第13話
枢機卿セイウス・オルレリアルは愛想の良い爽やかな笑みを浮かべて、今や今かと自分の言葉を待っているマイクとボイスレコーダーを持ったマスコミたち、自分に向けられた複数台のテレビカメラや、フラッシュが何発も焚かれるカメラの前に立っていた。
無遠慮にマイクやボイスレコーダーを眼前に差し出され、近距離でフラッシュを焚かれても嫌な顔一つすることなく、張り付いたような愛想の良い笑みは崩れることはなかった。
「みなさん、まだ落ち着きが取り戻されていない状況で、わざわざお集まりいただき、ありがとうございます」
自分が集めたマスコミたちに向けて深々と丁寧に頭を下げるセイウス。
一応はカメラのフラッシュを焚くマスコミたちだが、さっさと本題に入れと彼らのギラギラした目はそう訴えていた。マスコミたちが欲しいのは、ついさっき起きたリクトが乗っていたプライベートジェットの胴体着陸の理由だった。
大勢の人間がいるターミナルに直撃コースだったが、光を纏った飛行機はターミナルに衝突寸前に勢いが衰えて停止して、無事着陸に成功した。
騒動の一部始終を見ていた目撃者たちは、全員口を揃えて「奇跡」だと答えた。
しかし、どうして次期教皇最有力候補であり、教皇の息子であるリクトの乗ったプライベートジェットが胴体着陸したのかという理由はまだ明らかにされていなかったため、マスコミたちはその理由を聞こうと、会見を開いた枢機卿セイウスの言葉を待っていた。
「運悪くリクト様の乗った機体に不備があって、あわや大惨事となるところでしたが、リクト様の力によって大惨事は免れ、それによって多くの人が救われた――まさに奇跡です」
大げさな身振り手振りを加え、セイウスは今回の件を事故として片付けようとする。
しかし、マスコミはそんな説明では満足しなかった。
「どうして、リクト様の乗ったプライベートジェットが都合よく不備が?」
「情報では、機体の壁が一部破損をしていたとありますが?」
「これは事故と見せかけて、リクト様を狙った事件なのでは?」
「衝突を避けたのは本当にリクト様の力なんでしょうか?」
「リクト様は無事なんですか? 今どこにいるんですか?」
矢継ぎ早に繰り出されるマスコミたちの質問攻め――想定通りだと言わんばかりに、愛想の良いセイウスの笑みに若干の打算が加わった。
「すべては偶然の出来事、そして、これはリクト様に課された大きな試練――ですが、リクト様は無事、ご自身の持つ次期教皇に相応しき力で試練を乗り越え、結果、大勢の人を救うことができた。これはリクト様の力によって引き起こされた奇跡なのです! そして、これが偉大なる輝石の力、まさしく神の力! 素晴らしい!」
相変わらずの大げさな身振り手振りに加え、説得力よりも話に神秘性を持たせるため、聞いていて白々しく感じるほど芝居がかった口調でセイウスは熱弁する。
もちろん、それでは納得できないマスコミはすぐに質問を再開させようとするが――間髪入れずに、セイウスはマスコミたちの質問を遮るようにして話を続ける。
「今回の件はまさしく奇跡! その奇跡を起こしたリクト様、そして、輝石の力に感謝をいたします」
そう言って、セイウスは祈るように自身の胸の前に手を合わせ、目を瞑る。
祈るような体勢のセイウスから放たれる神秘的で怪しげな雰囲気に、マスコミたちは思わず閉口してしまった。その隙を見逃さずにセイウスは話を一気に畳む。
「これから、私はリクト様とともにアカデミー都市に戻り、教皇庁本部で今回起きた奇跡について話し合いをすることになります。あなたたちへの詳しい説明は話し合いの後にすることになるでしょう――今は、取り敢えずリクト様に感謝を!」
深々と頭を仰々しく下げた後、セイウスは足早にマスコミの前から立ち去った。
呼び出しておいて事件について特に詳しい説明をすることなく去ったセイウスに、マスコミは不満を抱いてすぐに彼の後を追おうとするが、それを制輝軍が阻んだ。
自分を追おうとするマスコミたちを放って、セイウスは軽快な足取りで自身が乗るリムジンへと向かった。
――――――――――――
