第18話
克也の運転している車は三十分以上走り続け、ようやくアカデミー都市を抜けた。
アカデミー都市を抜けた車はそのままリクトが襲われたという、空港がある人工島をつなぐ連絡橋へと向かっていた。
法定速度を軽くオーバーして目的地へと進んでいる車内の空気は重く、刺々しく、それ以上に冷え切っていた。
車内を張り詰めた空気にしている張本人はセラとティアであり、幸太郎が事件に巻き込まれたと知ってから、二人は一言も喋ることなく静かに闘志を漲らせていた。
そんな二人から放たれる威圧感は、麗華はもちろん、空気を読まずに軽口ばかりを叩いている大和も黙らせるほどだった。
だが、助手席に座っている麗華は、二人を気遣って黙っているのももう限界だった。
「まったく、こんなに狭くタバコ臭い車に、高貴な私がいるとは納得できませんわ!」
「俺の車に不満を言うな。お前に見合ったお高い車を用意している時間はなかったんだ。それに、ここ一年間禁煙をしているから、そんなににおいはしないはずだぞ」
「克也さんは自分の身の回りに気を配っていないから、気にならないのですわ!」
「その点については否定しない」
苛立って自分に八つ当たりしてくる麗華だが、幸太郎のことを心配しているのは十分に伝わっているので克也はあえて何も言わなかった。
「それよりも、もっとスピードは出せませんの?」
「もうかなりのスピードが出てるよ。これ以上出せないのは、麗華の体重のせいじゃない?」
「ぬぁんですってぇ! これでも、冬休みの間に私は痩せたのですわ!」
「痩せても君の胸についた二つの大きな肉の塊は落ちないんだよね」
「そ、それは私だけではなく、私以上であるティアさんにも言えることですわ!」
苛立つ麗華を煽る大和だったが、すぐに麗華を放って視線を運転手の克也に向けた。
「セラさんとティアさんの機嫌の悪さに圧倒されちゃってたから聞くのを忘れてたんだけどさ、状況はどうなってるのかな?」
空気を悪くしている張本人であるセラとティアへの嫌味をちょっと込めて、後部座席で眠そうに欠伸をしながら大和は克也に現在の詳しい状況を尋ねた。
自分を煽りながらも無視する大和に不満を抱く麗華だが、重要なことを克也から聞いたので今は黙っておくことにした。
「状況は刻一刻と変わっているから正確な現状は不明だが、俺が情報はリクトを襲っている連中が、ついこの前リクトが潰した次期教皇最有力候補に仕えていた輝士たちで、そいつらを聖輝士のレイズ・ディローズが扇動してるってことだ」
「レイズ・ディローズ――教皇庁旧本部にいる聖輝士だな」
克也の説明に出てきた聖輝士レイズ・ディローズの名前に、今まで押し黙っていたティアが反応した。今回の事件に深く関わっているという聖輝士レイズのことを知っているティアに、説明を求めるように隣に座っているセラは視線を向けると、彼女は黙って頷いた。
「良い噂は聞かない聖輝士だが、祝福の日以降粗製濫造された聖輝士の中でも、実力は高い方だとは聞いている」
元々聖輝士は実力、実績、人間性を認められた輝士にしか授与されない称号だったが、祝福の日以降教皇庁は周囲に自分たちの組織の力を強大に見せるため、数が少なかった聖輝士の数を一気に増やした。しかし、粗製乱造されたほとんどの聖輝士は実力、人間性ともに未熟だった。
だが、そんな聖輝士でも、自他ともに厳しいティアがレイズの実力が高いと評していることに、セラはそんな聖輝士に狙われているリクトのことを心配するとともに、リクトと一緒にいる幸太郎の身を案じて不安が心の中に重く沈んでしまった。
「それに加えて、前に事件を起こしてセラさんが心身ともに容赦なく、完膚なきまで叩きのめした、あの聖輝士――クラウス・ヴァイルゼンとは仲が良かったって聞くよ?」
ティアの説明に自分の知っていることを付け加えた大和は自身の前に座るセラに視線を向けると、セラの表情がさらに険しくなった。
クラウス・ヴァイルゼン――リクトを護衛する任務につきながらも、リクトの命を奪おうとした聖輝士であり、かつてセラが倒して特区送りにした聖輝士だった。
プライドばかりが高く、相手を見下すことしか頭になかったクラウスのことをセラは思い出す。
クラウスは租税乱造された悪い聖輝士の典型的な例だった。
そんなクラウスにセラは自分との実力の差を見せて、彼のプライドを粉々に砕いた。
かつて自分と戦ったクラウスのことを考えていると、セラはある一つの考えが浮かぶ。
「今回の騒動、リクト君によって潰された次期教皇候補に仕えていた輝士たちが関わり、かつてリクト君を狙って失敗したクラウスの友人であるレイズという聖輝士が関わっている――犯人たちの目的は復讐なんでしょうか?」
今回の事件でリクトを狙う人物が全員、彼に対して恨みがあることに、犯人たちの目的が復讐ではないかと推測するセラだが――自分で言って、どうにもしっくりこなかった。
大和も苦笑を浮かべて「それは安直すぎるよ」と言って、しっくりきていないセラと同じ気持ちだった。
「でも、現時点ではそれしか犯人たちの目的は思い浮かばないか――それにしては妙なんだよね……」
一人、深く考え込んで難しい顔を浮かべている大和は、さらに克也から情報を引き出すことにした。
「ねぇ、克也さん。他に何か新しい情報はないの?」
「アカデミー都市に残っている
「ちょ、ちょっと、克也さん! スピードを出しているのですから、安全運転でお願いしますわ!」
