第15話

 ……どうやら、ついにアカデミーを本気にさせたかな?

 まあいいか……それよりも、二人とも強そうだ。


 嵯峨隼士は自身の前に立つ、黒いジャケットを羽織った輝動隊と、赤いマントを羽織った輝士団を見て、普段は仲が悪い二つの治安維持部隊の組織が一緒に行動していることに一瞬焦燥感を覚えたが、すぐに強い輝石使いと戦えるという喜びが焦燥感を消した。


 黒いレインコートについたフードで自身の顔を覆っている嵯峨だが、フードに隠れた表情は嬉々とした顔を浮かべていた。


 輝動隊の隊員は輝石を武輝である刀に変化させ、輝士団の団員は輝石を武輝である剣に変化させた。


 輝石を武輝に変化させた二人に続いて、嵯峨も自身の輝石を武輝である大鎌――ではなく、槍に変化させた。


「嵯峨隼士だな」


「あ、もう知ってる?」


 輝動隊の隊員が自分の名前を知っていることに、嵯峨は驚いたが、すぐに安堵したようなため息を漏らして、目深に被っていたフードを取った。


 呑気に驚いた声を漏らし、そして、唐突にフードを取った嵯峨に二人は驚いている様子だったが、露わになった嵯峨の顔を見て二人は武輝を構える。


「名前を知ってるってことは顔も知ってるんだろうから、隠さなくてもいいよね。ふぅ……気づいてくれてよかった。蒸し暑い梅雨時にこの恰好じゃ、暑いくて」


「ふざけるな! 無差別に輝石使いを襲う所業、断じて許すことはできん!」


 罪悪感の欠片もなく呑気な笑みを浮かべる嵯峨に激情する輝士団団員は、剣を振りかぶって嵯峨に飛びかかり、遅れて輝動隊隊員も彼に続いて飛びかかる。


 二人同時攻撃――自分に襲いかかってくる二人を見ても嵯峨は表情をいっさい変えずに、二人の攻撃を一片に、片手で持った槍で受け止めた。


 甲高い金属音を響かせて、二人の感情の込められた力強い攻撃を受け止めるが、相変わらず嵯峨の表情は変わらないままだった。


「さすがに、同時に受け止めるのは無理か」


 そう呟いて、武輝を持つ手を片手から両手に持ち替えて、嵯峨は一旦後退する。


 後退した隙をついて、一気に攻める二人。


 自分に目の前まで迫る武輝に、嵯峨はいっさいの表情を変えない。


 刀と剣――二つの武輝の切先を目の前に向けられても、いっさいの表情を変えないどころか、まったく避けることもしない嵯峨に、不気味さを感じた二人の治安維持部隊員たち。


 二人の表情に怯えが見えた瞬間、嵯峨に迫る武輝の動きが一瞬弱まった。


 その隙をついて、嵯峨は身体を捻らせて二人の攻撃を回避する。


 回避されると同時に、二人は一旦嵯峨から間合いを取った。


「いくら輝石の力で身体が守られていても、攻撃を避けもしないとは命知らず――いや、イカレている……強い? ……いや、何なんだ、こいつは……」


「輝動隊のお前に同じ気持ちを感じるのは癪に障るが……こいつは変だ……」


 二対一――こちらが確実に有利であると思っているが、対峙している嵯峨から感じる得体のしれない不気味なものに、輝士団と輝動隊の二人は気後れしていた。


 嵯峨の様子を窺っている二人に、嵯峨はゆっくりとした歩調で近づく。


「今日はこんなに強い人が相手をしてくれるなんて、運が良い……強くなれそうだ」


 そう呟いた瞬間、二人の視界に映っていた嵯峨の姿がぶれた。


 二人が瞬きした瞬間――嵯峨は目の前まで来ていた。


 咄嗟に距離を取ろうとする二人だが、嵯峨は武輝である槍の石突の部分を使って二人の足を思いきり払う。


 輝動隊隊員は足払いを回避することができたが、輝士団団員はバランスを崩した。


 バランスの崩した輝士団団員の鳩尾を遠慮なく踏み、ボールを蹴るようにして思いきり団員の身体を蹴って、吹き飛ばした。


 輝動隊隊員は武輝に変化した輝石に力を絞り出すようなイメージをすると、武輝である刀の刀身に光が纏った。


