第11話


 戦いがはじまって一分――クロノとアトラの戦いを遠巻きに眺めている幸太郎は、激しくぶつかり合う二人を見て感心しつつも心配していた。


 幸太郎の目に映る二人の戦いは苛烈さを極めており、拮抗しているように見えていた。


 武輝である手甲と足甲を装着された両手両足を振るってアトラはクロノを激しく攻める。


 激情が込められたアトラの一撃一撃を、感情の乱れがいっさいない冷静なクロノはギリギリまで引きつけて回避を続け、決定的な隙を見つけてカウンターを決める。


 だが、クロノの動きにアトラは即座に反応して、飛び退いて回避と同時に掌から光弾を生み出し、生み出した光弾をクロノに向けて足甲が装着された脚で蹴り飛ばした。


 自身に向かって勢いよく飛んでくる光弾をクロノは武輝である剣で防ぐが、防いだ衝撃で軽く後方に吹き飛ぶ。


 吹き飛んでいる最中のクロノに向かって一気に間合いを詰めたアトラは、彼の足を掴んで地面に叩きつけた。


 クロノを叩きつけると同時にアトラは天高く跳躍し、空中で踊るような動きで足を振るい、斬撃を含んだ衝撃波を生み出した。


 思い切り地面に叩きつけられてもクロノは涼し気に立ち上がり、降り注ぐ衝撃波を軽く振るっただけの武輝でかき消した。


 相変わらず冷静でいるクロノを見て、更に感情的になった動きでアトラは、武輝の一つである足甲に光を纏わせると、幸太郎の目には映らぬスピードで彼に向かって疾走する。


 あっという間にクロノとの間合いを詰め、アトラは勢いよく身体を回転させて目にも止まらぬスピードを乗せた回し蹴りを放つが、クロノは片手で持っただけの剣で軽々と防いだ。


 力強い攻撃を受け止めても、今度は吹き飛ばされることはなく、涼しげな表情を浮かべるクロノ。


「……すぐに決着はつきそうだな」


「そのようだ」


 二人の戦いを見て呟いたティアの言葉に、同意を示す大道からはクロノとアトラの戦いを止めようとした時のような緊張感と必死さはなく、むしろ安堵しているようでもあり、どこか呆れているようでもあった。


 幸太郎の目には互角に見えているクロノとアトラの戦いだが、ティアと大道の目は圧倒的にクロノの方が有利だと見ていた。


 素早く、鋭い一撃だが、感情的になりすぎているあまり自分を見失っているアトラは単調な動きでクロノを攻めており、それらをすべてクロノは見切っていたからだ。


 そして、クロノはアトラに対して気遣う余裕を持っており、積極的に攻めることなく、アトラの怒りをできる限り受け止めていた。


 そんな態度がアトラを更に煽っている知らないクロノに大道は呆れていたが、不器用な彼の優しさを感じてこの戦いがお互いが傷つく悲惨な結果になることはないと確信して安堵していた。


 最初は感情的な動きでクロノを追い詰めていたアトラだが、戦いがはじまって二分が経過する頃――状況は一気に変わる。


 反撃する余裕がないほどの激しい連撃を仕掛けるアトラだが、クロノはそれらを紙一重で回避し続けていた。


 完全にクロノに攻撃を見切られ、苛立ちと焦りを募らせるアトラ。


 感情を乗せた攻撃は更に隙が多くなり、アトラは力強く一歩を踏み込み、全体重を乗せて拳を突き出した。


 それをクロノは容易に回避し、両手に持った剣を大きく振るう。


 クロノの大振りの一撃が脇腹に決まり、吹き飛ぶことなくアトラは地面に膝をついて激しく咳込んだ。


 輝石を武輝に変化すると同時に、全身に輝石の力をバリアのように纏わせている輝石使いだが――そのバリアを容易に突き破る一撃に、アトラは苦悶の表情を浮かべていた。


「勝負あったな」


 冷たく放たれたティアの言葉と同時に、クロノは武輝を輝石に戻して膝をつくアトラに背を向けた。同時に幸太郎もクロノ――ではなく、膝をついたアトラに向かって走る。


「待て、クロノ! まだ終わっていないぞ!」


「それでも、しばらくは動けない」


 幸太郎がアトラたちに近づくにつれてアトラがクロノに向けて怨嗟と屈辱に塗れた声を上げているのが届くが、クロノは振り返ることはしない。


 クロノの言う通りしばらくは痛みで動けないアトラだが、それでも数時間後にはじまる儀式の頃には痛みも引いて動けるようになるような痛みだった。


 明らかに手加減された一撃――それがアトラの苛立ちと怒りを更に募らせる原因だった。


「ふざけるな! まだ……まだ終わりじゃない!」


 自分を奮い立たせるように、そして、自分から離れるクロノに向かって声を張り上げるアトラは、両手の手甲に光を纏わせた。


 そして、その光をクロノに向けて光弾として数発撃ち出した。


「止まれ、七瀬」


 アトラへと向かう幸太郎を制止させ、クロノは輝石を武輝に変化させて後方から迫る光弾の対処をするが――アトラが放った光弾は突然不規則な軌道を描いて幸太郎に向かってくる。


 それに気づいたクロノは幸太郎に向かって駆け出す――が、それよりも早く、幸太郎の前には武輝である大剣を手にしたティアが立っていた。


 幸太郎に迫る光弾を、ティアは手にした大剣を軽々と振るって撃ち落とした。


「待て、クロノ!」


 感情的になってしまったあまり、周りが見えていないアトラは次々と光弾を放とうとするが――突然目の前に現れた大道は、アトラの胸倉を片手で掴んで軽々と投げ飛ばした。


 受け身も取れずに背中を強打したアトラは顔をしかめるが、同時に冷静さが頭に戻ってくる。


「……もういい加減にしろ」


「あ、あの……じ、自分は……」


 怒りとむなしさでいっぱいの大道の表情を見て、自分がしでかしたことを理解して一気に顔が青ざめてしまうアトラは、弁解の言葉が何も出なかった。


「アトラ君、大丈夫?」


 混乱しきっているアトラの前に現れる幸太郎だが、自分のせいで危機が迫ったというのに平然とした様子で、クロノと戦って強烈な攻撃を受けた自分を心配そうに見つめていた。


 そんな幸太郎を見た瞬間、「す、すみませんでした!」と幸太郎たちの顔を見ないで――というか、見れずに謝罪し、アトラは逃げるようにこの場から立ち去ってしまった。


「追わなくていいの?」


「……今は、いい」


「大丈夫?」


「ああ。何も問題はない」


 離れ行くアトラの背中をじっと見つめるクロノに声をかける幸太郎。


 幸太郎の言葉に揺れ動いて一瞬クロノは走り出そうとしてしまったが、その気持ちを抑えた。


 追いついたとしても、アトラに何を話せばいいのかわからないからだ。


 数分後、クロノが軽い怪我を負っていることに気づいた幸太郎たちは、訓練を中断して旧本部内へと戻った。

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