第19話
すっかり日が暮れて、周囲は薄暗くなってしまっていた。
いつもはお腹が空いてくる時間帯だが、今の幸太郎は空腹よりも麗華の身を案じていた。
麗華が監禁されていると思われる、サウスエリアにある研究所に到着した幸太郎たち。
地上一階、地下一階のガラス張りで、周囲の研究所と比べると少し小さかった。
他にも多く研究所があったが、この研究所付近に麗華を攫った車があったので、ここだろうと刈谷は判断した。
刈谷は携帯で研究所の見取り図のデータを見て、麗華が拘束されていると思わしき場所を幸太郎とともに推測していた。
「シンプルな作りの、強化ガラスで覆われた建物……探すのが楽そうだな」
「監禁してあんなことやこんなことをするなら、地下だと個人的に思います」
「俺も同感だ。秘蜜の地下室、愛の地下室ってな。それに、こんなガラス張りの研究所じゃ、気づかれるから一階には監禁しねぇだろう。それじゃ、最初に地下から探すか」
妙に気が合った二人は地下室から麗華を探すことに決め、さっそく入口の扉を開こうとするが、案の定セキュリティがしっかりしている研究所の扉にはロックがかかっていた。
ロックを解除するには扉の横にあるカードリーダーに、カードキーをスラッシュしなければならないが、そんなものを二人は都合よく持っているわけがない。
「犯人たちは違法な手段で侵入したって話ですけど、僕らはどうします?」
「犯人の野郎め……楽な手段を使いやがって! どうすっかなぁ……」
忌々しげに舌打ちをする刈谷は、少し悩んだ後、何かを閃いたように手をポンと叩いた。
「よし、決めた! いっそのことぶち破ろう!」
「いいですね。何だか突入って感じで燃えてきました」
「そうだろ? おっと、そうだ……応援には期待できないから。武輝が使えねぇお前はこれでも持っとけ」
「これって、警棒――って、重っ!」
「……こりゃ、戦力として期待できそうにないな。俺の傍から離れるなよ」
「ごめんなさい……これ以上足手まといにならないように気をつけます」
警棒を手渡されたが、あまりの重さに幸太郎は落としそうになってしまう。だが、両手で持つことで何とか落とさなかった。
両手で持つのがやっとな状態の幸太郎を見て刈谷はため息を漏らした。
自分が戦力にならないことを十分に承知している幸太郎は、携帯を取り出して風紀委員の主戦力であるセラに連絡するが、セラは出なかった。
セラさん……電話に出ないけど、大丈夫なのかな……
研究所に到着してから何度か連絡しているが、セラは出ない。こんな状況でセラが出ないことに、幸太郎は胸騒ぎがする。
幸太郎がセラに連絡していることを察した刈谷は「無駄だよ」と言った。
「セラはティアの姐さんが捕まえに行ったんだ……連絡が取れないなら、姐さんに捕まったと判断してもいいだろうな」
「それじゃあ、僕たちだけで鳳さんを助けに行くってことですね」
「仕方がねぇ。逃亡幇助、ガードロボットの破壊、公共物の破壊、不法侵入――応援を呼んだら違反行為のオンパレードの俺も拘束されちまう」
応援も期待できない状況に、幸太郎は先行きの不安な気持ちよりも、協力を頼んだ結果、自分と同じく追われる身となった刈谷に対して申し訳ないと思う気持ちの方が強かった。
「……ごめんなさい、大変なことに巻き込んで」
「気にすんな。面白そうだからそれに乗っただけだ。ま、自己責任だよ」
ニカッと大きく口を開けて明るい笑みを浮かべた刈谷を見て、幸太郎は幾分救われた。
「だが、状況が最悪なのは変わりはねぇ……犯人たちみたいに頭を使わず、無理矢理侵入すれば警報装置が鳴り響くだろうし、騒ぎを聞きつけた輝動隊が来る。できるだけさっさとお嬢を探し出す……覚悟はいいか?」
覚悟は麗華を連れ去られたのを見た時からできていたので、幸太郎は力強く頷いた。
足手まといになるのは確実なのにもかかわらず、覚悟を決めていて頼りがいのある幸太郎の根性に、刈谷は満足そうに微笑む。
「それじゃあ、下がってな……」
刈谷はベルトに埋め込まれた輝石を武輝であるナイフに変化させた。
ナイフに自身の意識を集中させ、光りを纏わせ、思いきり扉に向かって斬りかかる。
頑丈そうな扉だったが、刈谷の武輝の一撃で真っ二つになってしまった。
その瞬間、警報機がけたたましく鳴り響き、赤色灯が回る。
気にしている暇はないので、刈谷と幸太郎の二人はズケズケと薄暗い研究所の中に入る。
普段は使われていないので、電気は通っていないようで研究所の中は赤色灯の明かりだけで暗かった。
「敵の大群が歓迎してくれると思ってたが……お出迎えは――」
