第15話
「大和君が女の子だって知った時の大道さん、髪の毛があったらきっと逆立ってたよ」
「普段はあまり驚くことをしない共慈さんがそんなリアクションをするなんて、その時の顔は是非見てみたかったです」
「その時の写真があるけど、見る?」
「是非、お願いします」
携帯を取り出して幸太郎は大道の写真をリクトに見せた瞬間、リクトは思いきり吹き出してしまい、震える声で大道に「すみません」と吹き出してしまったことを謝った。
「君はそんな時の写真を撮っていたのか……頼むから消してくれ」
「大和君が撮ってたのをメールで送ってもらったんです。そういえば、大道さんもリクト君みたいに刈谷さんが驚いた時の写真見て、笑ってましたよね」
「仕方がない。あれは誰が見ても笑ってしまうだろう」
「その時の爆笑してる大道さんの写真も大和君がバッチリ収めたので、ありますよ」
「勘弁してくれ」
余計なことをする大和に呆れて深々と嘆息する大道。平静を保っている大道だが、内心では見られたくない顔の写真を撮られてしまって恥ずかしいと思っており、そんな写真を撮った大和を恨みがましく思っていた。
そんな大道の気持ちなど露も知らない幸太郎は、「そういえば」と何かを思い立ったように声を出した。
「大和君、セラさんとスリーサイズが変わらないって言ってたけど、ノエルさんはどう思う? ノエルさんってセラさんと体型が変わらない感じだから意見が欲しいんだけど……」
「セクハラはやめてください」
「鳳さんと一緒にいる機会が多いサラサちゃんは、鳳さんと大和君とお風呂に入って確かめたことがある?」
「し、知りません!」
特に悪気もなく、純粋な疑問を女性であるノエルとサラサに平然と尋ねる幸太郎。
もちろん、そんなセクハラめいた質問に女性陣は答えるはずがなかった。
「前にセラさんと鳳さんに確かめてって頼んだら、怒られたし……ティアさんや巴さんにも頼もうかな? あ、美咲さんに頼んだ方がいいかも」
「……幸太郎さん、そういう話は女性の前でするものではありませんよ」
諭すようでありながらも呆れているリクトの声に、女性陣の冷め切った白い目が集中していることにようやく気づいた幸太郎は、慌ててノエルとサラサに「ごめんなさい」と謝った。
「幸太郎さん、素直なのは結構ですが、少しは自重しないとダメですよ? ね?」
「リクト君、何だかお母さんみたい」
「男として、そこは父性的な感じで言ってほしかったのですが……」
「
「……なんですか、それ」
年下であるリクトに母性的に諭され、幸太郎は嫌な顔をすることはなく素直に従う。
母親のようだと言われて男としては複雑だったが、リクトは満更でもなさそうだった。
さっきまで重苦しい雰囲気だった車内は、リクトがいなかった間に起きた出来事の話で盛り上がり、すっかり和気藹々とした雰囲気になってしまっていた。
またリクトが狙われるかもしれない危険性が孕んでいる状況で、緊張感のない緩い雰囲気を醸し出している幸太郎の様子をクロノは不思議に思い、そして、苛立っていた。
「クロノ君は大和君のことをどう思う?」
「興味ない」
「女の子に興味ない?」
「別に」
「でも、クロノ君って女の子に人気が――」
「少し黙ったらどうだ」
状況を考えない呑気な態度の幸太郎に、苛立ったクロノは幸太郎に鋭い眼光を飛ばし、ほんの僅かに声を荒げて会話を遮った。
若干の苛立ちが込められたクロノの声が響いて車内は一瞬静まり返る。
だが、沈黙は一瞬だけで、幸太郎の携帯が震える音が車内に響き渡って沈黙を打ち破り、携帯の画面を見た幸太郎のやれやれと言わんばかりの嘆息が響き渡った。
「あ、また鳳さんから。しつこいなぁ」
クロノに苛立ちの声をぶつけられてもまったく気にしていない様子の幸太郎は、麗華からの着信を見てため息交じりにそう呟いた。
「……きっと、お嬢様はさっきの事件の話を聞いて、幸太郎さんが事件に巻き込まれていないか心配しているんです」
「そうなの?」
「きっと、そうです」
高飛車な麗華が自分を心配しているとサラサに言われても、麗華が自分を心配する姿が思い描くことができない幸太郎はあまりパッとしなかった。
「私の携帯もさっきから鳴りっ放しだ。おそらく、サラサ、お前もだろう」
