第20話

 研究所の地下を一人、幸太郎は各部屋を回り、麗華を探している。


 敵がいないか最初は不安だったが、今のところ敵は出てきていないのが安心だった。


 部屋を回っている最中、上の部屋からは刈谷と大男が暴れ回っているのか、激しい音が聞こえてきて、建物も若干揺れていた。


 刈谷のこともあるので、さっさと麗華を見つけたかったが、中々見つからない。


 敵が出てくるかもしれないという不安を抱きながら、幸太郎は慎重に歩き、一部屋一部屋を回りながら麗華を探していた。


 一通り探し終え、奥の方にある資料室の扉に手をかけ、ゆっくりと、そして慎重に扉を開く。


 多くの資料が棚にしまわれている資料室の奥に、椅子に拘束されていた麗華がいた。


 麗華を発見して、慎重になることも忘れた幸太郎は「鳳さん!」と名前を叫び、駆けつけた。駆けつけてきた幸太郎を見て、麗華は自嘲的な笑みを弱弱しく浮かべた。


「……まさかあなたが私を助けに来るとは思いもしませんでしたわ」


「待ってて、すぐに拘束を解くから」


 幸太郎は麗華の手足と親指にかけられているプラスチックの手錠を力づくで引き千切ろうとするが、麗華は「このバカ! 痛いですわ!」と喚いたので、慌てて手を離した。


「ご、ごめんね……でも、このプラスチックの紐みたいなの、引き千切れない」


「力づくでは解けませんわ……そこにある私の輝石を持ってきなさい。持って来たら、私の手に置きなさい」


 麗華の視線の先にある、机の上にこれ見よがしに置かれた、麗華のブローチに埋め込まれた輝石を幸太郎はすぐに持ってきて、拘束されている麗華の手に渡した。


 輝石を渡した瞬間、輝石が一瞬だけ強く発光すると同時に、突然手錠が切れた。


 自由になった手で、すぐに輝石を武輝に変化させて足の拘束も解いた。


「輝石ってそんな使い方もできるんだ」


「輝石の発した力を手錠に集中させただけですわ。こんなの――……」


 強がっていた麗華だったが、脱力したように膝をつくと同時に、武輝が輝石に戻った。


 前のめりに倒れそうになる麗華を幸太郎は抱き止めた。


「さっきから調子が悪そうだと思ってたけど、大丈夫?」


「筋弛緩剤を打たれただけですわ……あなたのような凡人に手を借りなくとも、私一人でどうにかなりますわ……さっさと離れなさい」


 どうにかなるって言ってもなぁ……。


 ふらつきながらも一人で立ち上がり、おぼつかない足取りで歩こうとする麗華を心配そうに見つめる幸太郎。


 口では麗華は強がっているが、無理しているのは一目瞭然だった。


 だが、自分よりも下に見ている幸太郎の前で、無様な醜態を晒すのは麗華のプライドが許さず、弱音を吐くことはもちろん、彼の手を借りるつもりはいっさいなかった。


 転びそうになりながらも、人の手を借りずに意地でも一人で歩こうとする意地っ張りな麗華の姿を見ていられなかった幸太郎は余計なことは何も言わず、彼女に肩を貸した。


 当然、プライドの高い麗華は幸太郎の突然の行動に反発する。


「ちょ、ちょっと! 突然何をしていますの!」


「明らかに一人じゃ歩けないみたいだし。それに、早くここから出ないと、輝動隊の人たちが――」


「余計なお世話ですわ! 私はあなたの力になんて……」


 身をよじって、幸太郎から離れる麗華だが、すぐにふらついて倒れそうになる。


 幸太郎はすぐに彼女を抱きとめ、再び肩を貸して歩きはじめる。今度は抵抗することはしなかった。


 抵抗はしなかったが、麗華は明らかに不満そうな表情を浮かべて、恨みがましい目で幸太郎を睨んでいた。睨まれている本人は気にしている様子はなく、安堵の息を漏らしていた。


