第17話
連絡橋から埠頭に落下したリクトが乗った車は、固いアスファルトの上に落下した衝撃で車が大きく破損してガソリンが漏れ、一拍子置いて爆発した。
炎上する車の様子を、口角を吊り上げたレイズが遠目で確認していた。
被害はそれなりに出たが、誰もが目的を果たしたと信じて疑わなかった。
――しかし、レイズの表情にはまだ作戦成功の喜びと安堵感はなかった。
まだ、リクトたちが生きているとレイズは確信していたからだ。
連絡橋から車が落下している最中、リクトの首に下げているペンダントについたティアストーンの欠片から放たれる青白い光が、車の外に出たのをレイズは確認していた。
「あの墜落する飛行機から助かったんだし……まあ、予想通りかな?」
苦笑を浮かべたレイズはそう呟き、そう簡単には目的は果たせないと改めて実感した。
飛行機を墜落させる計画が失敗してから、レイズはヘルメスという謎の男に協力してもらって計画を進めていた。
リクトの車を襲撃する計画もヘルメスの計画の内だった。
レイズはすべてヘルメスの指示に従って計画を進めており、ヘルメスの指示に従ってレイズは協力者たちに指示を送っていた。
大勢の協力者を用意してもらってありがたいが、計画を深く教えないヘルメスに若干の不満を抱いていた。
そして、若干今回の仕事を受けたことをレイズは後悔をしはじめていた。
――今回、レイズがリスクの高いこの仕事を受けた理由の第一として、楽して大金が稼げるからだった。
趣味のギャンブルでレイズは多額の借金をしており、その借金を帳消しにする代わりに雇い主から協力を求められた。
選ばれた輝士にしかなれない栄えある称号である聖輝士が借金をしていることが周囲に気づかれれば、今まで築いてきた信用や地位がすべて失い、多額の借金を残したまま一文無しになると脅されたが、レイズにとって脅迫されたことはどうでもよかった。
ただ、近くで幼馴染のクラウスが壊れて自滅する様を見たかったから聖輝士になっただけであり、粗製乱造されて形骸化している聖輝士という自分の立場に何の未練がなかったからだ。
今回の仕事は成功させる自信がレイズにはあった。今週の運勢が最高なのも理由に入るが、大きな理由としてはリクトだった。
幼馴染兼オモチャのクラウスから、次期教皇候補であるリクト・フォルトゥスが実力のない臆病者で、次期教皇に相応しくないと嫌になるくらいに何度も聞かされたので、楽に大金を稼げると思ってレイズは仕事を引き受けた。
しかし、現実はそんなに甘くはなく失敗続きだった。
それに、クラウスの言っていることの半分は当たっており、半分は間違っていた。
リクト・フォルトゥス――臆病者であるということは事実であるが、それを補えるほどの力強い意思と、墜落する飛行機を無事に着陸させるという次期教皇に相応しいほどの力を持っていた。
やる時はやる少年――レイズはリクトのことをそう評価していた。
そんな少年の始末をする仕事を安易に引き受けた自分に若干の後悔をするとともに、いい加減何か良い結果を残さなければ自分は雇い主から簡単に切り捨てられると思い、レイズの中でほんの僅かな焦燥が生まれてしまっていた。
レイズはすぐにその焦燥を治めるために、コイントスをする。
結果は自分の思った通りの面を向いており、レイズの焦燥はすぐに霧散した。
改めてレイズは気を引き締め直して、振り返って作戦が成功したと思い込んでいる背後にいる自身の協力者である輝石使いたちに視線を向けた。
「喜んでいるところ悪いんだけど、リクト君たちはまだ生きてるよ?」
レイズの一言に、作戦成功を喜んでいた輝石使いたちの表情は固くなる。
喜びに満ちた彼らの心理状況が自分の一言で一斉に落胆し、緊張したのを肌で感じ取ったレイズは、大勢の人間の感情をコントロールした気になった優越感に浸って状況を忘れて楽しんでいたが、それを抑えて話を進めた。
