第34話

「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッ! さあさあさあさあ! 行きますわよ! 刮目せよ、必殺! 『エレガント・ストライク』!」


 場違いなほど明るく高らかに笑いながら、センスのない必殺技の名前を叫びながら渾身の力を込めた必殺の鋭い突きを放つ麗華。


 確かに強い一撃みたいだけど――

 当たらなければ意味がない。


 まともに直撃すれば一撃で戦闘不能になるほどの威力を持っている必殺技だが、必殺技の名前を叫んで必殺の一撃の予兆を知らせているので、武尊は容易に対応できた。


 間合いを一気に詰めて必殺の一撃を自分にお見舞いする麗華の周囲に、武尊は有り余るほどの武輝に変化した輝石の力で生み出した鎖を光とともに生み出し、一斉に麗華に襲わせる。


 四方八方からの突然の攻撃に、麗華は必殺技を仕掛けるのを一旦中断して、無駄に華麗で派手な動きで後方に身を翻しながら回避する。


 ――なるほど、かなり息巻いているけど相手は結構冷静のようだ。

 だけど、隙が多い。


 無駄に隙の多い麗華の動きを読んだ武尊は、麗華が着地すると同時に生き物のように動く武輝である鎖を動かし、彼女の足に絡みつけて不意打ちを仕掛けるが――


 再び麗華は隙の多い無駄に見栄えだけを気にした動きで回避した。


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッ! この私に不意打ちなどという小細工は通用しませんわ! オーッホッホッホッホッホッホッ――ブホォ!」


 高らかに笑う隙だらけの麗華の背後に生み出した鎖で不意打ちを仕掛ける武尊。


 弾丸のような勢いで襲う鎖の一撃が背中に直撃し、笑っていた麗華は素っ頓狂な声を上げて膝をつくと、不意打ちの痛みで涙目を浮かべて「不意打ちとは卑怯ですわよ!」と武尊を非難する。


 一方、武尊から放たれるアンプリファイアの力の制御をしている大和は素っ頓狂な情けない声を上げた麗華を見て腹を抱えて笑っていた。


「大和! 笑っていないで真面目に集中しなさい!」


「だって、麗華が変な声を出すのが悪いんじゃないか。『ブホォ!』って、『ブホォ!』って! まるで歓喜の声を上げる豚さんみたいだ」


「し、失礼ですわね! あんな攻撃を受けたら誰だってあんな声を出しますわ!」


「そうだとしても鳳グループの社長令嬢が出す声じゃないよね」


「シャラップ! これが終わったらあなたも子豚ちゃんのような鳴き声を上げさせますわ!」


「それよりも、麗華。いつも言っているけど、必殺技の名前を叫んだら武尊君くらいの実力になると、いくら強力な技でも簡単に避けられるって」


「これは私のポリシーなのですわ!」


「立派なポリシーだとは思うけど、そんなものに縛られたら負けちゃうよー?」


「グヌヌヌ……武尊さん、そっちがそのつもりなら上等ですわ! こっちもありとあらゆる手段を使って徹底的に、完膚なきまであなたをけちょんけちょんにしてやりますわ!」


 大和に煽るに煽られ、怒りのオーラを身に纏う麗華は武尊を睨む。


 煽っているのは大和なのに自分に怒りをぶつけてくる麗華に武尊は呆れたつつも、状況を考えないで仲睦まじい姿の二人を見て苛立っていた。


「さあ、行きますわよ! ブヒーっと無様な泣き声を上げさせますわ!」


 凄まじいスピードだ――でも、無駄だよ。


 あくどい笑みを一瞬浮かべた麗華の姿が武尊の視界から忽然と消えた。


 一瞬で自分の視界から消えた麗華のスピードに驚きながらも、武尊は彼女の隠す気がまったくない圧倒的な存在感を放つ気配をすでに読んでおり、「隙ありですわ!」と声を上げながら仕掛ける不意打ちも容易に回避することができた。


 最小限の動きで回避し、武尊は手にした武輝である鎖を軽く薙ぎ払った。


 反撃される麗華だが――その動きを読んでいた麗華は武尊が薙ぎ払った鎖を上体を大きくそらして回避しながら、足を振り上げた。


 半歩後ろに退いて麗華の蹴りを回避する武尊に、態勢を戻した麗華が連撃を仕掛ける。


 武輝であるレイピアで突きを主体とした繰り出す麗華だが、直線的で感情を込めた単調な彼女の攻撃など武尊には簡単に読むことができた。


「グヌヌヌ! ちょこまこと小賢しいですわね! それならば、必殺! 『ビューティフル・ハリケーン』!」


 一撃が重い突きを連続して放つとは大したものだけど、動きが相変わらず単調だ。

 ……なるほど。

 鳳麗華の実力はよくわかった――これなら絶対に勝てる。

 