 そして、光を纏う刀を間合いが離れている嵯峨に向けて振る。


 すると、三日月形の光の衝撃波が嵯峨に向かって放たれた。


 自分に向かって飛んで来る衝撃波に向かって、嵯峨は恐れることなく走る。


 避けることも受け止めもする様子を見せずに真っ直ぐと光の刃に向けて走り、衝撃波は嵯峨に直撃した。


「――ッ! バカな!」


 直撃したのにもかかわらず、立ち止まることも怯むことなく、表情を変えることなく、攻撃を食らって額が切れて血が少し流れても気にすることなく、嵯峨は走り続ける。


 こちらに向かってくる嵯峨に輝動隊隊員は驚くと同時に、攻撃を食らっても表情をまったく変えない彼に恐怖を覚え、身体が固まってしまう。


 嵯峨の武輝である槍の穂先にぼんやりとした光を纏わせた。


 そして、恐怖で足が竦んで動けない輝動隊隊員に向けて、一歩を大きく踏み込んで容赦なく突いた。


 輝動隊隊員の身体は勢いよく吹き飛び、アスファルトに数回身体をバウンドさせてようやく勢いが止まり、気絶したのかピクリとも動かなくなり、気絶しても尚握っていた武輝が一瞬の発光の後に輝石に戻り、むなしく彼の手から離れて地面に落ちた。


「まずは一人……次は――あ、そうだ、その前に……」


 気絶した輝動隊隊員から嵯峨は標的を、苦しそうに咳き込みながらも立ち上がろうとする輝士団団員に移して、近づいた。


 嵯峨は立ち上がろうとする輝士団団員の足を払い、再び団員は仰向けになって倒れた。


 倒れた輝士団団員に武輝の切先を嵯峨は向けて、不気味なほど明るい笑みを浮かべた。


 この場に似つかわしくない満面の笑みに、恐怖が芽生えた輝士団団員は息を呑むが、芽生えた恐怖心を必死に振り払い、気丈に振る舞って嵯峨を睨みつける。


「……ナナセコウタロウって知ってる?」


「噂通り、お前はあの輝石を使えない落ちこぼれを狙っているのか」


「輝石を扱えない落ちこぼれ……へぇ、そうなんだ……」


「お前のことは大道さんからすべて聞いている! お前に逃げ場はない!」


「どうやったら、ナナセコウタロウ君に会えるのか知ってる?」


「落ちこぼれのことなど無視すればいいものを! 輝士団と輝動隊は総力を挙げて、奴を守ろうとしている! あの男に会うことなど不可能だ!」


「そうなんだ、難しいんだ……やっぱり無理かな……」


 輝士団隊員の怒声を無視して、嵯峨はナナセコウタロウについて考えていた。


 考えている様子の嵯峨に隙を見つけた輝士団団員は、不意打ちをしようとしたが――

 それよりも早く、情報を聞き出して満足した嵯峨は、倒れている輝士団団員に槍の穂先で突き出し、小さな悲鳴の後、輝士団団員は昏倒した。


 二人が気絶し、静寂が戻った周囲で一人、嵯峨はナナセコウタロウを考えていた。


「輝石を扱えない落ちこぼれかぁ――どうやってアカデミーに入学したんだろう。どうやって、アカデミーを過ごしているんだろう。どうして、落ちこぼれとバカにされているのにアカデミーにいるんだろう……やっぱり気になるな」


 ナナセコウタロウと会うのは不可能だと言われて、諦めようとした嵯峨。


 しかし、自分と似ていると刈谷が言っているのを思い出して、諦めて頭の中から消したはずのナナセコウタロウのことが、すぐに頭の中で蘇って、頭の中を支配した。


 興味が尽きない人物に、嵯峨の好奇心がさらに刺激された。


「……落ちこぼれってことはみんな知ってるのかな……聞いてみよう」


 ナナセコウタロウをもっと調べるために嵯峨は行動をはじめる。


 倒れている二人の輝石を奪わず、嵯峨は夜の闇に消えた。




―――――――――――




 朝の六時一分前――雨が降っているため、朝からジメジメして不快指数が高い天気だが、エアコンの心地良い冷風が効いている室内は快適で、敷布団の上でスヤスヤと心地良さそうな寝息を幸太郎は立てていた。