「おそらく――いや、確実にこれからリクト君たちは歩きでアカデミー都市に向かう。襲撃は失敗したけど、まだチャンスは残ってる」
おどけているようだが冷静に状況を分析しているようなレイズの一言に、落胆していた輝石使いたちの瞳に闘志が漲る。
「でも、安心はできないよ? もうすっかり日が暮れちゃって外が真っ暗だから相手がどこにいるのかわからなくなっちゃってるし、相手が二手に分かれる可能性だってあるし、これからは連絡ができなくなっちゃうから。油断をしたら即ゲームオーバー、残念無念になっちゃう」
おどけたような口調で不安を煽るレイズに、漲っていた協力者たちの闘志が萎えるが、すぐにレイズは「でも、大丈夫」と力強い笑みを浮かべた。
「ここをちゃーんと確認すれば、目標がどこにいるのかすぐにわかるから大丈夫」
口角を吊り上げて気分良さそうに笑ったレイズは、自身の胸元を指差した。
自身の胸元を指差したレイズの行動の意味が理解できなかった輝石使いたちだが、すぐに得心したように頷き、まだあるチャンスのために行動をはじめる。
彼らの士気が完全に戻ったのを確認したレイズは、気配を消して自身の傍に立つ、リクトが乗った車を吹き飛ばすという大活躍をした黒い服を着た謎の人物に視線を移した。
「さて、次も君の活躍には期待しているからね?」
フレンドリーに声をかけるが、相変わらず頼り甲斐のある協力者は無反応だった。
―――――――――――
凄まじい衝撃とともに、吹き飛ばされる車。
橋の下には海ではなく埠頭があり、固いアスファルトに向かって真っ直ぐと車は落下していた。
車内にいるリクトたちは、狼狽えることなく冷静に落下する車から脱出を試みる。
まずはノエルが輝石を武輝である双剣に変化させ、車の扉を両断する。
ノエルは隣に座っている護衛対象のリクトを助けるため、彼の腕を掴んで扉から外に出る。
二人に続いて、助手席に座っている大道はフロントガラスを武輝である錫杖で粉々に破壊し、運転手のドレイクとともに車から脱出する。
そして、武輝である剣に変化させたクロノがリアウィンドウを破壊して車から脱出。
クロノが脱出すると同時に、サラサは自身の輝石を武輝である二本の短剣に変化させて、全身に輝石の力を巡らせて身体能力を向上させると、落下する車の中でボーっとしている幸太郎を抱きしめてそのままの状態で車の外に出た。
幸太郎を抱えながらサラサは空を何度も蹴って、埠頭に着地する。
幸太郎とサラサが着地すると同時に激しい衝突音が響き渡り、車が固いアスファルトの上に落下し、一瞬の間を置いて爆発、炎上する。
車から脱出して無事に着地するまで一瞬の出来事で、何が起きたのか把握できなかった幸太郎だが、サラサに助けられたのは理解できたので「ありがとう、サラサちゃん」と感謝の言葉を述べた。幸太郎に面と向かって感謝され、サラサは照れていた。
「すごい燃えてる……いつか、みんなでキャンプに行きたい」
キャンプファイアーのように燃え盛る車をボーっとした顔で眺めながら、幸太郎は呑気にそう呟くが、この非常事態に誰も反応する余裕はなかった。
「これからどうするのか、考えるぞ」
襲撃されたばかりだというのに冷静沈着なクロノの言葉に、ノエルたちは頷いた。
「我々の計画は相手に筒抜けでした。車が落下する前に報告を受けましたが、セイウス卿側にも輝石使いの妨害があり、電波妨害がされているのか携帯も無線機も通じませんので残念ですが応援は期待できないでしょう」
……せっかくの幸太郎さんとの再会が、こんなことになってしまうなんて……
僕のせいで、こんなことになってしまうなんて……
こんな最悪な状況、どうすれば――
――でも、幸太郎さんだけはどうにかして守らないと!
