第14話
幸太郎の寮の様子を窺っていたセラと麗華。
セラは幸太郎が嵯峨隼士に襲われないために、寝ずに彼を見守ろうとするつもりだったが、さすがにそれは無茶であると麗華に窘められ、幸太郎の寮付近にガードロボットと、新たに監視カメラを複数設置して重点的に警備することで、セラは不承不承だが納得した。
寮の自室に戻ったセラは、六月の不快指数の高く蒸し暑い外にずっといたせいで出た汗と、頭の中にあるモヤモヤしたものすべてを洗い流すため、シャワーを浴びることにした。
脱衣所で制服を脱いできれいに畳み、シャツと下着を洗濯カゴに入れて、浴室に入ってシャワーを浴びる。
温めに設定したシャワーを頭から浴びて、セラの全身に余すことなく水が伝う。
セラは目を閉じ、小さく艶やかな気持ちが良さそうなのため息をついて、しばらく頭から浴びているシャワーの心地良さに浸っていた。
心地良さに身を委ねた後は、髪を洗いはじめる。
シャンプーで髪を洗っていると、インターフォンが鳴った。
突然の来客に面倒な気持ちを抑えながら一旦シャワーを止めて、脱衣所に出てタオルで全身を軽く拭いて、露わになっている上半身と下半身を隠して、脱衣所の扉を少し開けて、玄関に向けて「どなたでしょうか」と、声を張った。
「セラ、私だ。入ってもいいか?」
「ごめんティア、今扉を開けられないから自分で開けて入って」
セラがそう言うと、扉が開いてティアが入ってきた。
普段、セラとティアはお互いが暮らしている寮の自室に一日交代で泊まっているが、事件が発生して一週間、ティアは事件解決のために忙しくてそれができなかったので、セラは嬉しそうな笑みを浮かべてティアを出迎えた。
「入浴中だったか。すまない、連絡もなく突然来て」
「気にしないで。ティアならいつでも歓迎だから。そうだ、ティアも一緒にシャワーを浴びる?」
「ああ、別に――待て、話の途中で手を引っ張るな――無理矢理服を脱がすな」
問答無用にセラはティアの手を引っ張って脱衣所まで連れて、ティアの来ている服を脱がしてあっという間に裸に剥き、浴室へと案内した。
最初は抵抗があったティアだが、諦めたのか途中から大人しくなり、黙ってセラの髪を洗いはじめた。
少し強引過ぎたかな……
浴室に入ってから黙ったままのティアに、セラは調子に乗りすぎたかもしれないと自戒し、振り返って「……怒ってる?」と、恐る恐る背後にいるティアに尋ねた。
怒っているかと尋ねられたティアは、柔らかな笑みを浮かべて「怒っていない」と言って、すぐに笑みを消した。怒っていないことを悟り、セラは安堵する。
髪の毛を洗い終えたティアは、ボディソープをつけたスポンジを泡立たせて、撫でるようにスポンジをセラの全身に這わせると、セラは心地良さに思わず「んっ……」と扇情的な声を上げてしまった。
首筋、肩から腕、腋の下、お腹、胸、胸の下、臀部、長い脚――あっという間にセラは泡だらけになるが、几帳面なティアはセラの身体の隅々まで泡を纏わせる。
セラの身体を洗いながら、ティアは「ここに来た理由は……」と話しはじめる。
「大和から現在、嵯峨を捕えるため計画の下準備を進めていると連絡があった。その下準備が終えるまで、嵯峨を捕獲するための戦力である私の出番はないと」
「だからここに来たんだ。シャワーを浴び終えたら、一週間ぶりに腕によりをかけて、美味しい晩御飯を作るよ――それよりも、大和君なら嵯峨さんを捕まえるために七瀬君を利用すると鳳さんが危惧していたけど、それについては何か知っている?」
自身の身体を洗っているティアに、鋭い視線を向けるセラ。二人の間に一瞬だけ不穏な空気が流れるが、「心配するな」のティアの一言でその空気はすぐに霧散した。
「策略家の大和なら確実に七瀬を利用するだろうが、最低限のモラルは持っている……寸前まで味方に自分の計画の全容を明らかにさせないのが玉に瑕だがな」
