第7話

「ほらほら、もっと刈谷ちゃんも飲みなさーい! ほらほらー!」


「酒は飲める歳になったけど、まだ味わかんねぇなぁ。これ、そんなに高いの?」


「それならたっくさん飲んでわかるようにしなくちゃ♪ ほら、グイッとグイッと」


 二十歳になったばかりでお酒の味がまったくわかっていない刈谷に、美咲は一本数万円もする高級ワインを並々と注いだグラスを差し出した。


「これとこれと――これと。サラサちゃんは食べたいものある? 僕取ってくるよ」


「え、えっと……大丈夫、です」


「遠慮しちゃダメだよ。せっかく美味しいものがたくさんあるんだから。発展途上なんだからたくさん食べて、サラサちゃんも大きくならないと」


 既に料理が山盛りになった皿を持っている幸太郎はサラサのためにと思い、並々と彼女のさらに次々と料理を乗せた。


 鳳グループ本社の最上階に近いフロアにある、煌びやかなシャンデリアに照らされ、豪華な調度品や、和洋中すべてが揃った美味しそうな料理が立ち並ぶ、百人以上は余裕で入る広大で豪華なパーティ会場。会場内には多くの出席者たちが談笑して、壁際にはドレイクを含めた数十人の強面のスーツを着た警備員たちがいた。会場の中だけではなく、外には警備服を着た警備員が多くいた。


 料理を食い荒らしている幸太郎たちの姿は一際目立っており、富と権力を併せ持った出席者たちはマスコミがパーティーに出席できないのをいいことに、性格の悪さを隠すことなく軽蔑の目を彼らに向けていたが、彼らは特に気にすることなく食い散らかしていた。


 一方の貴原はパーティーの出席者たちに自己紹介に回って、先月の事件解決のために大いに役に立ったと大袈裟に言って自分を売り込んでいた。


 そんな幸太郎たちの様子を、セラは自分たちに用意されたテーブルに座って遠巻きに眺めて、小さく呆れたようにため息を漏らしていたが――その顔はどこか楽しそうだった。


『ドウぞ、好きナモノを』


「え、あ、は、はい……どうもありがとうございます」


 突然の片言の機械音声とともに、自分の前に置かれていた空になっていたグラスが下げられ、ジュースや水等の飲み物を、ガードロボットに差し出されるセラ。


「え、あ、は、はい……どうもありがとうございます」


『ナニか、ゴヨウガあれば、何でも言ってくだサイ』


 戸惑いつつもセラはジュースを手に取ると、ガードロボットはすぐにセラから離れて他の出席者の元へ向かった。


 喋るガードロボットに飲み物を渡されて、セラは思わず「……すごいな」と、感嘆の声を口に出してしまう。


 パーティー会場内には人間の他にも、円柱型の寸胴ボディで半円形の頭部を持つ多くのガードロボットが出席者たちの給仕を行うために動き回っていた。


 清掃用兼、有事の際には戦闘用になるガードロボットしか見たことがないセラにとって、人間相手に給仕を行うガードロボットは新鮮に見えた。


 ガードロボットに差し出されたジュースを飲みながら、セラはパーティー会場の中央に展示されている五台の白銀に煌めく新型ガードロボットに視線を移した。


 旧来はホバリング移動だったが、鋭角的でスマートなフォルムの新型ガードロボットは二足歩行であり、頭部にある不気味なほど大きな一つ目のセンサーが印象的で、旧来に比べてかなり人間に近い形のガードロボットだった。


 セラが普段見慣れてかわいいと思っている、円柱の寸胴ボディに半円形の頭部を持つ愛嬌のある旧型とは異なり、相手を畏怖させるような威圧感を持つ新型ガードロボットは、純粋な戦闘型のような外見だった。


「ごきげんよう、セラさん。まさかあなたが来るとは思いもしませんでしたわ」


 尊大な口調とともに、セラに近づいて話しかけてくるのは、白を基調としたパーティードレスを着ている、普段以上に気品溢れる雰囲気を醸し出している鳳麗華だった。


 麗華に続いて、「こんばんは、セラさん」と、黒のイブニングドレスを着て、大人な雰囲気にさらに磨きがかかっている御柴巴も現れる。


 胸元に輝石がついたブローチをつけている二人が登場して、「こんばんは、鳳さん、巴さん」と、セラは挨拶を返した。


「それにしても、ガードロボットに給仕をさせるなんてすごいですね」


「あれも新型ガードロボットですのよ。形状も、有事の際には戦闘用になるということも旧来と変わりませんが、人とのコミュニケーション能力に特化したガードロボットですの。まだまだ及第点があるとのことなので実用にはまだ先ですわ」


