第三章 後悔と決意

第20話

 夕日が沈むと同時に、いつものように行動を開始しようとする嵯峨――だったが……


 1、2、3、4――取り敢えず、たくさんいる。


 嵯峨が行動を開始しようとした瞬間、ぞろぞろと周囲に多くの人間が集まってきた。


 一応、顔がバレていても、普段通り嵯峨はフードを被っていたが、それでも「嵯峨隼士だな」と声をかけられてしまった。


 ……まあ、顔もバレてるし、こんな梅雨の蒸し暑い時期にこんな格好じゃあ目立つか。


 心の中で苦笑を浮かべながら、嵯峨は自身の状況を確認する。


 嵯峨の目の前には、大勢の黒いジャケットを着た輝動隊と赤いマントを羽織った輝士団、そして、無数のガードロボットが進路を遮っていた。


 分が悪いと思い、一旦退こうと思って振り返ってみると、背後にも大勢の輝動隊と輝士団、そしてガードロボットが退路を塞いでいた。


 輝動隊と輝士団は全員武輝を構えて臨戦態勢であり、普段は清掃用としてアカデミー都市に徘徊しているが、有事の際は戦闘モードに移行するガードロボットもすべて、戦闘モードで臨戦態勢だった。


 多対一という生易しいものではなく、もはや数の暴力と化しているくらいに囲まれて、嵯峨は多少の焦燥感を抱いていたが、いっさいの恐怖を抱いている様子はなく、呑気に軽く準備運動をするくらいの余裕さえもあった。


 ナナセコウタロウ君を探すつもりだったけど……本来の目的も達成できるかもしれない。二兎追うモノは一兎も得ずとは良く言うけど、これだと二兎も得られそうだ。


 両方の目的が達成できるかもしれないということに安堵するとともに喜んでいる嵯峨は、自分に敵意を持つ大勢の人間に囲まれているとは思えない、場違いなほどの嬉々とした笑みを浮かべて、自身の輝石を武輝である槍に変化させた。


 傍目から見れば、こんな状況で笑みを浮かべ、退くことも考えずに武輝を変化させた嵯峨を、輝士団と輝動隊たちは異様な目で見つめ、恐怖が寒気となって彼らの背筋を伝った。


「ナナセコウタロウ君って知ってる?」


 突然の嵯峨の質問――もちろん、誰も答えることはしない。


「まあ、誰も答えてくれるわけないか」


 誰も答えてくれないことに、残念そうに嵯峨は小さくため息をついた。


 ため息をつき終えると同時に、嵯峨はニッと笑った。


「それじゃあ、みんな……僕を強くしてよ……僕は強くなりたいんだ」


 縋るような声音で、この場にいる全員に嵯峨は懇願した。


 懇願する嵯峨の目に妖しい光が宿る。


 その光は純粋なものであったが、微かであるが確かな狂気が孕んでいた。


 狂気は目だけではなく、嵯峨の全身に身に纏っていた。


 それを敏感に感じ取った輝動隊と輝士団たちは全員揃って息を呑み、気後れした。


「もっと……もっと、もっと、もっと、もっと――もっと、強くなりたいんだ!」


 大声で叫ぶと同時に、嵯峨は疾走する。


 進行方向で自分の邪魔をする存在に向かって。


 圧倒的な数的戦力に向かって迷うことなく嵯峨は疾走する。


 狂喜を孕んだ嬉々とした表情を浮かべながら。




――――――――――




「しかし、そうそうたる面々が揃っちゃって、君たちを呼んだ僕自身が気後れするよ」


 輝動隊本部内にある会議室に、輝動隊隊長・伊波大和のおどけた声が響いた。


 大和の言う通り、会議室内には輝士団団長である端正な顔立ちの青年・久住優輝、輝士団の主戦力の一人である水月沙菜、輝動隊№2のティアリナ・フリューゲル、そして風紀委員の面々がいるからだ。


 アカデミーにいる輝石使いの中でも、一人を除いてトップクラスの実力を持っている会議室内――だが、室内の空気はかなり悪かった。


 原因はセラとティア、そして、沙菜である。


 大きな長机を間に挟んで、幸太郎含めた風紀委員三人とティアは、優輝と沙菜と向かい合うようにして座っており、セラとティアは優輝のことを敵意に満ち溢れている目で睨み、そんな二人を警戒心に溢れた目で沙菜は睨んでいた。


