第19話
夕暮れ時のノースエリア――学校が終わってからずっと、アカデミー都市中を休むことなく歩き回って事件の調査していたセラは、小さくため息をついていた。
事件の影響で人気がまったくない周囲に、セラのため息だけが響き渡った。
ずっと歩き回って疲れているからでも、事件の調査をしても結局何もわからなかったから出たため息ではない。
これから向かう先にいる人物・七瀬幸太郎と会うのが気まずく、そして、不安で、自然と出てしまったため息だった。
死神は主に暗くなってから行動を開始するため、夜遅くまでセラはアカデミー都市中を歩き回ろうかと考えていたが、ティアから――『七瀬が話したいことがある、至急七瀬の寮へと来い』と連絡が来たので、一旦歩き回るのを中断して、幸太郎に会うことにした。
昨日のことがあったので、あまり乗り気ではないセラだったが、ティアが『至急』にとしつこいくらいに何度も強調したので、セラは渋々彼女の言葉に従うことにした。
無視しても、ティアならきっと何度もしつこく連絡してくるし……
七瀬君も七瀬君だ。昨日あんなことがあったことばかりなのに、話がしたいって言ってくるなんて……
普通、数日置いて話がしたいって言うべきだ。私ならそうする……
でも……話があるというなら仕方がない、七瀬君が私に話したいことがあるのなら、私だって七瀬君にもっと言いたいことがあるんだ。
うん、そうだ、だから私は彼が待っている場所に向かうんだ。
乗り気ではないセラは、心の中で悪態をつきながら、自分を無理矢理納得させると同時に、幸太郎への苛立ちを自分から募らせた。
気まずさで重かったセラの心が幸太郎への苛立ちで少しずつだが軽くなり、重かった足取りも幸太郎への文句を一言言いたいがために軽快なものになった。
あっという間に幸太郎の暮らす寮へと到着し、彼の部屋のインターフォンを鳴らした。
一瞬の間の後、部屋の中から「どうぞ」と、人の気をまったく知らない、幸太郎の呑気な声が響き、セラはそれに更なる苛立ちを募らせて、扉を開いた。
「……失礼します」
自分でも驚くくらいの不機嫌な声を出して、セラは幸太郎の玄関を上がる。
「ティアさん、セラさんが来たんですけど……」
「ああ、そうだな……」
「そろそろ恥ずかしいんですけど」
「恥ずかしがることはない……よく見せて、触れさせろ」
「……わかりました、優しくしてください」
居間から聞こえてくる、コソコソした幸太郎とティアの声。
何だろうとセラは思い、廊下から今を覗くと――
上半身裸の幸太郎、そして、膝をついて自分より身長が低い彼に視線を合わせているティアの姿があった。
二人のそんな姿を見た瞬間、セラの身体は一気にカッと熱くなるとともに、顔を真っ赤させて、勢いよく居間の扉を開いた。
「お前たちは一体何をしている!」
入ってくるや否や、真っ赤な顔をしてドスの利いた声で突然怒声を張り上げたセラを、上半身裸の幸太郎と、ティアは不思議そうに見つめていた。
「どうしたの、セラさん」
「どうしたんだ、セラ」
息巻いている様子のセラに、呑気に声をかける幸太郎とティアの二人に、セラは懐に会ったチェーンにつながれた自身の輝石を取り出し、軽蔑と怒りが混じった目で睨んだ。
今にも輝石を武輝に変化させようとするセラに、さすがの幸太郎も焦り、ティアはやれやれと言わんばかりに小さくため息をついた。
「不純異性交遊は禁止されていると知っているはずだ! 特にティア! 輝動隊の中でも隊員の模範となるべき存在にもかかわらず、こんなことをするなんて……」
「何を勘違いしているのかわからんが、落ち着け」
「勘違い? 年下の異性の部屋で、異性を裸にして……その……と、取り敢えず、こんな不純なことをするなんて見損なったぞ、ティア!」
「……私はただ、七瀬の身体のチェックをしていただけだ」
「そんな言い訳――」
「本当だよ」
冷静ではないセラにとってティアの言葉は苦し紛れの言い訳にしか聞こえず、すぐに否定しようとするが、突然話に割って入った幸太郎に、ティアを睨んでいたセラは視線を移して、怒りに満ち溢れた鋭い眼光を幸太郎に向けた。
「ティアさんは僕を警護する間、一から鍛え直すってことになったんだけど、ティアさんが僕に出した訓練メニューを僕がまともにこなすことができないから、セラさんが来るまでの間僕の身体についている筋肉をチェックすることになったんだけど……」
「結果、無駄な贅肉もまともな筋肉もついていない、貧弱な身体ということがわかった」
