第13話

 セントラルエリアにある輝動隊本部――


 事件の影響で各エリアの建物内は閉鎖されていたが、アカデミー都市内の治安維持部隊の本部は開いており、多くの隊員たちが事件解決のために慌ただしく動いていた。


 そんな中、風紀委員に所属している鳳麗華は堂々と歩いていた。


 道行く輝動隊の隊員たちが麗華を見る目は厳しいものだが、鳳グループの娘であり、そして、輝動隊隊長・伊波大和と幼馴染である彼女に文句を言う者はいない。


 周囲の目を気にすることなく、麗華は堂々と豊かな胸を張って、輝動隊隊長がいる隊長室へと真っ直ぐ向かった。


 隊長室の前まで到着して扉をノックすると、中から「どうぞ」と軽薄そうな声が聞こえてきたので、麗華は扉を開いて隊長室に入った。


 隊長の趣味で集めてものが多くある隊長室へと入ると、大きな机を前にして、本革の椅子にふんぞり返るように足を組んで座っている一人の人物がいた。


 人を小馬鹿にしているような薄い笑みを浮かべている、ショートヘアーの中性的な外見の美少年、輝動隊隊長の伊波大和だった。


 大和は麗華が部屋に入ってくると、満面の笑みで出迎えた。


 腹に一物もニ物も、もしかしたら数えきれないくらい抱えていそうな胡散くさい笑みを向けられ、麗華は露骨に嫌な顔を浮かべて機嫌が悪くなる。


 そんな顔をする麗華を見て大和は心底愉快そうにニンマリとした笑みを浮かべると、麗華の機嫌がさらに悪くなった。


「あらら、随分と今日は機嫌が悪そうだけど……何かあったの?」


「関係ありませんわ。今は無駄な会話よりも、事件の話をしなさい」


「この忙しい時に話がしたいからって相手の迷惑も考えずに来たんだから、少しは幼馴染と雑談を交わしてもいいんじゃないの? ――ダメ? わかったよ……」


 入ってくるや否や、挨拶もなく話を淡々と進めようとする冷たい麗華に、不満を訴える大和であったが、そんな幼馴染に向けて麗華は鋭い眼光を飛ばして黙らせた。


 不満気な表情を浮かべていたが、大和は麗華の言う通り事件の話をはじめる。


「まずは今の状況を説明するけど、事件の犯人が死神と同一人物でないとわかった以上、アカデミー都市内の厳戒態勢レベルは引き下げられることになるよ」


「そのようですわね……学内電子掲示板では、もう事件の犯人が死神とは異なる人物であると騒がれているようですわ」


「まあ、ゴシップ満載で当てにならない情報が集まる掲示板でも、こんな時は大活躍だね」


 含みのある笑みを浮かべる大和を見て、なんだかすべてが大和の思い通りになっている気がして気分が良くない麗華だったが、四年前のような混乱は避けられるだろうと思ったので気にしないことにした。


「嵯峨隼士君のことについてなんだけど――……中々彼は興味深いよ」


「嵯峨さんについて何かわかりましたの?」


「まあ色々とね……彼が何者で、どこからきたのかわからないってことがわかったよ」


「……意味がわかりませんわ。性格についてはわからないと言うならまだしも、過去の輝石使いの個人情報ならグレイブヤードに保管されているはずですわ」


 アカデミーの最重要機密エリアである、輝石使いの個人情報等が保管されているグレイブヤードの名前を麗華は出すと、大和は苦笑を浮かべた。


「もちろん、嵯峨君の情報を集めるために、大悟さんに許可をもらってグレイブヤードから嵯峨君の情報を探したんだけど――……彼の情報だけなぜか消されていたんだ。大道さんが持っていた写真がなければ、彼の顔や経歴はわからないままだったよ」


「消されていた? そんなことできるわけ――まさか!」


 麗華の脳裏に過る、二か月前に起きた事件。


 二か月前、アカデミーに所属している輝石使いたちの個人情報等が保管されている最重要機密エリアであるグレイブヤードに侵入されるという事件が起きた。


 犯人の計画を風紀委員たちが寸前のところで止めて、輝石使いたちの個人情報を利用されることは防いだ――防いだと麗華は思っていた。


「あの事件はまだ不可解なことが多いんだ。あの事件の犯人は輝石使いの情報をお金に変えると言っていたけど僕はそうは思えないし、一部の人間でしか知らないグレイブヤードの位置についての情報を犯人に流していた内通者もまだわかっていないからね」


「……今回の事件に、あの事件が関わっているとあなたは思っていますの?」


 不安そうな表情でそう尋ねる麗華を、大和は意味深で何よりも楽しそうな笑みを浮かべて見つめていた。


「さあね、それはまだわからないよ。でも、あの時の犯人がグレイブヤードに何か仕掛けをしたのは間違いないと思うかな? ――まあ、今はそんなことよりも嵯峨君だ」


「……そうですわね、まずは目の前の事件に集中しましょう」


 グレイブヤードに何か仕掛けをされたと言うのにもかかわらず、「そんなこと」と言って軽くスルーする大和に、麗華は不信感を募らせながら目の前の事件に集中することにした。


「しかし、嵯峨君は中々厄介な相手だよ。輝動隊に昔からいる人が、巡回中の刈谷君が嵯峨君と一緒にいるのをよく見たと言っていたから、多分その時にアカデミー内の監視カメラの位置を把握したんだ。だから彼は今までカメラの映像に写っていなかったんじゃないかな」


「それに加えて目的もわからず無差別に人を襲っているということは、先が読めにくい……ということですわね」


「そうだね。先の読めない相手ほど、僕が苦手として怖いと思っている相手はいないよ。でも、刈谷君が狙ったのかどうかはわからないけど、嵯峨君は大きなミスを犯すだろうね……僕の考えた作戦に上手く乗ってくれれば、だけど」


「七瀬さんを利用するつもり……いいえ、した、と言った方がいいかもしれませんわね」


 静かに怒っている様子の麗華の言葉に、大和は何も答えず、ただ笑みを浮かべていた。


「まあ、輝士団と輝動隊が協力するという、まさに呉越同舟な事態が起きてるんだ。事件はきっとすぐに解決するよ――……君の念願が叶ったんじゃないかな?」


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべながらの大和の一言に、麗華は明らかに機嫌が悪くなるとともに、納得できていないというような表情を浮かべて、踵を返す。


「余計なお世話ですわ」


 機嫌が悪そうな声音でそう言い残して、麗華は振り返ることなく部屋から出た。


 自分の思い通りの反応をしている麗華を見て、大和の口は三日月形に吊り上がった。


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