第16話
仏頂面を浮かべている麗華は苛立った様子で、セラが暮らす部屋のリビングにあるテレビの前に腕を組んで立っていた。そんな彼女を見て、セラとティアは呆れたように小さく嘆息し、大和はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべていた。
麗華が苛立っている理由は、先程から何度も連絡しているというのに幸太郎が電話に出ないことだった。
リクトの乗るプライベートジェットが事故で胴体着陸したというニュースを聞いてから、麗華は大和に鳳グループの力を使って情報収集するようにと指示をした後に、リクトを迎えに行った幸太郎に連絡していた。
しかし、連絡しても幸太郎は何も反応せず、サラサやドレイクに連絡しても何も反応がなかったので、麗華の苛立ちは先程からピークに達して爆発寸前だった。
「麗華、心配しなくても幸太郎君ならきっと大丈夫。そのためにサラサちゃんやドレイクさんを幸太郎君の護衛としてつけたんだから」
「べ、別に心配なんてしていませんわ! ただ、現在何が起きているのか状況を把握したいだけですわ!」
ため込んでいる苛立ちを爆発させないように気をつけながらも、ため息交じりにセラは麗華を気遣ってフォローするが、気遣いを無視して麗華は八つ当たり気味の怒声をセラに浴びせた。
「幸太郎ももちろん愚か者ですが、この私の従者であるドレイクやサラサまでもが連絡を出ないのが、不届き千万ですわ! 戻ったら二人ともお仕置きしですわ!」
「お仕置きって言っても、君はどちらかというとMの部類だろう?」
「ぬぁんですってぇ! て、適当なことを言わないでいただけます!」
挑発するような笑みを浮かべた大和が平然と言い放った余計な一言で、ピークに達していた麗華の苛立ちが爆発する。
麗華を宥めようとしていたセラは、余計なことを言い放った大和と、苛立ちを爆発させた麗華に、やれやれと言わんばかりに深々とため息を漏らし、下手に手を出してとばっちりを食らわないように、麗華と大和――二人の幼馴染の口論を静観することにした。
「相変わらず素直じゃないなぁ麗華は。セラさんの言う通り、君が幸太郎君を心配して送ったドレイクさんやサラサちゃんがいるんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。それに、大道さんだっているんだしね」
「この高貴なる身分である私があんな凡骨凡庸凡人に心配することなどありえませんわ! と、というか、サラサとドレイクが空港に向かったのは、私には関係ありませんわ!」
「はいはい、まあ、そういうことにしておくよ」
素直ではない態度を取って麗華はそう言っているが、言わなくとも彼女の本心は大和はもちろん、誰しもが気づいていた。
素直ではない態度を取っている麗華だが、それなりに幸太郎のことを気遣っており、新学期がはじまってから幸太郎と一緒にいる時間が多くなった。
風紀委員の活動を休む幸太郎に文句を言った以上、意地っ張りな麗華は風紀委員の活動を休んで自分も幸太郎と一緒に空港に向かうという、自分の発言を曲げる行動ができないからこそ、麗華は自身の従者であるドレイクとサラサに適当な理由をつけて、幸太郎と行動を一緒にするようにと命じた。
このことは他言無用であると麗華はドレイクとサラサに命じて、二人はそれに従ったが――突然幸太郎と一緒に行動することになったので、彼を気遣っての命令だということに二人は気づいていた。
「そんなことよりも、大和! あなたに命じた情報収集はどうなっていますの?」
「もちろん、自分の仕事はしっかりとこなしているよ。どうやら幸太郎君たちは君の連絡に出ないんじゃなくて、出れないんだ。今回の件、さっき鳳グループの人に調べてもらったら、どうにも教皇庁側が箝口令を敷いているようだからね」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、自慢げに集めた情報を説明する大和。情報収集をきっちりこなして文句を言わせる隙を与えてくれない大和に、ぐうの音が出ない麗華は「グヌヌ……」と悔しそうに大和を睨んでいた。
愛玩動物を見るような目で歯噛みする麗華を見ていた大和は、気分良さそうな笑みを浮かべながら話を続ける。
「どうやら、今回の件は事故じゃなくて事件みたいだね。まあ、鳳グループの信用が失っている状況で、教皇庁はアカデミー内で更なる権力を得たいから、今回の件を事故として処理したいって感じかな?」
他人事のようにつらつらと状況を説明する大和に、沸々と麗華の怒りがわき上がる。
さっきまでは悔しそうにしていたのに、今ではそれを忘れて怒りがわき出ている感情表現豊かな幼馴染を大和は楽しそうに見ながら話を続ける。
「事件を起こしたのは聖輝士の人らしいけど、まだ詳しいことはわかってないんだ。でも、この騒動を起こした黒幕は何となく予想はできるかな?」
「あの枢機卿としても、人としても最低なセイウス・オルレリアルですわね!」
見ていて鬱陶しいほど大げさな身振り手振りを加え、聞いていて癪に障る芝居がかった口調で会見を行った枢機卿セイウスの名を、麗華は忌々しげに吐き捨てた。