応援も何も呼べない孤立無援の現状を、他人事のように淡々と説明するノエルに、リクトは不安で表情が曇りはじめる。
しかし、近くに幸太郎がいるので弱音を吐いてはならないと自分に言い聞かせたリクトは、自分に喝を入れて不安を口にすることは抑えることができた。
そんなリクトの気持ちを代弁するように、「最悪な状況だな」と感情が込められていない声でクロノは吐き捨てるようにそう言った。
「ですが、この場にはあなたや私――そして、危機を容易に切り抜けられるほどの実力者が揃っています。なので、私とあなたは任務を何の支障もなく遂行できるということです」
「了解した。オレは必ずリクトを守る」
血がつながった姉弟とは思えぬほど、クロノとノエルは感情がなく、ビジネスライクな会話をしていた。
「最悪な状況であることは変わりないが、返ってこの状況は都合が良い。どこで情報が漏れているのかわからない状況で、リクトがこの場所にいるという情報を大勢で共有するよりも、この場にいる我々だけで共有する方が安全だ」
「お互い信用できればの話ですが」
「今は信用するしかないだろう」
情報が筒抜けになっていたために周囲が信用できないドレイクの言葉に、ノエルは皮肉を呟きながらも同意を示すように頷いた。
「相手は常に私たちの先を読んで行動しています。今回の襲撃の成功率が低いことを見越して、いつでも我々の応援に向かえるように指示を出していたセイウス卿を護衛していた制輝軍たちを襲ったのでしょう」
「我々が無事であることを相手が見越しているのならば、このままこうしてここでジッとしているよりも、味方が大勢いるアカデミー都市に急いで向かった方が得策か――敵が大勢来る前に先へ急ごう」
相手が自分たちの行動を先読みしていると言ったノエルに、それならば敵がこの場に来るのではないかと察した大道は、すぐにこの場から離れようと提案するが――
「どうやら、その判断は一瞬遅かったようですね」
他人事のようにノエルはそう告げると、周囲が多くの殺気と怒気に包まれる。
……大勢の憎悪が僕に向けられてる……
どうして! 僕が何をやったって言うんだ!
僕は何もしていない! 何もしていないのに……
一斉に、自身に向けられた暗く淀んだ一方的な激情に、リクトは喉の奥から小さな悲鳴を出してしまいそうになる。
でも……どんな状況でも、幸太郎さんだけは守って見せる!
絶対に、僕の友達は守る!
だが、呑気な様子で空腹を告げる腹の音を響かせて状況をあまり理解していない幸太郎の姿を見て、怯える自身に喝を入れて、どこからかともなく自身に敵意を向ける幸太郎を巻き込んだ相手に、リクトは怒りを抱くと同時に輝石を武輝である盾に変化させる。
リクトが輝石を武輝に変化させると同時に、クロノたちも一斉に輝石を武輝に変化させ、自分たちを囲む大勢の気配に警戒する。
一人、大勢の人間に囲まれていることに気づいていない幸太郎は、突然輝石を武輝に変化させたリクトたちを不思議そうに眺めていたが、そんな幸太郎の前にサラサとドレイク、そしてリクトが庇うようにして立つ。
「もしかして、ピンチ?」
ようやく状況に気がついた幸太郎は、武輝が出せない自身にとって唯一の武器であるショックガンをポケットから取り出し、臨戦態勢に入るが――「大丈夫です」とリクトの声が幸太郎を制した。
「幸太郎さんは僕が必ず守ります。だから、下がっていてください」
「リクト君、カッコイイ」
少女のような可憐な外見をしながらも、自分を守ると言ってくれたリクトの姿は凛々しく、心強さを感じた幸太郎は思わず見惚れてしまった。
臨戦態勢を整えたリクトたちに、どこからかともなく向けられるリクトへの憎悪が昂りはじめ、熱気にも似た荒々しい戦意が周囲に漲っていた。
リクト周辺が沈黙に包まれるが――数瞬の後、武輝を持った大勢の輝石使いたちがリクトへと向けて駆ける足音がけたたましく周囲に響き渡った。
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