第24話

 爆発音がいまだに響き渡り、徐々に揺れも強くなってきている教皇庁本部一階のエントランス奥には、轟く爆発音にも負けないほどの激しい剣戟音が響き渡っていた。


 自分を生み出した父とも呼べる存在・アルトマンとの戦いを誰にも邪魔されないようにするため、一階の奥にある聖堂に誘導しながら戦っていた。


 宙を舞いながら、機械的で淡々としながらも流麗で激しい動きで、左右の手に持つ武輝である剣と、足を振るって剣術と体術を織り交ぜた連撃を仕掛けるノエル。


 反撃する間もないほどの速度と的確に隙をついてくるノエルの攻撃を、アルトマンは涼しげな表情で彼女を観察するように見つめながら、紙一重で回避を続け、手にした武輝である刺々しく、禍々しい形状をした剣で防ぎ、捌いていた。


 ノエルが攻撃をはじめてから今までアルトマンはいっさい反撃を仕掛けることなく、回避と防御に専念してただノエルを観察していた。


 ……アルトマン・リートレイド――

 あなたは、何を考えている――


 自分との戦いにやる気がなく、自分に興味すら示さないアルトマンの態度に、湧き上がる感情のままにノエルは突進する勢いでアルトマンに接近し、左右の手で持った剣を交差させ、間合いに入ると同時に振り払う。


 攻撃の一つ一つに感情が込められ、単調になったノエルの動きに合わせ、アルトマンは最小限の動きで回避し、猛スピードでこちらに接近してきたノエルの足を軽く払うと、勢いよく転んで床に突っ伏した。


 無様に床に突っ伏したノエルをアルトマンは冷たい目で見下ろしていると、ノエルは即座に立ち上がると同時に一方の手に持った剣を薙ぎ払ってアルトマンに攻撃を仕掛けた。


 不意打ち気味の一撃だが、アルトマンは軽く一歩後退して回避、同時にノエルは力強い一歩を踏み込んでもう一方の手に持った剣を突き上げた。


 さすがに避けられないと判断したアルトマンは片手で持った武輝で防御する。


 武輝同士がぶつかり合って激しい金属音が響き渡り、ノエルの攻撃を防いだことによって生まれた衝撃がアルトマンの全身に伝わった。


 感情が込められたノエルの一撃を防いだ衝撃で吹き飛ばされそうになるが、両足に力を込めてそれに耐えたアルトマンは微笑を浮かべた。


 その笑みはノエルを嘲るようだったが、それ以上に陰りがあった。


「どうやら、少し見ない間に随分と成長したようだ――これも賢者の石の力おかげか? それとも、七瀬幸太郎のおかげなのかな?」


「余計なお世話です」


「ほう、見ない間に随分人間らしく――いや、女性らしくなったものだ」


「……それも、余計なお世話です」


 小馬鹿にしたように放たれるアルトマンの言葉を、ノエルは彼の顎目掛けて足を振り上げ、遮った。


 アルトマンは軽く顔をそらしてノエルの蹴りを回避すると、間髪入れずにノエルは身体を大きく捻ると同時に振り上げた足を鞭のようにしならせて回し蹴りを放つ。


 回し蹴りも容易に回避されるが、蹴りを放った勢いのままに身体を更に回転させながら左右の手に持って剣を振るった。


 間髪入れずの連撃に避けられないと判断して今度は両手に持った剣でノエルの攻撃を防ぐ。


 ノエルの攻撃を防いだ瞬間アルトマンの全身に衝撃が襲いかかるが、今度は強烈な一撃が来ると予測できていたので、先程のように吹き飛ばされそうになることはなく、襲いかかる衝撃を余裕で受け止めた。


 自身の一撃が受け止められた瞬間ノエルは軽く跳躍し、跳躍した勢いのままに膝を突き出し、アルトマンの顔面に膝蹴りを食らわせた。


 輝石の力で肉体が強化されている輝石使いにとって、体術は牽制程度にしか役に立たず、アルトマンも膝蹴りを食らって特に効いている素振りを見せず、一瞬だけ怯んだだけだった。


