第16話
放課後、とある理由で校舎に残っている幸太郎は朝のトレーニングで疲労がたまり、動く度に軋んだような音ともに全身に筋肉痛が走る身体を我慢しながら、今日一日のことを回想していた。
四年前の死神の再来と呼ばれていた今回の事件の犯人は、手口は同じでも四年前の死神と別人であるということが明らかになったことで、幾分生徒たちの顔は晴れやかになった。
アカデミー都市内の厳戒態勢のレベルは少し引き下がったが、十八時以降の外出は禁止で授業も短縮で午前中に終了した。
幾分恐怖と不安が拭えた様子のクラスメイトたちだったが、まだ犯人が捕まっていないこと、そして、昨日も輝動隊と輝士団の人間が複数襲われた事件が発生したので、完全にそれが拭い去ることができるのは嵯峨隼士が捕まえなければならないと幸太郎は判断した。
そして――……今日一日の高等部全体の雰囲気を回想した幸太郎は、今度は自身の友人たちの様子を思い浮かべた。
鳳さんとセラさん……まだ怒ってるみたいだったな……
まあ、昨日のことだから怒っていて当然か。
セラと麗華――昨日のことがあって、二人は幸太郎を無視していた。
朝、疲労で今にも倒れそうな幸太郎を抱えてティアとともに登場して派手に遅刻した幸太郎を見て、驚いたような表情を浮かべていたが、すぐに目をそらした。
結局、幸太郎は二人に話しかけることができずに一日の授業が終わった。
話しかけるのが気まずいと思っているわけでもなく、ただ、話しかけたところで二人にかける言葉がまったく見当たらなかったからだ。
昨日、腹も満たし、風呂に入りながら、寝る前にも二人にかける言葉を探していた幸太郎だったが、結局見つけることができなかった。
今日一日考えようとしたけど……疲れていてちょっときつかったし……
もうちょっとだと思う……もうちょっとで、見つけられると思うんだけど……
「しかし、まさかモルモット君が狙われることになるとは、私は思いもしなかったよ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハ!」
突然思い出したかのように響き渡る高笑いに、幸太郎の思考は邪魔をされてしまう。
今、放課後に高等部校舎に残った幸太郎は笑い声の主である担任のヴィクター・オズワルドと、自分を警護するティアの三人で、高等部校舎地下にあるヴィクターの秘密研究所の片付けを手伝わされていた。
幸太郎はいつものことなので特に気にすることなく片付けを手伝うことにしたが、ティアは明らかに不満そうな顔をしていた。
ヴィクターが幸太郎を気に入ってから、こうして度々片付けを手伝わせることがあり、手伝った報酬として赤点の免除、そして、超人気飲食店の限定品等が渡される。
今回の報酬は学食が休みの今日に無理を言って作ってもらったという、学食の購買で売られている一日限定五食の最高級ステーキサンドだった。
「この一時間、博士は何回それを思い出して笑うんですか。片付けに集中してください」
「ハーッハッハッハッハ! 黙って片付けをするよりも、こうして語り合いながら片付けをすれば効率が良くなる! ティア君もそう思うだろう?」
「黙って手を動かせ」
「ハーッハッハッハッハッハ! まあ、人には人の方法があるというわけだ!」
黙々と手を動かして、必要なものとそうでないものを淡々と仕分けしているティアを見て、ヴィクターは愉快そうに笑う。
「そうだ、この際博士にちょっと相談したいことがあるんですけどいいですか?」
「いいだろう、モルモット君。君と私の仲だ、どんなことでも心を開いてバシバシ相談して、君の心の内側まで私に見せるのだ!」
興奮した面持ちで幸太郎の言葉を待つヴィクターに、若干の不安を覚えながらも片付けの手を止めずに、ずっと前から相談したかったことを幸太郎は言うことにした。
「僕のショックガンなんですけど、反動を減らせませんか? 今のままだと反動のせいで銃身がぶれて、衝撃波があらぬ方向へ発射されるし、素早い相手だと上手く狙えなくて……カッコよく片手撃ちができるようにしてください」
幸太郎の相談――ではなく注文を聞いて、ヴィクターは呆れ果てたように彼を見つめる。
「確かに、君のショックガンは試作型で、現在様々なテストをして各機関に普及を目指している完成系のショックガンと比べて反動は強い。しかし、その分威力は申し分ない。上手く当てれば、一撃で昏倒させることが可能だ。後は使用者の扱い方、そして、君の場合は筋力をつけることだ」
理解力のない幸太郎でもわかるようにヴィクターは丁寧に説明して、彼の筋肉がいっさいついていない華奢で薄い胸板をトントンと人差し指で小突いた。