 聞くだけで脱力するセンスの必殺技の名前を叫びながら、最小限の動きで回避を続ける武尊に向けて麗華は連続突きを放つ。

 

 目にも止まらぬ猛スピードで放たれるだけではなく、普通の輝石使いならば一撃で倒される威力を持った連続突きだが――麗華の動きを完全に見切っている武尊には無意味だった。


 麗華に勝てると判断した武尊は、一気に勝負を決めるつもりで攻める。


 最小限の動きで連続突きを回避しながら、手にした鎖で麗華の両腕を拘束した。


 拘束して攻撃を中断させられた麗華だが、動揺することなく即座に拘束された両腕を力任せに振るって武尊の身体を地面に叩きつけようとする。


 すぐに武尊は麗華の両腕を拘束していた鎖を解くと、力任せに勢いよく両腕を振るったせいでバランスを崩す麗華。


 そんな麗華の背後に躍るような足取りで回り込んだ武尊は、彼女の首に鎖を巻きつけ、背負い投げをする要領で思い切り彼女を投げ飛ばした。


 勢いよく投げ飛ばされながらも、麗華は空中で華麗に身を翻して美しいポーズを決めて着地をするが――そんな隙だらけの麗華の周囲にはすでに武尊が複製した鎖が宙に浮いていた。


 一斉に宙に浮いている鎖は麗華に襲いかかる。


 慌てることなく麗華は華麗にターンしながら武輝を振るって迫る鎖を弾き飛ばすが、蛇のようにうねりながら地を這って近づいていた鎖が彼女の足に絡みつく。


 両足を拘束されバランスを崩しそうになりながらも両足の拘束を武輝で解こうとするが、それよりも早く両腕を拘束されて身動きが取れなくなる。


 その状態のまま武尊は麗華を何度も何度も地面に叩きつける。


 分厚い壁や固い床を砕くほどの勢いで何度も叩きつけているのに、怯むことなく「グヌヌヌッ! 放しなさい! 放すのですわ」と麗華は抵抗を続けていた。


 そんな麗華を見かねて、「仕方がないなぁ」と億劫そうなため息を漏らした大和は、アンプリファイアの力を制御しながら麗華の加勢に向かおうとする。


 しかし、そんな大和の行動を先読みしていた武尊は、彼女の身体を複製した鎖で縛った。


「ゲームオーバーだ。これで君たちの負けだね」


「まだまで終わっていませんわ! 大和! 手出しは無用ですわよ! ――グヌッ! な、なんですの、これは……ち、力が抜けていますわ」


 鎖で拘束された麗華と大和を見て、武尊は勝利を確信した性悪な笑みを浮かべた。


 もちろん、すぐに全身に輝石の力を纏わせて拘束している鎖を力任せに引き千切ろうとする麗華だが――まるで、身体を拘束する鎖から力を吸い取られるような感覚に顔をしかめた。


 勢いが徐々に失っていく麗華の様子を見た武尊は口角をさらに吊り上げた。


「無駄だよ。武輝であるこの鎖には僕を通してアンプリファイアの力を流し込んでいるんだ。御子であり、アンプリファイアの影響を受けているのに慣れている加耶には効き目が薄いが、君には十分に効くだろう? ああ、ほら。さっきまでの元気が嘘のように顔色が悪くなった」


「フ、フン! 全然平気ですわ! こんな鎖すぐにでも引き千切ってやりますわ」


「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA! いいねぇ、君のような気丈な人間が縛られているのを見ていると何だか気分いいよ」