 だが、ノエルにとってはその一瞬だけで十分だった――左右の手に持った武輝である剣を機械的な淡々とした動作でテンポよく振るい、次々とノエルはアルトマンへと攻撃を仕掛ける。


 一方の手に持った剣を袈裟懸けに振り下ろし、もう一方の手に持った剣を相手の胴目掛けて薙ぎ払い、両方の剣を同時に振り上げ、相手の脳天目掛けて一気に振り下ろし、交差させた剣を振り払う――避ける間も防ぐ間も与えないノエルの連続攻撃がすべて直撃したアルトマンは、フラフラと数歩後退した。


 強烈な連撃を食らって倒れるかと思いきや、アルトマンは平然とした様子で、感情を込めた連撃を行って軽く息を切らしているノエルを観察するように見つめていた。


「随分と成長したようだが、まだまだだ。その程度で私を倒せる――いや、とでも思っていたのか? 残念だが今のお前では無理だ」


 自分を倒すのではなく、止めるつもりで戦っているノエルの心の内を見透かしたアルバートは、呆れたように、それ以上に失望したように小さくため息を漏らした。


「私を父と慕っても無駄だ。お前がそう思っていても、私はお前やクロノを娘や息子とは思っていない。私はずっとお前たちを都合のいい操り人形だとしか思っていない」


 父と慕っていた相手から告げられる残酷な言葉に、ノエルは胸の奥が重くなり、目の奥が熱くなり、何かを堪えるように自然と体に力が入ってしまう。


 反論しないノエルに、アルトマンは仰々しくやれやれと言わんばかりにため息を漏らす。


「人間らしくなったと思っていたが、どうやら見当違いだったようだ。お前は何も変わっていない。結局お前は私の傍から離れて操り人形の糸を切っても、周りに流されているだけのお前は、依然変わらぬただの意思のない人形のままだ。お前の抱いている意志は結局、お前自身のものではないのだ」


「私は七瀬さんたちと歩み、あなたを止める――その気持ちに偽りはありません」


「それならば行動で示してもらおうか」


「そのつもりです」


 自分の意志は自分が決めたものであるとアルトマンに、自分に言い聞かせるようにそう主張するノエルに、アルトマンは挑発するようでありながらも満足げに微笑んだ。


 ノエルは力強い一歩を踏み込み、自分の意志を主張するためにアルトマンへと肉薄する。


 間合いに入ると同時に武輝を振るうノエルだが、それよりも早く彼女の懐に入るアルトマンは、武輝を持っていない手に赤黒い光を纏わせ、その手をノエルに向けて勢いよく突き出す。


 突き出された掌から放出された赤黒い光に包まれ、吹き飛ぶノエル。


 吹き飛びながらも、ノエルは空中で身を翻して華麗に着地するが、強烈な一撃を受けて着地と同時に膝をついてしまう。


 一撃だけだというのに、アルトマンの攻撃はノエルの身体だけではなく、心の内にもダメージを与え、一気に追い詰められてしまった。


 そんなノエルを見て、アルトマンは挑発するように仰々しくため息を漏らす。


「どうやらその程度の覚悟のようだな……これ以上はお互いにとっても無駄なようだ」


「まだ終わっていません」


 深いダメージを受けながらも武輝を支えにして無理して立ち上がり、もう一方の手に持った武輝から光弾を放ち、この場から去ろうとするアルトマンを引き留めるノエル。


 自身に迫る光弾をアルトマンは避けることなく、ただ自分の頬を掠めるのをジッと見つめていた。


 まだ終わっていない、自分を止めるつもりだ――そう思っているにもかかわらず、本気で自分を止められないノエルに再びアルトマンは失望のためいきをふかぶかと


「無理をしない方がいい。まだ身体が痛むのだろう?」


「無理はしていません」


「いい加減諦めろ。私の用事は終わったのだ――賢者の石の力で肉体と精神を分離させた七瀬幸太郎、そして、賢者の石によって良い意味でも悪い意味でも成長を遂げたお前を見れて私は満足しているよ」