制輝軍が用意した車を黙々とドレイクが運転する中、車内に設置されたテレビでリクトたちは生放送の報道番組で放送されているセイウスの会見を見ていた。
ノエルの隣に座っているリクトは、真剣でありながらも冷めたような表情でセイウスの会見を食い入るように見ていた。
大げさな身振り手振りを加えて、芝居がかった口調で騒動について話していたセイウスだが、核心についてはいっさい触れることなく、今回の騒動は事故で、すべてリクトの力のおかげで大勢の人間が救われたと強調して、さっさと立ち去った。
その後も立ち去ったセイウスを追おうとするマスコミたちだったが、それを制輝軍が阻んで、放送は終わった。
事件について特に何も知ることはできなかったが、それでもターミナルにいたマスコミや、一般客が携帯カメラで映した、光に包まれたリクトの乗る飛行機がターミナルに衝突する寸前に無事に着陸した映像を何度も再生しては、スタジオのキャスターたちは、リクトが起こした奇跡に感嘆しているようだった。
……結局、これじゃあ教皇庁の思う壺だ。
こんなこと、一時凌ぎにしからないのに……
今回の件を事故として処理する教皇庁の思惑通りに事態が順調に動いていることに、リクトは複雑な表情を浮かべて憂いを帯びたため息を深々と漏らした。
「適当なことを言った割には、上手く逃げたようだな」
「まるで、怪しげな宗教の勧誘ビデオを見させられている気分でした」
上手くマスコミから逃げたセイウスの会見を見て、助手席に座る大道が呆れ果てたように一度大きくため息を漏らしてから感想を述べると、リクトも続いて容赦のない感想を述べた。そんなリクトの感想に大道は苦笑を浮かべながらも「確かに」と認めた。
「だが、これで上手く教皇庁は今回の件を覆い隠すことに成功した。今回の件にはじめは疑問を抱いても、『奇跡』という出来事に、真実は塗りつぶされてしまうだろう。すべては教皇庁の筋書通りというわけか」
教皇庁の思惑通りに進んでいることに、大道は不満げな表情を浮かべていた。
リクトの身に起きた出来事をノエルやクロノから聞いた大道は、聖輝士であるレイズ・ディローズがリクトの身を狙ったという事実が隠蔽されることを知っており、都合の悪い事実を隠蔽して、自分たちの利益を守ることしか考えない教皇庁に対して不信感を募らせていた。
「……しかし、随分と都合が良い展開になっているな」
運転に集中しながら会見を聞いていたドレイクは、抑揚のない冷え切った声で呟くようにそう言った。
「今回の件の隠蔽を図ると同時に、周囲にリクトの力を誇示することもできた。それに加えて今回の件、奇跡を映すマスコミも用意されていた――随分、都合が良い。教皇庁にとっても、そして――あの枢機卿にとっても……まあ、邪推かもしれないがな」
感情を抑えた抑揚のない声でそう説明するドレイクだが、言葉の端々に小さな棘が存在しており、自身の中でわき上がる何かを抑えるようにハンドルをきつく握っていた。
ドレイクの言う通り、邪推かもしれないが確かにリクトも都合が良いと思っていた。
そして、教皇庁ではなく、セイウスの思惑通りに事態が進んでいるのではないかとも思っていた。
「確かに、ドレイクさんの言う通りあの枢機卿は確かに信用できない。良い噂を聞かないのを差し引いても、先程の会見を見ると、リクトの味方を周囲に強調させると同時に、リクトの持つ力を語って周囲を煽るようにも見えた。どちらに転んでも、漁夫の利を得ようとする魂胆が垣間見えたような気がする――確証はないが」
ドレイクやリクトと同様、枢機卿セイウスを疑うドレイクに同調する大道。確証がない以上推測でしかないのを十分に理解していたが、胸に抱いたセイウスのへの疑念は深まるばかりだった。
確証がない以上、ハッキリとしたことが言えないリクトだが、リクトの隣に座っているノエルは「邪推ですね」と吐き捨てるように呟いた。
「私怨があるあなたが何を言っても、あまり説得力は感じられません」
感情がいっさい込められていないノエルの言葉を受け、ドレイクは「そうだな」と自虐気味な微笑を一瞬浮かべて何も反論しなかった。
「……だが、君はあの枢機卿のことが怪しいと思わないのか?」