「身体を動かすことは好きだけど、あんまり得意じゃないし、筋トレとかしたことないから当然と言えば当然だけど……ところで、セラさんは何を勘違いしていたの?」
二人の言葉を聞いて、徐々に冷静になってくるセラは、怒りで真っ赤にしていた顔が、今度は羞恥で真っ赤になり、「え、えっと……そ、それは……」と、答えを窮してしまう。
羞恥で顔を真っ赤に染め、モジモジとしているセラに、幸太郎は得心したように頷く。
「不純異性交遊って言って、ティアさんが裸の僕の前に跪いていたから――」
「わ、わー! く、口に出さなくて結構ですから! わかりました、私の早とちりでした! 勘違いでした、本当に申し訳ございません! 放蕩に申し訳ございませんでした!」
大きな声を張り上げて幸太郎の言葉を遮り、慌てふためいた様子でセラは自分の非を認めて何度も謝った。そんな彼女の様子を、ティアは呆れ果てた様子で白い眼で睨んでいた。
「そ、それはそうと……。突然呼び出して私に何か用でしょうか」
わざとらしくセラは「コホン」と咳払いをして、あからさまに話をすり替えた。
あからさまな話のすり替えだったが、幸太郎は気にすることなく話をはじめる。
「昨日のことなんだけど……ごめんなさい、セラさん」
「……それだけですか?」
「一晩考えたけど、結局気の利いた言葉が見当たらなくて」
「……そうですか」
まったく、七瀬君は……でも――
あれだけのことを言われたのにもかかわらず簡素に謝罪の言葉を述べる幸太郎に、呆れて果てて文句を言いたい気分だったが、セラは七瀬幸太郎という人物の性格について思い出し、諦めることにした。
ふいに、セラは自分に謝ってきた幸太郎を見ると、あまり表情は変わっていなかったが、不安そうな面持ちでセラを見上げて、自分の次の言葉を待っているようだった。
そんな態度の幸太郎を見ていたら、セラはすっかり毒気が削がれてしまい、思わず彼に向けて優しい笑みを浮かべてしまった。
「もういいですよ……」
その一言に、幸太郎は心底安堵したような顔で弾けるような笑みを浮かべた。
すっかり安心しきっている幸太郎だが、そんな彼に「ただし!」と、セラは釘を刺した。
「一人で無茶な行動をすることは決してしないこと! どうしてもの時は私や鳳さん、それか、ティアや、あなたの周りの人に必ず一言相談すること! ……わかりましたか?」
有無を言わさぬセラの態度に、幸太郎は複雑そうな表情を浮かべてそれを了承した。
了承した幸太郎を見て満足したのか、徐々にセラの頭の中が冷静になっていた。
「それよりも……鳳さんには謝りに行きましたか?」
「うん、最初に。最初にしないと、後でうるさいから」
「……否定も肯定もしません」
「結局会えなかったけど、ドレイクさんにさっきセラさんに言ったことをそのまま伝えてくれるように頼んだから、きっと鳳さんにも伝わってると思う」
「会えませんでしたか……まあ、仕方がありませんね。素直ではありませんが、鳳さんも私と同様――もしかしたら、それ以上に七瀬君を心配していたかもしれませんから」
嫌味に聞こえるくらいハッキリと言ったセラに、幸太郎は何も反論ができずに、居心地が悪そうに苦笑いを浮かべていた。
もしかしたら――と言ったが、きっと鳳さんは私よりも七瀬君を心配していた。
前回の事件で七瀬君が怪我を負ってから、表には出さなかったが明らかに鳳さんは七瀬君を気遣っていた。
七瀬君を風紀委員に誘ったからこそ、前回の事件で責任を感じていたんだろう。
もしかしたら、辞めさせる気もあったかもしれない。
絶対に口に出さないが、鳳さんは七瀬君のことはもちろん、ありがたいことに私も大切に思ってくれている……
計算高い面もあるが、鳳さんは良い人だ――
だからこそ、鳳さんは今回いつも以上に厳しい態度で七瀬君を突き放した。
私だって――……いや、私は違うかもしれない……
セラは麗華が幸太郎を気遣う気持ち、そして、自分のことを考え、自分は麗華のように幸太郎への気遣いから、幸太郎を突き放したわけではないことに気がついた。
そして、それに気がつくと同時に、セラは幸太郎に対して罪悪感を覚えた。
「……どうやら、私は七瀬君に八つ当たりしていたのかもしれません」
自嘲的な笑みを浮かべてふいに言ったセラの言葉に、幸太郎は首を傾げて、今まで腕を組んで黙ったまま聞き耳を立てていたティアは小さく微笑んで、セラに視線を向けた。
「四年前と同じ手口で行われて、犯人が死神の再来だと言われている今回の事件に、私は必要以上に神経を尖らせていたようです」
そう言って、突然セラは幸太郎に向けて頭を下げて、幸太郎は戸惑っている。