「賢者の石は関係ありません。アリスさんや七瀬さんたちのおかげで私は、クロノは成長できました。あなたの傍にいた頃には味わえなかった感覚や感情を得ることができました」


 自分を成長させてくれた友達たちのことを思い浮かべると、自分の中に残っていたダメージが霧散し、力が湧いてくるような感覚を得たノエル。


「そして、私やクロノは彼らとともに歩もうと決め、私はあなたを止めると誓い、こうして私は父と思っているあなたと対峙している――それは紛れもない、私の本物の意思です」


「人形のお前が『意思』などとは、笑わせてくれる」


「どんなに嘲られようが、私は抱いているこの気持ちを大切にしたい」


 自分の意志を、自分の口からハッキリと主張するノエル。


 輝石から生み出されたイミテーションと呼ばれる存在であり、人間ではなく、つい最近まで自分の意のままに操っていた人間も同然だった存在が意志を主張したことに、アルトマンは嫌らしく、忌々しく笑っていた。


「私からしてみれば、今のあなたが理解できません」


「……何が言いたい」


 自分をジッと見つめながら淡々と放ったノエルの言葉に、アルトマンの張りついたような笑みが消えた。


「この間までのあなたには確かな目的と意志がありました。第二の賢者の石を作るために、様々な策謀を張り巡らせ、目的を果たそうとする意志が感じられました。しかし、今のあなたは何も感じられません。アルバート・ブライトたちの協力者でありながらも、七瀬さんたちを黙って彼の元へ向かわせたあなたが何をしようとしているのか、私にはわかりません」


 久しぶりに父と慕っていた人物と再会して、思っていたことを口にするノエル。


 久しぶりに再会したアルトマンからは覇気がなく、どこか投げやりな態度で何かを諦めているようであり、燃え尽きたような、それでいて、何も感じられないほど空っぽになった感じがして、ノエルは目の前にいる人物が、自分が父と慕っていた人物と同じだとは思えなかった。


「意志のない、ただ流されるがままの操り人形如きが私の気持ちがわかるとでも?」


「以前の私に比べたら、理解できます」


「生意気な口を利くようになったものだ……どうやら、かなり変わったようだ」


「変わったのはお互い様でしょう」


 自分の気持ちを見透かした気でいるノエルを忌々しく思いながらも、改めて彼女の大きな変化を感じ取り、アルトマンはただただ力なく自虐気味に微笑むだけだった。


「……何があなたをそんなに変えたのですか?」


「私の気持ちは変わらない。そう思っているのだが――もしも、本当に変わっているのならば、私やお前が変わった原因は賢者の石にあるのかもしれないな」


「賢者の石の力は関係ありません」


「どうだろうな――さて、そろそろ失礼するよ。悠長に話している暇はないのでね」


「まだ何も終わっていません」


 自分たちの変化の原因が賢者の石によるものだと言うアルトマンの言葉を否定するノエルだが、アルトマンは意味深な笑みを浮かべて思わせぶりな態度を取った。


 そんな態度のまま、アルトマンはこの場から立ち去るためにノエルに背を向けた。


 まだ話したいことがたくさんあり、父を止めるという目的を果たしていないノエルは即座にアルトマンを追いかけようとするが――それを阻むかのように、教皇庁本部全体が大きく揺れ、天井が落下した。


 父への道を阻むかのように崩れてきた天井を両断して、立ち去ろうとする父を追いかけようとするが、一度崩れた天井は絶え間なく崩れ、彼女の道を阻み続ける。


「待ってください! 待って――待って! お父さ――」


 父の名を呼ぶノエルの声は降ってくる瓦礫の音によってかき消される。


 教皇庁本部が崩壊する音ともに聞こえてくる自分を呼ぶノエルの声に、アルトマンは立ち止まることも、振り返りこともなく、この場から立ち去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る