会見を行ったセイウス・オルレリアルの悪い噂については、麗華はもちろんセラもティアも知っていた。
この騒動に黒幕がいるならセイウスほど相応しい人間はいないが――すべてを理解しているような笑みを浮かべながらも、「どうだろうね」とハッキリとしたことは言わなかった。
「その点についてはまだハッキリ言えないかな? でも、噂でセイウスさんはあの彼女と何らかの接点があるって聞いたことがあるんだよね」
「彼女とは一体誰ですの? 今回の件に何かつながりがありますの? いい加減ハッキリ言いなさい!」
意味深な笑みを浮かべ、もったいぶった態度の大和にいい加減麗華もウンザリしていた。
「アリシア・ルーベリア――知っているだろう?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら大和が言い放った名前に、怒りが一気にクールダウンした麗華は複雑な表情を浮かべて小さくため息を漏らした。
アリシア・ルーベリア――麗華はもちろん、セラもティアも知っている名前だった。
「かつて教皇エレナ様と次期教皇の座を争い、現在は枢機卿としてエレナ様を補佐する立場にいて――リクト君と同じく次期教皇最有力候補の娘を持つ人物でしたわね」
「それに加えて、一度敵と見なされたら地獄の果てまで追い詰められるってこわーい噂を持っていると人、というか、悪女と言った方がしっくりくるかな?」
「まったく……面倒な方の名前が出てきましたわね」
再び、麗華は深々と嘆息する。
アリシア・ルーベリア――彼女の評判は鳳グループ内でも知れ渡っていた。
自身にとって不都合なスキャンダルはすぐに揉み消し、利益になるためなら不正も簡単に犯し、敵対者には容赦がなかった。
多くの不穏な噂がありながらも、今までいっさいのスキャンダルが表沙汰になったことがないアリシアは相当頭がキレる人物であり、油断も隙もなかった。
かつて、鳳グループはアリシアの不正を暴いて、教皇庁に大ダメージを与えようと考えたことがあるが、実行に移す前にアリシアの反撃を食らってしまい、鳳グループに大ダメージを与えたことがあった。
その経験から、鳳グループにとってアリシア・ルーベリアは敵に回したら恐ろしい人物であり、不用意に触れてはならないアンタッチャブルな存在だった。
そんな厄介な人物の名前が出てきたことに、麗華は今までにない強敵との対峙することになるかもしれないことに若干竦んでしまっていたが、負けず嫌いな彼女の闘志はすぐに燃え上がる。
「ですが、これでハッキリしましたわ! 今回の一件は、アリシアさんとセイウスさんが仕組んだことに決まっていますわ! さあ、今から教皇庁に向かいますわよ!」
気炎を揚げる麗華を、「落ち着け」と今まで黙っていたティアの冷え切った声が制した。
「無策で枢機卿に詰問しても、返り討ちになるだけだ。枢機卿は今までの相手と違って簡単には手を出せないということを忘れるな」
「そ、そうでしたわね。すみません、ティアお姉様」
「ティアさんの言う通りだよ。ホント、麗華は猪突猛進だよね。あ、猪じゃなくて牛かな?」
「ぬぁんですってぇ!」
へらへらとした笑みを浮かべて、自身の豊満すぎる双丘を見ながら余計なことを言う大和に麗華は怒声を張り上げるが、怒声を浴びせられても特に気にしていない様子で大和は話を続ける。
「現段階で枢機卿に立ち向かおうとするのは少々分が悪い。だから、取り敢えず今は情報収集に集中するのと、リクト君たちの帰還を待って、今回の騒動について詳しく――」
呑気な調子で今は動くべき時ではないと説明する大和だったが――ここで、セラの部屋の扉が勢いよく開かれ、セラたちがいるリビングに一人の青年が入ってきた。
部屋に入ってきたのは、洗いざらしのヨレヨレのスーツを着崩した、目つきの悪いボサボサ頭の青年――だが、実際は一回り以上麗華たちとは年が離れている壮年の男であり、麗華の父である鳳大悟の秘書を務めている人物・御柴克也だった。
慌てた様子で突然現れた克也に困惑する麗華たちだが、大和だけは特に驚いた様子はなかった。
「デリカシーがないなぁ克也さん。女の子の部屋に入る時はちゃんとノックしないと。そういうデリカシーのなさと、小汚さが巴さんに嫌われている要因ってわかってる?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた大和の一言に、「余計なお世話だ」と克也は不機嫌そうに吐き捨て、すぐに話を進める。
「緊急事態だ。リクトが乗る車が襲われた」
早口で、そして、端的に克也は状況を説明した。
再びリクトが襲われたことに驚く麗華たちだが、本当に驚くのはこれからだった。
「その車はドレイクが運転していて、中には幸太郎やサラサもいたようだ」
幸太郎たちが事件に巻き込まれたという報告に、さらに驚くセラたち。
だが、幸太郎を助けに向かうため、すぐにセラたちは動揺する心を落ち着かせる。
動揺を無理矢理押し殺したセラたちの身に纏う空気は冷静そのものだったが、内から溢れ出す怒りまでは押し殺すことはできなかった。
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