第12話

 半ば強引にティアを寮の自室に連れ込んだ幸太郎は、戸惑っているティアを居間にあるソファに座らせて、エアコンをつけてから台所へ向かった。


 ソファに座らされたティアは、深々と腰掛けることはなく、落ち着かない様子で背筋をピンと伸ばして姿勢よく座っていた。


 冷たいお茶とお菓子を用意して、二人分のカップラーメンを作るためにやかんでお湯を沸かした。


 居間に戻ってティアの前にあるテーブルの上に、お茶とお菓子を置いて差し出した。


 飲み物とお菓子を用意されて、戸惑いながらもティアは「礼を言う」とお礼を述べて、幸太郎の暮らしている部屋の中を物珍しそうに見回していた。


 普段は感情を表に出さないクールビューティと評されているティアだが、今の彼女は戸惑いのせいでクールな表情を少しだけ崩れていた。


「今カップラーメンを作るためにお湯を沸かしているのでちょっと待っていてください」


「あ、ああ……」


「腹も減っては戦ができませんから。それよりも、そんなに堅くならないでください。せっかくティアさんを休ませるために呼んだのに、それだと休めませんよ」


 幸太郎の言葉に、ティアは今自分の目の前に差し出されている飲み物とお菓子に気づいたように、冷えたお茶を一気に飲み干し、クッキーを齧った。


「もう一杯飲みますか?」


「今は結構だ」


「それじゃあ、お湯が沸いたらまた注ぎますね」


「そうしてくれ……」


 短い会話の後、ティアは押し黙ってしまう。


 表情は相変わらずの感情を感じさせないクールで固いものだったが、内心ではこの沈黙を破るためにどんな話をすれないいのか悩んでいた。


 アカデミー内でトップクラスの実力を持ち、多くの事件を解決してアカデミー内外から評価が高く、常にクールな態度で高いルックスの持ち主であることから多くの生徒に人気があるティアだが、輝動隊の仕事以外ではあまり人と接する機会はなかった。


 今でこそ、幼馴染であるセラと一緒にいることは多くなったが、彼女が来る前は仕事が終われば自己鍛錬をばかりで、人と接する機会は今と比べればほとんどなかった。


 輝動隊の仕事で多くの隊員に指示することや、隊員の悩みを聞いたりすることはあったが、仕事以外でこうして他人と二人っきりになることはアカデミーに来てめったになかったため、ティアは緊張していた。


 そんなティアの緊張を何となく察した幸太郎は、ティアが気軽に話せるような内容を考えて、考えた末に出た話題をすることにした。


「休憩をさせておいて、こんな話題をするのは申し訳ないんですけど……犯人が刈谷さんと大道さんの友達の嵯峨さんだとわかって、事件はすぐに解決するんでしょうか」


 事件の話題を出したとたん、ティアは纏っていた緊張を消し、いつも通りの落ち着いた雰囲気に戻して事件についての話をする。


「嵯峨隼士――基本的なこと以外何もわかっていない。私がアカデミーに入学する前に姿を消したから、私も嵯峨がどんな奴か知らない。しかし、お互い反目している組織がお互いの上層部の命令で協力することになった。解決は早いだろう」


「そうだといいんですけどね。このままじゃ、美味しいお店も中々行けないし……」


 自分が狙われている状況にもかかわらず、自分のことよりも食べ物のことを優先している幸太郎に、ティアは呆れながらも打ち解けたような笑みを浮かべた。


 しかし、その笑みをすぐに消して、普段と変わらぬ感情を感じさせない冷たい表情を浮かべて幸太郎を見つめた。


「そんなことよりも……鳳のお嬢様とセラと喧嘩したようだな」


「喧嘩というよりも、僕が一方的に悪いことをしたので、叱られたんです」


「当然だろう。お前は二人の気持ちを無駄にした」


「ぐうの音も出ない」


 痛いところを突かれて呑気に苦笑を浮かべている幸太郎だが、表情は暗かった。


 セラと麗華の名前を出されて、表情が明らかに暗くなった幸太郎だが、そんな彼にティアは慰めることも何もしないで、ただ責めるようで突き放すような厳しい目を向けていた。


 そんな目を向けられても、幸太郎は逃げることなく真っ直ぐとティアを見つめる。


「二人に勝手な行動をするのは止められていたけど、刈谷さんのあの姿を見たら、黙っていられなくなって……単なる言い訳にすぎませんが」


 自虐気味な笑みを浮かべて言った幸太郎の言葉に、ティアはフォローすることも遠慮も何もしないで「理解しているなら結構だ」と言い放った。


「前回の事件で怪我をしたお前をセラは心配していた。鳳のお嬢様もそうだ……この間のようなことを避けるために二人はお前を事件から遠ざけようとしていたのにもかかわらず、お前は首を突っ込もうとして、刈谷の責任とはいえ嵯峨に狙われることになった――……最悪、この事件が終われば二人はお前から離れるだろう」