「中央のガードロボットは戦闘型のように見えるのですが、実際はどうなのでしょう」


「セラさんのご明察通り、中央のガードロボットは純粋な戦闘型ですわ。それも、旧型の戦闘能力を遥かに凌ぎ、並の輝石使いでも歯が立たない戦闘能力を持っていますわ。武装はまだ両腕に内蔵されているショックガンと、電磁警棒だけしかありませんが、開発を進めれば武装は充実するとのことですわ。ヴィクターさん曰く、刈谷さんから得た戦闘データが大いに役に立ったとのことですわ」


 麗華は自慢げに説明しながら、セラの隣に座る。続いて、巴は麗華の隣に座った。


「あれは――美咲が来ているのね。一言連絡してくれればよかったのに」


 料理が並べられている場所で騒いでいる美咲を見つけて、巴は少し驚いてしまう。


「ええ。制輝軍の代表として出席した――」


「あの方々は何のためにパーティーに出席しましたの! あの方々のせいで一気に下品なパーティーに成り下がっていますわ! というか、刈谷さんと美咲さんのあの服装は何ですの? あの方々はドレスコードというものを理解していますの!」


「……気持ちはすごくわかるけど落ち着きなさい、麗華。周りをよく見なさい」


 セラの説明を遮って、周りの迷惑考えずに料理を食い漁ってパーティーの質を下げている幸太郎たちに苛立ち、怒りの声を上げる麗華だが、巴の一言で一気にクールダウンして、突然の麗華の怒声に驚いていたパーティーの出席者たちに向けて、高貴なるお嬢様オーラ全開にして愛想笑いを浮かべて本性を誤魔化した。


 麗華を落ち着かせた巴だが、彼女もまた、幸太郎たちの姿を見て呆れ返っていた。


「……招待状を出す相手をもっと吟味するべきでしたわ」


「でも、楽しいですよ」


「全然ですわ! もう我慢できませんわ、あの不躾な方々は私がどうにかしますわ!」


 周囲に気づかれないように控え目の怒声を張り上げた麗華は、椅子から立ち上がって幸太郎たちの元へ向かおうとするが――麗華と巴がいることに気づいた幸太郎は、両手にたくさん料理が盛られた皿を持って、彼と同じく料理を山盛りに持った皿を持ったサラサとともに近づいてきた。


 山盛りの料理を手にして満面の笑みで幸太郎は麗華と巴に「こんばんは」と挨拶をする。


 そんな幸太郎に向けて、巴は丁寧に挨拶を返すが、麗華は冷え切った目で睨んでいた。


「招待してくれてありがとう、鳳さん。料理、すごく美味しい」


「飢えた家畜のような意地汚い真似はやめなさい! サラサ、あなたもこんな気品の欠片もない凡人の真似はやめなさい!」


 山盛りの皿を持つ幸太郎とサラサに、麗華は周囲の目を気にして控え目の怒声を浴びせる。麗華に怒られて落ち込むサラサだが、幸太郎は特に気にしていなかった。


 怒りの形相を浮かべる麗華の表情を幸太郎はボーっとした様子で見つめていた。


 無遠慮に見つめられ、麗華は不快感と嫌悪感を露わにする。


「なんですの? あなた如きがこの私に何か文句がありますの?」


「鳳さん、すごいきれい。いつもと違ってお姫様みたい」


 思ったことを口にする幸太郎の一言が想定外だった麗華は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまうが、すぐにさっきまでの怒りを忘れて気分良さそうな笑みを浮かべて、当然だというように思いきり得意気にふんぞり返った。


「フフン! 当然ですわ! というか、今更この私の生まれ持っている美貌と気品溢れるオーラに気づくとは、やはりあなたはどうしようもないほど愚鈍ですわね!」


「でも、御柴さんの方がもっときれい」


「そ、そう? ……えっと……ありがとう、七瀬君」


 気分良さそうに笑う麗華だが、そんな彼女を無視して幸太郎は巴に対して思ったことを口にする。ストレートな幸太郎の感想に、巴はほんのりと顔を紅潮させて照れていた。


「欲望に忠実なあなたのことですから、私の美貌に目が眩んで口説こうとして、あわよくばお持ち帰りをするか、私の部屋に入ろうとするきでしょうが、その手には乗りませんわ。私はそんなに安い女ではありませんし、私の部屋に異性は絶対に呼びませんわ! それ以前に、あなたのような毒にも薬にもならない、いても大して役に立たない、存在感皆無の凡骨凡庸な男になんて私は絶対に靡きませんわ!」


「それじゃあ、いただきます」


 一人盛り上がっている麗華を無視して、椅子に座った幸太郎はサラサとともに皿の上に山のように盛られた料理を食べはじめた。


 幸太郎に無視されていることに気づいている様子のない麗華を、呆れたように冷めた目でセラと巴は眺めていた。


 パーティーの出席者は、一人で盛り上がっている鳳グループトップの娘の麗華を、若干退いたように見ていた。


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