試すようでもあり、ノエルの反応を窺うような大道の質問だが、ノエルは興味なさそうに小さく呆れたようにため息を漏らした。
「今の私の任務はリクト様を護衛することであり、それ以外のことには何も興味はありません。それに、ここで何を言っても枢機卿には容易に手を出せませんから」
セイウスのことなどどうでもいいノエルが吐き捨てるように言い放った『枢機卿には容易に手が出せない』という言葉に、リクトたちは黙ってしまう。
ノエルの言う通り、怪しいだけでは枢機卿に手を出すことはできない。
先代教皇が多く集めた各界に太いパイプを持つ枢機卿たちは、教皇庁にとって様々な利益をもたらす存在であるからだ。
真剣に教皇庁や輝石使いの未来について考えている枢機卿もいるが、ほとんどは自分の利益しか考えていない枢機卿ばかりであり、権力を好き勝手に使って評判が悪い。
しかし、組織に利益をもたらす枢機卿を簡単に追い出せない教皇庁は枢機卿がどんな不祥事を起こしても揉み消す力を使って枢機卿を守る。
枢機卿も自分に不利益になる人間には容赦せず、あらゆる手段を行使して自分の前から二度と姿を現せないようにする――だからこそ、枢機卿には簡単に手は出せなかった。
「彼が何を考えていようが、私にはどうでもいいことですが、結果的にリクト様の囮として十分に役に立っています。周囲は彼がリクト様とともにアカデミーに戻っている思い込んでいることでしょう。それに、万が一の場合が起きてもすぐに彼の護衛についた制輝軍たちがここに駆けつけるようにと命令もしておきました――ですので、安心してください」
リクトの護衛を任務としているノエルにとって、セイウスが何を考えていようがどうでもよく、そんなことよりもセイウスが囮として大いに役に立っていることに、ノエルは無表情だが満足そうだった。
確かに、セイウスは『私はリクト様とともにアカデミーに戻る』と言って、上手く周囲の注意を惹きつける成功したとは思うが――それでも、セイウスのことを信用できないリクトは不安だった。
不安に押し潰されそうなリクトは、振り返って後部座席でクロノとサラサの間に挟まれるように座っている幸太郎に縋るような視線を向けると――
「クロノ君って、髪の色は違うけどお姉さんのノエルさんにそっくりだね」
「そうなのか?」
「ノエルさんと同じで美人」
「……喜んでいいのか?」
「もちろん」
「そうか、では感謝しよう」
「クロノ君ってリクト君みたいによく女の子に間違われる?」
「失礼なことにたまにある」
「クロノ君はかわいいから仕方がないよ」
「男なのにかわいい――それは、喜ぶべきなのか?」
「もちろん」
「本当か?」
「本当。サラサちゃんもクロノ君がかわいいって思うよね」
「え、えっと……は、はい……肌もきれいで、羨ましいです……」
「そうか……それなら一応、感謝はしておこう」
重苦しい雰囲気の中、空気も読まずに幸太郎は隣に座るサラサを巻き込んでクロノに質問攻めをしていた。
クロノとは初対面、そして、今まで制輝軍を率いている少女という以外に何もわからないミステリアスな存在だった白葉ノエルの弟という存在なので、幸太郎はクロノに対して溢れ出る好奇心を抑えきれずにいた。
自分に興味津々の幸太郎に、無表情のクロノは生真面目にも淡々と質問に答えていた。だが、矢継ぎ早に繰り出される幸太郎の質問にウンザリしているようでもあった。
重苦しかった雰囲気が、一人盛り上がっている幸太郎のせいでだいぶ軽く、そして、緩いものになってしまい、リクトたちは脱力し、能天気な幸太郎に呆れていた。
……幸太郎さんとは、久しぶりの再会なのに……
クロノ君ばかり、何だかちょっと不公平だ。
初対面だから、仕方がないと思うけど……
久しぶりに再会した自分を放って、初対面であるクロノに質問攻めをしている幸太郎の姿を見て、リクトは少し不満気な表情を浮かべていた。
すっかり雰囲気が軽くなった車内は、空港がある人工島から出て、アカデミー都市がある場所をつなぐ連絡橋に入った。
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