「あ、本当だ……どうしよう、お嬢様に怒られる……」
父の指摘にサラサは携帯を確認すると、麗華からの着信が数十件来ていることに気づき、後で麗華に怒られると思ったサラサは深々とため息を漏らした。
「放っておけば後で麗華はうるさいぞ」
ドレイクの言葉を受けて、「そうですよね」と幸太郎はさっそく麗華に連絡しようとするが――「許可できません」と即座にノエルは幸太郎の行動を制した。
「先程、セイウス卿が仰っていましたが、教皇庁は今回の件の真実を知っている人間に箝口令を敷いています。ですので、今回の件についていっさいの口外を禁じます」
先程のクロノ以上の冷たく、鋭い眼光を幸太郎に向けて忠告するノエルだが、幸太郎は特に気にすることなく「それなら仕方がないよね」と素直に携帯をポケットにしまった。
「後で確実に鳳さんに文句言われるから、その時にノエルさんフォローしてくれる?」
「……わかりました」
幸太郎の頼みに、無表情だがノエルは不承不承といった様子で承諾した。
「でも、鳳さんの大好きな権力を使えば、すぐに今日の事件のことがわかると思う」
「……その場合は仕方がないので、何とも言えません」
「ノエルさんって、結構適当なところがあるよね」
アバウトな返答をするノエルに、幸太郎は正直な感想を述べた。
そんな正直な幸太郎の感想に、無表情ながらも眉をひそめたノエルは思わず反論してしまいそうになるが――
「――どうかしました? ――良く聞こえません、応答してください」
耳につけた通信機からノイズが混じって途切れ途切れの切羽詰まった部下の声が響き渡り、通信機の声に集中する。
ノエルの様子が変わったことにいち早く察したクロノは、リアウィンドウで車の外を確認しようとした瞬間――後方から激しい衝突音が響き渡った。
その音に反応して車内にいる人間の視線が、一気にリアウィンドウに向けられた。
ドレイクが運転する車の後方で、車がフワリと宙に舞っていた。
そして、宙に舞っていた車は重力に従って固いアスファルトに激しい音を立てて衝突、一瞬の間を置いて激しい爆発音を立てて炎上。
続々と、ドレイクが運転する車よりも後方にある車が横転し、炎上する。
炎上した車から放たれる黒煙の中から、数台の装甲車とバイクが現れた。
「ドレイクさん、スピードを上げてこのままアカデミー都市を目指してください」
「了解した――お前たち、シートベルトをしっかり締めて何かに捕まっていろ」
すべてを察したノエルは即座に運転手であるドレイクに指示を送ると、ドレイクは反論することなく、幸太郎たちに注意を促しながらアクセルを強く踏む。
エンジンが激しく回転する音ともに、車のスピードが一気に上がる。
それに呼応するように、数台の車を薙ぎ倒した装甲車やバイクのスピードが上がる。
後方で発生した惨状に、リクトの頭に嫌な予感が駆け巡った。
「ノエルさん、もしかして……」
「ええ、どうやら枢機卿を囮に利用した計画が相手に気づかれていたようです。この車を守るために周囲を走らせていた制輝軍が運転する車がすべて彼らによって倒されました」
嫌な予感が駆け巡っているリクトに淡々とした口調でノエルは追い打ちをかける。
ノエルの言葉を証明するように、装甲車の窓から身を乗り出した人間が、光を纏った剣や槍などの武器からリクトの乗る車へと向けて、光弾を発射した。
発射された光弾がリクトの乗る車を掠めて車体が大きく揺れたが、ドレイクのドライビングテクニックで横転することは免れた、
これでようやくリクトは装甲車の目的が自分であり、乗っている人間が輝石使いである気づいた。
リクトと同時に状況が理解できた幸太郎は、輝石を武輝に変化させない彼にとっては唯一の武器である、電流を纏った衝撃波を発射できる装置・ショックガンを取り出し、車に攻撃を続ける装甲車を迎え撃とうと窓を開けようとする。
「幸太郎君、君は下がっていなさい――私がやろう」
誰よりも早くリクトのために行動しようとした幸太郎を、助手席に座る大道は柔らかい口調で制し、自身の数珠に取り付けられた輝石を武輝である錫杖に変化させる。
輝石を武輝に変化させた大道は目を閉じて精神を集中させると、武輝がほんのりと淡く光ると同時にリクトたちが乗る車の周囲にボンヤリとした火の玉のような光が現れる。