「見てらっしゃい! グヌヌヌ……こんな拘束など粉々にしますわよ!」


「この屋敷が破壊されるまでもうそろそろだ。その間までに君は拘束を解くことができるかな」


 さあ、もうすぐすべてが終わる……

 ようやくすべてが終われるんだ。

 そして、私は自由になれるんだ。


 額に青筋を立てて鼻息を荒くして全身に力を込めて縛っている鎖をどうにかして引き千切ろうと必死な麗華を見て、武尊は勝利を確信した笑い声を上げていた。


 そして、拘束されている二人を眺めながら武尊は待った。


 すべてが破壊されるその時を。


「や、大和、効き目が薄いのならどうにかしなさい!」


「手出し無用って言ったばかりじゃないかって言いたいところだけど、身動きが取れないほどきつく縛られてるし、今の状況で下手な真似をすれば武尊君が怖いからね」


「私のために尊い犠牲になるのですわ! 骨は拾いますから」


「勝手なことを言ってくれるなぁ。あれだけ武尊君に大見得切ったのに恥ずかしくないの?」


「シャラップ! そんな台詞、私と巴お姉様、そしてあのアンポンタンの幸太郎に何も言わないで勝手な真似をしていたあなたに言われたくありませんわ」


「あ、あれ? もしかして気づいていたの?」


 アンプリファイアの力を流し込まれているというのに、気丈に怒声を張り上げた麗華の一言に、大和は驚きで目を丸くしてすべてを悟っている麗華を見つめた。


 刻一刻と屋敷が倒壊する時間が迫っているというのに、普段と変わらない様子で会話をしている二人を武尊は不可解そうに眺めていた。


「あのポンコツ男以外、私はもちろん巴お姉様は気づいていましたわ! 理解したうえで私もお姉様もあなたに利用されてやったのですわ!」


「参ったなぁ……それを言われると何も反論できなくなっちゃうんだよねぇ……」


「あなたが最初から私たちに言っていればこんなややこしいことにはならなかったのですわ!」


「そんなこともちろんわかっていたさ。でも、仕方がないじゃないか。アルトマン博士たちの出方も伺いたかったんだから」


「それだけではないでしょう! ――この私に下手な気遣いなど無用ですわ!」


 自分の計画だけではなく、本心を見抜いている麗華の一言に、「そ、それは……その……」と常に軽薄な笑みを浮かべている大和には珍しく、困り果てた表情を浮かべて言葉を詰まらせた。


 ……なんだろう、私は一体何を見せつけられているんだろう。

 ――どうして二人を見ていたら苛立つのだろう。


 何だかんだ言いながらもお互いを理解しあっている二人の様子を見て、武尊は不思議と苛立ちを感じはじめ、衝動的に二人の拘束を強めた。


 突然強くなった拘束に苦しみの声を小さく上げるが、それでも麗華は力強い笑みを浮かべたままもがいて拘束を解こうとしていた。


「だから無駄だって言っているだろう? 私と一緒に大人しくすべてが終わるのを待とうよ」


「私にはまだアカデミーで! いいえ、世界でなすべきことがたくさんあるのですわ。こんなところで大人しくあなたなんかと心中するつもりはありませんわ!」


「こんな世界に何をするって言うんだい? 年々増え続ける輝石使い、増加する輝石使いの犯罪、輝石を扱えない人間が抱える輝石使いへの鬱憤――それらを考えれば未来なんて破滅しているも同然なのに。どんなに努力しても破滅の未来は変えられないんだよ?」


「フン! 確かに今のままでは破滅の一途を辿るのは間違いありませんわ! ですが、未来は不確かなもの、決めつけてかかるのは愚かですわ」


「それって前に大悟さんが言った台詞?」


「と、とにかく! 私はアカデミーの! いいえ、世界を支配してみますわ!」


「この状況でそんな台詞を言えるなんて、麗華はすごいね」


「シャラップ! せっかくクールに決めているのに台無しにしないでいただけます?」


 ――どうして、どうしてなんだ?

 どうして彼女は諦めないんだ?

 どうしてそこまで信じられるんだ?


 未来に希望を抱く麗華に厳しい現実を突きつける武尊だが、麗華は折れない。


 眩しすぎるほどの希望の光を宿している麗華に、思わず視線をそらしてしまいそうになる武尊だが、それを堪えて苛立ちに溢れた瞳を彼女に向けた。


「君が心底理解できないよ。どうしてそこまで信じられるんだ? 未来も、彼女も」


「未来は不確かなものだからこそ、自分で作り変えられることができるのですわ。私は自分の思い描く未来こそが希望に溢れていると信じているから、信じ続けられるのですわ! それと! 勘違いしているようですが私は別に大和のことなど信用していませんわ!」


「そうキッパリと言われると気持ちいいね。ちょっとショックだけど」


「フン! 普段の生活を顧みなさい!」


「あー、うん。確かに信用できないよね」


 自身の幼馴染を信用していないと言った麗華の想定外の返答に、「え?」と武尊は呆然とする。


 先程の会話を聞く限り、大和に利用されていると理解しながらも、あえて麗華は幼馴染の計画に乗った――そんな二人からは、確かに武尊は信頼を感じていたからだ。


 利用されているにもかかわらず、鳳グループへの復讐心が残っているにもかかわらず、どうしてそこまで麗華のことを信じる大和に疑問を抱いていたのだが――麗華がきっぱりと大和を信用していないと言って、ますます武尊は理解できなくなってしまった。


 混乱しきっている武尊を見て、麗華は「フン!」と大きく鼻で笑った。


「私の方こそ理解できませんわね! 大和なんかよりも信頼できそうな呉羽さんをも巻き込んで自滅の道を歩むあなたのことが!」


 呉羽の名前が麗華の口から出た瞬間、鋼のように固い武尊の決意が僅かに揺れた。


 しかし、すぐに武尊は「HAHAHAHAHAHAHAHA!」とその揺らぎを、勘違いしている麗華を嘲るような高笑いを上げて誤魔化した。


「確かに呉羽は幼い頃から私に仕えてきた最大の理解者だ。しかし、結局は彼女も空木家に縛られた存在、本当の意味で私を理解していない」


 そうだ……呉羽は何も理解していない。

 空木家を心底憎んでいた私の気持ちも、私の苦しみも――何も理解していない。

 あの時何もしてくれなかった呉羽は私の気持ちを絶対に理解できないだろう。


 ずっと一緒にいながらも幼い頃に監禁されていた自分に一度も会いに来てくれなかった呉羽を思い出し、自分に言い聞かせるように彼女は自分のことなど理解できないと言い聞かせた。


 同時に、再び過去の恨みの炎を再点火させた武尊の力がさらに上昇し、それに呼応するように麗華と大和を拘束する鎖の力も強くなり、鎖に伝わるアンプリファイアの力も強くなった。


 限界までアンプリファイアのせいで力を搾り取られて、額に脂汗が滲みながらも、麗華は変わらず力ず良い目で武尊を睨みながら、不敵な笑みを浮かべた。


「あなたの身に何が起きたかなんて知りませんし、興味もありませんが――過ごしてきた時間は嘘はつきませんわ! だからこそ、最大の理解者までをも巻き込むあなたがやっていることは復讐ではなく、単なる幼稚な八つ当たりですわ!」


「――うるさい! うるさい、うるさい、うるさい! お前に何がわかるんだ!」


 長年の付き合いだけど、今回の計画を呉羽は知らない。


 だから呉羽は本当の私を理解していないんだ!


 麗華の言葉が深々と胸に突き刺さった武尊は、ヒステリックな叫び声を上げる。


 癇癪持ちの子供のように感情的になった武尊に呼応するように、再び麗華たちを拘束する力が増し、二人を無力にするアンプリファイアの力も上昇するが――


 同時に麗華を拘束していた鎖が軋みはじめた。


「あなたのことなんてわかりたくもありませんが――それでも、過去の自分や状況に縛られ、それが嫌になって、子供のように周囲に八つ当たりした挙句に逃げる卑怯者だということは十分に理解していますわ……」


 ば、バカな……もう喋れないほど消耗しているはずなのに……

 どこに拘束を引き千切ろうとする力が眠っているんだ?

 あ、ありえない……


 アンプリファイアの力を受けて意識が飛びそうなほど消耗しているのに、うわ言のように麗華はそう呟きながら、全身に力を込めて拘束している鎖を軋ませる。


 好き勝手に言われながらも、そんなことが気にならないほど消耗しきった身体で拘束を解こうとする麗華を見て、武尊は目を見開いて驚いていた。


 そんな武尊を見て、勝利を確信した笑みを浮かべる大和。


「だから言っただろう、彼女は僕の切り札だって――さあ、最後の戦いがはじまるよ? 頑張ってね、ダーリン♥」


「さあ、行きますわよ! これで決着をつけますわ!」


 バカな――今までアンプリファイアの力を受けていたのに、勢いがまったく衰えていない。

 流し込まれていた力を加耶が変換して、彼女に力を与えた?

 いや、そんな素振りはまったく見せなかった……

 なら、どうしてだ?