筋力のことを指摘され、非力な自分ではまだまだ上手くショックガンを扱えないことを悟った幸太郎は、小さくため息をついた。
ずっと前から相談したかったことを言い終えて、沈黙が訪れる研究室内。
ヴィクターの研究課程で生まれたガラクタを黙々と片付けながら、ふいに幸太郎は疑問が浮かんだ。
「そういえば、四年前の死神、それと今の嵯峨さんは輝石を集めて何をしようとしているんですかね……確か、複数の輝石を持っていても武輝に変化させることのできるのは、一つしかできないって本で読んだような気がするんですけど」
何気ない幸太郎の質問に、ヴィクター、そして、ティアの表情が曇り、片付けている手が二人同時に止まった。
気まずい沈黙が訪れる研究所内――ヴィクターは幸太郎の質問に答えるどうか明らかに逡巡しており、ティアは辛そうな顔を浮かべていた。
別に何の他意がある質問ではなかった。
襲った輝石使いの輝石を集めるのは、『戦利品』や『記念品』として集めているのではないかという話が生徒たちの間でも、そして、電子掲示板内でも言われていた。
幸太郎もそう思っていたが、奇想天外な発想をするヴィクターなら独自の考えで違った答えが聞けるのではないかと思って尋ねたことだった。
「……『
「『賢者の石』? それって確か――」
ふいに呟かれたヴィクターの『賢者の石』という言葉に聞き覚えがある幸太郎。
そして、その単語を聞いて明らかに動揺して、ヴィクターを不審そうに見つめるティア。
「おとぎ話で出てくる、すごい力を持つ伝説の
輝石とは異なる力を持ち、普通の輝石使いは扱えない特殊な力を持つ石・煌石。
多くの歴史文献に煌石の名が記されており、現存して所在がわかっている唯一無二の煌石・ティアストーンを教皇庁は保有しており、ティアストーンは輝石を生み出す力を持つ。
そんな特殊な力を持つ煌石の中でも、ヴィクターの言った賢者の石は幸太郎でもよく知っているほどの煌石だった――空想上の存在として。
突然、賢者の石の名前が出て、幸太郎はヴィクターを怪訝な顔で見つめているが、ヴィクターは真面目な顔をしていた。
「実在するのかどうかは定かではない――だが、かつて教皇庁はそのおとぎ話を実現させようとした」
「……それは初耳だな」
黙々と一人で片付けを手伝っていたティアだったが、ヴィクターの話を聞いて片付けの手を止めて、険しい顔を浮かべて話に入ってきた。
「無論だ。箝口令が敷かれて、当時の関係者しか知らない事実なのだ。この事実は教皇庁の中でも一部の人間、そして、鳳グループには知らされていない情報だ」
「そんなことを言ってもいいんですか? 輝動隊のティアさんもいるのに」
「聞いたところで、君たちだけでは何もできない。声高々に言っても、周囲は戯言と判断して相手にせず、教皇庁も認めることはせずに黙殺するだけだろう」
「随分と大雑把――」
「そんなことより、関係者でしか知りえない情報を知っているということは、まさか……」
呆れている幸太郎の言葉を遮り、ティアは鋭い眼光をヴィクターに飛ばして尋ねる。
ティアの言葉に、遠い目をしているヴィクターは昔の自分を思い出している様子で、懐かしみ、そして、当時の自分を思い出して苦々しい表情を浮かべていた。
「若さ故の好奇心というものだ……あの時の私は我が師の忠告も聞かずに愚かだったよ」
「その時、賢者の石の生成に成功したのか?」
「ティア君は随分と賢者の石について興味があるようだが……まあ、順序に従って私の話を聞くのだ」
賢者の石の話になってから、ティアは普段のクールな態度を崩してソワソワしているようであり、そんな彼女の態度に幸太郎は不自然に思い、ヴィクターは彼女の静かな威圧感に圧倒されながらもゆっくりと話をはじめる。
「十年前のあの時……鳳グループは裏で輝石を利用した兵器開発、そして、教皇庁は裏でティアストーンから大量に輝石を生み出してその輝石を用いて賢者の石を生成しようとしていた。鳳グループの資金力、そして、教皇庁の持つ輝石を互いに利用していたため、裏で相手が何しようがお互い気にすることはしなかった……」
鳳グループが兵器開発を行ったということを聞いて、不穏な空気を確かに感じ取った幸太郎は息を呑み、ティアの表情はさらに険しくなる。
「私の師は輝石と煌石の分野の研究では第一人者だった……私は師の書きかけの研究論文を盗み見て、賢者の石の生成するための方法を知った。賢者の石が出てくる多くの文献には、大勢の輝石使いたちが集まっていること、祈りの末に賢者の石が生まれたという多くの記述を元に、賢者の石の生成には大量の輝石が必要ではないかと師は考えていた」
苦々しい表情だが、決して言葉を詰まらせることなく、ヴィクターは話を続けている。まるで、懺悔をしているかのように、許しを請うような表情で。
