた。
「頼む、天宮加耶――いや、伊波大和。身勝手な復讐を巻き込んだ側の私が頼むのはお門違いも甚だしいが、武尊を助けてくれ――頼む」
「まあ、任せてよ――それじゃあ、行くよ?」
深々と頭を下げて苦しむ武尊を癒すのを頼んでくる呉羽に、大和は力強く頷いて見せた。
一瞬の集中の後、淡く美しい緑色の光を纏った大和は武尊に向けて手をかざすと――武尊の身体がアンプリファイアと同じ毒々しい緑白色の光に包まれた。
それに呼応するように武尊は苦しみに満ちた声を小さく上げるが――徐々に彼女を包んでいた緑白色の光は薄くなり、表情から苦しさが消えはじめていた。
「……な、何をするつもりなんだ」
「武尊……大人しくして」
「君は黙っていてくれ、呉羽……何をするつもりなんだ」
大和のおかげでだいぶ楽になった武尊は、呉羽の制止を振り切って声を出すのもやっとな様子で大和に質問した。
「僕の御子の力で、君の御子の力を無理矢理反応させているんだ。君と僕の力をぶつけて、君に宿るアンプリファイアの力を消滅させる。結果、君は助かって万々歳の大団円さ」
「や、やめてくれ……私の計画は失敗に終わった。だから、もう、どうでもいいんだよ……」
「そう言っているんだけど、呉羽さんはどう思う?」
自分の命などどうでもいいと言ってのける武尊に、困ったように肩をすくめて大和はいたずらっぽい笑みを浮かべて武尊を抱きとめている呉羽にそう質問すると――呉羽は武尊を抱きとめている力を強くして、彼女を優しく包み込んだ。
「私はあなたに生きてほしい」
ただ、呉羽は武尊に生きてほしいと切に願った。
そんな呉羽に戸惑いの表情を浮かべる武尊だが、すぐに嘲笑を浮かべた。
「今まで何もしてこなかったのに随分勝手なことを言うじゃないか。私の憎悪に薄々感づいていながらも見て見ぬふりを続けて、私のことなんて何も理解していなかったのに」
「確かにその通りよ……でも、私はあなたには生きてほしい。あなたがどう思っていたのかはわからないけど、長い間一緒にいたからこそ私はあなたに生きてほしい……」
「理解できない……理解できないよ」
長い間時間を共有してきたからこそ、本心から生きていてほしいと願う呉羽。
長い間時間を共有してきたからこそ、呉羽の言葉が本心であると武尊は十分に理解していたが――理解したくなかった。
理解してしまえば、今まで復讐心を抱えて生きてきた自分を否定することになるからだ。
「私は君を利用して、君諸共自滅しようとしていたんだよ?」
「この騒動が起きる前、あなたは私に何かあったらすぐに逃げるようにと念を押してくれた……本当は私を逃がすつもりじゃなかったの?」
「そんなの、君の勝手な解釈だ」
「そうかもしれないけど……私はそう信じたい」
「……バカだね、君は」
「バカだからこそ、あなたに生きていてほしいと願うのよ」
「ホント……バカだよ、君も……私も」
そう言って、常に冷静沈着の無表情を柔らかくさせて微笑む呉羽を見た武尊は、溢れ出てきた何かを隠すように顔を腕で覆い隠し、上擦った声で改めて呉羽も自分もバカだと口にした。
「――はい、というわけで君の負けだよ……大人しく生きようか」
「もうどうでもいいよ……勝手にしてよ」
「勝手にするからね? ダーリン♥」
「……ホント、君は意地悪だなぁ、ハニー」
武尊と呉羽――二人だけの空間に水を差すように大和が割って入り、本格的に武尊を癒すことに集中をはじめる。
そんな大和の行動を武尊は情けない表情を浮かべている自身の顔を腕で覆い隠し、素直に受け入れた。
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