第14話


「残念。手の込んだことをしても、バレバレなんだよねぇ」


 連絡橋を渡ってアカデミー都市に向かうリクトの乗る車と、地下トンネルを使ってアカデミー都市に向かうセイウスが乗るリムジンを遠目から眺めているレイズ・ディローズは気分良さそうに口角を吊り上げた。


 セイウスを囮に使い、わざわざ制輝軍が用意した車に乗り換えていたリクトたちだったが、その一部始終を空港内に設置された監視カメラの映像を見ていたレイズには意味がなかった。


 レイズがそれを知った理由は、わざわざ制輝軍がいて警備が厳重な空港に向かって監視カメラの映像を確認したわけではなく、空港内のシステムを一時的に乗っ取って、ノートPCで監視カメラの映像を確認できるようにしてくれたヘルメスのおかげだった。


 周囲に気づかれないためにシステムを乗っ取った時間は短かったが、リクトたちが乗る車が映った映像が見れたので、短時間でも十分だった。


 運良くリクトが乗る車が映った映像を見つけた自分の運の良さにレイズは自画自賛していたが、何よりもヘルメスのおかげでもあった。


 ヘルメス――セキュリティが厳重な空港のシステムに侵入することができる技能を持ち、頼れる協力者を紹介する人脈もあり、そして、周囲を圧倒する得体のしれない空気を身に纏う、顔半分を覆った仮面をつけた正体不明の人物だった。


 空港のセキュリティを突破する能力だけではなく、ヘルメスは今回の仕事についての簡単な計画を話し、失敗した場合のリカバリー方法や、必要な道具を色々と貸してくれた。


 失敗した場合に備えて何重にも計画を考え、素晴らしい機能を持った道具も用意してくれるヘルメスに、会って間もない正体不明の人物にレイズは興味を抱くとともに、僅かに尊敬の念さえも抱いてしまっていた。


 そんなヘルメスのことを詳しく聞こうとしたが、彼は自分の仕事を果たすために協力者を残してどこかへと向かってしまった。


「君を紹介したヘルメス君? 何でもできて彼はすごいね」


 黒い服を身に纏ってフードを目深に被ったヘルメスが用意した協力者に、フレンドリーにレイズは声をかけるが、協力者は彼の声に反応することはなかった。


 コミュニケーションに応じてくれない協力者の冷たい態度に、レイズは肩を落として小さく嘆息する。


 先程からレイズは協力者に声をかけているが、ずっと協力者は無言のままで何も反応せず、コイントスを持ちかけても無言のままだった。


 目深にかぶっているフードのせいで協力者がどんな表情で、どんなことを考えているのかわからなかったが、与えられた任務に忠実でそれ以外のことは頭になく、会話も必要ない生真面目な人物であるとレイズは思うことにした。


「ヘルメス君が期待しても良いと言ってたから、君のことは期待してるからね」


 コミュニケーション能力にいささか問題がありそうだが、それでも自分の仕事はしっかりこなしてくれそうな協力者に期待することにしたレイズ。


「さてと――俺もそろそろ覚悟を決めないとね」


 そして、いよいよレイズは覚悟を決める。


 ある程度車間距離を開けて気づかれないようにしているが、リクトの乗る車の周囲には、護衛として制輝軍が乗った覆面車両が複数台あることにレイズは気づいていた。


 それに加えて、リクトが車に乗る監視カメラの映像には、リクトの護衛として付き従っていたクロノはもちろん、彼の姉であり制輝軍を束ねている白葉ノエルの姿が確認された。


 ノエルだけではなく、元輝士団でトップクラスの実力を持っていた大道共慈の姿もあり、詳しいことはわからないが運転手である強面の大男と、強面の少女は見るからに強そうな雰囲気を醸し出していた。――もう一人のボーっとした顔の少年は特に何も感じなかった。


 リクトを守る輝石使いの実力は相当なもので、簡単に手出しはできなかった。


 わき出る不安に、レイズはポケットからコインを取り出してコイントスをする。


 ――不安になるといつもレイズはコイントスをしていた。


 単純にコインの裏表を当てるだけだが、当たっても当たらなくてもコイントスをするだけでレイズは自身の心の均衡が保たれた。


 コイントスが当たれば運が良いと思えるし、外れれば運が悪いので大胆な行動を控えることができる、いわばゲン担ぎのようなものだった。


 当てにならないということはレイズ自身十分に承知しているが、昔からの癖なのでやめようにもやめられなかった。


 華麗に宙に舞うコインをレイズは手の甲で受け止め、手で覆い隠す。


 ……表。


 心の中で覆い隠されたコインはスマイルマークがついた表であると決め、コインを確認すると――コインは思った通り表を向いていた。


 自分の思った通り、コインが表に向いていたことにレイズは心の中で微笑んだ。


 そして――改めて、覚悟を決めて後ろを振り返った。


 レイズの背後には多くの人間が集まっていた。


 涼しげな顔をしながらも、静かな怒りを身に纏っている彼らは全員輝石使いであり、全員リクトに恨みを抱いていた。


 彼らはヘルメスではなく、レイズの雇い主が集めた協力者だった。


「さて――君たちと俺の目的は全員一緒だ! だから、改めて協力を――って、あれ?」


 かっこよく演説を決めようとしたレイズだったが、輝石使いたちはさっさと目的のために行動を開始した。


 やる気満々な協力者たちにレイズは心強さを感じながらも、彼らの内に秘めた怒りに圧倒されていた。


 しかし、それ以上に怒りに身を焦がして判断力が低下している協力者たちを見て、彼らの抱いている怒りを利用して簡単に操れると思ったレイズは内心喜んでいた。

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