 通り魔事件の犯人に狙われているというのに、ぐっすりと幸太郎は自室で眠っている。


 寝相は良く、布団を乱すことなく仰向けでスヤスヤと眠っている幸太郎。


 そんな幸太郎の傍らに、腕を組んだティアリナ・フリューゲルが立っていた。


 穏やかな表情で眠る幸太郎を、ティアは感情を感じさせない冷たい顔で眺めていた。


 そして、時計の針が六時ちょうどを示した時、ティアは幸太郎の身体にかけられているタオルケットを容赦なく剥いだ。


 自分を包むタオルケットがなくなって、一瞬顔をしかめる幸太郎だが、それでもすぐにグッスリと気持ちの良さそうな寝息を立てていた。


「起きろ、七瀬。起きるんだ、七瀬幸太郎」


 タオルケットを剥いだだけでは起きないと判断したティアは、幸太郎に起きろと言いながら、身体を揺すった。数度身体を揺すると、幸太郎は大きく一度欠伸をして、寝ぼけ眼を擦りながらのそのそと上体を起こして、ティアへと顔を向けた。


「……ティアさん……おはようございます……」


「ああ、おはよう」


 どうしてティアがここにいるのかという疑問は、今の幸太郎の寝ぼけた頭では理解できなかったが、挨拶はちゃんとして、時計を見た。時計の時刻は六時――普段幸太郎は七時に起きているので、まだ起きるのには一時間早かった。


「……おやすみなさい」


「寝るな」


 まだ自分が起きる時刻ではないため再び布団に横になろうとする幸太郎の肩を掴んで、ティアは無理矢理起き上がらせる。


 完全にスイッチがオフになっている幸太郎はティアの身体に全身を委ねる。


「……いい素材の枕」


「バカモノ! それは枕ではない……んっ、擦るな……あっ……い、いい加減にしろ!」


 堅苦しい軍服のような服の上からでもわかる豊満すぎるティアの胸を枕と勘違いしている幸太郎は、瑞々しい張りのある柔らかな枕の感触に頭部全体を使って心行くまで楽しむ。


 幸太郎が無遠慮に胸に頭部を擦りつけ、ティアは思わず変な声が出てしまう。


 いい加減我慢できなくなったティアは怒鳴り声を上げて、幸太郎の額を軽く小突く。


 コンッという小気味いい音が額から響くと、幸太郎は頭を押さえて声なき声を上げて悶絶した。そんな彼の姿を見て、ティアは少し焦った。


「す、すまない……軽く小突いたのだが……」


「大丈夫です……目覚ましには良い一発ですから……それで、どうしてティアさんが僕の部屋に? 昨日言われた通り鍵もしっかりかけたのに……」


 目覚めの一発に一気に目が覚めた幸太郎は、ようやくティアが自分の部屋にいるという不思議な状況を理解できた。


「鍵の複製を作った」


「ああ、なるほど……それで、どうしてこんな朝早くからここに?」


「昨日言ったはずだ。警護をする間、お前を鍛え直すと」


「そういえばそんなこと言ってましたね……」


「早起きさせて、朝からランニングさせようと思ったが、今日は生憎の雨だ」


「それなら、僕はまだ眠って――」

「室内で行えるトレーニングもある。取り敢えず、今からセラに頼んで作ってもらった朝食を食べながらトレーニングをしろ」


 眠ろうとする幸太郎だが、それをティアは許さない。


 ティアは幸太郎に弁当箱に十個詰められたセラが作ったというオニギリを手渡した。


 だいぶ覚醒した頭の中だが、幸太郎はティアが何を言っているのか、そして、自分に何をさせようとしているのかを理解することができなかった。


「トレーニングは今からはじまっている。まず、お前は筋力が足りていない。朝食を食べながら背筋、腹筋、腕立て伏せ、スクワットをしろ。一噛みごとにその四つを一回として、オニギリ一つにつき最低でも十回行うこと。飲み物は私特製のプロテインを混ぜたスポーツドリンクを飲んでもらう」


「え……え? ちょ、ちょっと……」


「さっさとやれ、でなければ遅刻するぞ。遅刻をしても私はいっさいのフォローはしない」


 有無を言わさず、朝っぱらから唐突に地獄のような訓練がはじまる。


 プロテインが混ざった微妙な味のスポーツドリンクで水分を補給しながら、セラが握った普通に美味しいオニギリを食べながら、幸太郎は何とかノルマを達成した。


 だが、結局幸太郎は遅刻してしまった。


 アカデミーの生徒――女子からは「お姉様」と呼び慕われて、男子からは女王様と呼んで罵られたいランキング一位のティアと一緒に登校してきて、クラスメイトから恨みがましい目で幸太郎は睨まれた。


 だが、朝っぱらから疲れ切っている幸太郎はそんなのを気にしている余裕はなかった。


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