第17話

 高等部の校舎を出た幸太郎とティアは、ステーキサンドを食べながら刈谷と大道が入院しているセントラルエリアにある病院へと向かっていた。


 朝から降り続けていた雨は一旦止んで、校舎から幸太郎が暮らしている寮まで、幸太郎に走り込みをさせるつもりだったティアだが、刈谷の見舞いついでに大道の見舞いに行きたいと幸太郎に懇願されて渋々それを了承し、病院に向かうことにした。


 刈谷は変わらず意識不明のままだが、外傷はほとんど治っており、もうすぐ目を覚ますだろうと医師が告げた。


 刈谷の見舞いを終えて、今度は大道の見舞いに向かう。


 大道は見舞いに来てくれた幸太郎と、自身が所属している輝士団が反目している輝動隊に所属しているにもかかわらず見舞いに来てくれたティアにも心からの感謝の言葉を述べて深々と頭を下げた。


「大道さん、身体の調子はどうですか?」


「昨日一日ゆっくり休んでだいぶ良くなった。医師からは無理をするなと言われているが、すぐにでも動けるようになれそうだ」


 自身の身体を心配してくれる幸太郎に怪我がすっかり良くなっていることをアピールするように大道は力強い笑みを浮かべる。そんな彼を見て、ティアは小さく鼻で笑う。


「今回の事件、何としても関わりたいお前の気持ちは理解できるが、本調子でないその身体では足手まといだ。それに、今の曇ったままの心ではまともに嵯峨と戦えないだろう」


 冷たく、そして厳しくそう言い放つティアだが、その言葉は忠告するようでいて、大道を気遣っているようだった。それを理解しているからこそ、大道は何も反論はせずに、自嘲的な薄い笑みを浮かべて「そうだな」と頷き、素直に納得した。


「わざわざ見舞いに来てくれた早々にこんな話をするのは申し訳ないが、現在の状況はどうなっている」


「犯人が嵯峨隼士であるとわかったこと以外進展はないが、奴を捕えるための計画の準備をしている。昨日も奴は輝動隊と輝士団から二人ずつ被害者を出したが……今までの手口とは違って、輝石を奪っていない」


 現在の事件の状況を話すティアに大道の表情は曇り、心配そうに幸太郎を見つめた。


「どうやら嵯峨は輝石を奪うことから、七瀬君を狙うことを最優先に行動しているようだ」


「大和もそう判断していたが……どうにも私には当初の目的を放ることが納得できない」


「勝手気ままな嵯峨の行動や考えは予測することは困難だ――一つのことに気になりはじめたら嵯峨はそれに執着する性格をしている。七瀬君の警護の人員を増やした方が良い」


「了解した。大和にそれを報告しよう」


「そんなことよりも――」


 ティアとの話が一段落すると、大道は幸太郎に視線を移すと――

 突然、大道は幸太郎に向けて深々と頭を下げた。彼が自分に頭を下げている理由を理解できない幸太郎は、ただ戸惑うことしかできなかった。


「七瀬君が狙われる理由を作ったのは、君のことを嵯峨に話した刈谷よりも、私の責任だ。君の名を嵯峨が出した時の私の反応を見て、嵯峨は君が自分に似ていることを悟ったのだ」