 ――いや、今は考えるよりも対処をしなければ。


 嫌味な笑みを浮かべながら大和がそう告げた瞬間――甲高い金属音を盾て麗華を拘束していた鎖が弾き飛んだ。


 同時に、今までアンプリファイアの力を受けていたのにもかかわらず、それが嘘のように全身に力を漲らせながら麗華は武尊に飛びかかる。


 強引に拘束を解いた麗華に驚きながらも、武尊は猛進してくる麗華の対応に集中する。


「ちなみに言っておくけど、僕は何もしてないよ? これが麗華の底力さ。麗華は追い込まれれば追い込まれるほど、強くなるタイプだからね。こうなったらもう誰も止めれられない、爆裂爆乳猪突猛進ガールに大変身さ」


「余計な説明はいりませんわ! それと、さっきも言いましたが手出し無用ですわよ!」


 ――……無茶苦茶だ。


 驚いている武尊のためというよりも、麗華を茶化すために説明をする大和。


 そんな大和の説明を受けて心底無茶苦茶だと武尊は呆れながらも、力強い一歩を踏み込むと同時に武輝を突き出した麗華の一撃を最小限の動きで回避。


 アンプリファイアを無効化する底力には驚かされたが、やはり動きは単調。

 ――問題なく勝てる。


 幸い麗華の動きはまったく変わらず単調であり、至極読みやすかった。


 先程と同様に自身の周囲に複製した武輝である鎖で四方八方から麗華を攻める。


 完全に麗華の行動を読み切っている武尊は、数瞬後に再び麗華は拘束されると確信していたが――一斉に襲いかかってくる鎖を麗華は紙一重で回避しながら武尊に近づく。


 先程とは段違いな鋭い動きを見せる麗華に驚きながらも、腕に巻いた鎖で勢いよく武輝を突き出した麗華の一撃を受け止める。


 間髪入れずに麗華は大きく身体を捻りながら武輝を薙ぎ払う。


 咄嗟に武尊は飛び退いて回避しながら、複製した複数の武輝を麗華に襲わせる。


 意思を持ったかのように襲いかかってくる鎖の動きを完全に見切っている麗華は、華麗かつ派手でありながらも隙の無い動きで回避しながら、間合いを取った武尊に接近する。


 さっきとは動きが段違いだ。

 それに、無駄な動きをしているはずなのに隙がない。

 一体何なんだ、これは!


 人が変わったかのように一気に力を上げてきた麗華に戸惑いを隠せない武尊に、接近した麗華は次々と攻撃を仕掛ける。


 大きく一歩を踏み込んで勢いよく武輝を突き出し、指揮棒を振るう指揮者のように華麗に武輝を振るって連撃を仕掛け、最後は身体ごと回転しながら武輝を大きく薙ぎ払った。


 怒涛の勢いで放たれる麗華の連撃を最小限の動きで回避をする武尊だが――徐々に鋭さを増してくる麗華の攻撃が頬を掠め、武尊の動揺はさらに広がった。


 ふざけるな……こんなことがあってたまるか!

 もう少しなんだ……もう少しで終われるて自由になれるんだ……

 それなのに……それなのに、ここで躓くわけにはいかない!


「調子に乗るなよ! 一気に決着をつけてやる!」


 そう宣言すると同時に、身体の中に残留しているアンプリファイアの力を一気に開放する。


 全身にアンプリファイアと同じ緑白色の光に身を包み、自身の周囲に、床も埋めつくほどの大量の鎖を生み出した。


 武尊から放たれるアンプリファイアの力を制御していた大和は、想定以上に膨れ上がった力が一気に放たれて、上手く制御ができなくなってしまった。


「麗華、武尊君の力が強すぎて上手く力をコントロールすることができない。彼女の力を抑えるから少しだけ時間を稼いでくれ」


「無用な心配ですわ。あちらも決着をつけるつもりだというのなら、全力で応えるまでですわ! ――行きますわよ! 必殺、全力全開の『エレガント・ストライク』!」


 大和の警告を振り切って、目の前に迫る大量の鎖に向けて眩いほどの光を纏った武輝で、力強く一歩を踏み込んで渾身の突きを放つ。


 必殺の突きを放った瞬間、光を纏った武輝から極太のレーザー状の光が放たれた。


 大量の鎖はレーザー状の光にかき消され、武尊に向かって飛んでくる。


 まだだ! まだ、終われないんだ!