ため息交じりで大和の性格を説明するティアから、確かな苦労をセラは感じ取った。
ふいにセラは輝動隊隊長・伊波大和のことを思い浮かべる。
伊波大和君……輝動隊隊長の肩書きを若くして持っている人物で、鳳さんの幼馴染。
実際に戦っている姿を見ていないから、実力は未知数。でも――
大和君からは何か冷たく暗いものを感じる。
鳳さんと話している時も、普段私たちと接する時も……
本当に大和君は大丈夫だろうか? どんな危険な計画でも七瀬君ならきっと……
大和と幸太郎のことを思い浮かべ、セラの表情は不安で暗くなってしまい、その不安を気心の知れた幼馴染であるティアに包み隠さず言った。
「事件を解決すると決めた七瀬君なら危険を冒してでも、作戦に参加して嵯峨さんを捕まえようとする」
「……無茶をする七瀬を怖くて見ていられないのか?」
セラが幸太郎に対して抱いている恐怖心を見透かしたティアに、セラは黙って頷く。
自分の恐怖心を素直に認めたセラに、しばし沈黙した後――ティアは「ふふ……」と、小さく噴き出し、スポンジでセラを洗っている手が止まった。
突然噴き出したティアを、セラは心外だというように怒気を含んだ目で睨むと、ティアは笑いをこらえている様子で「すまない」と、震えた声で謝った。
「七瀬幸太郎……まるで昔のお前を見ているようだ」
その一言に、セラは素っ頓狂な声を上げて驚きのあまり滑って転びそうになるが、後頭部にプルンと、文字通りプルンとした感触が広がって、倒れそうになる自分を包み込むようにティアが受け止めていた。
「大丈夫か? 危ないから洗っている最中に動揺するな」
「あ、ありがとう……で、でも、ティアが変なことを言うから悪いんだよ」
「ただ事実を述べただけだ。おかしなことを言ったつもりはない」
「それじゃあ、私と七瀬君のどこが似ているの?」
セラの質問に、ティアは「そうだな……」と深く思案することなく淡々と答える。
「周囲や自分のことを顧みないで真っ直ぐと突っ走る姿、そして、自分が決めたことに対しては意固地――いや、わがままになるところだろうな」
「わ、私は七瀬君みたいに無鉄砲じゃないから!」
息巻いた様子で否定するセラに、ティアは微笑んで「同じだ」と言い放った。
「……四年前の自分の行動と、七瀬の行動を照らし合せてみろ」
「そ、それは……」
ティアの一言に、痛いところを突かれたセラは一瞬言葉に詰まるが、すぐにムッとした様子で反論する。
「確かにあの時は無茶をしたけど、私はちゃんと輝石を扱える力を持っていたからした無茶で、七瀬君のように輝石を扱える力がないのにする命がけの無茶はしてないから」
「私からしてみれば、あの時のお前は七瀬と同様命知らずの大バカモノだ――流すぞ」
いまだに納得できていない様子のセラだが、ティアはそんな気持ちを無視して淡々と全身についたセラの泡をシャワーで流しはじめる。
「あの時の私は――アイツも同じ気持ちだったとは思うが……私はお前を巻き込むのが怖かったんだ。今のお前と同様にな……」
背後にいるティアの顔は窺うことはできなかったが、ティアが忌々しげに言った『アイツ』――優輝を示す言葉を言った時のティアの声が、もう取り戻せない昔を懐かしみ、そして、悲しんでいるようにセラは感じた。
「だが、結局お前を信じることにした……何が何でも関わろうとするお前に根負けしてな」
苦笑交じりの言葉にセラは複雑な表情を浮かべて、何も言葉が出なかった。
「ほら、終わったぞ……今度はお前が私を洗う番だ」
「あ、うん……それじゃあ、後ろを向いて」
複雑な表情を浮かべて何かを考え込んでいるセラに、シャワーヘッドを手渡すと、現実から引き戻されたセラはティアの身体を洗いはじめる。
信じる、か……
ティアの身体を洗いながら、セラの頭の中にはずっとその言葉が浮かんでいた。
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