第11話
病院を出た幸太郎とティアは、いっさい寄り道をしないで、電車に乗って真っ直ぐとノースエリアに向かい、到着した。
幸太郎は病院を出てこれからどこへ向かうのかとティアに尋ねると、ティアは幸太郎が暮らす寮まで送ると言って、ノースエリアに向かった。
昼過ぎなので、途中ティアと一緒に昼食でも食べようと思っていたが、事件の影響で年中無休のファミレスや、二十四時間営業のコンビニまでもが休んでいた。
生徒を外に出歩かせないための処置であるとティアは説明し、各エリアのアミューズメント施設も同様だと説明した。
それ以前に、幸太郎がティアを昼食に誘っても、彼女は「そんな暇はない」と一蹴して、さっさと幸太郎をノースエリアにある寮へと送ることを最優先としているため、たとえどこかの飲食店が開いていても無駄だった。
いつもならアカデミー帰りの生徒で賑っているが、事件の影響でまったく人気がないノースエリアに到着し、後は寮へ向かうだけとなった幸太郎はふいにティアに質問した。
「僕を寮に送ったら、その後ティアさんはどうするんですか?」
「無論、嵯峨を探す」
「当てはあるんですか?」
「嵯峨を徹底的に調べている隊員たちの報告待ちだが、それを黙って待ってはいられない」
「一人で嵯峨さんを探すつもりですか? ……大丈夫ですか?」
「問題ない」
一問即答、ティアとの短い会話を終えて、幸太郎は退屈そうに小さくため息をついて、ふいにティアを見つめた。
相変わらず大人びた雰囲気を持つ、感情を感じさせないクールビューティーな顔立ちのティアだが、その表情は昨日よりもさらに険しいものだった。
あまり表情が変わっていないように傍目から見えるが、幸太郎にはいつも以上にティアが怖い顔をしていると感じていた――最近のセラと同じく。
幸太郎にじろじろ見られていることに気がついたティアは居心地が悪そうだった。
「どうした?」
「ティアさん、最近のセラさんと同じで怖い顔をしてると思って……大丈夫ですか?」
自分の感想を何気なく淡々と述べた幸太郎に、ティアは思わず言葉が詰まってしまい、ますます彼女の顔が険しいものへと変化した。
そんなティアの反応に幸太郎は、自分が余計な一言を言ってしまったと思い、すぐに頭を下げた。
「気に障ることを言ってごめんなさい」
「別に気にしていない」
謝ってきた幸太郎に、ティアは冷たくも温かい声音で気にしていないと言って、スッキリしたような微かな笑みを浮かべた。
やっぱり、ティアさん……
どうしてティアはセラと同じく、怖い顔をしているのかという疑問が幸太郎の中にはあったが、それすら気になくなるほどのティアの笑みに見惚れていた。
「ティアさん、きれいですね」
思ったことをそのまま包み隠さずに言葉にする幸太郎。
ジッと見つめられながらの一言に、ティアは相変わらずのクールな顔立ちをしていたが、白い頬がほんのりと紅潮させて、咄嗟に幸太郎から目をそらし、どう返答していいのかわからない様子だった。
「……突然なんだ」
困惑している頭の中で必死に考えた末の言葉をティアは述べた。
いつものように感情を感じさせない声音だが、若干声が上擦っていた。
「改めて、ティアさんはきれいだと思ったんです」
「あまり人をからかうな」
「からかってませんよ。周りの人からもよく言われませんか?」
「それは……」
自身を真っ直ぐと見つめる幸太郎の言葉に、ティアは言葉が詰まる。
幸太郎の言う通り、ティアは周囲の人間が陰で自分の容姿を褒め称えていることを知っていた。
強くなることしか考えてこなかったティアとしては、自分の容姿のことなど気にかけることなく日々を過ごしてきたため、そんなことを言われても特に気にしていなかった。
しかし――面と向かって容姿を褒められたことははじめてなので、冷静を装っているティアだが、面を食らって内心では少しだけ動揺していた。
こんな時どんな言葉を言うべきなのか悩んでいるティアだが、背後から物音と小声で話し合う声が聞こえてきて、その思考がかき消された。
背後から感じる気配にティアは呆れたような顔つきで小さくため息をついて、幸太郎は背後の気配に戸惑っていた。
「……二人に何も言わなくてもいいんですか?」
「構うな。無視しろ」
背後の気配――それは、幸太郎とティアの後を尾行しているセラと麗華だった。
病院を出てすぐに、ティアと幸太郎は尾行する二人に気づいていた。幸太郎は二人に話しかけようとしたが、ティアは絶対に相手にするなと釘を刺した。
気まずくとも、二人に話しかけたい気持ちがある幸太郎だったが、話しかけてもどんな言葉をかけるべきなのかがまだ見当たらないため、ティアの言うことに従うことにした。
「そうだ。寮に到着したら送ってくれたお礼にお茶を出すので、部屋に来てください」
「まだ仕事が残っている。呑気に休んでいる暇はない」
「遠慮しないでください。昨日に続いて今日もティアさんにお世話になったから、僕に何かティアさんにお礼をさせてください」
幸太郎の提案を即答で断るティアだが、恩義を感じている幸太郎は引き下がらない。
「あまり良いものは出せませんが、何か食べるものも用意します」
「……他の隊員に示しがつかない」
「食べるものも食べて、少しは休憩しないと、肝心な時に身体を崩しますよ」
「しかし――……あ……」
遠慮しているティアだが、会話の最中にティアから空腹を告げる小さな音が響いた。
その音が響くと、幸太郎は意地の悪そうな笑みを浮かべて、バツが悪そうな顔をしているティアを見つめた。ティアは幸太郎の視線から逃れるように顔をそらした。
「ほとんどのお店が開いてないから、今のうちに食べるものを食べて、休憩できるうちに休憩しないと――ついて来てください、ティアさん」
「ま、待て――」
「いいから来てください」
幸太郎はティアの手を掴んで引っ張り、小走りで寮へと向かった。
意外に強い力で自分を引っ張られてティアは驚きながらも抵抗しようとするが、有無を言わさぬ幸太郎の態度を見て、何かを思い出しているようだった。
そして、抵抗をやめて、大人しく幸太郎に引っ張られることにした。
―――――――――――
「ま、まさか……あのティアさんを強引に引っ張って、自分の部屋に連れ込むとは……」
幸太郎がティアの手を引っ張って、強引に自分が暮らしている寮に入った姿を見て、麗華は驚く以上に激しいショックを受けていて、悔しそうな表情を浮かべていた。
自室にティアを連れ込む様子を外から眺めている麗華は、まるで片思いの人物が異性と一緒にいるのを見て、ショックを受けるとともに激しい嫉妬の炎を燃やす、青春真っ盛りの男子生徒のようだった。
麗華のようにショックは受けていなかったが、セラも驚き、そして、意外そうな顔をして幸太郎に引っ張られていたティアを見ていた。
「おそらく、七瀬君がここまで送ってくれたお礼にお茶でも出すと誘ったのだと思いますが――……意外ね、ティアなら仕事があると言って断ると思ったのに」
「ふ、不純異性交遊のにおいがしますわ! 不純異性交遊の!」
「お、落ち着いてください、鳳さん」
不純異性交遊と叫び、悲しんでいるのか怒っているのかよくわからない鬼気迫る顔で、自分に掴みかかる勢いで詰め寄る麗華に、圧倒されながらもセラは彼女を落ち着かせた。
「あのティアさんが……私のティアさんが、あの欲望忠実変態男に汚されますわ! 不純異性交遊! わいせつ行為! 淫行! 情事! ――いかがわしいですわぁあああああ!」
「だ、だから落ち着いてください! いくら人気がないと言っても、周りは寮なんですから、そんな言葉を大声で連呼しないでください!」
「い、今から乗り込みますわよ、セラさん!」
「七瀬君とは干渉しないと決めたでしょう! いい加減落ち着いてください、鳳さん!」
「止めないでください……ティアさんが汚される前に、私の全権力と全力を行使してあの男の存在をこの世から抹消しますわ!」
自身の輝石のついたブローチを手にして、幸太郎の部屋に向かおうとする、本気で有言実行しそうな麗華を後ろから羽交い絞めにして必死にセラは制止させた。
数十分間、羽交い絞めにして、ようやく我に返って落ち着きを取り戻した麗華に、疲労しきっているセラは大きなため息を漏らし、全身を脱力させた。
「も、申し訳ありません! この私としたことが少々取り乱してしまいましたわね」
「……落ち着いてくれたなら幸いです」
「ま、まあ、七瀬さんがティアさんに間違いを起こすことは、よくよく考えればありえないことでしたわね! オーッホッホッホッホッホッホッ!」
気分良さそうに麗華は近所迷惑なほどの声量で、自分を奮い立たせるような高笑いをする。そんな彼女をじっとりとした目でセラは見つめいた。
再び、セラは大きくため息を漏らす。
そして、ここから見える幸太郎の部屋を眺めた。
……少し、言いすぎたかもしれない――でも……後悔はしていない。
幸太郎に対して言った言葉に若干の罪悪感を覚えるセラだが、後悔はしていなかった。
かなり一方的ではあったが、自分が思っていたことを吐き出すことができたので、多少の罪悪感はあれども後悔はしておらず、言いたいことを言えて清々しい気持ちがあった。
