第23話
不敵な笑みを浮かべた北崎が起爆スイッチを躊躇いなく押す――
それを見たアリスとサラサは、車椅子に座っている幸太郎に駆けつけた。
二人が幸太郎に接近した瞬間屋上は爆発し、その衝撃で屋上のアスファルトが抜け落ち、爆発の衝撃に加えて落ちた瓦礫の重みで下の階の床が抜け落ちてしまった。
落下しながら、アリスは意識のない幸太郎を抱きしめて降り注ぐ瓦礫の破片から守り、そんな二人に降り注ぐ大きな瓦礫をサラサは手にした武輝で細切れにしていた。
数階下まで落下した後、幸太郎を守ることを最優先にしていた二人は、受け身を取ることができずに瓦礫が散乱する固い床に叩きつけられた。
激しく叩きつけられながらも、輝石の力で全身を守られていたアリスとサラサは平然とした様子ですぐに立ち上がった。
「大丈夫、ですか、アリスさん」
「無事。サラサは?」
「大丈夫、です。まだ、ちょっと音で、耳がキンキンします」
「まさか、自分ごと屋上を爆発させるなんて考えられなかった」
「それよりも、幸太郎さんの身体は?」
「私が輝石の力で守ってたから無事」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは七瀬の方……それで、七瀬はどこにいるの?」
「え、えっと……んっ……」
「何変な声出してるの……ふぁっ!」
「アリスさん、こそ、変です」
「下半身が何かおかしい」
「あの、その……私も、です……あ……こ、幸太郎さん……」
お互いに無事を確認していると、幸太郎がいないことに気づいて二人は慌てるが――すぐに、下半身の違和感とともに幸太郎は見つかった。
ちょうどアリスのやんわりとした丸い尻の真下に幸太郎の顔面があり、サラサは幸太郎の下腹部に騎乗するように跨いでいた。
その状況に気づいた瞬間、思春期真っ盛りの二人の顔は一気に真っ赤になり、即座に幸太郎から飛び退いた。
「このヘンタイ! 最低!」
「ま、まあまあ、ふ、不可抗力ですから、落ち着いて、ください」
「し、仕方がないとはいえ、この辱めの報いは必ず受けさせる……」
そして、相変わらず呑気で、少女二人に跨がれて少し気分良さそうに見える寝顔の幸太郎をアリスは感情のままに踏んづけようとするが、サラサに止められて我慢した。
地面に叩きつけられる寸前までアリスに抱きしめられていたおかげで幸太郎も落下してもダメージは少なかったことに安堵したサラサは、さっきまで彼に騎乗していた気恥ずかしさを忘れ、彼の身体をそっと抱きしめた。
「アリスさんが幸太郎さんを守ってくれたおかげで、幸太郎さん、無事です……ありがとうございます」
「感謝するのはあなたじゃなくて七瀬だから」
「その……輝械人形の幸太郎さんはどこにいるんでしょう……もしかして……」
「この場所にいないから、この上にいるか、瓦礫に潰されて動けなくなってるかもしれない。でも、輝械人形のボディは爆発の衝撃や、降ってきた瓦礫で壊れない程度には頑丈にできているから、そんなに心配しなくてもいい」
淡々と答えながらも、嫌な予感が浮かぶサラサを気遣うアリス。
アリスの答えに安堵しながらも、サラサは固い決意を秘めた表情で天井を仰ぎ見た。
「アリスさん、幸太郎さんを――」
意識と精神がない幸太郎の身体をアリスに任せ、サラサは輝械人形と化した幸太郎を探そうとすると――そんな彼女の行動を阻むかのように、再び響き渡った爆発音とともに建物全体が大きく揺れた。
「どうやら、屋上だけじゃなくて教皇庁本部全体に爆弾を仕掛けて、それが続々と爆発してる。これならいつ本部が崩れてもおかしくないから、悠長に探す時間はない……それに――私たちは、彼の相手をしなければならない」
淡々と状況を説明したアリスの視線の先には――部屋の隅にある大量の瓦礫の中から、他の輝械人形とはフォルムと、放たれる威圧感がまったく異なる輝械人形に守られたアルバートが出てきた。