「当時、好奇心旺盛――いや、傲慢だった私はその研究を試したいと思った……もっと研究をするべきだと師に進言したが、師はそれを拒否した。賢者の石を昔から研究していた師は、賢者の石には未知なる危険性を孕んでいると理解していたからだ」
そう言って、ヴィクターは自嘲的な笑みを浮かべた。
「だが――私はそれを無視し、研究をするため教皇庁に賢者の石の生成方法を報告して、教皇庁はそれに乗って鳳グループと手を組んで賢者の石を生成するための実験を開始した――表向きには、輝石の研究だと発表して」
十年前、そして、輝石の研究で教皇庁と鳳グループが手を組んだという話を聞いて、幸太郎の頭にある事件が過り、「それってもしかして……」と驚いた。
「想像通り、輝石を利用した鳳グループの兵器開発、そして、賢者の石の生成は大規模な事故によって失敗した。理由は様々あるが、結局、輝石と煌石の持つ力は人間の理解を遥かに超えていたということだ……そして、実験の失敗で多数の被害者が現れた――大量に出現した輝石使いとして」
「それが『
「そう、鳳グループ、教皇庁が必死に隠している真実なのだ」
責めるようなティアの冷たい声音で放たれた言葉に、ヴィクターは何も言わずに頷いた。
十年前の実験、そして、大量に出現した輝石使い――『祝福の日』と呼ばれている大事件の裏側を聞いて、幸太郎はただ驚くことしかできなかった。
話が一段落して、沈黙が訪れる。
自身が過去に犯した罪を告白して、スッキリとした気持ちと、告白したことによって過去の罪を思い出して暗い気持ちが混同している表情を浮かべるヴィクター。
そんなヴィクターに責めるような目を向けているティアは、ふい「……一つ聞きたいことがある」と質問をした。
「賢者の石を研究していた、お前の師である輝石と煌石の第一人者はまさか……」
「察しの通り、我が師の名前はアルトマン・リートレイド……四年前、死神に襲われた被害者であり――唯一の犠牲者だ」
自分の師であり、四年前に起きた事件の唯一の犠牲者であるアルトマンのことを口にすると、研究室内の空気が重く、暗いものへと変化した。
そんな中、アルトマンという名前に聞き覚えがあった幸太郎は、自分の記憶のどこかにあるアルトマンという名前を思い出そうとしていた。
そんな幸太郎を見透かしたように、ヴィクターは微笑む。
「名前くらいならモルモット君も知っているはずだ。アルトマンは、多くの輝石や煌石に関する著書を多く出版し、世間にそれらがどのようなものなのであるのかを広めた張本人だからな」
ヴィクターのその説明を聞いて、幸太郎は得心したように何度も頷いた。
「あー、そうだ、今思い出した。アカデミーに入学する前に読んだ本に、アルトマンさんの名前がありました。そんな人と師弟関係なんて、博士って意外にすごいんですね」
「意外というのは余計だ――しかし、アルトマンは賢者の石を生成しようとして、祝福の日事件を起こした弟子の一人である私を絶縁したのだがね」
純粋にすごいと褒めた幸太郎の視線から逃れるようにヴィクターは視線をそらし、自嘲的な笑みを浮かべて自虐した。
「彼が生きていれば、輝石と煌石の理解はかなり深まっただろうが、残念だ……」
煌石――の言葉を出した時、ヴィクターは幸太郎を見つめた。
唐突に見つめられて、幸太郎は自身が煌石を扱える資格を持っていることを思い出した。
しかし、そんなことよりも僅かな時間で多くの衝撃的な事実を聞かされて、幸太郎の頭はパンク寸前だった。
「祝福の日――どんなに着飾った呼び方をしても実際は様々な人間の自分勝手な黒い思惑によって引き起こされた事件。それによって大量に表れた輝石使いたちは、そんな人間が生み出した被害者……私は一生、彼らに償わなければならないのだ……」
ヴィクターは自分の心に刻み込むようにして呟いた。
「さて……昔の話をしたら、少々疲れてしまったよ。今日はこれくらいにしよう――待っていたまえ。今報酬を持って来よう」
そう言って、ヴィクターは今の自分の表情を隠すように背を向けて、バイオハザードマークがある奥の扉に入った。
ヴィクターの表情は過去の自分の罪を思い出してしまって痛々しく、辛そうで、そして何よりも、拭えない後悔に今にも押し潰されそうになっていた。
ヴィクターにかける言葉が見つからない幸太郎は、彼の背中を黙って見送ることしかできなかった。
数分後、報酬であるステーキサンドを渡され、それを頬張りながら幸太郎とティアは研究室を出た。
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