この事件は四年前の事件と似すぎている。
それに、死神――嵯峨さんは友人の刈谷さんと大道さんを躊躇いなく襲った。
多少、襲われた二人は友人であるということで、迷いがあったのかもしれないが、迷いがある二人を襲い、攻撃を仕掛けた。
嵯峨隼士――どんな人かはわからないが、かなりの危険人物だ。
だからこそ、七瀬君を巻き込むことはできない。
それに――この事件に四年前の死神が関わっているのなら、私はすべてを終わらせなければならない……
事件のことを思い、徐々にセラの表情が険しくなり、殺気立つ。
肌を刺すような空気を発しているセラに、心配そうな表情の麗華は「セラさん」と話しかけると、一拍子遅れてセラは反応した。
「セラさん……お顔の色が優れないようですが、大丈夫ですの?」
「は、はい……無用な心配をさせて、すみません……」
心配してくれる麗華を安心させるように、自分の感情を隠すように取り繕ったような笑みを浮かべるセラだが、その笑みは麗華を安心させることはできなかった。
明らかに無理して自分の感情を隠しているセラを見て麗華は小さく嘆息すると、問い詰めるような眼差しをセラに向けた。
「四年前の事件――あなたは関わっているのではありませんか?」
麗華の質問にセラは押し黙ってしまう。
暗い顔を浮かべて黙ったままのセラに、麗華は質問の答えが肯定だと判断した。
「この事件に随分とご執心でしたので、まさかとは思いながらも確信を持てませんでしたが――昨日、七瀬さんに死神の力を語った時のあなたを見て確信を持てましたわ。それに、今のあなたの反応……黙っていても肯定したようなものですわ」
自慢げに推測している麗華に、セラは諦めたように深々とため息を漏らした。
「上手く隠そうとしたんですが……」
「あなたは自分が思っている以上に、嘘や隠し事が下手ですわ」
呆れたような顔で放たれた麗華の一言に、セラは反論できずに苦笑を浮かべることしかできなかった。
心の中で諦めたように小さくため息をついてセラは迷いを払い、ゆっくりと口を開く。
「鳳さんの言う通り、私は――いいえ、私たちは四年前の事件に関わっていました」
「『私たち』……四年前の事件が起きている当時は、あなたの兄弟弟子であるティアさんや優輝さんがアカデミーにいませんでしたわね、二人も関わっているということですの?」
何気なく麗華が口に出した優輝の名前を聞いて、セラは怒っているような、それでいて悲しそうな顔を一瞬だけ浮かべたが、すぐに元の表情に戻して頷いた。
「死神が襲った私たちの師匠の仇を打つため、私たちは死神を探していました……そして、私たちは死神と戦った……」
当時のことを思い出しているのか、セラは辛そうで、それでいて、自身の師を襲った死神への憎悪の感情が見え隠れしていた。
死神と戦った、ということを聞いて、麗華は「まさか……」と呟いて驚いていた。
「お父様から死神を倒した輝石使いを教えてはもらえませんでしたが……死神を倒したのはあなたたちだったとは……」
「あれで倒したと言えるのなら……そうかもしれません」
ずっとアカデミーが隠していた、死神を倒した人物の一人が目の前にいることに、麗華は驚きを隠し切れない様子だったが、アカデミーを混乱と恐怖に陥らせた凶悪犯を討伐した一人であるセラは複雑な表情を浮かべていた。
セラの脳裏に浮かぶのは、崩れる建物内で延々と上げ続ける死神の笑い声。
そして――裏切り。
四年前の事件で経験した辛いことがすべて頭に過ったセラは、自然と拳をきつく握った。
「だから……犯人が誰であれ、今回の事件は私が解決しなければならないんです」
自分に言い聞かせるようにセラは力強くそう言った。
使命感に満ち溢れた表情で放ったその言葉は、怒り、悲しみ、後悔、責任、セラの抱いている様々な感情が内包されて放たれた力強い言葉だった。
セラから静かに放たれる威圧感に、隣にいる麗華は思わず息を呑んでしまう。
そうだ、私は……この事件を解決しなければならない責任があるんだ……
心の中で、セラは何度も責任という言葉を反芻させていた。
「それよりも……やはり部屋の中が気になりますわ……今すぐにでも乗り込んだ方が……」
「いい加減にしてください、鳳さん……」
話しが一段落すると再び幸太郎の部屋に乗り込もうとする麗華に、セラは深々と呆れたようにため息をついて制止させた。
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