「取り敢えず無事でよかった。どこか怪我しているところはない?」


「あなたに心配される謂れはありませんわ!」


 心配して話しかけてみるが、不機嫌の度合いが最高潮の麗華には無駄だった。


 また無理して意地を張って一人で歩くと言われるかもしれないので、余計なことを言わないことにした幸太郎は、さっさと研究所から出ることにした。


 黙ったまま、幸太郎は麗華に肩を貸したまま歩いていると、麗華は「ちょっと」と、不機嫌そうに話しかけてきた。


「どうして、あなたなんかが私を助けに……」


「どうしてって、友達だから」


「私はあなたのような落ちこぼれの友人は必要ありませんわ! そんなあなたの前でこんな醜態を晒すとは。末代までの恥ですわ……」


 悔しそうな顔で耳元で怒声を張り上げる麗華に、幸太郎は耳を塞ぎたかったが、肩を貸した状態ではそれができなかった。


「……ちょうど良い機会ですわ。私があなたを風紀委員に入れた理由を知っています?」


「気になってたけど、そういえば聞くのを忘れてた」


「あなたがある意味で有名人だったからですわ!」


「入学式に遅刻した前代未聞の行為をして、武輝も出せない落ちこぼれだからね」


 今となっては良い思い出の一つだと思っている幸太郎は呑気に笑っていた。そんな彼を見て麗華は苛立ち、さらに不機嫌になる。


「あなたなんて、全校生徒に名前を知られているだけで役立たず……風紀委員の設立が正式に認められれば、あなたなんてすぐにクビにするつもりの捨て駒でしたわ!」


「そうなの? まあ、事実だから無理ないか」


 幸太郎のことを捨て駒として見ていなかった本音を告白した麗華だが、幸太郎は怒ることも、ショックを受けることもしせずに、へらへらと笑って自分の弱さを認めた。


 自分が利用されていたのにもかかわらず、気にしている様子のない幸太郎に、麗華は呆れたようにため息を漏らした。


「……あなたは私に利用されていたのですわ……悔しくありませんの?」


「鳳さんと一緒にいて楽しかったから、別に何とも思ってないよ」


「やはり、あなたはバカですわ。厄介払いに留守係にされたというのに……」


「バカなんて……何だろう、鳳さんに言われたくないけど」


「おだまり――バカ……」


 何気ない幸太郎の一言に、調子が悪い麗華はいつものように声を荒げることはせず、ただ不機嫌そうに睨んできた。しかし、やがて諦めたようにため息を漏らした。


「ま、まあ……あなたが私を助けたのは事実……一応は感謝をしますわ」


 まだ本人に納得できていないようだったが、それでも一応麗華は幸太郎に礼を言った。


 素直じゃない麗華の態度に、幸太郎は思わず苦笑してしまう。


 お礼を言ってしまった自分に照れているのか、麗華は恥ずかしそうに顔を赤らめて俯き、聞こえるか聞こえないかの小さな声で「バカ」と幸太郎に向かって憎まれ口を叩いた。


 しばらく顔を俯かせていたが、ゆっくりと顔を上げた麗華の顔は、さっきまでの仏頂面ではなく、いつもと同じように、自信に満ち溢れた表情になっていた。