「僕を警護している間ずっとティアさんに特訓されるのはきついですけど、狙われたことに関しては気にしてませんから顔を上げてください、大道さん」


「それだけではないのだ……」


 気にしていないと言っても、大道は頭を上げる気はまったくない。


「嵯峨とはじめて出会った六年前のあの時……私は嵯峨の持つ危険性を把握しながらも、私はそれを見逃した……だから、今回の事件は私が引き起こしたようなものだ」


「その身体で起き上がっちゃダメですって、大道さん」


「その身体でお前は何を考えている!」


 まだ怪我が痛む身体に鞭を入れて、ベッドから起き上がって土下座をしようとする大道を、幸太郎とティアは慌てて制止させ、ティアは無茶をしようとした大道を一喝する。


 幸太郎とティア――というか、ほとんどティアの力で、抵抗しようとした大道の巨体を無理矢理押さえつけてベッドに寝かして、彼の胸倉をティアは掴んで押さえつけた。


 無茶をして痛みが全身に走って顔をしかめている大道を、自身を押さえつけて厳しい目で睨むティアと、彼女の横で心配そうに見つめる幸太郎。


 そんな二人の視線を受けて、大道は辛そうで苦しそうな表情を浮かべ、許しを請うような目で二人を見つめた。


「六年前……大道さんが嵯峨さんにはじめて出会った時に何があったんですか?」


「私と刈谷がどのようにして嵯峨と出会い、嵯峨という男がどんな人間なのか……君には聞いてほしい、そして、それを聞いて一度君は自分を見つめ直してほしい……」


 忠告するように幸太郎にそう言って、大道は自分と刈谷がどのようにして嵯峨と出会ったのか、そして、嵯峨のことを話しはじめた――懺悔するように。


「刈谷が嵯峨と出会ったのは中等部一年の頃。中等部に進学すると同時に二人はアカデミーに入学し、同じクラスになってそこから顔見知りになった。当時から刈谷は高い実力を持ち、周囲から一目置かれると同時に荒々しい戦闘をすることから敬遠されていたが、嵯峨は違った。嵯峨は刈谷の実力を評価して、刈谷によく輝石の扱い方を聞いていたそうだ。煩わしく思いながらも面倒見の良い刈谷は質問に答えて、嵯峨と接する機会が多くなった」


 暗い顔で刈谷と嵯峨との出会いを説明する大道。彼の話を聞いて、幸太郎は嵯峨と刈谷の出会い、そして、二人が仲良くなるまでの過程をボーっとしながら想像していた。


「入学して一月も経たないうちに刈谷の実力を高く評価した治安維持部隊たちは、刈谷を直々にスカウトするが、多くの規約がある堅苦しい輝士団よりも、シンプルな理念を掲げる輝動隊を刈谷は選んだ――そして、輝動隊に入ってすぐに私は刈谷と出会った。今と比べて当時の刈谷はかなり血気盛んで、輝士団と何度も諍いをしては私が間に入って制止させるという事態が多かったので、自然と顔を合わせる機会が多かったのだ。まあ、当時の刈谷にとっては煩わしいだけの存在だったのだろうが」


 依然として暗い面持ちの大道だったが、刈谷と自分の出会い、当時の刈谷との関係性を思い出して、それを懐かしんでいるかのように楽しそうな笑みを微かに浮かべていた。


「多少大雑把で乱暴な面が目立つが、それでも凶悪な事件の犯人を何度も捕まえて、確実に自分の評価を上げて、すぐに刈谷は輝動隊の主戦力になった。主戦力として戦力を温存されることになり、刈谷は巡回をしながらもサボる癖が生まれて、巡回中に嵯峨とともに出歩くことが多くなった」


 当時から刈谷には仕事中にサボる癖があることを知って、ティアは呆れ果てていた。


 昔を懐かしんでいる様子の大道だったが、表情が険しいものへと一気に変化した。


「だが、刈谷に対して恨みがある輝士団の一部の団員が、多くの評価や期待をされている刈谷を妬んだ。彼らは刈谷の隙をついて、拉致して監禁をした。監禁場所はウェストエリアにある輝士団専用の訓練施設の地下にある、普段人目のつかない倉庫。そこで刈谷は拘束されて輝士団たちに痛めつけられた」


「……刈谷が輝士団を陰湿だと言って嫌う理由がわかったような気がするな」


 厳しいティアの一言に、輝士団である大道も「そうだな……」と静かに納得するしかできなかった。


「偶然にもその時、訓練場で自己鍛錬をしていた私は、地下に向かう複数の輝士団の動きを見た。一時間ほどの鍛錬を終え、地下に向かった団員たちに声をかけようと思った……だが、そこで見たのは……」


 一旦、小さく深呼吸をして間を置いてから、大道は静かに再び口を開く。


「……周囲に傷だらけで気絶している輝士団の返り血を浴び、自分の怪我から出た血で赤く染まって虚ろな表情で立っている嵯峨の姿だった」


 他人と相手の血で赤く染まった嵯峨の姿を想像し、幸太郎は思わず息を呑んだ。


「その姿を見て思わず恐怖を抱いて絶句した私だが、部屋の隅で縛られている傷だらけの刈谷の警告を促す叫び声が響き、一気に私は現実に引き戻された――その瞬間、嵯峨は目の前にいた……武輝を私に向けながら。私は咄嗟に嵯峨の一撃を回避し、輝石を武輝に変化させて戦った。手傷を負っているにも関わらず、激しい動きをする嵯峨に翻弄されながらも、何とか私は嵯峨を気絶させた」