「まさか、輝械人形に精神を定着させるとは、想定外だった……さすがは賢者の石の力ということか。いや、所持者の心身を保護するために賢者の石の力が発動しているのだから、想定できることだったか――ともかく、我々は賢者の石も七瀬幸太郎も甘く見ていたようだ。そして、私の裏切りという最悪の事態に備えて、爆弾を用意していた北崎の覚悟を舐めていたようだ。そのせいで、すべてが水の泡になってしまったよ」
輝械人形に付き添われながら、フラフラと立ち上がったアルバートは、爆発に巻き込まれる前に見た七瀬幸太郎の呑気な声で流暢に喋る輝械人形を頭に浮かべながら、想定外の出来事の連続にただただ弱々しく自虐気味に笑うことしかできなかった。
ただ立ち上がっただけだというのに息を切らし、顔色が悪いアルバートの様子を見て、アリスとサラサは彼がどこか怪我をしていることに気づいた。
「アルバート・ブライト――あなたはもう終わり。ここで捕らえる」
「残念だが、ここで捕らわれるつもりはない……私の計画はまだ何も果たされていないのだから」
「怪我をしている。それも、無理をすれば命に係わるほどの大怪我――諦めた方が身のため」
「この私がそれしきのことで諦めると思うのかな? それに――七瀬幸太郎が目の前にいるというのに、黙って見過ごすことはできない」
アリスの腕の中にいる幸太郎を、厳しい目で一瞥するアルバート。
そんなアルバートの視線に気づいたサラサは、何も言わずに幸太郎の身体をお姫様のように抱え、いつでも幸太郎が目を覚まして逃げられるように、部屋の隅にある非常口の前まで運んでそっと降ろし――サラサは真っ直ぐとアルバートを敵意の込めた目で睨む。
「幸太郎さんには指一本も触れさせない」
鈴の音のような優しい響きでありながらも、ドスの利いたサラサの言葉は、アルバートはもちろん、味方であるアリスでさえも気圧されるほどの迫力が込められていた。
「七瀬幸太郎については、毒にも薬にもならない害のない一般人であるとは思うが、賢者の石は別だ。生命を操り、肉体と精神を切り離し、教皇エレナでさえも安定して動かしていた輝械人形を暴走させるほどの力を持つ賢者の石は、人が持つには、扱うには危険すぎる」
賢者の石について出したアルバートの結論に、「同感ね」とアリスは同意を示すが、「でも――」と話を続けた。
「七瀬はどうしようもないほどバカで、アホで、能天気で、ヘンタイで、ロリコンでマザコン――……だけど、悪い奴じゃない」
「それだけで危険な力を持つ彼を排除しないとは、随分と楽観的だ」
「まともに力を扱えないから、そんなに危険視するつもりはない。いざという時は簡単にボコボコにできるし……まあ、それ以前に、そんなことはないと思うけど」
「父親と違って、情に流されずに冷静で客観的な思考の持ち主だとは思っていたが、結局はヴィクターの娘か――根っこの部分では君は父親と同様愚かなようだ」
「一々ウザい。それに、いつまで経っても昔のことを引きずってて気持ち悪い」
「それほど君の父親と私の間には因縁があるのだよ」
「どうでもいい」
手にした武輝である銃の銃口をアルバートに向けながら、七瀬幸太郎という人間と接してきて、思ったことを口にするアリス。
私情を挟んだ結果、幸太郎を守ろうとするアリスを心底失望したようにため息を深々と漏らすアルバートは、自分の傍にいる輝械人形に視線を向けた。
「メシアよ――我らの道を阻む彼女たちの相手をしてもらおう」
主の言葉を合図に、輝械人形は赤く光る双眸をアリスたちに向けた。
赤く光る双眸から放たれる威圧感に、メシアと呼ばれた輝械人形が、普段の輝械人形と一味違うことはアリスたちでも容易に理解できた。
「さあ、君たちもメシアの――未来の糧になってもらおうじゃないか!」
気分良さそうに発せられたアルバートの言葉を合図に輝械人形・メシアは、人間以上の鋭敏な動きでアリスたちに飛びかかった。
機械とは思えないほど人間以上に流麗でアクロバティックな動きを見せる輝械人形・メシアに驚きつつも、アリスとサラサは迎え撃つ――幸太郎を守るために。
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