「さあ、さっさとここから脱出しますわよ! 急ぎなさい、この駄馬!」


 そう言って、麗華は幸太郎が抱えている腕に力を入れる。そうすると、自然に幸太郎は麗華の身体に押しつけられてしまい、二つの豊満な果実が背中に当たってしまう。


 思春期真っ盛りの幸太郎は思いもよらぬ幸運に、顔がにやけそうになる。


 男のリビドーを発散している暇はないので、一応幸太郎は指摘することにした。


「鳳さん、当たってます――って、イタタタタタタ! ギブッ! ギブッ!」


「こんな状況で発情するなんて、この変態男! 恥を知りなさい、恥を!」


 指摘した幸太郎を麗華は、思いきりヘッドロックを仕掛けた。頭が割れそうなほどの痛みが幸太郎を襲うが、それ以上に膨らみの柔らかさを感じてしまい幸福な気分にもなった。


 麗華は最後に思いきり強くヘッドロックをして開放すると、幸太郎はあまりの痛みで涙目になっていた。


「まったく……歩きながらでいいので、今の状況を簡単に教えなさい」


 状況を確認するため、麗華は今の状況がどうなっているのかを幸太郎に尋ねた。


 幸太郎は言われた通り、入り口を目指しながら手短に説明する。

 麗華が騒ぎの首謀者になっていること、それで風紀委員のメンバーが輝動隊に追われていること、セラが拘束されたかもしれないこと、そして、刈谷に協力してもらい、今彼は上の階で襲ってきた大男と戦っていることを。


 幸太郎の説明を聞いて、麗華は何か納得できていない表情をしていた。


「あなた、ここに来るまで敵はその大男だけだったのですの?」


「刈谷さんに慎重に探せって言われたけど、地下には誰もいなかったよ」


「誰も?……なるほど、何となくですが、事件の全貌が見えてきましたわ」


 幸太郎の言葉に、事件の全貌が見えてきた麗華は不敵な笑みを浮かべ、その後に悔しそうな顔をした。


 事件の全貌を詳しく聞きたかったが、今は一刻も早くここから脱出することが最優先だったので、幸太郎は先を急いだ。


 一階に到着したが、刈谷と大男はいなかった。

 その代わり、彼らがここにいた証拠として、切り刻まれ、砕かれた床や壁、真っ二つになっている椅子やテーブルなどが散乱して、窓ガラスも割れていた。


「刈谷さん、どこに行ったんだろう……もしかして……」


 刈谷がいないことに不安を覚える幸太郎だが、麗華は心配している様子はなかった。


「あの男が、そう簡単に大事に至ることはまずありえませんわ」


「大丈夫かな、刈谷さん……あの男の人、すごい強そうだったけど」


「あの野蛮な刈谷さんを心配するだけ無駄ですわ。先を急ぎましょう」


 麗華に促され、幸太郎は刈谷の身を案じながらも先を急ぐ。


 ようやく研究所を出た瞬間、四方八方から幸太郎と麗華をライトが照らした。


 あまりの眩しさに目が眩むが、すぐに明るさに慣れて周りを見渡す。


 周囲の状況を確認した二人は、自分たちの置かれた今の状況に、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