 険しい表情で説明をしていた大道だが、小さくため息を漏らすと同時に今度は申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「そして、拘束を解くや否や私は刈谷に懇願された……このことは黙っていてくれと。すべての責任は自分が負うと。自分が拉致されたのを偶然見かけた嵯峨は、そのまま輝士団の後を追って自分を助けに来た。しかし、ここまで相手をボロボロにしたら嵯峨は過剰暴行で処罰が下るだろうから、黙ってくれと懇願してきた……刈谷は自分のせいで巻き込んでしまった嵯峨を守るために必死だった……友を守るために、必死だった」


「……それをお前は了承したのか?」


 厳しい口調で尋ねてくるティアに、大道は苦しそうな表情を浮かべて、申し訳なさそうに小さく頷いた。


「悪童としてしか見ていなかった刈谷が、必死な表情で懇願してきた……私はそんな刈谷の頼みを無下にすることはできなかった」


「それで引き受けたというわけか……」


 責めるようなティアの視線から逃れるように、大道は彼女から目をそらし、頷いた。


「気絶している輝士団を無理矢理起こし、輝士団たちに私が弁護をする代わりに嵯峨のことを忘れて、自分たちをここまで怪我をさせたのを刈谷のせいにしろと言った」


「……気持ちは理解しよう」


 輝士団としての任務よりも私情を挟んでしまった大道にティアは呆れながらも、その場に自分がいたらどうするのかを考えた結果、彼の行動にある程度の理解を示し、不満気な表情を浮かべながらもそれ以上は何も言うことはなかった。


「最終的にこの事件は輝動隊、輝士団双方痛み分けに終わった……拉致を受けたが過剰暴行をした刈谷は数日間の謹慎処分、刈谷を拉致した輝士団の団員たちは輝士団を追われることになった。本来拉致監禁は即刻特区送りになるが、私の弁護でそれは防げた」


「詳しく調査すれば、簡単にわかる事実のような気がするが……」


 ティアの疑問にもっともだと言うように大道は頷き、話を続ける。


「当時は今よりも輝士団と輝動隊の仲は険悪だった。この事件が両組織の争いを激化させる火種になると考えた上は深く調査せずに、穏便に事件を解決させようとした。この事件以降、刈谷は完膚なきまで相手を痛めつけるという噂が広まり『狂犬』と呼ばれはじめた」


 嵯峨との出会いを話している最中、ずっと大道は険しい顔で遠い目をしながら語っていたが、ここで彼はふいに幸太郎に視線を移した。


「あの事件で大勢の輝士団の相手をして刈谷よりも重傷を負っていた嵯峨は、すぐに病院に入院することになった。無茶をしたことを咎める刈谷と私に向かい、自分は刈谷を助けるために行動した結果、怪我をしたことに後悔はないと嵯峨は当然のように言い放った。そして、友達を助けるためならどんなものを犠牲にしても、自分のことを顧みることも後悔することなく必ず助けると、これも平然と言い放った……」


 自分を見つめながら話す大道に、幸太郎は視線を外すことなく彼をジッと見つめて真剣に耳を傾けながら、嵯峨隼士のことを考えていた。


 大勢の実力者を相手にしても、友達を助けるために自分の身を顧みないで戦った嵯峨のことを、自分に置き換えて考えていた。


「頼りがいのある言葉だが、その時の嵯峨の雰囲気に私は――いや、私と刈谷は嵯峨の持つ危険性に気がついた……嵯峨は自分が決めたことなら迷いも躊躇いもなく、罪悪感すらなく自分や他人を傷つけることができる人間、だと――君もそうじゃないか?」


「……そうかもしれません」


 自虐的な笑みを浮かべて、一瞬の間を置いて幸太郎はそれを認めたが、認めた彼の表情は複雑そうで、そして、曖昧な言葉での回答だった。


 嵯峨を自分に置き換えて考えた結果、確かに自分と似ていると幸太郎は思った。


 そして、自分と同じく、後悔しないために自分が決めたことにいっさい逡巡することなくそれに従う嵯峨にシンパシーも感じ、嵯峨隼士という人間に強い興味を抱きはじめて、会ってゆっくり話してみたいとさえも感じはじめた。


 しかし――大道の言った「君もそうじゃないか?」の一言。


 もちろん、嵯峨と自分が似ていると思っている幸太郎はそれを認めるつもりだった。


 だが、認めようとした瞬間――何か、違和感のようなものが生まれた。


 ……嵯峨さんと僕って……そんなに似てるのかな?