そして、瞑っていた目を勢いよく見開くと、車の周囲に浮かんだ火の玉が一斉に装甲車に向けて発射された。
大道が放った火の玉は強固な装甲車を一撃で横転させるほどの威力があり、小回りの利くバイクに命中させるほどのスピードを持ち、運良く回避しても軌道を変えて確実に命中させる追尾性もあった。
ほとんどの追手を退けると、今度は上空から夜の闇と同化した大きな黒い影が現れた。
「――全員掴まれ!」
黒い影の正体にいち早く察したドレイクは怒声を張り上げると同時に、上空に浮かんだ黒い影から何発もの火花が散った。
黒い影が火花を散らすと同時に発射された何かがアスファルトに衝突し、砕け散ったアスファルトの破片が窓を激しく叩いた。
前方にいる車は突然の事態に急停止、玉突き事故も起こしてしまって混沌として惨憺たる状況になってしまった。
そんな状況を気に留める余裕のないドレイクは、上空からの攻撃や前方で事故を起こしている車を回避するために忙しなくハンドルを回転させて大きく車を揺らして蛇行させていた。
車内にいる幸太郎たちはドレイクの忠告通りに手近にあるものを掴んで必死に耐えたが、それでも激しく揺れる車に全身も激しく揺れてしまっていた。
ちょっとしたジェットコースター気分に、幸太郎は状況を忘れて少し楽しんでいた。
「……まさか戦闘機まで用意するとは、想定外でした」
ドレイクに続いて上空から攻撃を仕掛けた黒い影の正体――戦闘機に気づいたノエルの言葉で、ようやく幸太郎たちも気づいた。
はじめて生で見る戦闘機の姿に、幸太郎は「すごい」と状況を忘れて感心していた。
幸太郎が呑気に感心している間、戦闘機は機銃ではなくミサイルを一斉に発射して、連絡橋ごとリクトの乗る車を破壊しようとする。
大道は火の玉のように揺らめく光弾を発射してミサイルを撃ち落とすが、音速で接近するミサイルを数発撃ち漏らしてしまった。
「僕に任せてください――……幸太郎さんは僕が守る」
冷静に、そして、力強い意思を込めてそう呟くと、リクトはブレスレットに埋め込まれた自身の輝石に精神を集中させる。
すると、リクトの輝石が光り輝き、同時に首から下げたペンダントについた煌石・ティアストーンの欠片も青白い光を放つ。
リクトの力に呼応するように、車が淡い光に包まれた。
その光が迫るミサイルの攻撃をすべて防いだ。
「共慈さん、お願いします!」
リクトの声に大道は大きく頷くと、車の周囲に浮かんでいた火の玉のように揺らめく数発の光弾を戦闘機に向けて一斉に発射した。
大道が一斉に放った光弾は戦闘機に直撃し、大きなダメージを受けた戦闘機は連絡橋の下――海に向かって墜落した。
戦闘機を最後に追手がいなくなり、ひとまずは一息つけることができたが――
「……何者だ?」
進行方向にフードを目深に被った黒い服を着た謎の人物が立っていることにドレイクは気づいた。
猛スピードで迫る車を目の前にして、黒い服を着た謎の人物は動こうとしなかった。
「こんな状況で迫る車に避ける素振りを見せずに立ち尽くしている相手が、普通とは思えません。そのまま進んでください」
ノエルの言う通り、後方で多くの車が横転し、先程の戦闘機の機銃掃射で前方にある多くの車が事故を起こしている中で、道のど真ん中で平然と佇立してる人物が普通であるとはドレイクも思えなかった。
そのまま躊躇いなく、黒い服を着た人物を撥ね飛ばすつもりで車を進める。
自身に迫る車をジッと見据えたまま動かない黒い服を着た人物だが――目の前まで車が迫った時、はじめて行動を開始する。
右手に光が纏った瞬間、巨大なハンマーが出現する。
ギリギリまで自分が運転する車を引きつけて輝石を武輝に変えたと判断したドレイクは、咄嗟にハンドルを切って回避しようとするが――遅かった。
リクトが張ったバリアをも破壊する勢いで、黒い服を着た謎の人物は武輝である巨大なハンマーを薙ぎ払い、車に直撃させる。
凄まじい衝撃音と衝撃波とともに、リクトの張ったバリアを簡単に破壊され、車は大きく吹き飛ばされ、橋から落下した。
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