 断定するように言ったティアの言葉に幸太郎は表情を変えなかったが、その言葉が背中に重くのしかかったような錯覚を覚えた。


「お前のことを大切に思っているからこそ、危険なことに巻き込めないとして、二人はお前から距離を置く――嫌われているわけではない、ただ、お前のために距離を置く……それがどんなに辛いことか、お前には理解できるか?」


 かつての自分を思い出しているのか、自分自身が言った言葉が自分に向けられているように感じているティアの表情は辛そうだった。


「お前はもう少し周囲のことを考えるべきだ。そうしなければ、お前は必ず孤独になる」


 ティアの言葉に、幸太郎は再びセラと麗華に責められた時のことを思い浮かべる。


 ……やっぱり、まだ見つからないな……


 自分の探し求めているものが、考えてもまだ見つからないことに幸太郎は苛立ちを覚えるとともに、すぐに見つけることができない自分に腹も立っていた。


 いまだに自分の求めているものが見つからずに押し黙る幸太郎を、何も言わずにティアは厳しくもあり、そして、彼を見守るような目で睨むように見つめていた。


 二人の間に沈黙が訪れる――


「……あ、お湯沸きましたね」


 ――が、すぐに台所からお湯が沸いている音が聞こえてきたので、幸太郎は立ち上がって、カップラーメンにお湯を注ぐために台所へと向かった。


 さっきまで陰りがあった表情が嘘のように晴れやかになり、台所に向かった幸太郎をティアは脱力して呆れたように見つめ、一瞬だけ口元を緩くして微笑んだ。


 難しいことは、取り敢えず食べてから考えよう!


 取り敢えずは、腹を満たすことが最優先であると判断して、二つのカップラーメンに湯を注いで、居間に運んで、テーブルの上に置いた。


 そして、自分の輝石をポケットから取り出して、カップラーメンの蓋の上に置いた。


 平然に、そして、当然のようにカップラーメンの蓋の上に輝石を置いた幸太郎にティアは驚き、そして、エアコンから放たれる冷風よりも、彼女の纏う空気が冷たくなった。


「三分待ってください」


 ティアの様子の変化に気づくことなく、幸太郎は呑気にタイマーを三分セットしてスタートボタンを押した。


「……それは何だ?」


 カップラーメンの蓋の上に置かれた幸太郎の輝石を指差し、冷たく、そして、静かな怒りが込められた声で尋ねた。


 尋ねられた幸太郎は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。


「ほとんどの人は肌身離さず輝石を持ち運ぶために、アクセサリーとかに輝石を埋め込んだりしていますが、僕の場合はこれなんです!」


 自慢げに胸を張って、カップヌードルの蓋の押さえになっている輝石を指差した。


「蓋を押さえるのにちょうどいい大きさと重さですし、何よりも輝石が持つ神秘的な力がよりカップラーメンを美味しくさせるんです! ……多分」


「バカモノ!」


 寮の中はもちろん、外にも十分に聞こえるほどの大きさで、ティアは怒鳴り声を上げた。


 どうして自分が怒られたのか理解していない幸太郎は目を白黒させた。


「輝石使いにとって、輝石はなくてはならないものであり、肌身離さず持っているべきもの……輝石がなければ輝石使いは戦えず、そして、輝石はただの石ころになる。いわば、輝石と輝石使いは一心同体、にもかかわらずお前は輝石を何に使っている」


「……ダメですか?」


 いまだに要領を得ていない幸太郎に、心底ティアは呆れたようなため息を深々とついた。


「どうやらお前は輝石使いとしての自覚がないようだな……いいだろう、私が警護している間、輝石使いとしての自覚が足りていないお前を一から鍛え直す」


 厳しい目で幸太郎を睨みつけながら、ティアはそう宣言した。


 突然のティアの宣言に、幸太郎は何か嫌な予感がした。


 三分セットしたタイマーが鳴り、カップラーメンを食べている間――

 ティアはその間ずっと幸太郎に説教をした。


 幸太郎はお腹も満たされ、ストレスも満たされた。


 そして、ようやく幸太郎はこの事件に巻き込まれたことに後悔を感じはじめた。

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