 そう思いはじめたら、曖昧な返事しかできなくなってしまった。


 曖昧な回答を述べて、複雑な表情を浮かべて考え込んでいる幸太郎。


 そんな幸太郎に大道を不思議に思っていたが、すぐに大道はハッとした様子で何かに気づいて小さく驚いていた。


 最初に出会った時から大道は幸太郎のことを嵯峨と重ねて見ていて、常に幸太郎から嵯峨の幻影を見ていたが、今になって急に嵯峨の幻影が消えたからだ。


「……七瀬君、もしかして君は――」

「大道さん、質問しても良いですか?」


 何かに気づいた様子の大道の言葉を幸太郎は遮って唐突に質問をした。

有無を言わさぬ静かな威圧感を放つ幸太郎に、大道は思わず息を呑み、黙ったまま頷いてそれを了承した。


「大道さんと刈谷さんは嵯峨さんを助けたことを後悔していますか?」


「いや――私はもちろん、刈谷も後悔はしていないだろう……あの時、何か行動をしなければ、嵯峨は過剰暴行で重い処罰が下ったかもしれないからな」


 幸太郎の質問に即答する大道だが、後悔はないと言った彼の顔は曇っていた。


 嵯峨を助けたこと自体に後悔はしていないと言った大道だが、明らかにその表情は曇っており、何か別のことに後悔しているようだと幸太郎は感じた。


 大道の心の内を見透かしたような幸太郎の視線を受けて、大道は降参と言わんばかりに自嘲的な笑みを浮かべた。


「私が後悔しているのは、嵯峨を正しき道に導けなかったことだ」


 自分自身を責めるような強い語気でそう言って、拳をきつく握った。


「あの時、刈谷の願いを聞いて事件を隠蔽するのではなく、弁護をした上で嵯峨にも多少の罪を負わせて自分がどんな性格で、どんな危険性を孕んでいるのか説明するべきだった。そうすれば、今回の事件を未然に防ぐことができたはずだ……だから、今回嵯峨が暴れているのは根本的な原因、責任は私にある……」


 顔を俯かせて、大道は自分を責め続けていた。


 そんな大道からヒシヒシと、嵯峨を思う悲痛な想いが伝わってくる――が、そんな彼の言葉を聞いて「そうですか」と淡々とした様子で幸太郎はスルーして、「それじゃあもう一つ質問しますね」と再び質問をした。


「大道さんは刈谷さんと嵯峨さんと出会えてよかったと思いますか?」


「ああ、よかったと思っている」


 突拍子のない、問題の意図がわからない質問に戸惑い、そして、少し照れながらも大道は迷うことなくそう答えた。


 短い言葉だったが、二人と出会えてよかったという心からの気持ちが現れていた。


 その答えに、幸太郎は嬉しそうな笑みを浮かべて背を向けた。


「それじゃあ、これで失礼します」


 そう言い残して、幸太郎はさっさと病室から出た。彼の後を追うためにティアも病室から出ようとすると、「待ってくれ」と、ふいに大道はティアを呼び止めた。


「私と刈谷は――いや、私だけかもしれないが、どうやら勘違いしていたかもしれん」


「私も含めて、本人はまだ気づいていないようだがな」


 呆れたようなため息交じりのティアの言葉に、「ああ、そのようだ」と、今まで自身が纏っていた緊張感を一気に解きほぐすような脱力した苦笑を浮かべて大道は同意した。


「嵯峨と戦う時は気をつけろ。奴の躊躇いのない攻撃に一瞬でも恐怖を感じれば、どんなに実力差があっても一気に形勢が逆転するかもしれん」


「肝に銘じておこう」


 大道の忠告に、ティアは小さくフッと笑って病室を出た。


 一人になった大道は、窓に映る外の景色を懐古するように、そして、憂鬱そうに眺めていた。



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