 アンプリファイアの力をフルに引き出した反動で全身が悲鳴を上げているが、そんなことをお構いなしに、再び生み出した大量の鎖で麗華が放った光を防御する。


 しばらく拮抗状態が続いていたが、何とか武尊は麗華が放った光を防御することに成功した。


 一気に力を使ったせいで息が上がっている武尊だが、休む間もなく麗華は接近してくる。


 即座に武尊は大量に生み出し、光を纏わせた鎖を一斉に捜査して麗華を襲わせる。


 不規則な動きで的確に死角をつく鎖だったが――麗華は見栄えだけを気にした華麗で派手な動きで回避しながら武尊に迫る。


 真っ直ぐとこちらに向う、圧倒的な威圧感と力を放つ麗華に僅かだが確かな恐怖心を抱いた武尊は、大量に生み出した鎖を一斉に彼女に襲わせて自分に近づけさせないようにする。


 だが、麗華は止まらない。


 そして――間合いを詰めた麗華は力強い一歩を踏み込んで武輝を勢いよく突き出す。


 鋭い刺突が直撃して怯む武尊の脳天めがけて、容赦なく麗華は武輝を振り下ろす。


 間髪入れずに重い攻撃を二回受けて、一気に戦闘不能状態に陥る武尊は武輝である鎖を地面に落とし、膝をつく。地面に落ちた鎖は一瞬の光とともに輝石に戻った。


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ! 大勝利ですわ!」


 私が負けた……?

 どうして……まだ戦えるのに……

 私の決意は変わらないのにどうして……

 ……何かもう、どうでもよくなった。


「まだだ……まだ、まだ、私は――」


「いい加減にしなさい!」


 アンプリファイアの力を無理して引き出したのに加え、麗華の重い一撃を食らったせいで深刻なダメージが身体に残っているが、戦えないわけじゃなかった。


 自分の中に渦巻く執念のままに立ち上がろうとする武尊だが、そんな彼女を麗華は一喝して頬を張った。


 目が覚めるような一喝とビンタを食らい、戦おうとしても戦えなくなってしまっていた。


 武輝を手放し、膝をついて項垂れたまま動かない武尊を見て、連続して屋敷内に響き渡る爆発音よりも大きい爆音の勝利の高笑いを上げる麗華に、大和は思わず耳を塞いでいた。


「どうやら、無事に終わったようね。よかったわ」


「ああ、巴お姉様。今ちょうどすべてが終わったところですわ。少々苦戦しましたが、まあ私の敵ではありませんでしたわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」


 ひとしきり笑い終えると同時に慌てた様子で巴が部屋に入ってきて、膝をついている武尊と、気分良さそうに胸を張っている麗華を見て、決着がついたと確信して安堵の息を漏らした。


 駆けつけてきた巴に向けて勝利のブイサインを決めて、再び笑いはじめる麗華。その間にも爆発音が響き渡っており、いよいよ屋敷内の揺れがひどくなり、今にも倒壊しそうにっていた。


「ほら、麗華。呑気に笑ってると、屋敷が壊れちゃうよ? さっさと逃げた方がいいよ」


「ああ、そうでしたわ――ほら、武尊さん。屋敷から脱出しますわよ」


 大和の言葉で屋敷が崩れそうになっているのに気づいた麗華は、膝をついて項垂れたまま動かない武尊に向かって手を差し伸べる――だが、武尊はそれを無視する。


 自滅する覚悟を決めていたのに、差し伸べられた手を掴むことはできなかったし、どうでもよかった。


 手を差し伸べても無言のまま何もしない武尊を見て、痺れを切らした麗華は無理矢理彼女を立ち上がらせ、強引に腕を引っ張った。


 強引に引っ張てきた麗華の手から逃れようとする武尊だが、麗華は逃がさない。


「……離してよ。覚悟を決めてるんだ私はここに残る」


「あなたなんてどうでもいいですが、ここに残られたら目覚めが悪いですし、私のクールでビューティフルな武勇伝を語る人間がいなくなるのはもっと困りますわ。ですので、あなたのくだらない覚悟なんて無視して連れて帰ることにしますわ」


「そうね。呉羽さんから自滅する君を止めてくれと任されているから、問答無用で連れて帰るわ――さあ、急ぐわよ」


 ……呉羽が?

 どうして、僕の考えを読めたんだ?

 ……私のことなんて理解していないはずなのに、どうして……


 崩れ行く屋敷に残ろうとする武尊を絶対に許さない麗華に同意を示す巴。


 巴の口から呉羽の名前が出ると、固かった武尊の覚悟が大きく揺れて動揺が広がる。


 抵抗を忘れるほど動揺している武尊の手を麗華は強引に引っ張って、崩壊する屋敷からの脱出をはじめた。


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