 今にも戦闘がはじまりそうな三人のせいで場の空気は極限まで張り詰めていた。


 大和のおどけた一言のおかげで、だいぶ空気は和らいだが、それでも三人の雰囲気は険悪なままだった。


「余計なことは結構ですわ! さっさと話をはじめていただけます?」


「わかってないなぁ、麗華。こんな時はウィットに富んだジョークを言って場を和まして、みんなをリラックスさせなくちゃ」


「い・い・か・ら、さっさと話を進めなさい!」


 幼馴染の迫力に負けて、大和は「せっかく色々と用意してきたのに……」と、残念そうでありながらもへらへらと笑いながらそう呟き、仕方なく話を進めた。


「さてと……僕が連絡した通り、現在嵯峨隼士君はサウスエリアで絶賛大暴れ中。すごいよね、余計な策を弄さない人海戦術で攻めたのに、それに真っ向から立ち向かうなんて」


「……状況はどうなっている」


 軽薄な態度で説明する大和に、呆れ果てながらもティアは現場の状況を尋ねる。


「あんまり芳しくないかな。どうやら、嵯峨君は逆境に陥ると燃え上がるタイプだね。彼は上手く逃げながら戦っているよ。捕えどころのない彼の動きに現場は翻弄されっ放しで、順調に被害が増えてる。いやぁ、一人で多数を相手に、恐れることなく立ち向かってここまでの働きをするなんて、敵ながら天晴だね」


「悠長なことを言っている場合ではありませんわ! せっかく嵯峨さんを取り囲んだのですわ! 事態が広がる前に私たちが動いて、彼を捕えるべきですわ。あなたには彼を捕えるための策があるはず、さっさとそれを私たちに教えなさい!」


 他人事のようにへらへらとしながら状況を説明する大和に、切羽詰まった様子の麗華は激昂する。


 しかし、麗華の怒りを向けられても大和は特に気にすることなく、ニンマリと意地の悪そうな麗華に向けて、自身の策を説明する。


「嵯峨君の行動は、月並みな表現だがまさに雲のように掴みどころがない。それに、監視カメラの位置も把握しているあっては、逃げに徹した場合彼を捕まえることは困難だ。彼のように気まぐれで後先考えないで、自分の欲望や好奇のために行動する人間を捕まえるためには、目的するものを餌として上手く差し出すんだ」


 そう言って大和は幸太郎に向かって下手糞なウィンクをした。


「そのために、僕は昨日嵯峨君に罠を張ったんだ――だが、どうやら食いつきが良すぎたみたいだ。まさか、こんなにも早く当初の目的を忘れて派手に暴走するなんてね。ちょっと失敗したかな? まあいいや。結果オーライということで」


 失敗した、という大和の言葉に室内の空気に不安感が流れるが、そんなのお構いなしに大和は話をドンドンと進める。


「とにかく、僕はあらかじめ輝動隊や輝士団のみんなに、幸太郎君についての情報を伝えて、嵯峨君に襲われた際はそれを教えてあげてと命令して、彼の興味を幸太郎君に集中させたんだ……その結果が今の状況だよ」


「どんな情報を伝えたの? プライベートな情報はちょっと恥ずかしい」


 羞恥にほんのりと頬を赤くさせた乙女のような反応を示す幸太郎に、ニヤリといやらしい笑みを大和は浮かべた。


「大丈夫、君の性的趣向や全身にあるホクロの位置等の恥ずかしい情報は教えてないよ」


「それ以外の情報は教えたの? お婿に行けるかな……」


「もしもの時は僕が――」

「シャラーップ! 呑気に話していないで、さっさと話を本線に戻しなさい!」


 机を思いきり殴りつけて、大和と幸太郎の会話を無理矢理麗華は止めた。


 ケラケラと楽しそうに、そして麗華を小馬鹿にしたように笑い、大和は話を再開させる。


「嵯峨君は僕たちが思っている以上に引き際を心得ているし、何をしてくるのか、どんなものを用意しているのかわからない。餌をちらつかせて彼をこちらのペースに持ってくることが重要だね……だから、君たちはそれを考慮した上で行動してほしいんだ。理解してくれた?」


 大和の説明を整理している幸太郎以外、全員大和の質問に黙って頷いた。


「それじゃあ、みんなでこれから『嵯峨君を捕まえよう』作戦をはじめようか」


 気が引き締まらない作戦名に、言った本人である大和と幸太郎以外の面々が脱力しながらも、嵯峨隼士を捕えるための作戦内容を聞くことに集中した。


 大和は楽しそうに、それでいて、サディスティックな笑みを浮かべながら、嬉々とした表情で嵯峨を捕まえるための作戦を話した。


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