大和の質問に答えるため、麗華の注意を無視して克也は法定速度オーバーのスピードを出しているにもかかわらず、ハンドルから片手を離してスーツの内ポケットの中にある携帯を取り出す。
情報取集させるためにアカデミー都市に残した克也の娘であり、麗華が学業を休んでいた間風紀委員をまとめていた、麗華と大和の幼馴染――
携帯を確認すると、まだ娘から連絡が来ていなかったが――それ以前に、圏外であることに克也は気づいた。
「……麗華、自分の携帯を確認してくれ」
トンネルでもないのに携帯がつながらないことが不自然に思った克也は、隣にいる麗華そう頼むと、「ちょっとお待ちを」とすぐに麗華は携帯をポケットから取り出した。
「圏外ですわね」
「……お前たちも確認してくれ」
麗華の確認を終えると、すぐに克也はセラたちの携帯も確認しろと言った。
克也に言われた通りに携帯を確認すると、セラたちの携帯はすべて圏外になっていた。
「電波妨害か……それも、かなり広範囲の」
電波妨害されていることに気づいた克也は、情報を収集して相手の先手を取れないことに忌々しげに舌打ちをした。
「応援を呼ばせないためって感じかな? 相手も相当手の込んだことをしてるみたいだね」
用意周到な犯人に、面倒そうに大和は深々とため息を漏らして背もたれに寄りかかった。
「とにかく、目的地まで目の前のところまで来たんだ。情報は現場で収集するから、引き返さずに目的地に向かうぞ」
目的地である連絡橋はもう目と鼻の先なので、このまま目的地へと向かうことを優先させる克也の判断に、セラとティアは力強く頷いた。
出発して小一時間でようやく目的地へと到着しようとするが――目の前の道を制輝軍たちが塞いでいた。
目的地まで目の前だというのに、道を阻む制輝軍に克也は深々と嘆息しながら車を急停止させ、忌々しげに舌打ちをする。
「克也さん! 我々の道を阻む制輝軍の彼らに気遣い無用ですわ! 轢くつもりで突っ切りなさい! この私が許可しますわ!」
「そうしたいのは山々だが、面倒事を起こしている暇はない」
苛立って物騒なことを平然と言い放つ麗華を、ため息交じりで克也は制した。
急停止させた克也が運転する車に集まった制輝軍たちは、運転席の窓ガラスを乱雑にノックする。
億劫そうに克也は窓ガラスを開けると――窓ガラスをノックした制輝軍たちは車を運転していた人間が鳳グループの重役の御柴克也であること、そして、車内にいる人間が風紀委員たちや、元輝動隊隊長であった大和、同じく輝動隊であったティアであることに驚いていた。だが、すぐに平静を取り戻した制輝軍たちは、克也たちに厳しい目を向ける。
「御柴克也、どうしてあなたがここにいるんだ」
「この先に用がある」
丁寧な口調を心がけながらも、ただでさえ忙しい状況なのに面倒事を持ち込んできそうな克也たちに対して苛立ちを含んだ声で質問する制輝軍に、克也は落ち着き払った声で質問を返した。
「ここから先は通行止めだ。アカデミーの上層部であるあなたなら知っているだろう、今何が起きているのか」
「何が起きているのか知っているからこそ、我々の助けが必要な仲間の元へ向かうために先へ進む必要がある」
わざわざ仲間たちを助けに駆けつけた克也たちに、「気持ちはわかる」と制輝軍たちも理解を示したが、「しかし――」と、厳しい口調で話を続ける。
「今の状況であなたたちが来ても状況を余計に混乱させるだけだ。即刻立ち去ってもらう。ここは我々制輝軍に任せてもらおう」
克也たちの行動にある程度の理解はしながらも、現状をさらに混乱させるかもしれない彼らを制輝軍は通すわけにはいかなかった。
制輝軍たちの言い分はもっともなので、克也は反論することができなかったが――
「私たちはこの先に進まなければならないのですわ! ゴチャゴチャ言っていないで早く道を開けなさい! あなたたちは邪魔なのですわ!」
道を開けない制輝軍大して苛立ちの限界を超えた麗華の怒声が響き渡り、制輝軍たちは思わず気圧されてしまっていた。
だが、それでも通す気がない様子の制輝軍たちだが、「いいよ、みんなを通してあげなよ♪」と、混乱している今の状況を心底楽しんでいるような声が響くと、制輝軍たちの顔色が変わる。
声のする方へ制輝軍たちは視線を向けると、声の主である銀城美咲は切羽詰まった現状に相応しくないほど明るい笑みを浮かべ、そんな彼女の隣には人形のように無表情のアリス・オズワルドが立っていた。
「し、しかし、銀城さん、この事件は我々が――……」
「アカデミー都市を守るために人員を半分残したし、連絡橋で起きた事件に巻き込まれた人たちを救助するのに手いっぱいで人手が足りないから」
克也たちを通すことを許可する美咲に納得できない制輝軍だが、冷静な声で現状を突きつけるアリスの一言に何も反論できなくなってしまう。
「やあ、みんな。来てくれておねーさん、嬉しいぞ☆」
車に乗っている克也たちに向けて、フレンドリーに声をかけてチャーミングにウィンクをする美咲に、克也たちは張り詰めていた緊張感を弛緩させて大きくため息を漏らした。
「大親友のティアちゃんも来てくれるなんて、ホント、嬉しいなぁ」
「……通るなら早く通って、それで協力して」
一人喜んでいる美咲を放って、素気ない態度のアリスは克也たちの乗る車を通した。
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