残念そうに刈谷はそう呟いて、手に持っていた武輝を輝石に戻そうとした――
その一瞬だった――刈谷の横から黒い大きな影が高速で接近したと幸太郎が思った瞬間、刈谷はその黒い大きな影に頭を掴まれて、そのまま床に叩きつけられてしまった。
「――ッ! 痛てぇじゃねぇか!」
頭を床に叩きつけられるが、怯むことなく刈谷は黒い影に向かって警棒を振り下ろして反撃する。
固いものを思いきり殴りつけるような鈍い音が響くと同時に、黒い影から刈谷は離れた。
頭を思いきり叩きつけられたが、輝石の力で頑丈になっている刈谷には特に効いている様子はなく、黒い影も思いきり攻撃されても特に効いている様子はなく立ち上がる。
赤色灯に照らし出される黒い影――
正体は、筋骨隆々としたスキンヘッドのスーツを着た大男だった。その男の顔を見た幸太郎は、思わず驚きの声を出してしまう。
「刈谷さん……あの人、鳳さんを攫った人です」
「へぇ……アンタがお嬢をねぇ」
麗華を攫った大男に幸太郎は警戒心を高めるが、刈谷は楽しそうな笑みを浮かべていた。
「今の攻撃、頭をカチ割るつもりで振り下ろしたんだが……効いてねぇ様子を見ると、お前は輝石使いだな」
刈谷の質問に大男は何も答えなかったが、答えの代わりに淡い光の放つ輝石がついたペンダントを取り出し、強く発光させると武輝に変化させる。
輝石が変化した大男の武輝は、両腕に装着された籠手だった。
両腕に武輝である籠手を装備した大男は、静かに構えて戦闘する意志を見せる。
そんな大男を見て、刈谷は肉食獣を思わせる獰猛な笑みを浮かべる。
「隙を見てお前はお嬢を探しに行け。敵がいるかもしれないから慎重にな」
麗華を探せと耳打ちしてきた刈谷に、幸太郎は静かに頷く。
幸太郎に伝えると同時に、刈谷は床を大きく蹴って、大男に飛びかかった。
逆手に持ったナイフの攻撃を大男は回避して、間髪入れずの警棒による攻撃を籠手で受け止めた瞬間、刈谷は大男に向かって思いきり頭突きをする。
堅いもの同士がぶつかる鈍い音が響く。
頭突きを食らった大男は一瞬ふらついて隙を見せた。
その隙を見逃さず、刈谷の言う通りに幸太郎は麗華を探しに行こうと走り出す。
そんな幸太郎に向かって、大男はすかさず飛びかかる。
岩のような大きさの拳を覆う籠手を装着した大男の拳が幸太郎に迫った。
幸太郎は自分に迫る拳を、ただ呆然と見ていることしかできなかった――
しかし、拳が幸太郎に届くことなく、突然幸太郎の前に飛び出した刈谷は、大男に向かって思いきりドロップキックをして大男は吹き飛び、壁に激突する。
大男が背中から激突した壁がひび割れる。
刈谷は幸太郎に目配せすると、幸太郎は力強く頷いて再び走りはじめた。
……刈谷さんが心配だけど、武輝が出せない僕は足手まといだ。
今は監禁されてる鳳さんを助けないと。
刈谷を残すことが不安だったが、自分がいても何もできないと理解していた幸太郎は、この場は刈谷に任せて自分は麗華を探すことを優先した。
―――――――――――――
輝石の力でバリアを張っていても、身体中に重く響き渡る刈谷の攻撃。鈍い痛みが残る自身の身体に、ドレイクは久しぶりに高揚した感覚が生まれていた。
思わずそれが顔に出そうになるが、ドレイクはそれを堪える。
「アイツについてきて正解だったぜ! 輝動隊の仕事よりもこっちの方が断然楽しいからな!」
狂喜している刈谷は、武輝であるナイフの刃に光を纏わせた。
そして、ナイフから光る刃を数発飛ばし、自身もドレイクに向かって一直線に走る。
床や壁等を刻みながら不規則に飛ぶ光る刃と、こちらに向かってくる刈谷に、ドレイクは無表情で立ち向かう。
不規則に飛んで来る光の刃を回避しながら、籠手を装着した拳を思いきり地面に向けて振り下ろす。
建物を揺らすほどの衝撃とともに、一気に間合いを詰めてくる刈谷に向かって、一直線に床を砕きながら走る、地を這う衝撃波をドレイクは飛ばした。
刈谷は上に飛んで避け、そのままドレイクに向かってくる。
「取り敢えず――一発殴らせろ!」
ドレイクの前に着地した刈谷は、警棒をきつく握った手で思いきりドレイクを殴りつけた。
ややこしい事態に巻き込まれた今日の鬱憤を晴らすかのような一撃だったが、ドレイクが効いている様子はない。
頑丈なドレイクを見て、凶悪な顔で喜んでいる刈谷は猛攻を仕掛ける。
「そうこなくちゃ! 簡単に倒れてくれるなよ!」
突然刈谷は武輝であるナイフを上に向かって投げた。
手放した武輝に注意が行ってしまうドレイクの顔面に、刈谷の右ストレートがめり込む。