「今、自分で気づきました――昨日の言葉は、無意識に七瀬君に苛立ちをぶつけてしまった末に出た言葉でした……すみません、七瀬君」
「セラさんが謝る必要はないよ。あの時の言葉は全部ぐうの音が出ない正論だったし――そんなことよりも……」
突然話題を変えると同時に、一瞬だけ幸太郎はティアを見つめて、そしてすぐに真っ直ぐとセラの目をジッと見つめた。
「刈谷さん、大道さん、嵯峨さん、博士、ドレイクさん――たくさんの人が事件に関わってた。立場的に、鳳さんとリクト君も関わってたって言えるかもしれない……ここまで全員揃って関係してるんだから、もしかしてセラさんとティアさんも関わってたりする? 二人とも怖い顔をずっとしてるから、何となくそう思ってるんだけど」
本人は何の根拠もない憶測で何気なく言ったつもりであろう言葉だが、心の中までも見透かされるような瞳で見つめられて、適当なことは言えないとセラは感じてしまった。
追求してくるような幸太郎の視線から逃れるために、セラはティアを見た。
縋るようなセラの視線に、ティアは諦めたようなため息を一度つくと、小さく頷いた。
「……詳しく話さなければいいだけだ」
ティアのその言葉を受けて、セラは力強く頷いた。
そうだ、詳しく話さなければいいんだ……そうすれば、巻き込まずに済むんだ……
自分にそう納得させて、セラは四年前の事件について幸太郎に説明することにした。
「七瀬君の想像通り、私たち――私とティア……それと優輝は四年前の事件に関わっていました」
躊躇いがちに放たれた事実に、思った通りだというように幸太郎は「そうなんだ」と淡々とした調子で言って、驚く反応は薄かった。
「鳳さんだけではなく、七瀬君にも気づかれるなんて思いもしませんでした」
「ふざけた笑い声をするけどあれでも一応鳳さんは勘が良くて、何気に頭も良いからね」
「言い方に棘がありますよ……まったく」
相変わらず容赦ない言い方をする幸太郎に苦笑を浮かべながら、セラは説明を再開する。
「四年前――……私たちの師・
「その人って……もしかして優輝さんと何か関係があるの?」
輝士団団長であり、セラとティアの幼馴染である久住優輝と苗字が同じ、久住宗仁という名前に反応する幸太郎に、セラは複雑な顔で頷いた。
「ええ、久住宗仁――アカデミーに長くいる者ならば、知らない人がいない名前です。高い実力と人望、そして過去に多くの事件を解決してきた功績から、英雄と称されてる聖輝士であり、私たちに幼い頃から厳しい修行をつけてきた人物です」
「そんな人が死神に襲われたんだ……」
「ええ……接戦のようでしたが、隙を突かれて重傷を負いました……私たち三人はその仇討ちをするために、死神を倒すことに決めました――そして、私たちは死神……ファントムと名乗った死神を倒したんです」
死神――ファントムを倒したと言ったセラの表情は曇っており、仇敵を倒した喜びはまったく感じられなかった。そんな彼女の様子を幸太郎は心配そうに見つめていた。
「ファントムの狙いが賢者の石だってことは博士から聞いて知ってたけど、本当にそれが狙いだったの?」
「ええ。本気でファントムは伝説の煌石である賢者の石を再現するために輝石を集めていました。私たちはファントムが賢者の石を研究していた研究所で対峙して、ファントムを倒し、そこで確かにファントムは研究所と運命をともにしました」
「それじゃあ、はじめからセラさんたちはこの事件の犯人が、四年前の事件の犯人じゃないって知っていたんですね」
そう、倒した……確かにあの時、私たちはファントムを追い詰めて、そして――
幸太郎のその言葉に、セラは複雑そうな表情を浮かべて迷ってる様子だったが、すぐにそれを振り払い、力強く頷いた。
四年前の事件のことを話し終えると同時に、ティアの携帯の着信音が鳴り響いた。
一言断りを入れてからティアは携帯に出て、短い応対の後に通話を切った。
「嵯峨が暴れはじめた……これから、嵯峨を捕えるための作戦を実行する。そのために大和は七瀬、お前に輝動隊本部に来てもらいたいそうだ。お前を主とした作戦を立てると同時に、お前を守るために――……さあ、行くぞ。セラ、お前も来いとのことだ」
ティアの言葉に、セラと幸太郎は力強く頷き、すぐに部屋を出た。
死神を真似る奴がいれば倒せばいい……それだけだ……
事件の犯人である嵯峨隼士――今日、彼を倒すことをセラは強く決意する。
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