 周囲には多くの輝動隊がいて、一人一人が武輝を手にして幸太郎たちを取り囲んでいた。


 薬のせいで武輝をまともに扱えないほど消耗している麗華と、武輝を出すことができない戦闘能力が皆無の幸太郎にとって、今の状況は絶望的だった。


「抵抗は無意味だ」


 切り抜けられそうにないこの状況に、麗華は諦めたようにため息を漏らし、幸太郎はどうすればこの状況を打破できるのか考えていた。


 そんな二人の前にティアが現れ、幸太郎たちに近づく。輝動隊の隊員はティアが歩く道を譲っていた。その光景はまるで女王に道を譲る従者のようだった。


 幸太郎は消耗している麗華を庇うようにして立ち、ティアと相対する。


 じっとこちらを見上げてくる幸太郎を見て、ティアは絶対零度の目で容赦なく睨むが、幸太郎は動じることなくただティアをジッと見つめていた。


 絶対的な力の差があっても抵抗する意志を決して折らない、強固なものを感じ取ったティアは、幸太郎から麗華へと視線を移した。


「ティアさん……あなたもわかっているでしょう。これが茶番だと」


「それはお前たちを拘束してから考え、行動するつもりだ」


「今、私たちに協力すれば最悪の事態は免れますわ」


「お前たち風紀委員が首を突っ込めば事態はさらに混沌とする……これはお前の父親の指示だ」


「お父様の? ……わかりましたわ、それならば仕方がありませんわね」


 父親が指示をしたということを聞いて、セラは諦めたように小さく嘆息する。


 そして、抵抗する意志がないことを証明するように、自身の輝石が埋め込まれたブローチを地面に置いた。


「この状況では仕方がありませんわ。輝動隊――いいえ、お父様の指示に従います……拘束されますわよ」


「……わかった」


 麗華にそう言われ、幸太郎は不承不承ながらも両手を挙げ、拘束されることを了承した。


「賢明な判断だ――二人を拘束しろ、丁重にな」


 ティアがそう命令すると、すぐに輝動隊たちは一斉に動き、幸太郎たちを拘束した。



――――――――――――――




 北崎との待ち合わせ場所に到着するドレイク。


 待ち合わせ場所に到着すると、大きなトランクを持った北崎が待っていた。


 本来ならばもっと早く来るはずだったが、後処理に追われたため、ドレイクは二分の遅刻をしてしまい、不承不承ながらドレイクは北崎に謝ることにした。


「すまん、遅刻をしてしまった」


「別に気にしないで。計画の支障にはならない。それにしても……」


 謝罪をしたくない相手に謝罪をしたドレイクだったが、北崎は気にしていない様子だった。ただ彼はドレイクの姿を見て楽しそうに笑っていた。


 埃で汚れたスーツは所々切られており、ドレイクの頬には切り傷で薄らと血が滲んでおり、口内を切ったのか口に血がついていた。


 ドレイクが満身創痍なのは外見から見て明らかだった。

事実、ドレイクは今になって全身に痛みが走っている。


「刈谷祥、中々手強かったようだね」


「相手は油断をしていたので問題はない」


「戦闘の続行は可能かな?」


「数か所の打撲と捻挫があるが骨に異常はない。痛みもすぐになくなる」


「それなら安心だ」


 冷静に自分の状態を確認しているドレイクの答えを聞いて、北崎は満足そうに頷いた。


「それで、君が倒した刈谷祥はどうやって処理をしたんだい?」


「両手両足を拘束して、しばらくは誰にも見つからないよう放置した。睡眠導入剤も嗅がせたので、計画に邪魔になることはないだろう」


「完璧な後処理ご苦労様。でも、僕としては――……」


 完璧な後処理をしてくれたドレイクに満足するが、それでも北崎は納得していない様子だった。そんな様子の北崎に、ドレイクは不快感を覚える。


「計画の邪魔になるかもしれない相手なら、始末してもよかったんじゃないかな?」


「そうしてもよかったが、大きな証拠を残せば後が面倒になる」


「確かにそうか……まあいいか、運は確実にこちらに向いているんだし」


 納得していない様子の北崎だったが、すぐにポジティブな笑みを浮かべた。


 建前では始末してもよかったとドレイクは言ったが、そんな気はなかった――いや、できなかった。


 たとえ、始末することが最良の手段であっても、一人の若者の命を奪ってしまったら、後戻りすることができないとドレイクは思っていたからだ。


「さてと……僕たちの計画が気づかれるまで、後二時間くらいかな?」


 北崎にそう言われて、ドレイクは時計で現在時刻の二時間後の時間を確認する。


 すべての計画が終わるまで後二時間……これで、すべてが終わる……


 後二時間ですべての計画が終わることに、ドレイクは安堵する。


「目的のものを手に入れるのに、時間はどの程度かかる」


「最低でも一時間以上かな……ギリギリだね。どこかの誰かさんのおかげで、計画がギリギリなってしまったよ」


「話している暇はないな」


 思った以上にギリギリで焦っているドレイクだが、北崎は余裕を崩さない。


「そうだね、それじゃあみんなが混乱しているうちに、『』にでも行こうか」


 北崎のその言葉を合図に、計画の最終段階が開始された。


 すべては自分の目的のため、邪魔になるものをすべて排除する――


 計画が最終段階に到達して、ドレイクは罪悪感と迷いを心の深淵に置いた。

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