不意をつかれた攻撃にドレイクは怯み、その隙に刈谷は手放した武輝をキャッチして、空中できりもみ回転しながらドレイクを切りつけてきた。
冷静に刈谷の動きを見極め、ドレイクはナイフによる攻撃を籠手で受け止める。間髪入れずに警棒による打撃もしてくるが、それももう片方の手で受け止めた。
受け止めた瞬間、刈谷の額に向かってドレイクは頭突きをして、刈谷を怯ませる。
怯んでも、すぐに狂気的な笑みを浮かべた刈谷が襲いかかり、連撃を仕掛けてきた。
武輝であるナイフと輝動隊の標準武装である警棒の二刀流の攻撃にフェイントを織り交ぜた体術、刈谷の変幻自在の攻撃をドレイクは冷静に対応している。
随分と戦闘を楽しんでいるようだ……だが、ただの戦闘狂というわけではなさそうだ。
感心しながらも、ドレイクはすべての攻撃を受け止めた瞬間、反撃に転ずる。
籠手のついた剛腕を振るい、刈谷の身体に重いパンチを食らわせる。
輝石の力を使って防御をしている刈谷だが、パンチを受けて苦悶の表情を浮かべている。
トドメの一撃を食らわせるために一旦間合いを開けると、刈谷は膝をついてしまう。
ドレイクは籠手に光を纏わせ、膝をついている刈谷に向けて突進する。
全体重とスピードを上乗せした一撃を食らわせる――が、刈谷が目の前から消えた。
「後ろががら空きだぜ、オッサン……とっておきだ、食らいな」
目にも映らぬスピードで後ろに回り込んでいた刈谷は、警棒の握りについていたスイッチを押した。
瞬間、警棒から、弾ける音ともに青白い閃光が放たれ、ドレイクは大きく身体痙攣をさせた。
小さな呻き声を一瞬だけ上げて、ドレイクは前のめりに倒れ込んだ。
気絶しそうだったがまだ時間を稼がなければならないので、それを堪えた。
……電気ショックか……だが、この威力は……
輝動隊に支給されている警棒はスタンロッドになることを知っていたが、たった一本の威力では、輝石使いはそんなに効かないことも知っていた。
「他の輝動隊の奴らが持ってるものより、五倍の威力の改造品だ。効いただろ? 無理な改造をして少し重いのが難点だけどな!」
苦悶の表情で倒れているドレイクを覗きこみ、楽しそうに笑っている刈谷。
「話は後でたっぷり聞かせてもらうぜ……というかオッサン、どこかで――」
敵を倒したと思って油断しきっていた刈谷だったが、ドレイクに首を掴まれてしまった。
ドレイクはそのまま刈谷をガラス張りの窓に向かって投げ捨てる。
窓に刈谷の身体が叩きつけられて、窓ガラスにひびが割れる。
間髪入れずにドレイクは籠手に光を纏わせ、重い一撃を刈谷に思いきり叩きこむ。
ガラスが粉々に割れるとともに、そのまま刈谷は地面に倒れた。
ドレイクの一撃を食らい、気絶した刈谷は地面に倒れ込んだまま動かない。
全身で息をしながら、ドレイクは戦闘で乱れたスーツを整え、埃を払う。衣服を整え終えると同時に携帯が鳴った。
仕事用の携帯なので、誰が連絡してきたのかはドレイクにはすぐにわかる。
『お疲れ様、時間稼ぎは終了だよ。こっちの準備も終わって、輝動隊もそっちに来てるから、待ち合わせ場所に集合してね』
時間稼ぎが終了だと北崎は愉快そうな声でそう告げた。
「了解した」
『僕の計画を邪魔した落ちこぼれ君はどうなったのかな?』
自身の計画の邪魔をした幸太郎のことをかなり根に持っている様子の北崎に、ドレイクはいい気味だと思い、思わず小さな笑みを浮かべてしまうが、すぐに元の無表情に戻る。
「奴は鳳麗華の救出に向かった」
『時間があればお仕置きしてもらいたいんだけど、仕方がないか』
「了解した……それと、刈谷祥と交戦して、気絶させたのだがどうすればいい」
ドレイクは気絶している刈谷を見下ろす。
輝動隊の中でも上位の実力を持つ刈谷を倒したいう報告をしたドレイクに、北崎は驚きの声を上げ、そして、気分良さそうに笑いはじめた。
『輝動隊の彼は計画に邪魔だから、適当に片付けてもらえないかな』
「了解した」
『なんなら、始末――』
その先を聞くことなく、ドレイクは無理矢理通話を切った。
ドレイクは倒れている刈谷の手足を、麗華を拘束したものと同じ、プラスチックカフで拘束して、彼を引きづって研究所の近くに置いてある車へ向かった。
計画は最終段階――これで最後だ……
車に乗ったドレイクは小さく深呼吸をして、終わりへと近づく北崎の計画に安堵するとともに、心を無にして計画を遂行するための行動を起こす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます