第18話
大道の病室を出た幸太郎とティアは、そのままセントラルエリアにある鳳麗華が暮らす住居へと向かっていた。
四つに分かれているアカデミー都市のエリアの中央に存在し、初等部から大学部までのアカデミーの校舎が立ち並び、その中央に塔のように建っているアカデミーを運営する二つの巨大な組織、教皇庁と鳳グループの本部があるセントラルエリア。
そんな中、ポツンと――といっても、他の建物比べて小さいだけであり、それでも十分すぎるほど広い面積を誇る屋敷に鳳麗華は暮らしていた。
テニスコートが数面入りそうな芝生の広い庭の真ん中に立つ、西洋風の屋敷、それを取り囲むように建つ高い塀と、簡単には開きそうにない入口の重そうな鉄の門扉。
病院を出た幸太郎は、昨日怒られたばかりで、学校でも無視されていたので、自分から連絡しても絶対に電話に出ないだろうと思い、麗華の幼馴染であり居場所を知っていそうな大和に連絡をして、麗華の居場所を教えてもらうと、大和は軽口を交えて麗華は自宅で事件の調査をしている言った。
何度かアカデミー都市にある飲食店を探すために麗華の自宅を見たことのある幸太郎はどこに彼女の家があるのを知っていたため、さっさと麗華の自宅へと向かった。
もちろん、ティアも幸太郎を警護するためについて来たが、最初に目的地を聞かれただけで、それ以上ティアは何も喋ることなく、ただ幸太郎の動向を黙って見守っていた。
麗華の自宅の前に到着して、重厚な鉄の門扉の傍にあるインターフォンを鳴らす。
鳴らすと同時に、塀に取り付けられている監視カメラが微かな機械音とともに動いた。
何となく幸太郎はカメラに向かってピースサインをした。
しばらくすると屋敷から、スーツを着た身長二メートル近いスキンヘッドで強面の大男が出てきて、幸太郎へと近づいてきた。
麗華の使用人兼ボディガードである大男・ドレイク・デュールに、幸太郎は「こんにちは、ドレイクさん」と挨拶をして、傍らにいるティアも彼に向かって軽く会釈をした。
ドレイクは「ああ……」と短く挨拶に応えるが、門を開けることはしなかった。
「それで突然どうした、幸太郎」
「大和君から鳳さんがここにいるって聞いたんですけど、呼んでもらえませんか?」
幸太郎のその言葉に、思った通りだと言うように小さくため息をついて、申し訳なさそうに「それはできない」と即答した。
「麗華が会いたくないと言っている」
「……やっぱり、鳳さん怒ってますか?」
「ああ……経緯は昨日お前に対して不平不満を漏らしていた麗華から聞いた、また面倒に巻き込まれているようだな」
「ご、ごめんなさい」
疲れ果てたように深々とため息をついたドレイクに、昨日の麗華がどれくらい荒れていたのか容易に予想ができて責任を感じてしまった幸太郎は、ドレイクの苦労を痛々しいほど感じ取り、彼に対して申し訳ない気持ちを抱いてしまい、思わず謝ってしまった。
「気にすることはない……いつもと比べて多少機嫌が悪かっただけだ、慣れている」
「傍若無人な鳳さんと毎日長時間一緒にいてそんなことが言えるからすごいです」
「……そう正直に人を評価するから、後々のフォローが大変なんだがな」
涼しげな顔で「慣れている」と言い放ったドレイクに、一言余計なことを言って尊敬の念を抱く幸太郎。余計な一言を付け加える彼に、ドレイクは呆れていた。
「機嫌が悪い麗華は決まってお前に対しての不満を捲し立てて気が済むが、昨日はそれでも満足しないほど荒れていた――仕方がないとは思うが……」
「鳳さん、僕のことをなんて言っているんですか?」
「淡い期待はするな」
「……そうですか」
一瞬淡い期待をする幸太郎だが、ドレイクの真剣な一言でその期待はすぐに消滅した。
呑気な幸太郎を見て、ドレイクは小さく嘆息して、彼に対して厳しい視線を向ける。
「前回の事件でお前は怪我をして、尚且つ、四年前の事件当時の状況を知っているからこそ、麗華はお前を事件から遠ざけようとした。それを無視をした結果、麗華は怒り、お前と会おうとするどころか、今はお前の名前すら聞きたくないと言っている」
「あー、かなり怒ってるみたい……どうしよう……」
ようやく麗華の怒りを思い知った幸太郎に、ドレイクは「当然だ」と短いながらも、軽い怒気が含まれている口調で言った。
「四年前の死神の模倣犯とはいえ、今回の事件の犯人も四年前と同様相当の実力者。向かい合うだけでも恐怖を覚える、あの圧倒的な力を持つ死神の再来と呼ばれている犯人を君は舐めている……少しは自分の状況を理解した方が良い」
「うぅ……ご、ごめんなさい」
淡々とした口調でドレイクに本気の説教をされて、幸太郎は肩を落とした。そんな彼から、反省を感じ取ったドレイクは小さくため息をついて、それ以上は何も言わなかった。
幸太郎への説教が終わると、ふいに、ティアはドレイクを見つめて「ちょっといいか」と声をかけた。
「四年前の死神の実力を知っているような口ぶりだが……まさか――」
「想像通り、私は四年前の事件の被害者だ」
「ドレイクさんも、四年前の事件に関わっていたんですか?」
思いもしなかったドレイクの告白に幸太郎は驚き、ドレイクの言う通り想像通りだったティアは特に驚くこともしないで得心していた。
「四年前……教皇庁のボディガードだった私は、死神から枢機卿を守るため、信頼できる数人の部下とともに護衛をしていた――そんな時死神は現れた。黒い衣装を身に纏い、顔を覆う仮面を被った赤髪の死神は武輝である大鎌を振って、圧倒的な力で部下たちを倒し、私も抵抗はしたがすぐに倒され、そして、護衛を失った枢機卿は死神の手によって大怪我を負わされてしまい、全員の輝石を奪われた」
ドレイクの説明を聞いて、リクトから聞いた四年前の事件の際に枢機卿も死神に襲われたということを幸太郎は思い出した。
「結果、現場の指揮を執り、無様に死神に敗北をして護衛対象を守り切れなかった私は、護衛対象である枢機卿に恨まれてしまい、教皇庁を追われることになってしまった――……面白味のない昔話をしてすまない」
当時のことを思い出して一瞬だけ自嘲的な笑みを浮かべて、自虐気味な発言をするドレイクだったが、彼もまた自分を心配しての言葉だと幸太郎は感じ取ったので、「そんなことはないです」と、ドレイクの話を聞いた自分の素直な感想を口にした。
「ドレイクさんも四年前の事件に関わっていたんですね……それにしても、ドレイクさんみたいに強い人でも圧倒的だって言うほど、死神は相当強いんですね」
「理解したならば、麗華の気持ちは十分に理解できるだろう」
「そうですよね……鳳さんやセラさんが僕に呆れるわけですよね……」
ドレイクに諭されて、幸太郎は小さくため息を漏らし、「それじゃあ、これで失礼します」と、諦めたような笑みを浮かべてこの場を去ろうとした。
本当なら麗華に会って一言謝りたかった幸太郎だったが、いくらこの場でドレイクを説得して粘っても、今の状態では決して麗華は自分に会ってくれないだろうと判断した。
「……麗華には何を言っても会えないだろうが、言伝は引き受けよう」
立ち去ろうとする幸太郎を引き止めるように、ドレイクはそう告げた。
ドレイクの提案に、幸太郎は心の底から安堵したような笑みを浮かべた。
「それじゃあ『ごめんなさい』って、言っておいてください」
「……それだけでいいのか?」
「それだけで十分です」
麗華の言伝がたったの一言『ごめんなさい』という短い謝罪に、ドレイクは思わず脱力して、聞き返してしまったが、幸太郎はそれだけで言ってくれれば満足のようだった。
「ここで心に響くような上手い言葉を言うべきなんですが、都合の良い言葉が見当たらなくて」
「君がそれで満足ならもうこれ以上何も言わないことにしよう」
「大切な言葉は鳳さんと直に顔を合わせて言います」
「……そうだな、それがいいだろう」
何気なく言った幸太郎の最後の言葉に、常に無表情のドレイクはほんの一瞬の微笑を浮かべて、得心したように頷いた。
言伝を頼んだ幸太郎は、ティアとともにドレイクの前から去った。
振り返ることなく、幸太郎は麗華の家から離れて行った。
―――――――――――
立ち去った幸太郎とティアの姿が見えなくなるまで、ドレイクは見送っていた。
二人の姿が完全に見えなくなると、ドレイクは疲れたように、そして、呆れたように深々とため息をついて、入口から見えないようにして自分の傍に隠れている制服姿の人物・鳳麗華に向けた。
門の入口からは死角になっているため、幸太郎とティアは麗華の姿を窺い知ることができないが、屋敷の勝手口から出た麗華は、物陰に隠れながら門の出入口に近づいて、ドレイクたちの会話を半分以上聞いていた。
ドレイクの呆れ果てた視線を向けられ、麗華はバツが悪そうだが、その頬は照れているようで微かに赤みを帯びていた。
「『大切なことは直に顔を合わせて言う』……と、幸太郎は言っていたが?」
「同じことを二度言わなくても結構ですわ!」
意地の悪そうな微笑を浮かべたドレイクの一言に、麗華は照れを隠すように声を荒げた。
耳に響くほどのうるさい麗華の怒鳴り声に顔をしかめながら、ドレイクは呆れたようにため息をついた。
「自分で会わないと言っておきながら、コソコソ隠れて人の話を聞いているとはな……謝罪の言葉が聞けたから満足だろう、もう許してやったらどうだ?」
「全ッ然ッ満足してませんわ! 何ですの? あのドライな対応は! ここは私に会いたいがために、もう少しあなたを説得して、粘るのが普通ではありませんの? それに! 言伝が『ごめんなさい』の一言? この私をバカにしているとしか思えませんわ!」
「お前や私を気遣って、早々にこの場を立ち去ったんだ。それに、下手につらつらと言い訳がましい言葉を並べるよりも、シンプルな一言の方がよかっただろう」
不満を声高々に並べる麗華に、ドレイクは呆れながらも幸太郎のフォローをした。
幸太郎と面と向かって話したからこそ、ドレイクは幸太郎の真剣であること、何よりも必死であることを感じていた。
確かに、『ごめんなさい』と言伝を頼んだ時の幸太郎の口調は淡々としたもので、一種の冷たさを感じるほどのものだったが、それでも確かに彼から真摯な気持ちを感じ取っていた。だからこそ、ドレイクは多少のフォローをしていた。
「大体、昨日あれだけ私とセラさんに糾弾されたというのにもかかわらず、しばらく時間を置いて接触するならまだしも、一日経っただけで謝ってくるなんて、信じられませんわ!」
「それほど幸太郎は反省しているんだ」
「私は反省している時間が短いと言いたいのですわ! あれではまた必ず同じことを繰り返しますわ――自分の身が破滅するまで……とにかく! 私はまだ許しません!」
消え入りそうな声で口にした麗華の言葉は幸太郎の身を案じているものだったが、すぐにいつもの勢いで許さないと断言した。
明らかに意地を張り、素直ではない麗華の態度に、ドレイクはやれやれと言わんばかりにため息を漏らし、非難するような目で麗華を睨んだ。そんな目で睨まれ、麗華は何だか自分が悪者になった気分になってしまい、居心地が悪そうに仏頂面を浮かべた。
「麗華……幸太郎はお前が思っている以上に、お前を――いや、お前やセラのことを大切に思っている。だからこそ、幸太郎はお前たちのために無茶をしているんじゃないのか?」
諭すような、それでいて厳しいドレイクの一言に、一瞬麗華は言葉が詰まってしまう。だが、すぐに強気な態度に戻って、気の強そうなツリ目でドレイクを睨む。
「そんなの……無茶をしていい理由にはなりませんわ! そこまで、私たちを大切に思っているなら、私たちの気持ちも理解して当然ですわ!」
「確かにな……だが、もしかしたら、幸太郎はお前たちが思っている以上に身の程をわきまえているかもしれないぞ」
「……そんなはずはありませんわ」
「そうかもしれないが――」
ドレイクの言葉に、麗華は戸惑いながらもそんなはずはないと否定する。
麗華に否定されて、ドレイクも反論ができずに認めてしまう――が、ドレイクは完全に認められることはできなかった。
幸太郎が後悔しないために、自分の決めたことに忠実に、いっさいの迷いなく従うということを麗華に聞かされて知っていた――しかし、ドレイクは幸太郎から、ボンヤリと漠然としない迷いのようなものを感じ取った。
自分の根本を揺るがすような悩みをドレイクは幸太郎から感じ取り、それを本人が理解していないということを何となくだが感じていた。
「許す許さないはお前が決めることだ。これ以上私が何かを言うべきではないが、これだけは言わせてもらう。……少しは幸太郎を信じてやれ」
「そんなの――わかっていますわ」
「わかっているなら結構だ」
自分でも十分に理解していることをドレイクに言われてしまい、悔しそうな目で彼を一睨みしてから、クルリと反転して背を向けた。
「もううんざりですわ……この事件、さっさと解決しますわ」
呟くような声だが力強い言葉でそう宣言すると、麗華はドスドスと大きな足音を立てて屋敷へと向かった。
静かに燃え上がっていた麗華の姿に、発破をかけすぎたかもしれないと思い、苦笑を浮かべながらもドレイクは麗華の後に続いた。
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